「……ここまでしろってわたし言ったかな」
空美ちゃんは引き気味につぶやいた。まあ、それもそのはずだ。家の掃除をしてほしいと言われたわたしは、一日かけて家中をピカピカに磨き上げた。掃除機や雑巾がけはもちろん、窓の汚れ、洗濯物、水回りの汚れエトセトラをすべてやり切ったのだ。個人的にも納得のいく仕上がりだった。
「やり始めたら止まらなくって……」
そして今は、キッチンを借りて紅茶を淹れている。ここにクッキーでもあったら最高だが、材料がないので難しそうだ。
「年末の大掃除じゃないんですから、ここまでする必要はなかったけど……とにかく、今日はありがとうございました。気持ちがすっきりしてきました」
きちんと礼をする姿が、やはり海斗さんに似ている。わたしは完成した紅茶を空美ちゃんに差し出し、彼女の正面に腰を下ろした。
「その気持ち、わかります。掃除した後の部屋って、心がすっきりするような感覚になりますよね」
自分が掃除する側ならなおさらだ。空美ちゃんも、うんうんとうなずき肯定してくれた。
「まあ、家事の中では一二を争うめんどくささはありますけどね」
「でも、結局一番面倒なのは料理じゃない?」
「それ、わかります! 毎日毎日メニュー考えて作らなきゃいけないのって大変ですよね、そのうえ栄養まで考えなきゃいけないなんて……!」
そこからしばらく、家事談議に花が咲いた。話の内容から察するに、どうやらほとんどの家事は空美ちゃんの役目だったらしい。海斗さんの役目は、洗濯物と洗い物だったらしい。なぜかは分からないが、高校生で、勉強が忙しかったからかもしれない。
その話の中で、空美ちゃんが海斗さんの話題を持ち出すことはなかった。それとなく聞いてみたりもしたが、見事にはぐらかされてしまった。
海斗さんがいつ、どうやって亡くなったのかは分からないが、もしかしたら、亡くなってからそんなに経っていないのかもしれない。少なくともひと月半以上は経っているだろうが、それ以上は分からない。
そんな話をしていると、ふとまた、あのにおいが鼻を掠める。ほどなくして、海斗さんがリビングまで入ってきた。無論、空美ちゃんには見えていない。
「……こんなに綺麗だったか?」
開口一番、出た言葉はそれなのか、という突っ込みはするべきだろうか。普通もっと、懐かしいとか言うべきだろうに、と思う。
わたしが視線を向けていることに気づいたのか、海斗さんは軽い会釈をして、
「その、戻りました」
と言った。わたしも軽い会釈をした。
その間も空美ちゃんのマシンガントークは続き、しまいには学校の話に変わっていたが、彼女の気持ちが軽くなるならと、わたしはその話を聞き続けた。時折、海斗さんがばつの悪そうな顔をしていたのは、ここだけの話だ。
それから一時間ほど話し込んだ後、わたしは次回の日時を伝えて見上家を後にした。
駅への道中、周りに誰もいないことを確認して、海斗さんに声をかける。
「どうでしたか? ルートは見つかりそうですか?」
「まだ少し考えている途中です。まあ、無理ではないでしょうが、できるだけ、簡単に行ける道を探します」
「はい、よろしくお願いします」
そこでいったん会話が途切れ、お互い無言で歩く。不意に、「空美はどんな様子でしたか?」と海斗さんは問うてきた。
「思ってたよりも可愛らしくてびっくりしました。海斗さんにそっくりでしたし」
言われ慣れているのか、海斗さんは微妙な反応を見せた。
「……やっぱり、海斗さんのことは何も言いませんでしたね。一瞬だけお兄ちゃんって呼んだんですけど、すぐにごまかされちゃって」
「……」
「でも、マシンガントークができる元気はありそうで安心しました。本当に心が弱っている時に、そんなことなんてできませんから」
「そう、ですよね。それだけは少し安心しました。あの様子だと、空美は美歌さんのことを気に入っているようだったので、すぐにでも心を開いてくれますよ」
本当だろうか、とも思うが、空美ちゃんを一番よく知っている海斗さんが言うのだから、信じてもいいだろう。
「ありがとうございます、これからも頑張りますね」と言って、満面の笑みを作ってみた。
ふと、海斗さんが複雑そうな表情を浮かべていることに気づく。わたしは足を止め、彼の双眸を見据える。
「どうかしましたか?」
「え、あ……」
海斗さんは一瞬動揺するそぶりを見せたが、すぐに、
「なんでもありません。ほら、もうすぐ駅に着きますよ」
と言うだけだった。
空美ちゃんは引き気味につぶやいた。まあ、それもそのはずだ。家の掃除をしてほしいと言われたわたしは、一日かけて家中をピカピカに磨き上げた。掃除機や雑巾がけはもちろん、窓の汚れ、洗濯物、水回りの汚れエトセトラをすべてやり切ったのだ。個人的にも納得のいく仕上がりだった。
「やり始めたら止まらなくって……」
そして今は、キッチンを借りて紅茶を淹れている。ここにクッキーでもあったら最高だが、材料がないので難しそうだ。
「年末の大掃除じゃないんですから、ここまでする必要はなかったけど……とにかく、今日はありがとうございました。気持ちがすっきりしてきました」
きちんと礼をする姿が、やはり海斗さんに似ている。わたしは完成した紅茶を空美ちゃんに差し出し、彼女の正面に腰を下ろした。
「その気持ち、わかります。掃除した後の部屋って、心がすっきりするような感覚になりますよね」
自分が掃除する側ならなおさらだ。空美ちゃんも、うんうんとうなずき肯定してくれた。
「まあ、家事の中では一二を争うめんどくささはありますけどね」
「でも、結局一番面倒なのは料理じゃない?」
「それ、わかります! 毎日毎日メニュー考えて作らなきゃいけないのって大変ですよね、そのうえ栄養まで考えなきゃいけないなんて……!」
そこからしばらく、家事談議に花が咲いた。話の内容から察するに、どうやらほとんどの家事は空美ちゃんの役目だったらしい。海斗さんの役目は、洗濯物と洗い物だったらしい。なぜかは分からないが、高校生で、勉強が忙しかったからかもしれない。
その話の中で、空美ちゃんが海斗さんの話題を持ち出すことはなかった。それとなく聞いてみたりもしたが、見事にはぐらかされてしまった。
海斗さんがいつ、どうやって亡くなったのかは分からないが、もしかしたら、亡くなってからそんなに経っていないのかもしれない。少なくともひと月半以上は経っているだろうが、それ以上は分からない。
そんな話をしていると、ふとまた、あのにおいが鼻を掠める。ほどなくして、海斗さんがリビングまで入ってきた。無論、空美ちゃんには見えていない。
「……こんなに綺麗だったか?」
開口一番、出た言葉はそれなのか、という突っ込みはするべきだろうか。普通もっと、懐かしいとか言うべきだろうに、と思う。
わたしが視線を向けていることに気づいたのか、海斗さんは軽い会釈をして、
「その、戻りました」
と言った。わたしも軽い会釈をした。
その間も空美ちゃんのマシンガントークは続き、しまいには学校の話に変わっていたが、彼女の気持ちが軽くなるならと、わたしはその話を聞き続けた。時折、海斗さんがばつの悪そうな顔をしていたのは、ここだけの話だ。
それから一時間ほど話し込んだ後、わたしは次回の日時を伝えて見上家を後にした。
駅への道中、周りに誰もいないことを確認して、海斗さんに声をかける。
「どうでしたか? ルートは見つかりそうですか?」
「まだ少し考えている途中です。まあ、無理ではないでしょうが、できるだけ、簡単に行ける道を探します」
「はい、よろしくお願いします」
そこでいったん会話が途切れ、お互い無言で歩く。不意に、「空美はどんな様子でしたか?」と海斗さんは問うてきた。
「思ってたよりも可愛らしくてびっくりしました。海斗さんにそっくりでしたし」
言われ慣れているのか、海斗さんは微妙な反応を見せた。
「……やっぱり、海斗さんのことは何も言いませんでしたね。一瞬だけお兄ちゃんって呼んだんですけど、すぐにごまかされちゃって」
「……」
「でも、マシンガントークができる元気はありそうで安心しました。本当に心が弱っている時に、そんなことなんてできませんから」
「そう、ですよね。それだけは少し安心しました。あの様子だと、空美は美歌さんのことを気に入っているようだったので、すぐにでも心を開いてくれますよ」
本当だろうか、とも思うが、空美ちゃんを一番よく知っている海斗さんが言うのだから、信じてもいいだろう。
「ありがとうございます、これからも頑張りますね」と言って、満面の笑みを作ってみた。
ふと、海斗さんが複雑そうな表情を浮かべていることに気づく。わたしは足を止め、彼の双眸を見据える。
「どうかしましたか?」
「え、あ……」
海斗さんは一瞬動揺するそぶりを見せたが、すぐに、
「なんでもありません。ほら、もうすぐ駅に着きますよ」
と言うだけだった。



