その日の帰り、俺と蓮は無言で歩いた。
何故なら、俺は怒っているから。
俺は文化祭の劇でヒロインをやるハメになった。それもこれも、蓮が助けてくれなかったから。
恋愛に関しては、俺に嫌気がさしたなら仕方ない。一時の気の迷いだと言われればそれまでだ。しかし、しかしだ。最終的には、蓮によってそうなるように仕向けられた気がする。酷い仕打ちだ。
責任転嫁にも程があるのは重々承知だが、心のどこかで、俺たちは“恋人”なのだから……と思ってしまう。
蓮が謝ってきても口をきかないと決め込んでいたのだが、謝ってくるどころか、蓮の方が怒っている。害を被っているのは俺だと言うのに。
「じゃ」
家に辿り着いた俺は、一応挨拶だけはと思って短く言った。
そのまま玄関先の門扉を開けて中に入ろうとすれば、蓮に腕を掴まれた。
「僕んち寄ってってよ」
「嫌だよ」
今日の俺は怒っているのだ。俺の意気地がなってないと言われればそれまでだが、恋人なら相手が困っていたら助けて欲しい。
そんな気持ちで、蓮の誘いを断った。
しかし、それが蓮を更に怒らせたようだ。冷ややかな口調で言われた。
「晴翔はさ、僕の何?」
「こ、恋人……」
「じゃあ、僕の部屋……来るよね?」
恋人だからと言って、誘いを全て受けるのは違うと思う。けれど、目だけ笑っていない蓮が怖すぎて、YES以外の言葉が出てこない。
「うん」
頷けば、少しだけ機嫌が直ったように見える。ほんの少しだけ。
◇◇◇◇
蓮の部屋に入るなり、乱暴にベッドの上に突き飛ばされた。
「痛ッ……くはないけど、何すんだよ!」
怒って言えば、蓮が上に乗ってきた。頭の横に手をつかれ、蓮の尊い顔面が間近に……じゃなくて、今にも食べられてしまいそうだ。
「晴翔、大好きだよ」
優しく言われ、そのまま口付けされた。
それはいつにも増して激しかった。何も考えられなくなるくらい頭が真っ白になっていく。
糸を引きながら離れていく蓮の唇。ふぅッと一息ついたと思ったら、再び貪られるようにキスされた。
いつの間にやらブレザーは脱がされ、シャツのボタンが全て外されていた。ベルトも外されそうになったところで気が付いた。
「ぷはッ……れ、蓮!」
「何?」
その声は、何だか冷たかった。
「蓮、どうしたの? 変だよ」
「変? 恋人なんだからさ、こういうこともするでしょ。それとも晴翔は、僕じゃ嫌なの?」
嫌なわけない。むしろ、ずっとこうなりたいと思っていたから、念願叶って嬉し泣きしたいくらいだ。
しかし、今は違う気がする。
俺は、綺麗な蓮の頬にそっと手を当てた。
「ごめん。俺、何かした?」
蓮は黙って首を横に振った。
「俺がちゃんと断れなかったから? 蓮に助けばかり求めて、情けない俺に嫌気がさした?」
「……違う」
「責任転嫁して怒ってる男なんて嫌だよね」
言ってて情けなくなってきた。
「ごめん。俺、変わるからさ。蓮に相応しい男になれるように変わるから、そんな泣きそうな顔……しないでよ」
「違ッ」
俺の顔の横に、蓮が顔を埋めてきた。
表情は見えなくなったが、どこか切羽詰まったような雰囲気だ。修学旅行で両想いになった日のことを思い出す。
「ごめん。僕の心が狭いだけ」
蓮がポツリと呟いた。
頭をポンポンと撫でると、蓮が再び謝ってきた。
「ごめん。僕、不安なんだ」
「不安?」
「晴翔が、誰かに……あの男に取られるんじゃないかって」
「あの男……?」
とは、どの男のことだろうか。
「もしかして、三崎? アイツは、女の子が好きだから大丈夫だよ」
「ああ、そっちもいたよね」
「そっちも……?」
他に……思いつかない。
それにしても、嫉妬してくれるのは嬉しいが、それは俺がする心配だ。誰かに取られるのは、俺じゃなく蓮だ。今日も下級生の男に告白されているのを見てしまった。
本格的に変わらなければ、蓮は俺に愛想を尽かして去ってしまう未来しか見えない。
そして俺は気が付いてしまった。
「まさか、蓮。それで、演目を『人魚姫』にしたのか?」
「それでって?」
「人魚姫ってさ、最終的には、王子様は他国の王女様と結婚して、恋が実らず泡になって消えんだろ」
だから、俺達の仲もそうなるかも……と、蓮は言いたいのだろう。うん、間違いない。
「蓮、俺……」
言いかけたところで、上に乗っていた蓮が、ゴロンと俺の横に寝転がった。もちろんシングルベッドに男二人は狭いので、密着はしたままだ。
「人魚姫って、喋らなくて良いんだよ」
「は?」
「晴翔、お芝居とか人前に出るの苦手でしょ? だからさ、人魚姫ならいけるかなって。それに僕、晴翔以外の人がヒロインなんて嫌だもん」
「蓮……」
蓮に見捨てられた訳では無かったのか。それなのに俺は一人で怒って……情けない。そして、理由が嬉しすぎる。
俺はガバッと起き上がって、服を整えながら言った。
「蓮、俺行ってくる」
「行くって? 何処に?」
「美容院」
「美容院って、晴翔。いつもおばさんが切るんじゃ……?」
蓮が呆気に取られる中、俺は蓮の部屋を出た——。
蓮に見捨てられた訳ではなかったが、俺が、俺自身が蓮の隣にいても恥ずかしくない男になりたい。そう思ったから、少しでも変わりたい。
まずは見た目から。
何故なら、俺は怒っているから。
俺は文化祭の劇でヒロインをやるハメになった。それもこれも、蓮が助けてくれなかったから。
恋愛に関しては、俺に嫌気がさしたなら仕方ない。一時の気の迷いだと言われればそれまでだ。しかし、しかしだ。最終的には、蓮によってそうなるように仕向けられた気がする。酷い仕打ちだ。
責任転嫁にも程があるのは重々承知だが、心のどこかで、俺たちは“恋人”なのだから……と思ってしまう。
蓮が謝ってきても口をきかないと決め込んでいたのだが、謝ってくるどころか、蓮の方が怒っている。害を被っているのは俺だと言うのに。
「じゃ」
家に辿り着いた俺は、一応挨拶だけはと思って短く言った。
そのまま玄関先の門扉を開けて中に入ろうとすれば、蓮に腕を掴まれた。
「僕んち寄ってってよ」
「嫌だよ」
今日の俺は怒っているのだ。俺の意気地がなってないと言われればそれまでだが、恋人なら相手が困っていたら助けて欲しい。
そんな気持ちで、蓮の誘いを断った。
しかし、それが蓮を更に怒らせたようだ。冷ややかな口調で言われた。
「晴翔はさ、僕の何?」
「こ、恋人……」
「じゃあ、僕の部屋……来るよね?」
恋人だからと言って、誘いを全て受けるのは違うと思う。けれど、目だけ笑っていない蓮が怖すぎて、YES以外の言葉が出てこない。
「うん」
頷けば、少しだけ機嫌が直ったように見える。ほんの少しだけ。
◇◇◇◇
蓮の部屋に入るなり、乱暴にベッドの上に突き飛ばされた。
「痛ッ……くはないけど、何すんだよ!」
怒って言えば、蓮が上に乗ってきた。頭の横に手をつかれ、蓮の尊い顔面が間近に……じゃなくて、今にも食べられてしまいそうだ。
「晴翔、大好きだよ」
優しく言われ、そのまま口付けされた。
それはいつにも増して激しかった。何も考えられなくなるくらい頭が真っ白になっていく。
糸を引きながら離れていく蓮の唇。ふぅッと一息ついたと思ったら、再び貪られるようにキスされた。
いつの間にやらブレザーは脱がされ、シャツのボタンが全て外されていた。ベルトも外されそうになったところで気が付いた。
「ぷはッ……れ、蓮!」
「何?」
その声は、何だか冷たかった。
「蓮、どうしたの? 変だよ」
「変? 恋人なんだからさ、こういうこともするでしょ。それとも晴翔は、僕じゃ嫌なの?」
嫌なわけない。むしろ、ずっとこうなりたいと思っていたから、念願叶って嬉し泣きしたいくらいだ。
しかし、今は違う気がする。
俺は、綺麗な蓮の頬にそっと手を当てた。
「ごめん。俺、何かした?」
蓮は黙って首を横に振った。
「俺がちゃんと断れなかったから? 蓮に助けばかり求めて、情けない俺に嫌気がさした?」
「……違う」
「責任転嫁して怒ってる男なんて嫌だよね」
言ってて情けなくなってきた。
「ごめん。俺、変わるからさ。蓮に相応しい男になれるように変わるから、そんな泣きそうな顔……しないでよ」
「違ッ」
俺の顔の横に、蓮が顔を埋めてきた。
表情は見えなくなったが、どこか切羽詰まったような雰囲気だ。修学旅行で両想いになった日のことを思い出す。
「ごめん。僕の心が狭いだけ」
蓮がポツリと呟いた。
頭をポンポンと撫でると、蓮が再び謝ってきた。
「ごめん。僕、不安なんだ」
「不安?」
「晴翔が、誰かに……あの男に取られるんじゃないかって」
「あの男……?」
とは、どの男のことだろうか。
「もしかして、三崎? アイツは、女の子が好きだから大丈夫だよ」
「ああ、そっちもいたよね」
「そっちも……?」
他に……思いつかない。
それにしても、嫉妬してくれるのは嬉しいが、それは俺がする心配だ。誰かに取られるのは、俺じゃなく蓮だ。今日も下級生の男に告白されているのを見てしまった。
本格的に変わらなければ、蓮は俺に愛想を尽かして去ってしまう未来しか見えない。
そして俺は気が付いてしまった。
「まさか、蓮。それで、演目を『人魚姫』にしたのか?」
「それでって?」
「人魚姫ってさ、最終的には、王子様は他国の王女様と結婚して、恋が実らず泡になって消えんだろ」
だから、俺達の仲もそうなるかも……と、蓮は言いたいのだろう。うん、間違いない。
「蓮、俺……」
言いかけたところで、上に乗っていた蓮が、ゴロンと俺の横に寝転がった。もちろんシングルベッドに男二人は狭いので、密着はしたままだ。
「人魚姫って、喋らなくて良いんだよ」
「は?」
「晴翔、お芝居とか人前に出るの苦手でしょ? だからさ、人魚姫ならいけるかなって。それに僕、晴翔以外の人がヒロインなんて嫌だもん」
「蓮……」
蓮に見捨てられた訳では無かったのか。それなのに俺は一人で怒って……情けない。そして、理由が嬉しすぎる。
俺はガバッと起き上がって、服を整えながら言った。
「蓮、俺行ってくる」
「行くって? 何処に?」
「美容院」
「美容院って、晴翔。いつもおばさんが切るんじゃ……?」
蓮が呆気に取られる中、俺は蓮の部屋を出た——。
蓮に見捨てられた訳ではなかったが、俺が、俺自身が蓮の隣にいても恥ずかしくない男になりたい。そう思ったから、少しでも変わりたい。
まずは見た目から。



