先生を殺した二文字の言葉

「もう帰ってきたの? 服は脱いでそこに置いときなさい」
 学校から帰ると、不機嫌そうに母親がこう言う。今日は()()な日なのだろう。私は私の手で、私という存在を抹消しなきゃいけない。
「なんでこんなやつの面倒見なきゃいけないのよ。担当に使うお金もないし」
 ため息と共にそんな言葉が聞こえる。うちはシングル家庭で、母はホス狂いだ。だから家に使うお金は最小限で、家にご飯はほとんどないし、洗濯やシャワーも数日に一度しか許されない。もちろん、湯船にお湯を張るなんてことはありえない。
 私はリビングの端っこで小さく丸まって息をひそめる。心の中で母親を殺しながら、現実では私は私を殺している。
(死ね、私に優しくしてくれないヤツは全員死んじゃえ)
 本当は現実でも誰かを殺してしまえればいいのかもしれない。でも、こんなゴミ人間たちのために私は私の手を汚したくはない。そんなの癪だ。勝手に死んでくれるのを待つしかない。
 だから私はいつも祈るのだ。口に出さないのは、余計な面倒ごとを起こしたくないから。ただそれだけ。
 部屋の角っこで英語の教科書を開く。安心するのだ。高梨先生の声が聞こえてくるような気がするから。
 頭の中で永遠と高梨先生の英語を流す。これが私の精神安定剤。
『それは嬉しいですね。ありがとう』
 ふと、今日の屋上での先生の言葉が流れてきた。そりゃそうだ。平等を重んじる先生のことだから、私を贔屓することは決してない。
 それでいい。それが、いい。
 ——でも、やっぱりなんか寂しい。

 母親はバタバタと準備をして担当に会いに行った。
 母親のいなくなった部屋は息がしやすい。シャワーを浴びたらバレるから、洗面台で顔と髪の毛を軽く濡らす。
 リビングの端に布団を敷いて、部屋が真っ暗になるまで英語の教科書を読み続ける。電気代も節約しないといけないから、夜電気はつけちゃダメ。
 意味わかんないルールに縛られた私は、そうと知りながら抜け出せずにいる。
 あーあ、こんな世界をぶち壊す出来事が起きてくれないかな。
 あっという間に外は暗くなって、私は仕方なく布団にくるまった。抱いて眠るために、布団の中に教科書を持ち込む。
 高梨先生以外、全員死んでくれないかな。朝が来たら高梨先生が迎えに来てくれて、ふたりだけだねって言って——。