【青春には「共感」が絶対に必要である。】


 青春はどれだけノリよくテンポよく、そして少しだけのユーモアを入れられるかが重要。そして、一番のポイントはどれだけ「共感」出来るかどうか。数学で言えば、共感出来ない奴は公式を覚えていない奴と同義だ。

未織(みおり)、おはよー。昨日送った動画見た?」
(きょう)ちゃん! 今日、朝の電車で見ながら来たよ〜」
「めっちゃ面白くなかった?」

 早速公式を使う問題が出てきた。

「めっちゃ面白かった! 電車の中で見ながら笑いそうだったんだよ!? 堪えるの大変だったんだからー」

 まずは相手の言葉をオウム返し。そして、加点ポイント分の言葉を付け加える。
 ちなみに一ミリも笑って見ていないし、死んだ顔で内容だけ確認した。しかし、テストで自分の答えが間違っていると分かりながらも書く馬鹿はいないだろう。点数を取るために正解を書くことをテストは求めている。
 ずっと共感で友達を作ってきた。私は共感以外の方法を知らないのかもしれない。それでも良い。今、この現状に満足しているから。

 しかしその日担任が教室の扉を開けた瞬間、私の青春は壊れ始めた。

「おーい、転校生を紹介するぞー」

 一気にクラスがザワザワと騒ぎ始める。高校生にとって転校生ほど話題の的になるものはないだろう。そして担任の後ろについてくるように教室に入って来たのは、長いストレートの髪を二つ結びしている可愛らしい女の子だった。

須賀(すが) 苑里(えんり)です。一組に転校してきた須賀 匠真(しょうま)は双子の兄です。これからよろしくお願いします……!」

 笑顔が可愛くて、元気そうな女の子。ニコニコと笑うその女の子はまさに無害そうだった。しかし、苑里は私にとって脅威になっていく。苑里が担任に指定された席は響ちゃんの隣の席。苑里は簡単に響ちゃんに話しかけた。あろうことか共感というものをせずに。

「響子ちゃんって呼んでも大丈夫?」
「響ちゃんで良いよ。あだ名なの。みんなそう呼ぶし!」
「じゃあ、響ちゃんって呼ぶね。私も苑里って呼んで」

 心がザワザワする。そんな言葉だけじゃ言い切れないくらいイライラとザワザワが合わさった気持ち悪い感情。

「苑里ってめっちゃ髪サラサラだね。下ろしても絶対可愛いよね!」
「二つ結びが小さい時から好きなの。だから高校でもこのままでいく予定かな」
「えー、そうなんだ。確かに二つ結びも似合ってる!」
「ありがと〜」



 は?



 私だったら響ちゃんに言われたら絶対に髪を下ろしている。そういう所が気に入らなくて堪らない。出会ったばかりでまだ話したことはなくても、苑里は私をイラつかせる存在だった。響ちゃんと仲良くった苑里は、必然的に私と響ちゃんのグループに入ることになった。私たちのグループに入った後も苑里は何も変わらなかった。

「未織ちゃんって呼んでも良い?」
「未織で良いよ。私も苑里って呼ぶね」
「うん!」

 苑里と私が挨拶を済ませると、響ちゃんがスマホの画面を私たちに見せてくれる。そこには最近出来たカフェのホームページが表示されていた。

「早速、放課後に三人でこのカフェ行かない?」
「行く!」

 明るく笑顔で、リアクションは大きめに。私がそんなことを考えていると苑里はこう言うのだ。

「あ! ごめん! 今日は匠真…じゃなくて、兄とお母さんと一緒に買い物行くの」

 苑里の言葉に響ちゃんが「じゃあ、明日にしよ〜」と笑顔で返している。しかし私のイライラは治らない。
 あり得ない。たかが家族との買い物で断ったの? そんなこと言ったら、私だって今日買いたい漫画もあったし溜まっている課題も進めたかった。それでも、響ちゃんの誘いを優先しているのに。腹たつ。何コイツ、と思ってしまう。
 それだけに(とど)まらず、苑里はそれからも自分の意見をしっかり言っていた。そして、それを響ちゃんは笑って受け入れて、何故か二人は急速に仲良くなっていった。

「苑里もこれ一緒に食べよーよ」
「えー、私は要らないって。そのお菓子、あんまり好きじゃないし」
「美味しいのに〜! 未織はいる?」
「うん、食べたい!」

 私が共感して得た地位を、苑里は簡単に奪うのだ。あり得ない所じゃない。毎日のようにイライラが(つの)っていく。
 そんなある日の朝、私は響ちゃんの机を苑里と二人で囲んで話していた。しかしあまり集中出来なくて愛想笑いが多くなってしまう。

「未織?」

 響ちゃんが私の顔を心配そうに覗き込んでいる。

「何かあった? なんか元気なくない?」

 その心配の言葉に「安心」した。良かった、まだ響ちゃんは私が大切なんだ。きっと苑里よりも私の方が大切だよね。

「未織、元気ないの?」

 響ちゃんの言葉に苑里まで私の顔を見ている。お前のせいだよ、と言ってやりたくなる。

「なんでもないよ!」

 私がそう笑顔で誤魔化しても、響ちゃんは「でも……」とまでどこか心配そうな顔をしている。その気持ちが嬉しくて堪らなかった。もっと心配してほしい、私に関心を向けてほしいと思ってしまう。そんな響ちゃんに苑里は口を(はさ)んだ。

「未織が大丈夫って言っているんだから。それ以上は深入りしてもだめだよ。それに次は移動授業だから、二人ともそろそろ準備しよ」

 ああ、本当は苑里はどこまでも私をイラつかせるのが上手いな。自分のことを王様だとでも思っているのだろうか。お前は後から割り込んできただけのくせに。絶対に響ちゃんは渡さない、そんな決意を表すように私は一番早く次の授業の用意を済ませて響ちゃんの席に向かった。すぐに苑里も響ちゃんの席に近づいてくる。そして三人で教室を出て数十メートル、響ちゃんが私の手にノートが乗っていないことに気づいた。

「あれ、未織。ノート忘れてない?」
「あ……」

 そして、その瞬間の予鈴が鳴り響く。急いで準備をしたので、ノートを持ってくるのを忘れたのだ。悔しいがここで「先に行って」と言わないほうが印象が悪くなる。

「先に行ってて、すぐに追いかけるから」

 教室に戻りながら、振り返れば並んで歩く響ちゃんと苑里の姿。今までずっと響ちゃんの隣は私だけのものだったのに。苑里の場所はそこじゃないでしょ。
 そんなイラつきを放っておくから、人はつい過ちを犯す。ミスを犯すのだ。

「苑里ちゃんって明るくて可愛いよね〜」
「分かる。もっと一緒に話してみたいもん」

 聞こえてきたクラスメイトの会話をチャンスだと勘違いする。いや、その会話自体はチャンスだった。一番の私の過ちは周りを確認しなかったこと。どうせ誰も聞いていないと思ったこと。


「苑里ともっと話したいの?」


 私はそう話しかけて、ニコッと笑った。

「苑里も話してみたいって言ってたよ! 今日の昼休みの時に話しかけてみたら? 私と響ちゃんは二人で食べるし、1日くらい大丈夫だよ!」

 上手く誘導して、苑里を私のグループから追い出そうと思った。1日と言っても、それが命取りになる。その1日のことを響ちゃんには別の言い方をすれば、すぐに追い出せるだろう。「苑里は別の子と食べたいみたい」とでも言えば、すぐに壊せる。クラスメイトはそれを聞いて、嬉しそうに「本当!?」と話している。そして二人が移動教室に向かって、私はつい嬉しくて「やった」と言ってしまった。すぐ後ろに人がいることすら気づかずに。



「お前が海老原 未織?」



 咄嗟(とっさ)に振り返れば、そこには苑里とよく顔立ちの似ている男の子。すぐに苑里の双子の兄だと分かった。確か名前は須賀 匠真(しょうま)

「最近友達が出来たって苑里が言っていたんだ。ショートへアの響ちゃんこと佐々木 響子とポニーテールの海老原 未織だってさ。さっき三人で歩いているのみたけれど、お前しかポニーテールいなかったし」

 心臓がうるさいくらいにドクドクと鳴り響いている。本鈴が鳴っても、そんなことはどうでも良かった。

「どうも友達だと思っていたのは、苑里だけみたいだな」

 そんなことを言われても、私が考えていることはたった一つだった。



「響ちゃんには言わないでっ!!」



 私の発言が予想外だったようで、匠真は「ふはっ」と乾いた笑いをしている。

「海老原 未織。ちょっと話さないか?」

 授業が始まっている、そんなことはもうどうでも良かった。そして、きっと匠真は楽しんでいるだけだ。今の出来事が授業より楽しいと思っているだけ。そんなことが伝わるくらい彼の顔は活き活きと楽しそうだった。