昼休み、2年7組の教室で久しぶりにサンタコンビが顔を揃えた。
サクタ・アヤタ・ソウタの三人。三タ。
高校生にもなると普通は新しくできた友だちとは苗字で呼び合うことが多いが、この三人は入学当初に名前が似ているということがきっかけで親しくなった経緯があってファーストネームで互いに呼び合っている。周りからは小学生の頃から仲が良かったのかと勘違いされることもある三人組だった。
「いや、サクは太郎がついてんじゃんサクタじゃないじゃん」
1年から同じクラスの恋多き男、綾大は名前の話になると毎回厳密に突っ込んでくる。ハンドボール部の綾大は恋愛にもポジティブで何にでも白黒はっきりつける性格だ。リーダーシップが自然に取れる覇気のある男で夏には部のキャプテンを指名されるんじゃないかと言われている。
「もう忘れて。太郎はいない。どこにもない。後輩には朔太で自己紹介してんだ。言うなよ綾大」
「わざわざ言わないけどさ。ギャップ萌え狙ったらいいじゃん」
「ギャップって、何?」
「え?そのまんまだけど?おまえの場合名前と見た目のギャップな。朔太郎って名前だけだとなんかゴツいイメージ持っちゃうけどさ。なぁ創太?」
「うん。1年のクラス発表で同じクラスに瀧朔太郎って名前あるの見た時は10秒模造紙をガン見しちゃった。どんな男だろうって」
創太が三人で輪になった中では一番高い位置からの目線を二人に向けて、柔らかく言った。
創太は吹奏楽部でドラムや打楽器を担当している文化系男子で、口数はそんなに多くないが音楽の話になるといくらでも喋っている。
「こんなに可憐な顔してるコが朔太郎って名前なのに、まずは驚いたよね」
「可憐って言うな!」
涼しい顔で創太が言い放つ言葉に対して朔太郎が吠える。それを綾大がなだめるのがお決まりのパターン。これは創太が別のクラスになった今も同じだ。
「まぁまぁホントのことなんだからさ。創太、今さらだけどさ。やっぱサクの名前見て瀧廉太郎を連想した?」
「うん。大正や明治っぽい名前がなんだか古くて新しいと感激したなぁ」
「大正じゃねぇわ!明治はさらにねぇわ」
今日は午後からの授業を教師に頼んで自習にしてもらい、生徒主体で体育祭のことを話合う日だった。まずは2年生の2クラスが合同で、次の時間はさらに3年生と1年生合流で。
朔太郎の高校では6月中旬に学年縦割りのチームを作って団対抗で競う体育祭をする。三学年の10クラスがそれぞれ2クラスずつペアになり、赤・青・白・黃・紫の団を作る。応援合戦の衣装や演し物は全て3年生がリードして形にしていく。
運動が苦手な生徒も企画や裏方で巻き込みながら進んでいく体育祭はクラス以外の生徒と交流する大きな行事なので、出逢いの場だと言える。
朔太郎は綾大が口癖のように「可愛いコに出逢いたい」と言うのを聴いていて、肉食系男子の生態はこの綾大から学んでいた。
自分はそうじゃないから。
体育祭といえば応援合戦のダンスのことしか頭に浮かばない。
この日まではそうだった。なのに。
朔太郎たち2年生は男女ともに多くが応援団に入ることになる。役割分担を五月には決めて一ヶ月で準備、練習と熱を入れていくのが恒例だ。朔太郎は1年の時、最初の学年では数人しか入れない青団の応援団に入ってダンスを先輩に教えて重宝がられたりしてワクワクした。その体験があったから2年生の今年も燃えていた。応援合戦のダンス、今年は紫団をいちばん盛り上げていきたいと心を弾ませていた朔太郎に、恋だの愛だのトキメキだのは無縁だった…それなのに。
紫団の応援団員に誰がなるか、チアの衣装はどうするか、音楽担当は?応援合戦はどんなテーマで行くか?それを話し合った1時間後にサンタコンビは顔を突き合わせて先程の馬鹿話をしていたのだが、結局7組の朔太郎と綾大は応援団員、8組の創太は音楽の選曲や音響を担当することになった。
女子でもチアをやりたい生徒もいれば、学ランを来て応援団員をしたい女子生徒もいる。男女ともにどちらも希望しないが衣装作り等を担いたいと願う生徒もいる。高校生になると教師の介在無しに、そんな話合いを前向きに進めていける。最終決定は紫団長を務める3年生を加えてからの次の時間になるが、2年生だけでもテーマを絞って次の時間でプレゼンしていくことになる。
そんな6限目は、さすがに教室に三学年2クラスの生徒は収容しきれないため5団がそれぞれ美術室、視聴覚室、音楽室、技術家庭科室、講堂に別れて作戦を練っていく。当日の演し物は企業秘密みたいなものだ。各々がよその団が思いも寄らないような派手な演出をしたいと、朔太郎みたいな生徒はそればかりを考えて過ごす一ヶ月。綾大みたいな男は恋に燃える一ヶ月。
「うわ1年みっちり居てせっま!可愛いコいるかな?ここに先輩たち来たら祭の賑わいだな」
音楽室の入り口で綾大が笑いながら朔太郎を振りかえった。
その綾大の肩越しに、一人の男子生徒の顔が目に飛び込んできて朔太郎は立ち止まる。
「おっとどうした?」
後ろを歩いていた創太の鳩尾に朔太郎の頭がおもいきりヒットしたはずだが、朔太郎が華奢すぎて創太にはノーダメージだったようだ。
「俺に愛を教えてくれたヤツがいる」
「は!?」
綾大と創太が入り口を他の生徒に譲り、朔太郎を抱え込むようにして脇に移動する。
「おまえさっき何て言った?愛?」
綾大が眉間に皺を寄せて尋ねてきた。
今まで“好き”も“好み”も“愛”も対象がダンスとか猫とかの話ばかりだった朔太郎の意外な言葉に、友人たちは驚いたようだ。
「俺に向けてのものじゃない。小さきものに向けての愛」
「サクタ…大丈夫?」
創太が心配そうな顔で見下ろしてくる横で綾大が畳み掛けてくる。
「最近ダンスしすぎなんだよ。頭振りすぎたんじゃねえの。そいつ女子?男子?」
朔太郎は「男子」と短く答えて2人より先に音楽室に入っていった。
先週の月曜日の朝に朔太郎を睨みつけて歩き去った男子は、今は前の黒板を向いて席に座った1年生の集団に溶け込んでしまった。
もちろん笑わず、心持ち不機嫌そうな顔で。見えなくなってからも残像さえ残りそうなほど。
朔太郎は視線を巡らせている自分にふと気付き、人混みで誰かを探すという初めての行動を取っている自分にちょっと驚いた。
3年生も後ろから入ってきて、さらに音楽室は密度と熱気が高まる。
今年紫団長を務める越後という名前の色白で賢そうな面立ちの3年男子が、前に立って挨拶をした。この一ヶ月心を合わせていく仲間だと、皆が周りに目を向けて縦にも横にも繋がれるようにと少しずつ鼓舞していく声掛けはさすがだった。団長自身や副団長の紹介をしたあと、越後は音楽室に集まった二百人近い生徒に向かって問いかけてきた。
「で、今年の応援合戦。こんなテーマで行きたいってアイデア持ってるヤツがいたら教えて?」
朔太郎はすぐさま頭上に真っ直ぐ手を挙げる。
「元気だね。2年生?前に来てアイデア聴かせて」
「はいッ!」
朔太郎は綾大と創太の間から前に飛び出す。2人が拳で朔太郎の背中をドンと叩いて無言でエールを送ってくれたのを心強く感じた。
「2年7組の瀧朔太です」
そう言って壇上で越後の隣に立ち、音楽室にひしめき合う紫団の生徒たちの顔を追ってゆっくりと視線を移していった。
「紫団のテーマ、今年はウエストサイドストーリーを下敷きにするのはどう?紫色ってちょっと影がある感じがこの世界観に合ってる。暗さを明るさに変えてアレンジして。それに、来年初めてブレイキンがオリンピック競技として競われるんだよ?ブレイキンの要素を応援合戦に取り入れてみるのはどうかな。二つのグループに別れてダンスで競い合いながらも互いに絆を深めていくっていうのを見せ場にしたい」
朔太郎はそう言って、さらに大きく息を吸ってから笑顔で言い切った。
「ブレイクダンス、ダンス初めての生徒でも出来るようにアレンジする。皆でやってみようよ。ダンスは愛だ。ローカルでヒップホップでちょっとリアルなのがいいんだ」
いいね、アツイね、楽しそうだな。
たくさんのざわめきが聴こえてくる中で朔太郎が横を向くと越後が目を細めて笑っていた。
「いちおう3年の中でも構想は練ってたんだけど瀧のプレゼンで吹っ飛んだ。いいね。瀧、去年青団の応援合戦で真ん中で踊ってたよな?今思い出したわ」
団長にそう言ってもらえた朔太郎が心沸き立たせて1年生の顔を見渡していると、笑っていない男子と目が合った。
(仔犬にはすっごく優しい顔で笑うくせに)
朔太郎は心の中で呼び掛けた。
❍ ❍ ❍
グランドレベルレヴォリューションをしたというソラアヲの1階スペースは、外からの光がたくさん入ってきて朔太郎を心地よくさせる。
木のカウンターの向こうから珈琲の香りが漂ってくる1階。甘党の朔太郎が気になる小さなカフェコーナーではシフォンケーキやチーズケーキが看板メニューになっている。
深くて大人びた香りに惹かれて初めて焙煎した珈琲を飲んだあと、朔太郎はダンスの自主練をしていて目眩に襲われ倒れてしまったことがある。結陽たちに介抱され、水を飲まずに練習していたからだと怒られたが、朔太郎は珈琲のカフェインが自分の身体には合わないんだと気付いた。
だから、どんなに良い香りがしても、どれだけカウンターに頬杖ついてマグ片手に大人っぽく振舞いたくなっても、今は嗅覚だけで楽しむようにしている。
三和土になっているフロアから靴を脱いで1段高くなった奥のスペースに上がると木のフローリングが広がっていて、本棚にある本を自由に読める空間になっていた。
「ここに大きな鏡があったら最高なんだけどなぁ」
朔太郎は何度目かの呟きを言葉にした。
「サクにぃ。それ先週も言ってた」
小学校5年生のわこが笑う。
「わこちゃんだって鏡あったら前向いて踊りながら俺のステップも鏡で見て真似しやすいだろ?ソラアヲ!さらにレヴォリューションしてくれ〜」
朔太郎はわこの横でランニングマンのステップを踏みながら声をあげた。
朔太郎がソラアヲに寄る月水金のうち、水曜日は子ども食堂で夕食を食べるわこからダンスのいろはを教えてくれとせがまれて簡単なステップを一緒に練習している。
「わこちゃん。俺、金曜日最後に入って来週から一ヶ月ここ休む。体育祭の応援合戦ダンスに力入れるからさ。ソラアヲ次は6月20日以降な」
「あ、そうなんだ。サクにぃに、会えないの、残念〜」
わこがランニングマンを練習しながら息を弾ませて応じた時、朔太郎は大きなガラス窓の向こうを歩く1年生を見た。
「わこちゃん、休憩!お茶してて」
朔太郎は三和土に降りてスニーカーを履き、ソラアヲを飛び出した。
「佐倉!」
朔太郎が背中に向かって呼び掛けると、緑色のTシャツとジャージ姿の生徒がゆっくりと振り返って言った。
「なんで俺の名前知ってるんですか?」
一度はキツく朔太郎を睨みつけたこともある目は今も冷ややかで、およそ温かみというものがない。
「知ってるよ。紫団の応援団員になったんだろ。名簿で見た」
1年生からは7組8組の男子と女子合わせて10人が応援団員に立候補してきた。朔太郎は音楽室でのプレゼン後、帰り際に越後団長のところに団員希望の1年生が集まっている中に知っている顔を見つけて、かなり驚いた。
笑わないアイツ、団員すんの?
1年生は多くが衣装作りに関わりながら応援合戦を周囲でサポートしつつ2年生から本格的に団員となって盛り上げていく。それでも1年生からも数人だけ熱く盛り上げて応援したいと希望する生徒を団員に入れていく。だから1年生は少数精鋭の面々になるし、だいたいが社交性が高くて人前でパフォーマンスするのが大好き、目立つの最高と言えるような男女が手を挙げてくる。
だからこそ意外すぎて、後で越後団長に尋ねたのだった。この1年生名簿の中で笑ってなかったヤツの名前はどれですか?って。
その聴き方がおかしかったのか、大笑いしながら越後が指差した名前が「佐倉玲伊」だった。
「おまえそれワンゲルのTシャツ?ワンダーフォーゲル部なんだ」
朔太郎は佐倉に近付いて緑Tシャツに書かれたロゴに気付いた。口惜しいけれど相手を45度の角度で見上げながら朔太郎は話すことになる。
「そうですけど。…で?」
「で、何にもない」
「は?」
「歩いてるのそこから見えたから声掛けただけ」
朔太郎は斜め後ろのソラアヲの建物を親指で指しながら正直に答えた。
佐倉はソラアヲをじっと見ていた。朔太郎のような柔らかい髪質と違って、同じ黒髪でも硬そうな髪質を短めに整えた髪型をしている佐倉は、確実に朔太郎より大人びて見える。
「ここ変わった名前の建物だと思ってた。ここで何してたんですか」
そう尋ねながら佐倉が朔太郎に目を向けた時は、なぜか佐倉の目の冷たさが少し溶けて柔らかさが増していた。
「バイトしてんの」
「うちの学校バイト禁止でしょう?」
「んなことない。福祉系教育系の場所だったら許可が出ることがある」
「へぇ。知らなかった」
朔太郎は佐倉と喋りながら、コイツあの時みたいに笑わないかなぁとどこかで自分が望んでいるのに気付いた。
俺は優しくて温かいものに飢えてるのかもしれない。あの甘い笑顔、人間相手にもするんだろうか。
…しなさそうだな。
「じゃあこれで」
佐倉が背中を向けて歩き出した。
「佐倉、山登るの好き?」
佐倉は質問した朔太郎に顔だけ向けて立ち止まり、背中越しに右眼で見下ろしてきた。
「…まぁまぁ」
「紫団の応援団も頂上を目指す。ダンスがんばれよ」
「…先輩よく喋るね」
佐倉は呆れたように言って、もう一度朔太郎に向き合うように振り返って目をしっかり合わせた。
睨まれてないってだけでなんだか安心するよな、コイツの場合。
そう思うと朔太郎に優しい気持ちが芽生えて、よく通る声で返事をした。
「自分自身の物語を、青空を見上げながら、風の声を聴きながら、もう一度紡ぎなおす場所の住人だからじゃない?俺が」
もともと口数が多い朔太郎だったが、NPO法人のバイトを続けていることで社交性は否が応でも高まっている。
佐倉は驚いた顔をして朔太郎をしばらく見つめていた。
ソラアヲの苦味と酸味がブレンドされた珈琲の香りがここにまで届いた。珈琲をテイクアウトした住人が扉を開けて出入りしたんだろう。
「あんた変わってるね」
「そう?」
「ダンスと福祉が共存するんだ」
「コミュニティワーク面白いぞ。ダンスは愛だ。金曜日から紫団の練習な」
「ついていく自信、打ち砕かれたじゃん。愛って何だよ」
そう言って、佐倉が少しだけ、笑った。
わぁ。なんなんだこの落差?
すごくいい。もっと見たい。なんだこのアガる気持ちは。
・・・ツンデレ男、最強かよ。
「愛ってのはアレだ。オマエが仔犬に見せてたヤツ」
そう朔太郎が照れた顔で言うと、佐倉はスッと笑顔を消した。
「は?今なんつった」
あ、失敗したかな。
朔太郎は黒いオーラを瞬時に纏った後輩の前で感心した。敬語からタメ語、さらにそこからの俺様語へのシフトチェンジ、速すぎるだろ。
そう思ったら可笑しくて、野獣のような表情になった後輩の前で朔太郎は笑い続けてしまった。
笑いすぎて涙が滲む。
こういう涙は、久しぶりかもしれない。
❍ ❍ ❍
若葉が美しい、梅雨に入る前の特別な季節。朔太郎の血湧き肉躍る一ヶ月の幕が切って落とされた。
講堂の窓から校庭のソメイヨシノの葉が生み出す緑の波を見ている朔太郎の頭の中で、今もドラマが展開している。
紫色のTシャツに破れたジーンズを履いている不良少年少女グループのような一群。
対峙しているのは富裕層を匂わせる洒落た服装をしている見た目ハイソな一群。こちらは紫色のタイかスカーフでばっちりキメている。
二つグループが互いを睨みつけ、一触即発の火花が目に見えるようだ。
Tシャツ集団が先にアップテンポな曲のリズムで身体を揺らし始めると、ハイソ集団は揃って腕組みをして不敵な笑みで冷たい視線を相手に送る。曲はやはり『Jet Song』。ウエストサイドストーリーをそのまま真似するのは芸がないから、ジェッツとシャークスみたいにどちらも不良グループにはしない。うちの高校は東校だから、イーストサイドストーリーってとこか。
あ、でもラストはあの曲入れたい。カウント取るのマジ難しいけど。
朔太郎の脳内ソングが『トゥナイト五重唄』へと切り替わる。
「あ〜!ジャスティン・ペックまじ天才!この後ろから前に出ていくステップ!アヤソウこれどう思う?」
朔太郎は窓の外を見ながら一緒に頬杖をついていた綾大と創太に向かって叫んでその場で踊って見せた。
3学年合同練習の10分休憩の間も、朔太郎の身体の中はダンスのリズムとグルーブで揺れている。
「おまえほんっと頭ん中ダンス一色だな」
そう言って綾大が苦笑いしている後ろで、創太も歯を見せて笑っていた。
で。
笑わないアイツ。
団員になっちゃってさ。ダンスすんの?不愛想な顔したまま踊んの?
まぁ偶然にも今回のダンスのテーマにはあのぶっきらぼうさが合うんだろうけどさ。
去年の青団の時は1年坊主あまりしゃしゃり出んなよ圧を尊重しながら応援合戦のダンスに関わっていたから、朔太郎的に少しブレーキをかけていたかもしれない。でも今年の紫団では思う存分暴れられる。後輩だとダンス指導もやりやすいし、3年生も去年の青団が応援合戦で優勝した際に1年生の朔太郎がリードしていたのを観ているからダンスは任せたと言ってくれている。
3限4限は紫団が貸し切った講堂で、休憩後の4限目に衣装班と音楽班、そしてチア女子を除いた団員の前に立ち、朔太郎は頭の中にあるイメージを伝えた。だいたいのプロットは予め3年生の越後団長と木原副団長には説明して了解を得ている。
3年7組の委員長をしている仲川麻美が朔太郎の横でホワイトボードにすばやく構成を書き込んでフォローした。
「つまり、見た目は不良グループと優等生グループみたいに分ける訳ね?」
「まぁそうッス。俺の頭ン中のイメージは優等生なのかどうかはわかんないけど見た感じはビシッとしてて。紫色のモチーフは洒落たものでどう?ネクタイとかリボンとかスカーフとかさ」
朔太郎が投げかけるとフロアの団員で熱く議論になる。体育祭が初めての一年生だけは聞き役に徹しているが、だいたいのメンバーの瞳が輝き出す。ものを創り上げるプロセスは心も鼓動も揺さぶられる時間だ。
「うんうん。皆バラバラだけど紫色は全く同じにしてさ。サテンの布で衣装班に作ってもらおうぜ」
「いいね!不良グループのTシャツは皆お揃いにする?」
「上は揃えて統一感出してさ、ダメージジーンズとかスカートだけそれぞれ替えたらいいんじゃねぇか?」
「え?やだスカートで踊るの?女子だってパンツスタイルでもいいでしょう?」
「いや女子の皆がスカートでなんて昭和なこと言ってるワケじゃなくて。スピルバーグの撮ったウエストサイドストーリー観た?女子のスカートがバッサバッサ揺れるの、凄かったよ」
朔太郎は小さな身体だけど大きな声が出る。
「細かいことはまた後で!」
同時にパンッと手を叩くと場が静まった。
「とりあえず2グループに分かれてみない?」
朔太郎はその後、2グループそれぞれにリーダーを決めてもらい、来週からは紫団が講堂を使える昼休みにグループごとにダンスの練習をすることを言い渡した。
そうそう教師も授業を潰して体育祭準備に時間を空けてくれない。今日が最後だ。集中して細部を決めて、後は昼休みと放課後に固めていくしかない。
月・水は不良グループ
火・木は優等生グループ
金は合同で練習!
そして各自、自主練!
6月9日金曜日(19時〜)
赤松会館泊まり込み合宿にて仕上げ!
攻めろ!紫団!本番は16日!!
麻美がホワイトボードに大きく書いた。
「瀧先輩は怒んないね」
「ん?」
優等生グループを選んだメンバーが自己紹介をしていた輪の後ろから、どちらも指導するフリーな立場の朔太郎が顔を覗かせて佐倉の横に腰を降ろした時だった。
越後団長と木原副団長が輪に近付いてきて皆の細かいアイデアを聞き始めてガヤガヤしはじめたところで、佐倉が小さな声で右隣に座った朔太郎の左耳に囁いてきた。
「俺がタメ口で喋ってもさ」
「あぁそれ?俺だってダンス教えてもらってる大学生にもタメ口だし、中学1年からもタメ口きかれてるし。ダンスは愛だ」
「…それ、前にも聞いた」
「佐倉はダンス好き?」
朔太郎は二日前に全く同じトーンで山登りが好きかを背中越しに問うたことを頭に浮かべた。今は横並びに佐倉の顔を覗き込むようにして問うている。
「好きじゃない」
「そっかぁ。団員希望したのはなんで?」
「…それ、答えないといけない?」
「いけなくない。いけなくもない。いけたら聞きたい。いけたらでいい」
「アタマ大丈夫?」
「ダンスしすぎって言われたわ。頭振りすぎたんじゃねぇか、だってさ」
「うわ同感。それ言った人と仲良くなれそう」
「そう?」
朔太郎は珍しくクールな表情を作り、右の人差し指を立ててからゆっくり佐倉の左隣の人物を指す。
「それ言ったのソイツ。よろしくな」
佐倉が慌てて横を見る。
永田綾大が佐倉の隣で笑顔で手を振っていた。
慌てた姿、貴重だな。いや知り合ったばかりだからこいつの知らない面いっぱいあって当然なんだけど。
この笑わないヤツの感情をいっぱい揺さぶりたい。驚いたり、困ったり、恥ずかしがったり。
照れたり?激したり?それはないか。
あの仔犬に見せていた麻薬のような優しい笑顔。
あれを見たい。もう一回目撃したい。
あのDopeでDeepでDouble Standardな笑顔。
あれ。
俺なに言ってんだろ。
まるで麻薬でやられちゃってるみたいじゃないか。



