「いいですか、皇さん。死ねっていう言葉は人を追い詰める言葉です。絶対に言ってはいけません」
物が溢れかえっていて薄暗い指導室は、息苦しい。
「相手が悪くても、ですか?」
「死ねという言葉だけは何があってもダメです」
憧れている大好きな先生だからこそ、そうは言ってほしくなかった。里香に対してまだ残っていた真っ黒い塊が、目の前のヒーローに向かって解き放たれる。
「やっぱり、先生も里香に味方するんですね。みんな、結局そうなんだ。先生なんて大っ嫌いです!」
呼吸が荒くなっていく。
「家じゃ私を疎む母親の機嫌を伺って息を潜めて生活する。学校に来ればスメルって呼ばれて、里香たちに虐められる。先生は誰も助けてくれない。むしろ小林なんて里香の顔色ばっか伺って、私を怒る。うちの家庭環境わかっていれば、三者面談の紙出せないのだって察せるのに、それも叱られました。クラスメイトも先生も、私を亡き者にしようとしてます。何なんですか? 先生ってみんな自分が正義です、神です、みたいな顔してますよね。一軍の顔色伺って、一軍に虐げられている人間は無視? それのどこが正義ですか?」
はぁ、はぁ。
一気に怒りを吐き出して、酸素が足りなくなって一呼吸つく。先生は眉尻を下げてこちらを見ていた。やめて、そんな哀れみの目を向けないでよ! 同情しないで! 死ねって言っちゃいけないなんて言っている人が私の生きてる世界を知ってるわけない。
「高梨先生だけは違うと思ってました。だから大好きだったんです! でも——やっぱりみんなと一緒なんですね」
高梨先生はヒーローなんかじゃなかった。結局、虐げられる私は価値の低い人間で、優先的に怒られるべき人間なんだ。
「私は! 誰かのことを心の中で殺していないと自分を保つことなんてできません! 里香も小林も母親も! あんなやつら、私の手を汚すことなくこの世から消えて欲しいから。この世界は私に対して厳しいから。最初に私を殺したのはあいつらです。実際に殺していないのに、口で死ねって言うのすらダメなんですか? 先生はそんなことしなくても生きていけるそっち側の人間なのに、私の気持ちなんてわかるわけない。そんな人にルールを押し付けられたくないです!」
死ねって言っちゃいけない。そんなの、殺さずとも生きていられる世界観のルールじゃないか。
「……ごめんなさいね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
気づいてなかった……? そんなわけないじゃん。週に何回かあの教室に入って、あの空気感に気づけないわけない。
「そんなの嘘だ! いじめがあったって認めたくないんじゃないですか?」
私の口は止まらない。もう全部どうでもいい。崇めていた高梨先生はもういないのだから。
「……気づいていなかった。本当のことよ。里香さんが他の先生に気に入られているのも、みんなが彼女の機嫌を損ねないようにしているのも事実。でも、それで生徒にまで被害が及んでいるとは思っていなかったわ……ごめんなさい」
そうか。高梨先生はこのクラスのことなんて興味なかったんだ。里香がどうなろうと、私がどうなろうとどうでもよかったんだ。だから、平等に接していた。興味がないから、贔屓もしないというだけ。結局、この人も自分を守っていたんだ。
「皇さんの考えていることはわかったわ。でも、やっぱり死ねって言うのは間違ってると思う。心の中で殺すのだって殺すのだって良くはないことだけれど、そこまで咎めることはしないわ。ただ、直接死ねって言うのは自殺教唆に当たるかもしれないもの……」
あーあ。いいよね、心の中で他人を殺さずとも精神を保っていられる人は。幸せそうで何よりです。
「そうですか。わかりました。これからは気をつけます」
私はその場を終わらせるためだけに、また私を殺した。
物が溢れかえっていて薄暗い指導室は、息苦しい。
「相手が悪くても、ですか?」
「死ねという言葉だけは何があってもダメです」
憧れている大好きな先生だからこそ、そうは言ってほしくなかった。里香に対してまだ残っていた真っ黒い塊が、目の前のヒーローに向かって解き放たれる。
「やっぱり、先生も里香に味方するんですね。みんな、結局そうなんだ。先生なんて大っ嫌いです!」
呼吸が荒くなっていく。
「家じゃ私を疎む母親の機嫌を伺って息を潜めて生活する。学校に来ればスメルって呼ばれて、里香たちに虐められる。先生は誰も助けてくれない。むしろ小林なんて里香の顔色ばっか伺って、私を怒る。うちの家庭環境わかっていれば、三者面談の紙出せないのだって察せるのに、それも叱られました。クラスメイトも先生も、私を亡き者にしようとしてます。何なんですか? 先生ってみんな自分が正義です、神です、みたいな顔してますよね。一軍の顔色伺って、一軍に虐げられている人間は無視? それのどこが正義ですか?」
はぁ、はぁ。
一気に怒りを吐き出して、酸素が足りなくなって一呼吸つく。先生は眉尻を下げてこちらを見ていた。やめて、そんな哀れみの目を向けないでよ! 同情しないで! 死ねって言っちゃいけないなんて言っている人が私の生きてる世界を知ってるわけない。
「高梨先生だけは違うと思ってました。だから大好きだったんです! でも——やっぱりみんなと一緒なんですね」
高梨先生はヒーローなんかじゃなかった。結局、虐げられる私は価値の低い人間で、優先的に怒られるべき人間なんだ。
「私は! 誰かのことを心の中で殺していないと自分を保つことなんてできません! 里香も小林も母親も! あんなやつら、私の手を汚すことなくこの世から消えて欲しいから。この世界は私に対して厳しいから。最初に私を殺したのはあいつらです。実際に殺していないのに、口で死ねって言うのすらダメなんですか? 先生はそんなことしなくても生きていけるそっち側の人間なのに、私の気持ちなんてわかるわけない。そんな人にルールを押し付けられたくないです!」
死ねって言っちゃいけない。そんなの、殺さずとも生きていられる世界観のルールじゃないか。
「……ごめんなさいね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
気づいてなかった……? そんなわけないじゃん。週に何回かあの教室に入って、あの空気感に気づけないわけない。
「そんなの嘘だ! いじめがあったって認めたくないんじゃないですか?」
私の口は止まらない。もう全部どうでもいい。崇めていた高梨先生はもういないのだから。
「……気づいていなかった。本当のことよ。里香さんが他の先生に気に入られているのも、みんなが彼女の機嫌を損ねないようにしているのも事実。でも、それで生徒にまで被害が及んでいるとは思っていなかったわ……ごめんなさい」
そうか。高梨先生はこのクラスのことなんて興味なかったんだ。里香がどうなろうと、私がどうなろうとどうでもよかったんだ。だから、平等に接していた。興味がないから、贔屓もしないというだけ。結局、この人も自分を守っていたんだ。
「皇さんの考えていることはわかったわ。でも、やっぱり死ねって言うのは間違ってると思う。心の中で殺すのだって殺すのだって良くはないことだけれど、そこまで咎めることはしないわ。ただ、直接死ねって言うのは自殺教唆に当たるかもしれないもの……」
あーあ。いいよね、心の中で他人を殺さずとも精神を保っていられる人は。幸せそうで何よりです。
「そうですか。わかりました。これからは気をつけます」
私はその場を終わらせるためだけに、また私を殺した。



