それから俺は、夜まで帰らなかった。

 どこにいたかって? 

 近くの公園。
 タコみたいな遊具の中で、一人泣いていた。蓮が俺を探す声が聞こえたけれど、出られるはずもない。

 好きな人に、まさか友達以下だと思われていたなんて————。

「なぁ晴翔。彼氏と喧嘩でもしたのか?」

 三崎だ。飛行機の隣の席から小さな声で話しかけてきた。

「別に。元々彼氏でも何でもねーし」

 むしろ友達以下だ。

 反対隣から、山田もチョコレートを配りながら小声で言った。

「早く仲直りしないと、せっかくの修学旅行が楽しくないだろ」

 ちなみに小声で話しているのは、当の本人が、通路を挟んだ向こう側にいるから。俺もささやくように言葉を吐いた。

「悪かったな。自由行動は、俺抜きで楽しんでくれ」
「えー、晴翔いないのに、蓮と何話せば良いんだよ」
「は? 何でも良いだろ」

 蓮は誰とでも仲良く出来る。今までも、俺がいない所で三崎と山田と蓮の三人が話していたのは、何度も見たことがある。

 三崎も山田に貰ったチョコレートをパクッと食べながら言った。

「あいつ、お前がいないとめっちゃ不機嫌なんだよ」
「は? 蓮が不機嫌?」

 あり得ない。人間なのでたまには不機嫌にもなるだろうが、蓮に限ってはあり得ない。

「冗談だろ? 今日もずっとニコニコしてんじゃん」

 今朝は、蓮が起こしに来る前に起きて登校した。それからも無視し続けたので、蓮とは話していないが、蓮がクラスメイト達と話す様子を見ていても、いつも通りのスマイルを見せている。

 だから腹が立つ。

 俺はこんなにも悩んで、苦しくて、悲しくて、痛いのに。
 
「前にさ、山田が蓮に冗談で言ったことがあるんだけどさ」
「ちょっ、三崎。その話はダメだって」

 山田が、俺を挟んだ向こうにいる三崎の口を焦った様子で塞ごうとしたので、俺は山田の手を払いのけて三崎に聞いた。

「山田が何言ったんだ?」
「はは、コイツ彼女が出来ないもんだからさ、『もう、晴翔で良いからさ、抜き合いとかしてくんないかな』って」
「なッ、山田」
「だって、お前。髪で隠してるけど、顔カワイイじゃん」

 俺は、山田から気持ち離れようと、お尻を少し三崎側に寄せた。

「ちょ、晴翔。引くなよ。冗談だから」
「お前、冗談でそんなこと言うなよ……」
「本気なら良いのかよ」
「嫌だけど」

 とにかく山田とは無理だ。

 そして、いつ素顔を見られたのか。気を付けなければ。

「てか、それで何で蓮が不機嫌になるんだよ。関係ねーだろ」
「だろ? オレもそう言ったらさ、更に怒らせたみたいで、暫くオレにだけ口聞いてくんなかったんだぜ」
「ついでに、オレもとばっちりな」
「三崎も? まさか」
「本当、まさかだよ。なのにさ、晴翔といる時は普通に話してくんだよ」
「だからさ、晴翔がいないのに、三人で観光なんて無理!」

 三崎がキッパリ言ったところで、着陸前のアナウンスが流れた。

【間もなく、着陸体制に入ります。シートベルトを締め直し————】

「「てことだ。仲直りしろよ」」

 両方から肩を叩かれた。

「はぁ……」

 幸い本日は自由行動はない。明日の五稜郭タワー内と函館山くらいだ。

 でも、仲直りって……どうすりゃ良いんだよ。

 『友達になって下さい』とでも言えば良いのか?

◇◇◇◇

 そして、やってきました北海道!!

 昼間は肌寒いが、制服だけで丁度良い気候。夜は、これよりも寒くなるのだろう。

 初日は五人一組の班になって、札幌の決められた場所を見て回る。

 運が良いのか悪いのか、俺と仲の良い人はいない。相槌を打ちながら、後ろをひっそりとついて歩けば良い。

 そう思っていたのに————。

「あれ?」

 後ろをついて歩いていたはずなのに、誰もいなくなった。いや、いるにはいるが、知らない学生さん達。

 間違えて別の修学旅行生について行ってしまったようだ。

「うわー、時計台見た後は、大通公園だっけ? どこだよそれ」

 自慢じゃないが、俺は極度の方向音痴だ。知ってる場所でさえ迷うのに、こんな未知の場所なんて分かるはずもない。

「こういう時は、蓮だ……って、スマホ禁止だから持って来てないんだった」

 それに、俺がこんなダメダメだから、だから蓮は俺を友達とも思ってくれないんだ。一人でどうにかしないと。

 立ち止まって、キョロキョロしていると、後ろから肩をトンッと叩かれた。

「一人で、どないしたん?」
「え?」

 さっきまで俺が間違えてついて行った高校の制服だ。そこの男子高校生の一人に声をかけられた。

「あ、えっと……」
「迷子?」

 良い年して恥ずかしいが、嘘を吐いてもしょうがない。

「まぁ、そうです」
「しおり見せてみ」

 返事をする前に、持っていた修学旅行のしおりを奪い取られた。そして、本日のスケジュールのページにザッと目を通した彼は言った。

「なるほどな。ほな、行こか」

 彼は躊躇いもせずに、俺の手を取って歩き出した。

「あの、えっと……」
海斗(かいと)。おれの名前」

 振り向いてニカッと笑う海斗は、初対面なのにそれを思わせないような雰囲気がある。

「えっと……海斗さん。何処へ行くんですか?」
「迷子センターや。放送してもろた方が早いやろ」
「なるほど。って、こんな外に迷子センターなんてあるんですか?」

 そして、高校生で迷子センターなんて、黒歴史にも程がある。

「ははは、冗談やって。先回りして旅館で待ってる方が早いで」
「確かに」

 残りの時間は、各班で観光名所を一通り周り、終わったら旅館で夕食だ。

「でも、海斗さんも連れがいるんじゃ……?」
「かまへん、かまへん。おれらも修学旅行やけど、そこの隣の宿や。目的地一緒やからええやろ」
「いや、でも、一言くらい言って来た方が……」

 海斗と同じ制服の高校生は、そこら中にちらほらといる。

 しかし、気にした素ぶりも見せず、海斗は歩く。

「タメ口でかまへんよ。どうせ同い年やろ」
「……多分。俺、高二です」
「ほら、一緒や。また迷子にならんように手ぇ離しちゃアカンで」
「うん」

 俺は、海斗の手をギュッと握り返した。

——これが、海斗との初めての出会い。