三つの太陽の光があるから島の柑橘は美味しく育つ。
 渚の祖父は夏になるとそう言う。
 誰もが恩恵を受ける太陽の光と海からの光と石垣からの照り返しと。


 渚よりも色白だった鳥羽も、島にいる間にたちまち日焼けしていった。
 島に来たばかりのクールなイメージは、手探りのコミュニケーションで口数が少なかったことだけでなく涼やかな肌色からも作られていたかもしれない。
 家にこもりがちな日々では日焼けしようがなかっただろう。
「あいつ光合成しよるんよなぁ。いっつもかっつも外おるからなぁ」
 鳥羽が島の子ども並みに逞しくなるのを司も喜んでいることが、渚はとても嬉しい。



 夏が終わり、秋になった。
 渚は五樹寮で『シルクロード』が流れるのを週に一度は聴いているけれど、最初の日のように涙を流すことはもうない。
 鳥羽の部屋から帰る時には音楽がいつもそばにある。
 その音楽に包まれながら、鳥羽から手渡された言葉を胸の中で反芻する。
 それが渚の日常になった。

 すごく好き。
 かなり好き。
 ずっと好き。

 毎回言い方が少しずつ変わる。「好き」という部分だけブレない。
 渚からはこの言葉を手渡したことはない。
 言葉が自然に出てくるまで、満ちてくるまで待っている。

 めっちゃ好き。
 がっつり好き。
 リミット超えそうなくらい好き。


 初めて「リミット超えそうなくらい」という表現をされた日、渚は小さく震えながらも鳥羽が肌から離れたタイミングで相手に飛びかかった。
「これ以上の長さは無理だっての!」
 今までで一番顔を赤くしながら、渚は鳥羽の柔らかな髪を思い切りぐしゃぐしゃにかき混ぜてやった。

 鳥羽が「リミット超えそう」という言葉で表現したいのは「11秒11を超えて渚に接触しそう」「そうしたい」という渇望だ。
 初めて甘夏味の肌に触れた時間は、その長さだったと鳥羽は言っている。
「限界。これ以上はしないで」と頼んだ渚の気持ちに心を寄せて、鳥羽はこの時間以内だったら触れても大丈夫と前向きに解釈をして真面目に時間を守ろうとしていた。


 この暗号のような11秒11という時間は、鳥羽の100㍍走の自己ベスト。
 毎日のように走りこんでいる陸上部員はコンマ1秒を競う世界にいる。
 だから体にその時間の長さが感覚として染み込んでいる、らしい。



 秋が深まっていく。
 司が16歳になる。

 冬が来る。
 鳥羽も同い年になる。

 渚は新しく聞いた言葉を反芻しながら、家族の待つ家に速足で帰る日々を過ごす。


 「好き」につけられた新しい言葉が増えていく。