「これでやっと……えっ?」
手から思わずナイフがこぼれ落ちる。
すごい雨で落ちた金属音さえも聞こえない。
自分の心臓の音だけが強く響いていた。
「……な、ゆ」
そこに血を流して倒れた少女は間違いなくわたしの親友、凪優だった。
わたしは急いでスマホを取りだし、救急車に電話しようとする。
でも、震えて上手く操作できない。
そんな手を優しく包み込んでくれた手があった。
「……わたしね、……ずっと……死にたかった。
はやく、この世界を……終わらせなきゃって」
視界がぐらぐら揺れ始める。
「……けど、自分では、こ、わくて……」
手の震えが、身体の震えが止まらない。
「めいちゃんなら、わたしを……殺す人がい、たら……先に殺して……くれると思ったんだぁ」
嗚咽が止まらなくて吐き気がする。
「だから、楽にしてくれて……あ、りがとう」
最期にふわっと微笑んだあと、彼女の身体から力が抜けたように目を閉じた。
「え、やだやだ。やだよ、凪優」
わたしはただ凪優を守りたくて、凪優に死んでほしくなくて、それなのに。
自分の手でだいすきな親友を殺してしまうなんて。
「今度こそ……めいちゃんが……わたしの最期に映る人でよかったよぉ」
にこって儚く笑ったあと、冷たくなっていく彼女の身体を抱きしめながら、声を上げて哭き続けた。
朝の光が眩しくて思わず目を開けると、そこはいつもの教室だった。
騒がしくて、色んな声が飛びかかってるそんな日常がそこにあった。
「学校来て早々うたた寝とか寝不足かよ」
「なおくん」
わたしの目の前には彼女の双子の弟。
どうやら隣のクラスからわたしの様子を見にきたようで前の席に座っていた。
隣の席をみる。
やっぱり彼女はもうこの世界にいない。
現実の世界へ帰ってきたんだと悟る。
「どうだった? 虚構の世界は」
しれっと訊いてくるなおくんに目を開く。
わたしだけが知っていると思っていたけど、まさか他にも虚構だってわかってる人がいるなんて。
「え、あー! やっぱり知ってたんだ!」
「で、どうだったか聞いてんの」
「凪優にもう一度あえたことがうれしかった」
これは、嘘偽りのない答えだ。
ほんとにうれしかったんだ。
例えそれが嘘の世界だったとしても。
「現実ではもういないってわかってるのに、なんでかな。
またあえるんじゃないかって思っちゃうの」
「……あえるんじゃね」
なんの根拠もないのにそう言って笑みを見せる。
なおくんとは虚構の世界を通して少し接しやすくなった気がする。
「ねぇ、わたしはずっと凪優が好き……だ、と思う」
窓側の席で外を見ながらぽつりと零す。
「知ってる」
「わたしなおくんのこと好きになることはないし、一緒にいたら辛くなるよ」
わたしは普通じゃない。
自分より完璧な人には妬みや嫉妬が勝ってしまうから、どうしても好きになれない。
そんな醜い感情をもった人間だから。
「俺は……そんな完璧じゃないんだけどなぁ」
下を向きながらぽつりとなにかこぼしていたけど、それはよく聞こえなかった。
聞き返そうとすると、なおくんの顔がバッと上がって思わず言葉を呑み込む。
「前にも言ったろ?
俺は俺のこと眼中にない芽依だから追いかけたくなる」
芽依が好意を向けたら好きかわからんし、と少し苦笑いしながら付け足す。
そんな堂々とした彼らしい答えに思わず微笑んだ。
好きなものは好き。
理由はもうなんでもいいんだ。
あの日、なおくんがわたしに教えてくれた。
だからもう、わたしはわたしの気持ちを否定しない。
凪優のことをはっきりと好きだと言う。
「わたしは凪優が好き。だいすきなの!」
わたしのまっすぐな想いになおくんがまるで子どもの成長を見ているような温かい視線を送ってくれる。
「この先なにがあってもさ、自分に嘘つかずに自分らしく生きようぜ。
凪優に自慢できるくらいな?」
小指をつくってはにかむ。
わたしも小指を出してそっと重ねる。
「いま、凪優のこと気軽に話せる相手いないだろ?
俺がどんな芽依でも肯定してやるよ」
「ふふっ。さっすが」
さっそく、凪優の真面目で要領が悪くて、かわいいところでも聞いてもらおうか。
彼女は虚構の世界だってはじめからわかっていたはずなのに、ずっと変わらずに接してくれた。
わたしを慕ってくれて、頼ってくれていた。
だから、わたしはそれに応えられるような生き方をしたいと思った。
ずっと彼女の憧れる存在でいたいんだから。
これからも彼女は、彼女だけは。
どんな世界でもわたしの生きるよすがなんだ。



