楽しかった修学旅行もあっという間に終わり、飛行機の中。席順は行きと同じ。

 ただ、行きの元気はつらつな顔はどこへやら。皆、ぐったりとしている。そして俺も。
 早朝から早起きし過ぎたせいで、眠たい。うつらうつらと船を漕ぐ。

「あ、ごめん」

 山田の肩に当たってしまった。そして今度は三崎の方へ。
 二人とも文句一つ言わないが、三崎は朝からずっと溜め息を吐いている。

「はぁ……付いてんのかぁ」
「ん……」
「はぁ……付いてんのかぁ」
「三崎、どうしたんだよ」

 山田が三崎に聞くも、三崎は溜め息ばかり。

「はぁ……付いてなかったらなぁ」
「晴翔。三崎ってば、どうしたんだろうな」
「さぁ……」

 そして、俺は山田の肩にもたれ掛かり、眠りに————。

「ごめん、晴翔」

 山田に手で押し戻された。
 初めて拒絶された。
 普通にショックだが、眠気の方が優った。

「なんか、晴翔が肩に触れる度、殺気みたいな……良くわかんないけど、ゾクッとしてさ。別に晴翔が嫌とかじゃないんだけど」
「殺気……?」

 山田が申し訳なさそうに言いながらも、俺の頭はコテンと三崎の方へ。

「はぁ……付いてなかったらなぁ」

 三崎は大丈夫なようだ。溜め息が煩いが、このまま眠りたい。目を閉じた時だった。

 ゾクッ。

 背筋が凍った。そして、一気に目が覚めた。

 辺りをキョロキョロと警戒するが、窓の外を眺める山田と、溜め息を吐く三崎の姿。そして、通路を挟んだ向こう側に、にこりと微笑む蓮の姿があるだけだった。他は、椅子で見えない。

「晴翔?」

 心配する山田に耳打ちした。

「俺も、殺気みたいなの感じた」
「やっぱ? だよな」
「どっからだろ」
「飛行機テロみたいなんだったらどうする?」
「ヤバッ、修学旅行でそんなん嫌なんだけど」
「てか、オレら殺気分かるなんて凄くない?」
「うんうん。将来ヒットマンとかなれたりして」

 山田とアホな話で盛り上がっていると、三崎が横から声をかけてきた。

「なぁなぁ、晴翔」
「何?」
「一回で良いからさぁ、デートさせてくれよ」
「誰と」
晴香(はるか)ちゃん」
「誰……?」

 三崎は誰の話をしているのか。山田に目配せするが、肩をすくめられた。

「てか、俺に女の子の友達いないんだけど」
「友達じゃなくて……この子」

 三崎に前髪を掻き上げられた。

「わッ、な、何すんだよ!」
「頼むよー、一回だけで良いからさぁ」

 バサバサっと前髪を下ろしていると、三崎は縋るように腕を組んできた。

 再び、背筋がヒヤッと凍る。
 視線だけ動かして辺りを見渡すが、分からない。周囲に意識を集中させていたら、俺を挟んで、山田と三崎が盛り上がり始めた。

「三崎、やっと晴翔の可愛さに気付いたのか?」
「昨日な」
「それで今朝から『付いてんのかぁ』とか溜め息ばっかだったのかよ」
「まぁな。せっかく彼女出来たと思ったのに」
「『出来た』って、晴翔の気持ち無視かよ」
「そういう訳じゃ……ん? 晴翔、どうした?」
「いや……後ろ」
「後ろ……?」

 三崎の向こう側に、アルカイックスマイルの蓮が立っている。普通に怖いんだが。

 蓮は、三崎の肩をトンと叩いて言った。

「もう少しで着くからさ、トイレでも行ってきたら?」
「いや、オレは別に。それに、着くまで後三十分は……」
「ト、イ、レ、行ってきなよ」

 蓮の圧に負けたようだ。三崎は、俺の腕をゆっくりと離した。

「は、はい。行ってきます」

 三崎がトイレに立てば、代わりに蓮がそこにストンと腰を下ろした。

「蓮……?」

 蓮はニコッと笑って、俺の髪を梳くように撫でてきた。

「晴翔。僕以外の人に触らせちゃダメでしょ」
「あ、えっと、うん……ごめん」

 嫉妬してくれたのだろうか?
 それなら嬉しい。
 ちゃんと俺を見てくれていると思うと、調子に乗りそうになる。

「蓮、でも、みんな見てるから……」
「座席高いから大丈夫。それに、みんな寝てるから見てないよ」
「いや、でも、山田とか……めっちゃ見てるけど」

 興味津々にガン見されている。
 蓮に触られたい反面、羞恥でいっぱいだ。

「山田も寝てるよ。ね」

 蓮が言えば、山田が耳打ちをしてきた。

「恋人のフリも大変だな」

 そして、山田は、わざとらしく寝たフリを始めた。

(恋人のフリ……か)

 フリじゃなく、本当に付き合っているはずなのに、不安ばかりが募る。むしろ、フリをしていた時の方が楽だったかもしれない。

 帰ったら、この関係も間違いだったと言われるかもしれない。嫉妬してくれたのだって、一時の気の迷いかもしれない。俺ばかり盛り上がって、現実に戻った蓮は、本当に好きな人と————。

「晴翔?」
「ううん。三崎が座る場所なくて困ってるけど」
「いいよ。僕んとこ空いてるし」
「そうだけど……」
「晴翔。もう良いよ」

 三崎も諦めた様子で、通路を挟んだ向こう側の席に座った。

 蓮は機嫌が直ったようで、いつもの優しい笑顔で自身の肩をトントン叩いて言った。

「晴翔、眠いんでしょ? 僕の肩貸したげる」
「それがさ、さっき……」

 眠気が飛んだことを伝えようとしたが、やめた。俺は、コテンと蓮の肩に頭を寄せた。

「ちょっと借りる」
「着いたら起こしてあげるね」
「ありがとう」

 飛行機が到着するまでの間、俺は蓮と寄り添いながら、重たくない瞼を閉じ続けた——。

◇◇◇◇

 さて、修学旅行を思った以上に満喫した俺は、自室で蓮とお土産を仕分けしている。

「晴翔、これ」
「何?」

 蓮に、小さな紙の包みを渡された。

「GPS」
「え!? いや、そこまでしなくても、もう迷子になんて……」

 ならないとは言い切れない。
 しかし、監視されているようで何だか嫌だなと思っていると、蓮がふっと笑った。

「冗談だよ。晴翔にお土産」
「お土産? 俺に?」
「開けてみて」

 上機嫌な蓮の前で包みを開ければ……。

「うわ。めっちゃ可愛い」

 可愛らしい小鳥のキーホルダー。しかも、赤と青のペア。二羽の小鳥が仲良くほっぺをくっ付けている。

「恋人になった記念に、お揃い。可愛いでしょ?」

 恥ずかしい反面、嬉し過ぎて言葉にならない。俺は言葉の代わりに、コクコクと頭を縦に振った。

 赤い方を早速家の鍵に付けてみれば、チリンと可愛らしい鈴の音がした。

「ごめん、俺。何も考えてなかった」

 何か蓮にあげられる物はないかと、お土産を漁ってみた。しかし、どれも身内にあげるお菓子ばかり。これと言った物がない。

「大丈夫。晴翔には、もう貰ってるから」
「え?」

 俺は何かあげただろうか。終始迷惑しかかけてないんだが……。

 キョトンとしていると、蓮にグイッと腕を引っ張られた。俺はそのまま蓮の胸にダイブした。

「一番欲しかったモノが手に入った」

 そう言って、頭をよしよしと撫でられた。

「はは……それって、俺ってこと?」

 冗談混じりに言えば、照れたように頷かれた。

「そうだよ」

 蓮の心臓の音が間近で聞こえてきた。俺の心臓も負けじと早く鳴り出した。多分、競争したら俺が勝つ。

「僕の晴翔は、絶対に誰にも渡さないから」
「それはさ……」
「ん?」
「ううん。蓮って、案外重いんだな」
「嫌……?」

 不安そうに聞いてくるので、俺は目を瞑って蓮の心臓の音に耳を澄ました。

「……嫌じゃないよ」

 蓮の鼓動が更に早くなったのが分かった。
 顔を上げれば、蓮と目が合った。そして、そのまま触れるだけの口付けを交わした。

 ——余計なことを考えるのはやめよう。
 今は、愛されてる実感がある。蓮の愛が一心に伝わってくる。それで十分だ。

「蓮、好きだよ」