匠真が私を連れて行った場所は体育館だった。どうやらこの時限で体育の授業のクラスはなかったようだった。大きな体育館にいるのは、私と須賀 匠真だけ。
「それで、匠真は何が言いたいの。響ちゃんに黙っていてはくれないってこと?」
「いきなり呼び捨てかよ」
「あんたたち双子大嫌いだし、何より須賀だと苑里と区別つかないから」
「俺と初めて話してまだ五分だけれど」
「苑里の兄ってだけで嫌い」
私の言葉に匠真は「苑里、めっちゃ嫌われてるな〜」と笑っている。
「で、響ちゃんには黙っていてくれるの? なら、もう話すこともないんだけれど」
「俺は響ちゃんと話したことないし、響ちゃんにバラさないけど」
「じゃあ……」
私が体育館の出入り口に向かって、足を向けようとした時……
「まぁ、苑里とか俺の友達には言うかも。そこから響ちゃんに伝わる分には知らねー」
ああ、やっぱりコイツは苑里の兄だ。私をイラつかせる所がそっくりすぎる。
「私に何が言いたいの?」
「んー」
わざとらしい悩んでいるフリの後に匠真は顔を上げた。
「苑里ともっと仲良くなって」
「は?」
「今みたいな響ちゃんと仲が良いから仕方なくじゃなくて、もっともっと自分から苑里と仲良くなろうとしてみて」
「何を言っているの?」
「だって、それが一番お前自身が嫌なことだろ?」
ああ、違う。コイツは苑里とは違う。
苑里は無意識に私を苛立たせる。でも、コイツはわざと私が嫌がることを言っている。
「大嫌いな苑里に笑顔を向けて、幸せそうにして、苑里と仲良く見えるように話してみて。じゃないと、響ちゃんに伝わるかもな。『海老原 未織は故意に友達の苑里を仲間外れにする最低野郎』だって」
イラつきすぎて頭の血管が切れそう。なんで私がこんなやつの言いなりにならないといけないの。でも、響ちゃんに嫌われることだけ許さない。許されない。私の正義である「共感」によって手に入れた友達を手放すわけにはいかない。
「なぁ、未織はこの授業をサボったことを響ちゃんや苑里になんて言うの?」
意味が分からない質問。でも、イラついた頭のままつい答えてしまう。
「そんなの体調が悪くなって休んでたとかいうしかないでしょ」
「おお、やっぱり嘘上手いじゃん」
「は?」
「それなら苑里と仲良くする真似も出来るだろ」
そんなゴミのような言葉を吐き捨てながら、匠真は楽しそうに体育館から出ていく。イライラしたままの私は綺麗にワックスのかかった床を足で強く踏みつけた。ドンッ、という音が体育館に響き渡る。何度もドンッドンッと鳴らし続けても、イライラは募っていくだけで私は授業終了のチャイムが鳴ってから体育館をあとにした。
教室に戻ると響ちゃんが私に駆け寄って来てくれる。
「未織、何かあったの!? 全然来ないから心配だったんだよ」
「ごめん、体調が悪くなって保健室で休んでいたの」
「え! もう大丈夫なの?」
「うん、もう完全復活!」
私は腕を上げて元気そうなポーズを作って、ニコッと笑った。匠真に話した通りの言い訳を使ってしまう自分に嫌気が差した。そして、そんな私の感情など知らずに響ちゃんの後ろから苑里が顔を出した。
「未織、大丈夫?」
落ち着いて、私。このイライラを顔に出すことは許されない。
「うん、大丈夫!」
響ちゃんに向ける笑顔と同じ笑顔を作った。苑里が安心したように微笑む。普通の人なら優しい子だなと思うことなのかもしれない。それでも、私はもう苑里がする全ての行動に腹が立つようになっていた。
それでも、そのことを悟られては駄目。匠真の言葉がもう一度頭によぎる。
『苑里ともっと仲良くなって』
匠真は私が苑里と仲が良いフリをすることを面白がっている。もっともっと私が苑里と話せば良いと思っている。
その時、先ほど苑里と話したがっていた二人が私たちに近づいてくる。
「苑里ちゃん、今日のお昼一緒に食べない? 苑里ちゃんの話をもっと聞いてみたくて……!」
苑里はまだまだ転校生で、クラスの興味の的である。だから、こういう会話も別におかしくないし、何よりこの子達は私に許可を取ったので安心している。苑里が反射的に私たちの方をパッと振り返った。悔しいけれど、ここでフォローを入れないと先ほど私から許可を貰ったと思っている子たちからの印象が悪くなる。わざわざクラスメイトの印象を下げるようなことをしたくない。
「さっき苑里と話したがっているのを聞いて、私が今日くらいなら私と響ちゃんは二人でお弁当を食べるから、苑里に聞いてみたらって声をかけたの」
あくまで「今日くらい」、あくまで「苑里に聞いてみたら」、あくまで「苑里の気持ちに任せる」。そんなニュアンスを醸し出した。どうせこの苑里を追い出す作戦は、匠真に聞かれた時点で失敗した。ならば、ここは私の印象を下げないことに重きを置かないと。苑里を大切にしている感じを出す自分に吐き気がするけれど。
しかし、苑里は私の言葉に安心したようだった。響ちゃんも私の言葉に納得しているのか笑顔で頷いている。
「そういうことだったんだ」
苑里はそう言うと、すぐに話しかけてくれたクラスメイトの方を向いてニコッと笑う。
「もちろん大丈夫だよ。今日のお弁当は一緒に食べよ!」
苑里の言葉にクラスメイトは嬉しそうにしている。苑里のこういう所が本当に嫌い。共感もせずに、自分の意見すらハッキリ述べるくせに、最低限の世渡りを覚えている。ここで空気を悪くするような馬鹿な真似をしてくれない所が大嫌い。そんなことを考えている私の肩を響ちゃんがポンッと叩いた。
「久しぶりに未織と二人のお昼だね」
そう言って、いつも通りの優しい微笑むを向けてくれる響ちゃん。そうだよね、久しぶりの邪魔者がいないお昼休みを楽しまないと。
「うん、久しぶりだね」
私は今日の昼休みくらいは楽しく終わると思っていた。
昼休み。私は響ちゃんの机の近くの椅子を借りて、響ちゃんの向かい側に座る。
「今日も未織のお弁当は美味しそうだね〜。卵焼きも美味しそう!」
「ありがと〜。一個いる?」
「いいの? じゃあ、私のミートボールと交換しよ」
響ちゃんが私のあげた卵焼きを頬張っている。
「お、甘い感じだ。甘い感じの卵焼きって美味しいよね」
「分かる。私も甘い方が好き」
「相変わらず未織と私の好みは似てるね」
響ちゃんが笑ってくれているのをみて安心する。正直、卵焼きなんてしょっぱかろうが甘かろうがどうでも良い。響ちゃんの意見と「共感」する方が大事。そんな細かいことまで共感がいる? いるに決まっているでしょ。
私はしょっぱい方が好きって言って「えー、こっちの方が美味しいよ!」って冗談めかしながら盛り上がる子達もいるかもしれない。でも、私は「気が合うね」と言われた時の快感の方が大切なの。
「俺は卵焼きはしょっぱい方が好みだな」
それはまるで苑里が言いそうな言葉だった。後ろを振り返れば、匠真が立っている。苑里と同じ転校生である匠真のことを響ちゃんも知っていたようだった。
「え、未織って匠真くんと知り合いなの?」
「あ……うん。さっき、ちょっと話して……苑里から私と響ちゃんと友達になったって聞いていたみたい」
嘘じゃない。それでも、響ちゃんの近くに匠真がいるという事実だけで冷や汗が出てくる。
「ショート髪の響ちゃんだ」
匠真は人懐っこい笑みを響ちゃんに向けて、苑里から話を聞いたと盛り上がっている。その時……
「匠真! 何してんの! あんたのクラスは一組でしょ!」
苑里が匠真の頭を後ろからペシっと叩いた。
「苑里に友達が出来たっていうから、挨拶しにきてやったんだろ?」
「そんなお母さんみたいなことするタイプじゃないでしょ!」
「あはは、分かった? ただの気まぐれ」
「一組に帰って!」
怒ったように頬を膨らませている苑里に匠真が「どう? クラスには慣れた?」と聞いている。
「うん、響ちゃんと未織とも仲良くなれたし。それに今日は未織が他の子とも仲良くなれるようにセッティングしてくれたの」
「へー、良かったじゃん」
匠真の視線が私に刺さる。首が絞められているのではないかと思うほどの鋭い感覚だった。
「未織は良いやつだもんな」
私に爽やかな笑みを向けた匠真を見て、盛り上がったのが苑里だった。
「え! もうそんなに仲良くなったの!?」
それは勘違いが起きた瞬間だった。きっと苑里は匠真が私のことが気になっていると勘違いしている。女子は総じて恋愛ごとが好きらしい。段々と世界が拗れていく。そして、そんな勘違いが起きたことを気づきながら匠真は否定しない。そのまま教室を出ていく。私はすぐにお手洗いに行くふりをして、匠真を追いかけた。
「どういうつもり!?」
「いやー、まじで拗れたな」
「あんたがしたんでしょ!?」
「良いんだよ、これで。俺は『苑里より頭が良くありたい』んだよね」
校内は騒がしいのに、匠真のその言葉だけが耳に残った気がした。鳴り響く予鈴で、私たちは自然に解散になる。それでも、匠真のその言葉を私は忘れられなかった。
「それで、匠真は何が言いたいの。響ちゃんに黙っていてはくれないってこと?」
「いきなり呼び捨てかよ」
「あんたたち双子大嫌いだし、何より須賀だと苑里と区別つかないから」
「俺と初めて話してまだ五分だけれど」
「苑里の兄ってだけで嫌い」
私の言葉に匠真は「苑里、めっちゃ嫌われてるな〜」と笑っている。
「で、響ちゃんには黙っていてくれるの? なら、もう話すこともないんだけれど」
「俺は響ちゃんと話したことないし、響ちゃんにバラさないけど」
「じゃあ……」
私が体育館の出入り口に向かって、足を向けようとした時……
「まぁ、苑里とか俺の友達には言うかも。そこから響ちゃんに伝わる分には知らねー」
ああ、やっぱりコイツは苑里の兄だ。私をイラつかせる所がそっくりすぎる。
「私に何が言いたいの?」
「んー」
わざとらしい悩んでいるフリの後に匠真は顔を上げた。
「苑里ともっと仲良くなって」
「は?」
「今みたいな響ちゃんと仲が良いから仕方なくじゃなくて、もっともっと自分から苑里と仲良くなろうとしてみて」
「何を言っているの?」
「だって、それが一番お前自身が嫌なことだろ?」
ああ、違う。コイツは苑里とは違う。
苑里は無意識に私を苛立たせる。でも、コイツはわざと私が嫌がることを言っている。
「大嫌いな苑里に笑顔を向けて、幸せそうにして、苑里と仲良く見えるように話してみて。じゃないと、響ちゃんに伝わるかもな。『海老原 未織は故意に友達の苑里を仲間外れにする最低野郎』だって」
イラつきすぎて頭の血管が切れそう。なんで私がこんなやつの言いなりにならないといけないの。でも、響ちゃんに嫌われることだけ許さない。許されない。私の正義である「共感」によって手に入れた友達を手放すわけにはいかない。
「なぁ、未織はこの授業をサボったことを響ちゃんや苑里になんて言うの?」
意味が分からない質問。でも、イラついた頭のままつい答えてしまう。
「そんなの体調が悪くなって休んでたとかいうしかないでしょ」
「おお、やっぱり嘘上手いじゃん」
「は?」
「それなら苑里と仲良くする真似も出来るだろ」
そんなゴミのような言葉を吐き捨てながら、匠真は楽しそうに体育館から出ていく。イライラしたままの私は綺麗にワックスのかかった床を足で強く踏みつけた。ドンッ、という音が体育館に響き渡る。何度もドンッドンッと鳴らし続けても、イライラは募っていくだけで私は授業終了のチャイムが鳴ってから体育館をあとにした。
教室に戻ると響ちゃんが私に駆け寄って来てくれる。
「未織、何かあったの!? 全然来ないから心配だったんだよ」
「ごめん、体調が悪くなって保健室で休んでいたの」
「え! もう大丈夫なの?」
「うん、もう完全復活!」
私は腕を上げて元気そうなポーズを作って、ニコッと笑った。匠真に話した通りの言い訳を使ってしまう自分に嫌気が差した。そして、そんな私の感情など知らずに響ちゃんの後ろから苑里が顔を出した。
「未織、大丈夫?」
落ち着いて、私。このイライラを顔に出すことは許されない。
「うん、大丈夫!」
響ちゃんに向ける笑顔と同じ笑顔を作った。苑里が安心したように微笑む。普通の人なら優しい子だなと思うことなのかもしれない。それでも、私はもう苑里がする全ての行動に腹が立つようになっていた。
それでも、そのことを悟られては駄目。匠真の言葉がもう一度頭によぎる。
『苑里ともっと仲良くなって』
匠真は私が苑里と仲が良いフリをすることを面白がっている。もっともっと私が苑里と話せば良いと思っている。
その時、先ほど苑里と話したがっていた二人が私たちに近づいてくる。
「苑里ちゃん、今日のお昼一緒に食べない? 苑里ちゃんの話をもっと聞いてみたくて……!」
苑里はまだまだ転校生で、クラスの興味の的である。だから、こういう会話も別におかしくないし、何よりこの子達は私に許可を取ったので安心している。苑里が反射的に私たちの方をパッと振り返った。悔しいけれど、ここでフォローを入れないと先ほど私から許可を貰ったと思っている子たちからの印象が悪くなる。わざわざクラスメイトの印象を下げるようなことをしたくない。
「さっき苑里と話したがっているのを聞いて、私が今日くらいなら私と響ちゃんは二人でお弁当を食べるから、苑里に聞いてみたらって声をかけたの」
あくまで「今日くらい」、あくまで「苑里に聞いてみたら」、あくまで「苑里の気持ちに任せる」。そんなニュアンスを醸し出した。どうせこの苑里を追い出す作戦は、匠真に聞かれた時点で失敗した。ならば、ここは私の印象を下げないことに重きを置かないと。苑里を大切にしている感じを出す自分に吐き気がするけれど。
しかし、苑里は私の言葉に安心したようだった。響ちゃんも私の言葉に納得しているのか笑顔で頷いている。
「そういうことだったんだ」
苑里はそう言うと、すぐに話しかけてくれたクラスメイトの方を向いてニコッと笑う。
「もちろん大丈夫だよ。今日のお弁当は一緒に食べよ!」
苑里の言葉にクラスメイトは嬉しそうにしている。苑里のこういう所が本当に嫌い。共感もせずに、自分の意見すらハッキリ述べるくせに、最低限の世渡りを覚えている。ここで空気を悪くするような馬鹿な真似をしてくれない所が大嫌い。そんなことを考えている私の肩を響ちゃんがポンッと叩いた。
「久しぶりに未織と二人のお昼だね」
そう言って、いつも通りの優しい微笑むを向けてくれる響ちゃん。そうだよね、久しぶりの邪魔者がいないお昼休みを楽しまないと。
「うん、久しぶりだね」
私は今日の昼休みくらいは楽しく終わると思っていた。
昼休み。私は響ちゃんの机の近くの椅子を借りて、響ちゃんの向かい側に座る。
「今日も未織のお弁当は美味しそうだね〜。卵焼きも美味しそう!」
「ありがと〜。一個いる?」
「いいの? じゃあ、私のミートボールと交換しよ」
響ちゃんが私のあげた卵焼きを頬張っている。
「お、甘い感じだ。甘い感じの卵焼きって美味しいよね」
「分かる。私も甘い方が好き」
「相変わらず未織と私の好みは似てるね」
響ちゃんが笑ってくれているのをみて安心する。正直、卵焼きなんてしょっぱかろうが甘かろうがどうでも良い。響ちゃんの意見と「共感」する方が大事。そんな細かいことまで共感がいる? いるに決まっているでしょ。
私はしょっぱい方が好きって言って「えー、こっちの方が美味しいよ!」って冗談めかしながら盛り上がる子達もいるかもしれない。でも、私は「気が合うね」と言われた時の快感の方が大切なの。
「俺は卵焼きはしょっぱい方が好みだな」
それはまるで苑里が言いそうな言葉だった。後ろを振り返れば、匠真が立っている。苑里と同じ転校生である匠真のことを響ちゃんも知っていたようだった。
「え、未織って匠真くんと知り合いなの?」
「あ……うん。さっき、ちょっと話して……苑里から私と響ちゃんと友達になったって聞いていたみたい」
嘘じゃない。それでも、響ちゃんの近くに匠真がいるという事実だけで冷や汗が出てくる。
「ショート髪の響ちゃんだ」
匠真は人懐っこい笑みを響ちゃんに向けて、苑里から話を聞いたと盛り上がっている。その時……
「匠真! 何してんの! あんたのクラスは一組でしょ!」
苑里が匠真の頭を後ろからペシっと叩いた。
「苑里に友達が出来たっていうから、挨拶しにきてやったんだろ?」
「そんなお母さんみたいなことするタイプじゃないでしょ!」
「あはは、分かった? ただの気まぐれ」
「一組に帰って!」
怒ったように頬を膨らませている苑里に匠真が「どう? クラスには慣れた?」と聞いている。
「うん、響ちゃんと未織とも仲良くなれたし。それに今日は未織が他の子とも仲良くなれるようにセッティングしてくれたの」
「へー、良かったじゃん」
匠真の視線が私に刺さる。首が絞められているのではないかと思うほどの鋭い感覚だった。
「未織は良いやつだもんな」
私に爽やかな笑みを向けた匠真を見て、盛り上がったのが苑里だった。
「え! もうそんなに仲良くなったの!?」
それは勘違いが起きた瞬間だった。きっと苑里は匠真が私のことが気になっていると勘違いしている。女子は総じて恋愛ごとが好きらしい。段々と世界が拗れていく。そして、そんな勘違いが起きたことを気づきながら匠真は否定しない。そのまま教室を出ていく。私はすぐにお手洗いに行くふりをして、匠真を追いかけた。
「どういうつもり!?」
「いやー、まじで拗れたな」
「あんたがしたんでしょ!?」
「良いんだよ、これで。俺は『苑里より頭が良くありたい』んだよね」
校内は騒がしいのに、匠真のその言葉だけが耳に残った気がした。鳴り響く予鈴で、私たちは自然に解散になる。それでも、匠真のその言葉を私は忘れられなかった。



