「ねー芽依(めい)ちゃん、聞いてる?」

 いや、これはきっと幻。

「あれ、意識ここにない系ー?」

 目の前で手をひらひらされたって信じない。

 だって。
 だって。

 彼女__松本(まつもと)凪優(なゆ)はあの日死んだじゃん。
 


「ちょっと、芽依ちゃん! どこいくの?」


 彼女の言葉をまるでなにも聞こえてないかのようにスルーして、教室を飛び出した。
 向かった先はとなりのクラス。
 あのとき、いちばん最初に彼女の訃報を教えてくれた人の元へ。


「うぉ、芽依。どした?」

 わたしが勢いよく教室のドアを開けたため、ちょうどドアの近くにいた彼は驚いていた。

「あのさ、なおくん。凪優は死んだよね?」

「……は、なにいってんのお前」

「え?」

「突然きてなに言い出すかと思ったら、凪優が死ぬとか笑わせんなって。
 いくらあいつがドジだからってそこまでじゃないだろ」

 お腹を抱えて笑われた。
 そんな彼のまわりには群がる女の子がたくさんいて、不思議そうにチラチラみてくる。

「……あーそっか。そう……だよね」

 まるでわたしが全面的におかしかったみたいだ。
 いたたまれなくなって、すぐ自分の教室へ戻る。



「あ、芽依ちゃん。どこいってたの?」

 彼女は、わたしがさっきどんなに無視してもお構いなしに声をかけてくる。

「ごめん。……ちょっとね」

「あは、変なの」

 それだけ言って自分の机で鞄や机の中を漁り授業の準備を始める。

 わたしはというと、そんな彼女をひたすら観察していた。

 足は透けてない。
 ということは幽霊ではなさそうだ。

 そもそもほんとに凪優なんだろうか。
 でも、きれいに手入れされたロングヘアーに、くりくりとした大きな瞳。
 そして__

「あれーまた教科書どっかに忘れちゃったかも」

「あ、まって。机に出したんだった」

 一人で、てへっとかわいく笑う。
 こんな朝から天然を出してくるのは間違いなく凪優だ。


「あ、芽依ちゃん。今日も髪の毛やってよ」

 わたしの視線に気づいた彼女が思い出したようにこっちを向く。

「も、もちろん」

 少しぎこちなく返答をした。

 凪優の髪は長くてきれいなんだけど、制服のボタンとかに絡まって取れなくなるときがあった。
 自分は不器用だからヘアアレンジができないとも言っていた。
 だから、わたしが朝、髪をまとめてあげるのがルーティンだった。

 もう何日もこれをやっていなかったのに。
 またできる日がくるなんて__

 少し感傷に浸りながら、凪優の髪をそっと触る。

 触れるんだ。
 やっぱり幽霊ではない。

「わたし、芽依ちゃんのヘアアレンジだいすきなの」

 満足そうに微笑んでるのが顔を見なくてもわかるような声色だった。
 きっと、うれしくて仕方がないんだろう。

 わたしもまた凪優のヘアアレンジができて思わず口角が上がる。

「わー、今日も凪優ちゃんかわいい!」

「芽依、ヘアアレンジ上手すぎる!」

「手先器用いーな」

 わたしが編み込みをしている最中にクラスの女子たちが数人集まってくる。
 これもいつもの懐かしい光景。

 そうだった。
 わたしはこんなふうにまわりから褒められて認められてる感覚が好きだったんだ。
 凪優を通してだと尚更それを感じられる。

 だから、わたしには凪優が必要だった。


「はい、できたよ」

 ポケットにあった小さい鏡を取り出して凪優に渡す。
 彼女はそれを受け取るとすぐ自分の姿を鏡で映し、にこにこと笑顔を浮かべる。

「さすが、芽依ちゃん。ありがとう」

「どういたしまして」

 もう考えるのはやめよう。
 凪優が死んだのはもしかしてわたしの悪夢(ゆめ)だったのかもしれない。
 実際、凪優はいつもの笑顔を浮かべてここにいるんだから、それだけで充分じゃないか。


「そういえば、凪優。宿題やってきた?」

「あ! 忘れてた!」

 どうしよ、と頭を抱える。
 わたしの記憶通りの凪優でなんだか安心する。

「そうだと思った。はい、ノート」

 サラッと自然にノートを渡す。
 すると、ほかの女子までわたしのそばにくる。

「芽依、わたしもいい?」
「わたしも!」

 何人か宿題やってきてない女子たちが群がる。
 断るわけでも自分でやれなんて言わない。
 凪優以外はどうでもいいし、学級委員としてみんなに頼られる存在でいたいから。

「芽依ちゃん、いつもありがとう」

 凪優は素直だし、率先してお礼が言える。
 ほかの子たちは当然のように写して気づくとサラッと自分の机に戻るのに。
 きっときれいな心の持ち主なんだと思う。
 わたしと違って__




 家に帰るとすぐに家中のカレンダーに目を配った。
 テレビやスマホ、新聞だって日付けがわかるのは抜かりなくチェックした。
 それでも、彼女が死んでから時間が進んでるわけでも戻ってるわけでもなかった。
 これで、タイムスリップした可能性は消えた。

 やっぱりわたしが変な悪夢(ゆめ)をみていただけなのかもしれない。

 部屋に戻ると同時にベッドに勢いよく寝転んで、スマホを手に取る。
 
 スマホの写真には凪優とのツーショットがたくさん保存されている。
 そして、フォルダーからホーム画面に戻す。
 わたしのホーム画面は凪優がひとりで空を見上げている写真。
 これはもちろん、盗撮。
 凪優がいなくなってからもう話せないと思うと耐えられなくなり、ついホーム画面にしていた。
 この画面にしてるってことは凪優はいないはずなのに。

 それなのに、いまは本物がいる。
 違うのに変えよ。

 たくさんスクロールし、悩んだ結果、凪優と食べにいったパンケーキの写真にした。
 これなら普通の女子高生だろう。
 少なくとも女子がひとりの女子の写真をホーム画面にしているよりは。




「あ、芽依ちゃん。おはよー」

 朝、下駄箱で凪優に声をかけられる。
 その声を聴いただけでもう顔をみなくたって幸せだった。

 よかった。
 寝て起きたら凪優がいない世界に戻ってなくて。

「凪優、おはよ!」

「あれ、俺もいるんだけど!」

 凪優に笑顔で挨拶を返すと、彼女のとなりからなにやら声が聞こえる。

「……いたの気づかなかった」

「え、まって! ひど! え、ひどくない?  ねぇ、凪優?」

 凪優に夢中でほんとに気づかなかったから正直に答えると、大声を出して騒ぎ出す。
 こんな近くで大きな声で話されたら思わず耳を塞ぎたくなる。
 こういうところが苦手なんだって。

「お兄ちゃん、落ち着いてよ」

「あーごめん、なおくんの存在より凪優が眩しすぎてね」

 ほぼ棒読みでふたりを薄笑いで見つめて言い放つ。

 凪優は笑顔で横の兄、松本(まつもと)夏生(なお)を宥めている。
 このふたりは双子で毎朝一緒に登校してくる。
 そこのポジション、わたしに変わってほしいくらいだ。


「俺は朝から芽依が見れてまじ太陽眩しいわ!」

 わたしの嫌味は華麗にスルーして、相変わらず意味のわからないことを言って、わたしに向かって手を翳してくる。

「なおくん、ほっといていこ!」

「うん!」

 ササッと凪優のとなりを奪って、腕を組んで歩く。
 彼女もぎゅっと腕を掴んでくれる。

「ちょ、芽依!」

 なおくんがわたしを呼ぶ声が聞こえたから一瞬振り向いたら、

「あ、なおだー」
「なお! 今日もビジュよすぎない?」
「かっこいい!」

 たくさんの女の子が次々とまわりを囲んで動けなくなっていた。
 さすが、学校一の人気者。
 朝から熱いファンに声かけてもらえて、顔はニヤけてるし満更でもなさそうだ。

 

「なんで、なおくんてモテるんかな」

「もう芽依ちゃんぐらいだよね。兄に冷たい人」

「だってチャラい。無理」

 それといつも凪優のとなり歩いててズルい。
 たぶんこれが9割を占めている。
 しかも、ああやって女の子に囲まれてニヤニヤしてるし、いつも用もないのになにかと絡んでくる。
 そのくせ顔も良くて頭もいいのが気に入らない。

「芽依ちゃんと気が合うと思うけどなー。定期テスト一位争いもしてるじゃん」

「そ、れはわたしが勝手に敵視してるだけで、どうせなおくんはなんとも思ってないよ」

 わたしがどんなにがんばって努力しても彼はしれっと毎回一位を取ってくる。
 そのせいでこの高校に入ってからはずっと2位のままだ。
 完璧にはまだ程遠い。
 そのおかげで完璧すぎる彼のことはもっと好きになれなくなった。




 わたしは人から必要とされたい。好かれたい。
 だから、完璧を目指している。
 彼女を引き立て役にしてまでも、わたしはだれかに認められたいし、愛されたい。


「この問題を……じゃあ、芽依さん。お願いします」

「え、あ、はい」

 ボーッとしていたら数学の時間にあてられていた。

 授業はいつあてられてもいいように予習復習は欠かしたことなかった。
 けれど、昨日に限って予習していない。
 凪優のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。

 黒板の前に立って、チョークを掴む手が震える。
 必死に考える。
 正解しないと、不正解はだめ、とわたしの頭の中がぐるぐると回って余計に冷や汗が出てくる。

「すみません。わ、かりません」

 小さく消えるような声で呟いた。
 しぶしぶチョークを元に戻す。
 すると、少しざわざわする。

「あの芽依が?」
「珍しい…」
「いつも絶対わかってるのに」

 あたりからそんな声が聞こえてきて耳を塞ぎたくなった。

「体調でも悪い?」

 横にいた先生が顔を覗き込む。
 このまま教室にいても息が詰まるだけ。
 逃げようと思った。

「……少し、頭まわってなくて。保健室いきます」

 わたしが先生の顔を見て告げると、ガタッとイスが動く音がする。
 なにかとみれば凪優が心配そうに手を挙げていた。

「芽依ちゃん、わたしが一緒に……」

「大丈夫。自分でいけるよ」

「あ、うん……」

 少ししゅんとした顔で座り直す。
 彼女には悪いと思ったけど、いまは一人になりたかった。



 失礼します、小さく呟きながら言うと中にいる人とバチッと目が合う。

「あ、芽依! どーした?」

「うわ、最悪」

 思わず深いため息が出た。タイミングが悪い。
 なおくんが、なんでこんなとこにいるんだろ。
 いまはだれともあいたくなかったのに。

「心の声漏れすぎだろ」

 なおくんはわたしの悪口にもサラッと受け流す。
 そして、腰かけていたベッドから立ってそこを指さす。

「はい、体調悪いんだろ」

「そんなことされても好きになんないからね」

「はは、知ってる」

 少し笑ってベッドの横に椅子をもってきて座る。
 わたしもベッドに腰かけて彼の瞳をまっすぐ見つめる。

「知ってるならもうわたしにかまわないで」

 はじめて話したのは自販機の前。
 2回目は、順位発表の日。
 どちらもわたしがつれない態度を取ったせいか彼は見かける度、執拗に話しかけてくる。
 いままで女子から追いかけられることはあっても、追いかけることはなかったから新鮮なのかもしれない。
 でも、わたしは興味ないとスルーしてきたし好きにもならない。

 わたしの恋はあなたじゃないから。


「たしかに、勝てるわけないよなぁ」

「は? なんの話?」

 彼が意味深に笑うから少し顔をしかめる。

「凪優が好きだもんな、芽依は」

「……え」

「むしろ気づかんやついないだろ」

「……」

「だから俺のこと敵視してくるんだろ」

「……」

 わたしが言葉に詰まってることを肯定と捉えた彼は図星ー! なんて言っていつもの調子で話し出す。

 なんで。

「まぁ、凪優は顔いいし、なにより優しいからなぁ」

 なんで。

「見る目あると思うけど」

 なんでそんな、なんでもないふうに話せるの。
 女子が女子を好きだって言ったら引かれると思ったのに。
 それになおくんだけには絶対知られたくなかった。
 凪優に告げ口されるかもしれない。
 それにもっと馬鹿にされると思ってた。

「告白は? したら?」

「できるわけないよ」

「なんで」

「とにかくわたしは告白しない。絶対しない」

 凪優のことを考えては下を向く。
 はっきりとした返事になおくんは少し困った顔していた。

 わたしの心の中にあるのは、そんな好きとかきれいな感情だけじゃない。
 ドジで不器用な彼女を見下してるときもある。
 頭の悪い彼女をばかにしてるときもある。
 凪優といることで承認欲求が満たさせる。
 優越感に浸れる。
 自分のために凪優をそばに置きたいなんて、そんなの真の意味で好きとは言えないでしょ。
 堂々と好きなんて言えないよ。

 だから、この気持ちは絶対凪優には言わない。




 わたしが教室に戻ると、女子たちがなぜかざわざわしていた。
「すごかったよね」と次々に言ってだれかを囲んで褒めてるのが目に入った。

「あれ、どーしたの?」

 わたしが近づいてみると、そこの中心にいたのは凪優だった。

「あ、芽依。凪優ちゃんがさっきの数学で大活躍だったの」

「た、たまたまだよ」

 そんなこと言いながらすごく照れくさそう。

「だれも解けない問題をサラッと解いちゃったの」

「芽依がいなくても凪優ちゃんしっかりしてるよね」

「……」

 そんな言葉にズキっと胸が痛くなった。
 芽依がいなくても、いなくても。
 言われた言葉を反芻する。

「そっか。すごいじゃん、凪優。じゃあ」

「え、芽依ちゃん」

 思った言葉と表情が合っていなかったのが自分でもわかるくらいだった。
 すぐ自分の机へに戻って椅子に座る。
 喜ばないといけないのに。
 凪優が褒められてるのを見てると、嫌な感情が顔を出す。



「芽依ちゃん。まだ体調悪い?」

「え?」

 ホームルームのあと、教室にはわたしと凪優だけ。
 さっきの態度を気にしてるみたいでいつもより遠慮がちに()いてくる。

「戻ってきてからずっと元気ないよね」

「そんなことないよ」

「それくらいわたしにだってわかるよ」

「……」

 凪優はほんとに優しくていい子だと思う。
 純粋に友だちを心配できて。
 でも、わたしは。


「ほんと凪優ちゃんは芽依がいないとだめだよね」
「芽依もお人好しすぎる」
「芽依、優しい!」

 凪優といるとわたしの好感度が上がる。
 みんながわたしを見てくれる。褒めてくれる。
 だから、わたしは凪優のことが好きなのに。
 それなのに、今日の凪優は__


「凪優はずっとだめなまんまでいーんだよ!」

 ハッとなって思わず口元を押さえる。
 凪優に知られてはいけなかったのに。
 わたしが彼女を対等な関係で見ていないなんて。
 彼女の顔をゆっくりと見つめる。

 一度出た言葉は取り消せない。

 でも、少しくらい悲しい顔してくれたらよかった。

「知ってるよ」

 いつもの満面の笑みを浮かべていただけだった。

 あぁ、凪優のほうがずっと大人じゃないか。
 わたしの醜い妬みや嫉妬にも笑顔で対応して。
 凪優のことは好きなのに、心からだいすきなのに、きれいな感情だけで好きと言えない自分がや一緒にいることができない自分がもっと嫌になった。




 あれから凪優と気まずくなるかと思いきやそんなことはなかった。
 なにも気にしてない。なにもなかったように彼女は話しかけてくれた。
 でも、今日だけは違った。

 朝からそわそわしているような、わたしになにか言いたそうにチラチラと様子を伺っていた。

「芽依ちゃん……」

 凪優が目線も合わせず目の前にくる。
 もしかして、またわたしはなにか余計なことを言ってしまったのかもしれない。

「どうしたの?」

「あ、うん。ちょっと話したいことあって……」

 教室じゃ人目を気にするみたいなので、場所を変える。
 彼女の後を追って着いた場所は、屋上だった。

 いまは昼休み。
 中庭でご飯を食べている声や運動場でボールをついている音が聞こえてくる。
 屋上は普段立ち入り禁止になっているから、だれもいない。

 風がなびいて気持ちがいい。
 今日は夜、雨でも降るのか向こうの空が暗かった。

 フェンス越しに下を黙ってみていた凪優が、ゆっくりとわたしのほうを向く。
 こっちまで緊張が伝わってきた。

「……ずっと話さないといけないと思ってて。信じてもらえないかもしれないけど聞いてほしい」

「信じるよ。凪優の言うことならなんでもね」

 例え、あなたが嘘をついたとしても、わたしは、わたしだけは絶対信じる。

「ありがとう。……実はね、この世界は偽物なの。虚構ってやつ」

「へっ?」

 想像していたことよりもわけのわからないことを言われて、思わず素っ頓狂な声が出た。

「え、だって、凪優は……いまここにいるじゃん」

「うん。でも、この世界は偽物なんだ。現実じゃない」

 現実じゃない。
 言われた言葉が頭を巡る。
 この世界が現実じゃないってことは、凪優はやっぱりもういないの?
 いまだってこんなにそばにいるのに。


「わたしは現実の世界で死んだよ」

 もうこれ以上なにも言わないでほしい。
 それなのに、彼女は淡々といままでのことを話し出す。

「でも、わたし未練があって……。
 芽依ちゃんに最期あう前に死んじゃったから、芽依ちゃんをもう一度見たくて、気づいたらここにいた」

 信じるって決めたのに、この事実を受け止めたくなくて、わたしの目から涙がひとつ頬を伝った。

「ここはわたしが主人公の世界。主人公が死んだらこの世界は壊れて元の世界に戻るの。
 だからね……」

「まって、それって、つまり、凪優が死んだらこの虚構の世界は終わるってこと?」

 涙を手で拭って、前を向く。

「……うん」

「じゃあ、死なないで。絶対に」

 凪優がいない世界なんていらないの。
 二度もだいすきな人を(うしな)いたくない。
 
 わたしの言葉に凪優は優しく微笑む。


「こんな話、信じてくれてありがとう。わたしも死にたくないよ。でも……」

「でも?」

「最近同じ夢をみるの。大雨の日、星空公園前駅の近くの路地裏でだれかに殺される夢を」

「え?」

「きっとはやくこの世界を終わらせないといけないんだよ。
 そして、その日は今日だって直感でわかるの」

 いつのまにかさっきまで向こうにあった雲が全体に広がっていた。
 雲行きがどんどんあやしくなってきていてる。
 きっと夜は大雨になる。
 その夢が正夢になることだってあり得る。

「時刻は何時頃?」

「夢の中の時計は20時近かった」

「わかった。……それなら凪優は今日の夜家から出ないで。
 わたしが変わりにそこにいくから」

「え、芽依ちゃん、なにする気?」

 凪優の大きな双眸がさらに開いている。
 そして、ガシッと肩を掴まれる。

 その手に優しく重ねて、そのまんま彼女に抱きつく。

「大丈夫。凪優を殺そうとする人がいたら止めるだけだよ」

「……うん」

 背中を何回もさすりながら、彼女の温かい体温を肌で感じた。
 きっと凪優は不安なんだから。
 わたしがしっかりしないと。





 絶対に凪優を死なせない。
 凪優がいなくなったら、わたしの世界は変わる。
 変わってしまう。
 そんなの耐えられない。


 大雨の中、路地裏の近くは閑散としていた。
 雨の音しか聞こえない。人の気配もない。

 すると、遠くからフードを被った人が下を向きながら近づいてくる。
 下校時に凪優が教えてくれた特徴と一致する。
 こんな雨の中傘もささないなんて、ありえない。

 この人に凪優は殺されるんだ。


「わたしの凪優をまたうばわないで!」

 その声と共に勇気をふりしぼってナイフを前に突き出す。
 その瞬間目の前の人はゆっくりと倒れる。

 やった。
 これで凪優を殺す人はこの世からいなくなった。

 どうか、この凪優が生きている世界が永遠に続けばいい。