先生を殺した二文字の言葉

 あれから4年が経った。
 あのあと、事情を知った高梨先生の計らいで、児童相談所に一時保護されたが、結局家に戻されてしまった。その後は保健室登校になり、寮制の高校に進学した。寮での生活は最低限の「普通」があって、中学のような地獄からは抜け出せた。洗濯もシャワーも毎日できるし、とりあえず一緒にいる友達もできた。
 それでも、時々過去の顔ぶれを心の中で殺す。そうしないと自分を保てないから。
 そうやってなんとか普通の人間に擬態して高校を卒業し、強い思いを持って大学の教育学部に進んだ。
 すでに殺された側のいじめられっ子が死ねって言えないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか。
 自分が正義とは言わない。私は小林とは違うから。ただ、自分が考えていたことが許されることだと証明したいんだ。

 大学に入ってすぐのことだった。中学の当時の保健の先生から連絡があり、高梨先生が自殺したと聞いた。
「え……?」
 思わず声が漏れた。自殺?
 死ねって言っちゃいけませんって言っていたその張本人が、自分に対して死ねって言ったということ?
 保健の先生は、あなたのためになるからと、先生の遺書を見せてくれた。そこには、こんなことが書かれていた。
 
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 私はずっと、子どもたちが危険な一線を超えないように注意を払ってきた。クラスという単位に勝手に入れられる子どもたちの間では、どうしてもいざこざが起こる。多少は仕方ないし、教師が介入するとかえって厄介なことになるケースもある。ただ、度を越したいじめが起こりそうな雰囲気というのは存在する。教師はそれをいち早く感じ取って、子どもたちが危険な一線を超えないように、例えば自殺や自殺教唆などが起きないように、注意をしたりバランスを取ったりする。それが仕事だ。だからこそ、私は「死ね」という言葉を禁じていた。実際、この言葉で自殺まで発展した例を知っているからこそ。
 でも、この教育は間違っていたのかもしれない。以前私がもったクラスでは、特に目立ったいじめもなく、一年が終わろうとしていた。だが突然、クラスのとある男子生徒が学校の屋上から飛び降りて自殺してしまった。遺書にはこう書かれていた。
「僕はこれまで、心の中で何度も人を殺してきた。何度もその言葉を口に出したくなるくらい、酷い目に遭ってきたから。でも、先生には死ねって言ってはいけないと教えられたから、ぐっと我慢していた。でも、もう耐えられない。飲み込んだ言葉が僕を蝕んで、毎日が苦しい。口に出すことが許されないくらいなら、僕は僕の手で僕を殺す」
 彼はひどい教育虐待を受けていたようだった。真面目で優秀な生徒だったから、何も問題はないと思っていた。三者面談で彼の保護者に会った時も、少し教育熱心なくらいで、虐待の様子など微塵も感じ取れなかった。
 私は私を呪った。彼が死ねという言葉をはっきりと口にできていたら、彼が死を選ぶことはなかったのかもしれない。私はそこまでひどい目に遭ったことがないから、死ねという言葉を言わずとも、自分の感情を整理することができると考えていた。でも、違うようだ。昔少し関わった女子生徒も似たようなことを言っていた。それなのに私は、その子にも死ねという言葉は言うなと教えた。私はこれまで何人の生徒を追い詰めてしまったのだろうか。
 私は私の教育の責任を取る。自分で一線を越えることで、彼らに償いたい。

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 ——ああ、私は間違っていなかった。
 それにしても、納得できない。死んで償う? それは不可能な話だ。これまで従ってきた教育理念が間違っていたのなら、新しい教育理念で教室に巣食う苦しみを取り払おうとするのが、償いであり(あがな)いじゃないのか。
 結局、あの人はずっと逃げているだけなんだろう。いざこざから目を逸らし、大きな事件が起こって責任を問われることがないようにだけ気をつける。そして、いざ大きな事件が起こってしまったら、死んで逃げる。
 まだほんの少しだけ燻っていた高梨先生への信仰心のようなものが、消滅していくのがわかった。