「ありがとうございました」
診察してくれた先生に頭を下げ、診察室を後にした。足が痛くて歩きにくかったが、自業自得だった。
「あの、大丈夫だった?」
待合室で待っていた空美ちゃんが駆け寄ってきた。
「うん、ただの打撲と捻挫で、骨は大丈夫だから」と報告すると、空美ちゃんはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ごめんね、わたしのせいで……」
「……ううん、いいんだよ。だって、空美ちゃんがいなかったらわたし、あのまま死んでたんだよ」
わたしはあの時、快速電車が通過する線路に飛び込んだ——いや、実際は飛び込めなかった。
身を投げようとした瞬間、後を追っていた空美ちゃんに腕を掴まれたのだ。そしてそのまま、ホームへと引きずり戻された。突然のことで、困惑するわたしをよそに、空美ちゃんは言葉にならない声を漏らして泣いていた。騒ぎを聞きつけた他のお客さんや駅員さんに送ってもらい、今は近くの病院に来ていた。
「あの後、美歌ちゃんが荷物を忘れてたのに気づいて、急いで追いかけたら、なんだか今にも死にそうな背中で……気づいたら身体が動いてた」
滔々と言うが、実際に行動に移せるのは相当すごいと思う。もしかしたら、警察官とかに向いているのかもしれないと思った。
「とにかく……生きててくれてよかった。わたし、美歌ちゃんまで失いたくないよ」
そう言って、わたしの腕に擦り寄ってきた。その様子がとても可愛くて、もし妹がいたならば、きっとこんな気持ちなんだろうなと思った。
見上家へ戻った後、わたしは空美ちゃんに、全てを話した。わたしは霊感があって、幽霊となった海斗さんに頼まれて、あなたのところへ来たこと、プレゼントを渡したこと、そして、わたし海斗さんのことを好きになってしまったこと。
空美ちゃんは驚きつつも、最後は笑って、「今度、霊感がある友達がいるって、みんなに自慢しちゃおっと」と上機嫌になった。
そんなことを話しているうちに、あっという間に朝になっていた。頭は痛かったけど、自身の出自を知ってから初めて、心の底から幸せだと思える朝だった。
♢
四月に入り、春休みも終盤に差し掛かったある日、わたしは高松駅を降りて、駅に併設された商業施設に足を運んだ。空美ちゃんへの入学祝いだ。三十分ほど吟味した後、天色の花のモチーフが付いた髪飾りを購入した。空のように綺麗な彼女には、この色が映えるだろうと思って選んだのだ。
明日また会う時には、手作りのケーキでも持って行こう。そして楽しくお茶会だ。今から心が浮き立つ。
施設を出た頃には五時を回っていたが、まだ空は明るかった。人の流れに沿って、わたしも歩き出す。あの甘い匂いはなく、春特有のしっとりと温かい香りがした。
——海斗さん……わたしはまた、あなたに会いたいです。
思うだけ甲斐ないことを思い、空笑いした。
そしてまた、ゆっくりと歌い出す。この歌を歌い続ける限り、わたしは海斗さんとつながり続ける。少し恥ずかしい気持ちを抑えながら、わたしはメロディー唇に乗せ、小さな声で歌った。
「あ、あの……!」
懐かしい声が、耳朶を打った。薄らと、あの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
足が止まる。心臓が早鐘を打ち、一気に熱が溢れてくる。その熱が目頭にも伝播して、涙腺を急激に刺激した。
あの日のように、わたしは立ち止まり、おもむろに振り返った。
ひとりの青年が、わたし同様に立ち尽くしている。わたしと同世代の、切れ長の凛々しい瞳。彼の両脇を、多くの人がすり抜けてゆく。
「俺のことが……見えてるんですか?」
あの日と、同じ言葉。そして、わたしはまたこう言ったのだった。
「……っ、はい!」
診察してくれた先生に頭を下げ、診察室を後にした。足が痛くて歩きにくかったが、自業自得だった。
「あの、大丈夫だった?」
待合室で待っていた空美ちゃんが駆け寄ってきた。
「うん、ただの打撲と捻挫で、骨は大丈夫だから」と報告すると、空美ちゃんはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ごめんね、わたしのせいで……」
「……ううん、いいんだよ。だって、空美ちゃんがいなかったらわたし、あのまま死んでたんだよ」
わたしはあの時、快速電車が通過する線路に飛び込んだ——いや、実際は飛び込めなかった。
身を投げようとした瞬間、後を追っていた空美ちゃんに腕を掴まれたのだ。そしてそのまま、ホームへと引きずり戻された。突然のことで、困惑するわたしをよそに、空美ちゃんは言葉にならない声を漏らして泣いていた。騒ぎを聞きつけた他のお客さんや駅員さんに送ってもらい、今は近くの病院に来ていた。
「あの後、美歌ちゃんが荷物を忘れてたのに気づいて、急いで追いかけたら、なんだか今にも死にそうな背中で……気づいたら身体が動いてた」
滔々と言うが、実際に行動に移せるのは相当すごいと思う。もしかしたら、警察官とかに向いているのかもしれないと思った。
「とにかく……生きててくれてよかった。わたし、美歌ちゃんまで失いたくないよ」
そう言って、わたしの腕に擦り寄ってきた。その様子がとても可愛くて、もし妹がいたならば、きっとこんな気持ちなんだろうなと思った。
見上家へ戻った後、わたしは空美ちゃんに、全てを話した。わたしは霊感があって、幽霊となった海斗さんに頼まれて、あなたのところへ来たこと、プレゼントを渡したこと、そして、わたし海斗さんのことを好きになってしまったこと。
空美ちゃんは驚きつつも、最後は笑って、「今度、霊感がある友達がいるって、みんなに自慢しちゃおっと」と上機嫌になった。
そんなことを話しているうちに、あっという間に朝になっていた。頭は痛かったけど、自身の出自を知ってから初めて、心の底から幸せだと思える朝だった。
♢
四月に入り、春休みも終盤に差し掛かったある日、わたしは高松駅を降りて、駅に併設された商業施設に足を運んだ。空美ちゃんへの入学祝いだ。三十分ほど吟味した後、天色の花のモチーフが付いた髪飾りを購入した。空のように綺麗な彼女には、この色が映えるだろうと思って選んだのだ。
明日また会う時には、手作りのケーキでも持って行こう。そして楽しくお茶会だ。今から心が浮き立つ。
施設を出た頃には五時を回っていたが、まだ空は明るかった。人の流れに沿って、わたしも歩き出す。あの甘い匂いはなく、春特有のしっとりと温かい香りがした。
——海斗さん……わたしはまた、あなたに会いたいです。
思うだけ甲斐ないことを思い、空笑いした。
そしてまた、ゆっくりと歌い出す。この歌を歌い続ける限り、わたしは海斗さんとつながり続ける。少し恥ずかしい気持ちを抑えながら、わたしはメロディー唇に乗せ、小さな声で歌った。
「あ、あの……!」
懐かしい声が、耳朶を打った。薄らと、あの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
足が止まる。心臓が早鐘を打ち、一気に熱が溢れてくる。その熱が目頭にも伝播して、涙腺を急激に刺激した。
あの日のように、わたしは立ち止まり、おもむろに振り返った。
ひとりの青年が、わたし同様に立ち尽くしている。わたしと同世代の、切れ長の凛々しい瞳。彼の両脇を、多くの人がすり抜けてゆく。
「俺のことが……見えてるんですか?」
あの日と、同じ言葉。そして、わたしはまたこう言ったのだった。
「……っ、はい!」



