※蓮視点です※

 晴翔に“親友”と言われた。

 それは、嬉しくもあり、悲しくもある。

 僕は晴翔と友達で終わりたくない。恋人になりたくて、フリなんかじゃなくて、本物の恋人になりたくて言った。

『僕は、晴翔を親友だなんて……友達だなんて一度も思ったことないよ』

 続きがあったのに、晴翔は聞かずに僕から離れて行った。

 誤解だからと、続きがあるんだと、必死に晴翔を探した。

 でも、本当の気持ちを伝えれば、友達にも戻れないかもしれない。恋人にもなれず、友達にも戻れない。そんな関係はツラい。

 けれど、知ってしまったから。

 晴翔の手の温もり、唇の感触、胸のドキドキ。あれを手放したくないから。僕は告白することに決めた。

 それなのに、晴翔は見つからなかった。

 スマホは部屋に置いてあるし、連絡しても意味はない。僕は自分の部屋で待った。晴翔の部屋の灯りがつくのを。

 それがついたのは、二十一時を過ぎてからだった。流石に迷惑だろうと思って、翌朝起こす時に言おう。そう思ったけど、晴翔は既に出かけた後だった。

 話す間もなく、修学旅行が始まった——。

「あの、葉山君。佐倉君の連絡先教えてくれない?」

 クラスメイトの女子だ。

 まさか、晴翔を狙っている?

 僕が恋人なのを知っているだろ。と、怒ろうとした時、彼女は言った。

「佐倉君、はぐれちゃったみたいで。時計台までは、一緒にいたんだけど」
「え!? 晴翔が!?」

 まずい。晴翔は極度の方向音痴。
 
 自力で戻ってくることは困難だ。普段見つけだすのも一苦労なのに、こんな知らない土地で探し出すのは至難の技だ。

「ッたく、あれほどみんなに付いて行くように言ったのに……無理しても僕が一緒の班になるべきだった」

 後悔ばかりが押し寄せる。

「みんな佐倉君の連絡先知らなくて、葉山君だったら知ってるかなって」
「晴翔、真面目だから多分スマホは持って来てないよ」

 禁止と言われても隠して持ってくる人が多い中、多分、絶対、晴翔はスマホを持って来ていない。こんなことならGPSをつけておくんだった。

 僕は焦りながらも彼女に指示を出した。

「とりあえず、先生に伝えて来てくれる? 君達まで行方不明になったら困るから、後は先生の指示を仰いで」
「うん。葉山君は?」
「僕は探してくる。あ、集合場所には行けないかもしれないから、旅館に直行するって伝えといて」
「分かった」

 僕は、ひとまず時計台まで行くことに——。

◇◇◇◇

 晴翔は班のメンバーを探す為に、とりあえず観光名所を目指すはず。だから僕は、観光名所ではないところばかりをしらみつぶしに探した。

 晴翔は地図を見ながらでも、行きたい方向とは真逆に歩くのだ。きっと今回もそうなっているはず。

 ——そして探すこと一時間。

 やっと目撃証言が得られた。

 女性に晴翔の写真を見せると、近くのキッチンカーを指差した。

「その人なら見ましたよ。そこのお店で関西弁の男の子とアイス食べてましたよ」
「関西弁? 僕と同じ制服着てるはずなんですけど」
「はい。関西弁の子は違う制服着てましたけど、こっちの子は、お兄さんと同じ制服着てましたよ」
「そうですか……ありがとうございます」

 礼を言って、次はキッチンカーへ——。

「ああ、来たよ。なんかノリの良い兄ちゃんと手ぇ繋ぎながらさ、一つのアイス二人で食べてたよ」
「手……二人で一つのアイス……」

 つい、晴翔の写真を持つ手に力が加わった。

 クシャッとなったことに気が付いて、急いで写真の皺を伸ばした。

 ちなみに、晴翔の写真は肌身離さず持っている。どのアングルからも楽しめるように、普段から十枚は持ち合わせている。

「ちなみに、どっちに行きましたか?」
「あっちだよ。あれは絶対デキて……」
「ありがとうございます」

 キッチンカーのお兄さんは、まだ何か話したそうにしていたが、僕は話を切り上げて晴翔が向かった方角を目指した。

 ——それからも、度々目撃証言が得られた。

 そして、必ず皆が口にする。

『手を繋いでいた』『仲良さそうだった』『二人で一つの物をシェアしてた』

 心配よりも、怒りが込み上げて来た。

 見たこともない関西弁の男に、嫉妬を通り越して殺意まで湧いて来た。殺したりはしないけれど。

 既に空は暗くなった頃、ついに僕は目撃証言を頼りにある場所に辿り着いた。

「ここって……」

 僕らが泊まるはずの旅館だ。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
「あの……」
「お探しのお方なら、随分と前にいらっしゃっておりますよ」

 女将さんが丁寧に挨拶をしてくれ、その後に先生らも小走りにやって来た。

「葉山、悪かったな。佐倉には、しっかり説教しておいたから」
「晴翔は、今どこに?」
「あいつは部屋にいるが、他の皆は食堂にいるぞ。葉山も荷物置いて食事にしなさい」
「……はい」

 いつものように、優等生の笑みは出来なかった。そんな余裕が無かったから。

「では、こちらへ。お部屋へご案内致します」
「お願いします」

 僕は怒りを極力抑えながら、晴翔のいる部屋に案内された。

 ガラガラガラ——。

 晴翔は、窓際で膝を三角に折って外を眺めていた。

「晴翔」
「わッ、れ、蓮」

 晴翔は、バツが悪そうに、ゆっくりと窓側の小さな空間の障子の裏に隠れた。

「蓮、ごめん。俺を探してくれてたって……」
「そうだよ」

 僕は、荷物を置いて乱暴にネクタイを外した。

 イライラする。

「ねぇ、何で隠れるの?」
「だって……」

 イライラする。

「晴翔はさ、何してたの?」
「俺は……迷子になって、親切な人にここまで案内してもらって」
「関西弁の男?」
「え? 何で知っ」

 晴翔が思わず障子から顔を出して、引っ込めた。

 僕は晴翔のいる方へと一歩ずつゆっくりと近づいた。

「仲良く二人でアイス食べたの?」
「仲良くなんて……」
「アイスは、食べたんだ」
「良いだろ。別に」

 イライラする。イライラする。

 晴翔の前に立てば、晴翔は怯えたように小さくなっていた。

 怖がらせたい訳じゃないのに、イライラが止まらない。

 晴翔の前にしゃがみ込み、晴翔の顔の横から壁にドンッと手をついた。

「ひっ、ごめんなさい」
「晴翔、何で謝ってんの?」
「だって……俺の為に探し回ってくれて……」
「そうだよ。晴翔が心配だったからね。でもさ、晴翔はこんなことしてたんでしょ?」

 僕は、壁についていない方の手を晴翔の小さな手に絡めた。

「いや、こんな繋ぎ方では……」
「繋いだのは認めるんだ」
「で、でも、あれは迷子にならないようにって」
「言い訳は聞きたくないよ」
「蓮、何でそんなに怒って……ひっ、ごめんなさい」

 随分と怖がらせてるのは分かる。分かるが、止められない。

「晴翔は、僕の恋人なんだよ。分かってる?」

 こくりと頷く晴翔の唇に、僕は強引にキスをした。

「んんッ……」

 泣きそうな晴翔をこれでもかと言わんばかりに、強く抱きしめた。

「もう離さない。絶対離さない。晴翔が逃げても追っかける」
「蓮……」
「晴翔、好きだよ。愛してる」