《 SIDE : 苑里 》

 両親は学力主義者だった。そして、匠真よりいつも5点良い私を溺愛した。でも、それっておかしくない?
 勉強は大事だと思っているから努力はするよ。でも、たった5点の差で私と匠真を見ないでほしい。ちゃんとそれぞれをしっかりと見て欲しい。ねぇ、私って間違っている?

 小学生の頃には自分が空気を読めないことは気づいていた。

「苑里ちゃんの髪綺麗だね! ちょっと触らして」
「ごめん、それは嫌かも」

「苑里ちゃん、これ美味しくない!?」
「うーん、私はそんなに好きじゃなかったな」

 空気を読むってなんですか? 自分の意見を我慢することですか?
 両親だって間違っている。匠真だってそう思うでしょ?


「苑里は愛されていて良いよな」


 中学二年生の時に匠真に言われた言葉だった。
 いや、たった5点の差で子供の本質を見ない親が間違っているでしょ。匠真がそんなことで落ち込む必要なんてないでしょ。そう言いたいのに、それは「愛されている側」の私が言えば、ただの嫌味になる。それくらいは分かった。
 匠真は段々と歪んでいった。きっとバレてないとでも思っていただろう。ずっと双子として一緒にいたのだから、それくらい気づいていた。

 私が孤立すれば喜び、私を下に見て、笑っていた。

 それでも、それは匠真が全て悪いわけじゃない。両親だって悪いに決まっている。だから、何も気づかないふりをして匠真に接した。高校で出来た友達のことを話した。ずっと孤立していた私は出来た友達が嬉しかった。それでも、未織が匠真と仲が良いことを知って心がざわついた。何かある気がした。それでも、ただの恋愛ごとであって欲しいと思ってしまった。


 匠真から送られた録音を聞くまでは。


「共感する私を響ちゃんは好いてくれて、共感出来る私を認めてくれた。響ちゃんだって共感が一番大切だと思っているはずなのに……なんで共感出来ない苑里と仲良くなるの?」

「まず苑里が悪くない? 共感もできず、空気も読めず、好き勝手言って、浮いて当たり前じゃん。ひとりぼっちが合っているでしょ」

「ねぇ、『共感』してよ」


 腹が立ったし、傷つかないはずもなかった。それでも、家に帰った匠真はこう言った。

「未織と一緒に俺も苑里と向き合うわ」

 ずっと私を妬むだけだった匠真を前に進ませたのは、未織だった。未織の意見が正しいとは思わない。それでも、正しさだけで相手を救えるわけではないと知った。

「匠真、私のこと嫌い?」

 未織に聞いた質問と同じ質問をしてしまう。

「ずっと嫌いだったよ。いや、ずっと嫌いだと思っていた。でも、きっと羨んでいただけなんだと思う。苑里が悪いわけじゃないのにな」

 それは幼い頃の匠真に戻ったような感覚だった。

「苑里、俺は未織のこと嫌いになれない。気持ちが分かるから。自分が正義だと思っているものを『正義だと証明』したいんだよ。未織は共感が正しいって信じたいだけ」

 匠真が録音を私に送った理由は、何だったのだろう。



「苑里、未織に失望した?」



 その匠真の問いに私はすぐに返答することが出来なかった。しかし、未織向き合うことから逃げたくないのも事実だった。