『俺、佐伯さんに嫌われているようなんだよな……』
中学一年生、十二月前となり寒さが一気に染み込んできた頃。
期末テスト前で部活が休みとなり、一緒に歩いていた帰り道で、翔はポツリと呟いた。
確かにその頃の小春は明らかに翔と距離を取り、目を合わせることはほとんどなかった。
まあそうは言っても、初対面の時には俺にも同様だったんだけどな。
『だけどよ、慎吾とは話すようになっただろ? ……俺は全然ダメだ。デレカシーってものが、ないからなんだろーなぁ』
頭をわしゃわしゃと掻き、女友達との関わり方が分からないと嘆く。
小学校からずっと一緒だが、翔が弱音を吐き出したのはこれが初めてだった。
明るくて、コミュ力が高くて、俺のようにウジウジしている奴にも積極的に話しかけて、空気を明るくしてしまう。
それが翔の最大の長所なのにそんなことで悩むなんてと、正直卑屈になってしまった、俺の黒歴史だ。
だけど翔からしたら本気で悩んでたようで、「大林さんに相談してみたら?」と提案した。
ためらっていたようだけど、期末テストが終わって部活が再開になり、たまたま途中まで下校することがあり……。
それ以降、翔はやたらと凛に話しかけるようになり、小春と距離を取るようになった。
二年生、三年生となるうちに、小春は翔とも普通に話すようになり、今のような関係に落ち着いていった。
生き残りは三組までに減った。
俺と小春。翔と凛。そしてあと一組。小田くんと内藤さん。
その現実に俺はまた込み上げるものを抑えることが出来ず、トイレに駆け込む。
吐くのって体力いるんだな。
廊下の暑さも相まって、小春と俺は壁に背を預け脱力する。
このまま二人で消えてしまえたら。
気付けば俺の指は、俺達を地獄に誘う指輪へと向かっていく。力を入れるとスルスルと抜けていく指輪は、第一関節までいった。
そこで気付く、視界の端にある視線。目を向けると、そこには弱々しい眼差しがあった。
「……なーんてな。驚いただろー?」
普段言わない冗談に、声が裏返る。だが指だけはしっかり動き、指輪を奥に押し込んだ。
「うん」
力無く頷いた小春は自分の指輪を掴み、俺を真似るように指輪を引き抜こうとする。
「こうゆうのは、一回だから面白いんだ」
「……そうだね」
小春の手首を掴み、動きを止める。
こちらに顔を向け俺に目を見たかと思えば、また指輪に視線を戻し押し込んでいた。
心が麻痺している。
おそらくそれは、今の俺達の状態だろう。
小春の目を見つめると、あの澄んだ瞳は濁り、血色の良い肌は青白くなってしまった。
「私……、何で生きてるんだろう……?」
パラパラパラと音を鳴らしながら過っていくヘリコプターを窓から眺めながら、俺ではなく自身に問うようだった。
あの時も、同じ思いだったのだろうか。
ズンっとしたものが全身に押し寄せ、俺から言葉を失わせる。
「あの時はごめん」
こんな時だからこそ言わないといけないのに、どんどんと喉の奥へと消えていってしまった。
「佐伯ぃー! こっち来いよ!」
突然目の前に現れた、内藤さんの威圧的な声が廊下中に響く。あまりの圧に小春だけでなく俺まで身をすくませてしまったが、その間に入ったのは凛だった。
「何? そんな大きな声、出される筋合いはないと思うけど?」
「……はぁ? 大林には関係ないし!」
内藤さんは、小春にだけしか見せなかった本性を俺だけでなく、凛にまで見せてきた。
そこまで、切迫詰まっているということだろう。
「あるよ、友達だから。それよりさ、もしかしていつも、小春に対してこんなにキツく当たってたの?」
凛の瞳には内藤さんに対する怒りと、何故か罪悪感のような視線を小春に向けていた。
「……お前か?」
「何が?」
「お前が、あの音声送って来やがったんだなぁー!」
奇声と共に凛に飛びかかった内藤さんは、凛が握っていたスマホに手を伸ばす。
しかし短距離走の名手である凛は反射神経も良く、サッと身を引き距離を取る。
「音声って、何のこと?」
「しらばくれるんじゃねぇーよ! 私を信じるとか言って、全然じゃねーかよ! 佐伯に持たせてたんだろぉ! 私達を罠にハメる為に!」
「……罠?」
話が全く見えないと言いたげに凛はとりあえず落ち着いて話し合おうと提案するが、それによりヒートアップした内藤さんは、「嘘つき」、「卑怯者」と言葉を浴びせていく。
「もう、やめろよ!」
その場にいる中で唯一の男である俺が間に入るが、どうにも抑制力がないようで、ヒョロイ俺は女子の力でも簡単に跳ね除けられてしまう。
……翔がいてくれたら。
翔なら、この場を抑えてくれる。
話し合おうと、宥めてくれる。
情けないことに腕力でも、立場でも、コミュ力も劣っている俺には全く手に負えず、狼狽することしか出来ない。
凛を守らないと。だって、これは!
「何やってるんだ!」
廊下の端より響いた怒声と共に、球場で盗塁を取るように俊敏に走ってきた頼もしい男子は、しゃがみ込んで震えている女子を庇うように立ちはだかった。
「小春から離れろよっ!」
地響きのように低く、怒りに震えた声。プルプルと震える拳は振り上がっている。本来なら止めないといけないが、別に殴っても良いんじゃないかと不意に過ぎった俺は、ただことの成り行きを傍観していた。
「待って! お願い、許して!」
翔の拳を両手で抑えるのは小田くんで、「南は悪くない。悪いのは俺だったんだ」という言葉を繰り返し、だから俺を殴ってくれとまで懇願してきた。
小田くんの瞳があまりにも真っ直ぐだったからか、力を抜いた翔は、拳を下ろしていた。
「……あーあ、惨め。アンタ、彼氏盗られてるじゃん」
誰に言っているか分からず思わず周囲を見渡すと、その相手は凛だった。
「えっ? いや。私達は元々友達で……」
凛の説明も聞かずに距離を詰めてきた内藤さんは、凛の耳元でボソッと何かを呟いた。
「……!」
明らかに表情を歪めた凛は口元を抑え、ガタガタと震えだした。
「密告してやろうか?」
「やれるものなら、やってみたら! 順番を当てれたの話だけど!」
「あんたバカ? 次に密告したら勝てるごとぐらい、気付いてるよね?」
その言葉により何も返せなくなった凛は、ただ唇を噛み締めていた。
一体、何のやり取りが繰り広げられているんだ?
次に密告したら勝てるとは、どうゆう意味なのか?
何も分からない俺は、そのやり取りをただ眺めることしか出来なかった。
「今ので分かったぁー! アンタは私の音声は持ってない! だからアンタは負け確定!」
理論派の凛は、いつだって冷静に相手の話を聞き反撃の機会を待つが、今日に限ってはただ黙って聞いているだけだった。
「分かった? アンタを守ってくれるお友達とかは、このゲームで死ぬの! だから、あの音声は出すなぁ!」
翔の鉄壁のガードがあるからか、内藤さんはようやく話を終わらせたようで、俺達の集まりから離れて行った。
「……音声って何?」
凛が俺達に問うが、その場は静まり返る。
だって俺以外、何のことか分かっていないのだから。
「凛こそ、大丈夫か?」
俺が質問返しをしてしまうとビクンッと体を震わせ、何でもないと目を逸らしてしまう。
「……慎吾、少し話をしようか?」
「そう、だな」
互いにパートナーに秘密を抱えていると確信した俺は、その言葉に頷く。
翔に小春を託し、俺達は下の階へと階段を下っていく。
「内藤さんが言ってる音声について、慎吾は知ってるよね」
一階の中庭。木々がところどころ生い茂り、中央に池がある安らぎの空間。
サワサワと揺れる葉を眺めながら、凛は開口一番にそう聞いてきた。
「ごめん」
「私に謝らなくていい。それは一体、何なの?」
こちらに向ける目付きは鋭く、被人道的な行為を決して許さない凛に、俺はどんどんと背中を丸くしてしまう。
「小春を守る為だったの?」
凛の勘の鋭さに救われた俺は顔を上げて頷こうとするが、それを阻むもう一つの心からの声。
だから、何だって言うんだ?
俺がやったことは犯罪。普通に考えたら卑怯で、ズルくて、気持ち悪いくて、そこに正当性なんて何一つない行為。
そこに理由を付けて仕方がなかったなんて言い訳することが出来ないのは、一番自分が分かってるだろ?
そんな思いから、肯定も否定も出来ない。
ただ、軽蔑されるのが怖くて。
「分かった、もういい」
「……えっ」
もう良いって言った? 凛が……?
俺が驚くのは、凛があまりにもあっさり引いたこと。
正義感の塊である彼女は、とにかく曲がったことが嫌いで、何かあれば真相に辿り着くまでとことん追求するのが凛だった。
一体、何が?
「私っていつも、尋問するような聞き方するじゃない? 一から百まで、全部話さないと許さないみたいな? 悪い癖だって分かってたから気を付けてたんだけど、根は全然直らなくて。だからさ、最後ぐらい良い奴だったとか思われたいじゃない? だから、聞かない」
パラパラパラパラと音を鳴らして飛び回るヘリコプターはタイミングなど測ってくれるはずもなく、俺達の会話を妨害し、また離れていく。
「やめろよ、そんな縁起でもないこと言うの」
「慎吾が分かってないから言ってるの! ……次に指名されるのは、内藤さん達か私達。もう、猶予がないの」
さっき、内藤さんも選ばれるのはどちらかみたいな前提で話をしていた。
俺以外、選ばれる順番の法則に気付いているのか?
「そろそろ教えてくれないか? どうして俺と小春は最後になると思っているんだ?」
俺の聞き方が悪かったのか、より顔を歪めた凛は、「私、そうゆう言葉嫌いだから」と、その一言でこの会話を避けられた。
あ、そっか。そうゆうことか。本当に、俺ってやつは。
ようやく状況が飲み込め、顔面が熱いような、ザラザラとしたものが立ち込めるような、だからこんな立ち位置なんだと自分に呆れてしまうような。
そんな情けなさから黙ってしまうと、凛は俺を羞恥から逸らそうとしてくれているのか、会話を続いていく。
「大事な話だから、しっかり聞いてね? このゲーム、おそらく生き残れるのは一組だけだと思う」
「……は?」
見開いた目は強い紫外線を浴びて染み、瞬きをしながら忘れてしまっていた呼吸をくりかえす。
「ゲーム説明欄を読み返してみて」
どこまでも冷静な凛に促されてポケットからスマホを取り出し、目を凝らす。
ルールに関しては、何度も熟読したつもりだった。抜けなんてあるはずない。
そう思い、指でなぞって一つずつ確認しようと人差し指を出すが、そんな必要はなかった。
その答えは、一行目に記載されていたのだから。
1.このゲームはカップル対抗戦です。
「まさか……」
文字が揺れ、歪んでいくような感覚に、思わず目を閉じた。
この一文に頭でも殴られたのかと思うぐらいに脳内は揺れ、胃の中は掻き回されたように気持ち悪く、足元はグラグラと揺れた。
そんな。じゃあ、このゲームって!
「そう、最初から争いが前提だった。その方法が暴露ってわけだったみたいね」
広がる空を見上げる凛は、俺に目を向けてくれない。
俺達は最初からこの地獄から生存する仲間ではなく、互いを蹴落とし合う敵だったと言うのか。
主催者の底意地の悪さと、ルールを読み込めていなかった自分。
感情のまま主催者に怒りをぶつけたら良いのか、己の愚かさを憎んだら良いのか。
もう、分からなかった。
照りつく暑さも相まって頭がクラっとし、その場にしゃがみ込む。
地面には蟻がせくせくと行進しており、ただ必死に生きている生き物にすら八つ当たりしたくなった。
「大丈夫?」
駆け寄って来てくれた凛の手を跳ね除けて頭を抱える俺は、性格が捻じ曲がっているのだろう。
凛はこのことに気付いても、常に冷静に、誰かのことを考えて行動を取っていたというのに。
「どうしてそんなこと、俺に話すんだよ?」
蟻を潰しそうになった指を握り締め、腹の奥にある汚いものを吐き出す。
だって、変だろ? そんなの、敵である俺に話すだなんて。
「……私は、死ぬ運命だから……」
目を細めた凛は、ただ空に浮かぶ入道雲を眺めていた。
「私には、許されない秘密があるの。翔には絶対許してもらえない。だから……」
「そんなの、謝ったらケロッと許すだろ! だって、翔なんだし。アイツ、チームメイトのミスで負けても絶対責めないし、とにかく凛が好きで何でも許してしまうと思うから!」
気付けば俺は立ち上がり、捲し立てるようにツラツラと言葉を重ねる。
凛にこれ以上、「死ぬ」なんて言って欲しくなくて。
そりゃ、部外者である俺に何が分かるって話だけどよ、翔はそうゆう奴なんだよ。
誰にわて隔てることなく優しくて、頼もしいムードメーカーで、俺のくだらない嫉妬心にも笑って流してしまって、とにかく凛が好きで身を挺しても守り抜く。
それが翔なんだよ。だから、頼むから生きてくれよ!
自分でも支離滅裂だと分かってるけど、そう願わなくてはいられなかった。
「……俺が、内藤さんを密告すれば二人は助かるんだよな?」
「復讐は何も生まない。そう言われたんでしょう?」
それは、北条くんに言われた言葉だ。
彼女である音霧さんにさせていたことは、許せない。
だけどあの言葉に、偽りはなかったんじゃないだろうか?
それだけは、信じたくて。
言葉に詰まる凛に、何があったのかを尋ねようとしてやめた。平時なら友達として話を聞くが、今は。
俺は凛を、ただ強く抱き締めた。
「……しばらく、こうしてくれる?」
凛も、俺の背中に手を回してきた。
何度目の当たりにしても、人の命が散ることに慣れることなんてなかった。その瞬間は瞼に焼き付いており、不意に過った途端トイレに駆け込む。口をゆすいで、顔を洗い、涙を流し、精神をなんとか保っている。
それをしなかったら今頃。発狂して校舎から出てしまうか、指輪を外して自らの終わりを決めていただろう。
だけどそうしないのは、これがカップルデスゲームだから。
自分が死ねば、相手は指輪を抜いてもらえずに死ぬ。
そう自分に言い聞かせて俺達はこの場所で立ち、いつ途絶えるか分からない命を抱えて生きていた。
中学一年生、十二月前となり寒さが一気に染み込んできた頃。
期末テスト前で部活が休みとなり、一緒に歩いていた帰り道で、翔はポツリと呟いた。
確かにその頃の小春は明らかに翔と距離を取り、目を合わせることはほとんどなかった。
まあそうは言っても、初対面の時には俺にも同様だったんだけどな。
『だけどよ、慎吾とは話すようになっただろ? ……俺は全然ダメだ。デレカシーってものが、ないからなんだろーなぁ』
頭をわしゃわしゃと掻き、女友達との関わり方が分からないと嘆く。
小学校からずっと一緒だが、翔が弱音を吐き出したのはこれが初めてだった。
明るくて、コミュ力が高くて、俺のようにウジウジしている奴にも積極的に話しかけて、空気を明るくしてしまう。
それが翔の最大の長所なのにそんなことで悩むなんてと、正直卑屈になってしまった、俺の黒歴史だ。
だけど翔からしたら本気で悩んでたようで、「大林さんに相談してみたら?」と提案した。
ためらっていたようだけど、期末テストが終わって部活が再開になり、たまたま途中まで下校することがあり……。
それ以降、翔はやたらと凛に話しかけるようになり、小春と距離を取るようになった。
二年生、三年生となるうちに、小春は翔とも普通に話すようになり、今のような関係に落ち着いていった。
生き残りは三組までに減った。
俺と小春。翔と凛。そしてあと一組。小田くんと内藤さん。
その現実に俺はまた込み上げるものを抑えることが出来ず、トイレに駆け込む。
吐くのって体力いるんだな。
廊下の暑さも相まって、小春と俺は壁に背を預け脱力する。
このまま二人で消えてしまえたら。
気付けば俺の指は、俺達を地獄に誘う指輪へと向かっていく。力を入れるとスルスルと抜けていく指輪は、第一関節までいった。
そこで気付く、視界の端にある視線。目を向けると、そこには弱々しい眼差しがあった。
「……なーんてな。驚いただろー?」
普段言わない冗談に、声が裏返る。だが指だけはしっかり動き、指輪を奥に押し込んだ。
「うん」
力無く頷いた小春は自分の指輪を掴み、俺を真似るように指輪を引き抜こうとする。
「こうゆうのは、一回だから面白いんだ」
「……そうだね」
小春の手首を掴み、動きを止める。
こちらに顔を向け俺に目を見たかと思えば、また指輪に視線を戻し押し込んでいた。
心が麻痺している。
おそらくそれは、今の俺達の状態だろう。
小春の目を見つめると、あの澄んだ瞳は濁り、血色の良い肌は青白くなってしまった。
「私……、何で生きてるんだろう……?」
パラパラパラと音を鳴らしながら過っていくヘリコプターを窓から眺めながら、俺ではなく自身に問うようだった。
あの時も、同じ思いだったのだろうか。
ズンっとしたものが全身に押し寄せ、俺から言葉を失わせる。
「あの時はごめん」
こんな時だからこそ言わないといけないのに、どんどんと喉の奥へと消えていってしまった。
「佐伯ぃー! こっち来いよ!」
突然目の前に現れた、内藤さんの威圧的な声が廊下中に響く。あまりの圧に小春だけでなく俺まで身をすくませてしまったが、その間に入ったのは凛だった。
「何? そんな大きな声、出される筋合いはないと思うけど?」
「……はぁ? 大林には関係ないし!」
内藤さんは、小春にだけしか見せなかった本性を俺だけでなく、凛にまで見せてきた。
そこまで、切迫詰まっているということだろう。
「あるよ、友達だから。それよりさ、もしかしていつも、小春に対してこんなにキツく当たってたの?」
凛の瞳には内藤さんに対する怒りと、何故か罪悪感のような視線を小春に向けていた。
「……お前か?」
「何が?」
「お前が、あの音声送って来やがったんだなぁー!」
奇声と共に凛に飛びかかった内藤さんは、凛が握っていたスマホに手を伸ばす。
しかし短距離走の名手である凛は反射神経も良く、サッと身を引き距離を取る。
「音声って、何のこと?」
「しらばくれるんじゃねぇーよ! 私を信じるとか言って、全然じゃねーかよ! 佐伯に持たせてたんだろぉ! 私達を罠にハメる為に!」
「……罠?」
話が全く見えないと言いたげに凛はとりあえず落ち着いて話し合おうと提案するが、それによりヒートアップした内藤さんは、「嘘つき」、「卑怯者」と言葉を浴びせていく。
「もう、やめろよ!」
その場にいる中で唯一の男である俺が間に入るが、どうにも抑制力がないようで、ヒョロイ俺は女子の力でも簡単に跳ね除けられてしまう。
……翔がいてくれたら。
翔なら、この場を抑えてくれる。
話し合おうと、宥めてくれる。
情けないことに腕力でも、立場でも、コミュ力も劣っている俺には全く手に負えず、狼狽することしか出来ない。
凛を守らないと。だって、これは!
「何やってるんだ!」
廊下の端より響いた怒声と共に、球場で盗塁を取るように俊敏に走ってきた頼もしい男子は、しゃがみ込んで震えている女子を庇うように立ちはだかった。
「小春から離れろよっ!」
地響きのように低く、怒りに震えた声。プルプルと震える拳は振り上がっている。本来なら止めないといけないが、別に殴っても良いんじゃないかと不意に過ぎった俺は、ただことの成り行きを傍観していた。
「待って! お願い、許して!」
翔の拳を両手で抑えるのは小田くんで、「南は悪くない。悪いのは俺だったんだ」という言葉を繰り返し、だから俺を殴ってくれとまで懇願してきた。
小田くんの瞳があまりにも真っ直ぐだったからか、力を抜いた翔は、拳を下ろしていた。
「……あーあ、惨め。アンタ、彼氏盗られてるじゃん」
誰に言っているか分からず思わず周囲を見渡すと、その相手は凛だった。
「えっ? いや。私達は元々友達で……」
凛の説明も聞かずに距離を詰めてきた内藤さんは、凛の耳元でボソッと何かを呟いた。
「……!」
明らかに表情を歪めた凛は口元を抑え、ガタガタと震えだした。
「密告してやろうか?」
「やれるものなら、やってみたら! 順番を当てれたの話だけど!」
「あんたバカ? 次に密告したら勝てるごとぐらい、気付いてるよね?」
その言葉により何も返せなくなった凛は、ただ唇を噛み締めていた。
一体、何のやり取りが繰り広げられているんだ?
次に密告したら勝てるとは、どうゆう意味なのか?
何も分からない俺は、そのやり取りをただ眺めることしか出来なかった。
「今ので分かったぁー! アンタは私の音声は持ってない! だからアンタは負け確定!」
理論派の凛は、いつだって冷静に相手の話を聞き反撃の機会を待つが、今日に限ってはただ黙って聞いているだけだった。
「分かった? アンタを守ってくれるお友達とかは、このゲームで死ぬの! だから、あの音声は出すなぁ!」
翔の鉄壁のガードがあるからか、内藤さんはようやく話を終わらせたようで、俺達の集まりから離れて行った。
「……音声って何?」
凛が俺達に問うが、その場は静まり返る。
だって俺以外、何のことか分かっていないのだから。
「凛こそ、大丈夫か?」
俺が質問返しをしてしまうとビクンッと体を震わせ、何でもないと目を逸らしてしまう。
「……慎吾、少し話をしようか?」
「そう、だな」
互いにパートナーに秘密を抱えていると確信した俺は、その言葉に頷く。
翔に小春を託し、俺達は下の階へと階段を下っていく。
「内藤さんが言ってる音声について、慎吾は知ってるよね」
一階の中庭。木々がところどころ生い茂り、中央に池がある安らぎの空間。
サワサワと揺れる葉を眺めながら、凛は開口一番にそう聞いてきた。
「ごめん」
「私に謝らなくていい。それは一体、何なの?」
こちらに向ける目付きは鋭く、被人道的な行為を決して許さない凛に、俺はどんどんと背中を丸くしてしまう。
「小春を守る為だったの?」
凛の勘の鋭さに救われた俺は顔を上げて頷こうとするが、それを阻むもう一つの心からの声。
だから、何だって言うんだ?
俺がやったことは犯罪。普通に考えたら卑怯で、ズルくて、気持ち悪いくて、そこに正当性なんて何一つない行為。
そこに理由を付けて仕方がなかったなんて言い訳することが出来ないのは、一番自分が分かってるだろ?
そんな思いから、肯定も否定も出来ない。
ただ、軽蔑されるのが怖くて。
「分かった、もういい」
「……えっ」
もう良いって言った? 凛が……?
俺が驚くのは、凛があまりにもあっさり引いたこと。
正義感の塊である彼女は、とにかく曲がったことが嫌いで、何かあれば真相に辿り着くまでとことん追求するのが凛だった。
一体、何が?
「私っていつも、尋問するような聞き方するじゃない? 一から百まで、全部話さないと許さないみたいな? 悪い癖だって分かってたから気を付けてたんだけど、根は全然直らなくて。だからさ、最後ぐらい良い奴だったとか思われたいじゃない? だから、聞かない」
パラパラパラパラと音を鳴らして飛び回るヘリコプターはタイミングなど測ってくれるはずもなく、俺達の会話を妨害し、また離れていく。
「やめろよ、そんな縁起でもないこと言うの」
「慎吾が分かってないから言ってるの! ……次に指名されるのは、内藤さん達か私達。もう、猶予がないの」
さっき、内藤さんも選ばれるのはどちらかみたいな前提で話をしていた。
俺以外、選ばれる順番の法則に気付いているのか?
「そろそろ教えてくれないか? どうして俺と小春は最後になると思っているんだ?」
俺の聞き方が悪かったのか、より顔を歪めた凛は、「私、そうゆう言葉嫌いだから」と、その一言でこの会話を避けられた。
あ、そっか。そうゆうことか。本当に、俺ってやつは。
ようやく状況が飲み込め、顔面が熱いような、ザラザラとしたものが立ち込めるような、だからこんな立ち位置なんだと自分に呆れてしまうような。
そんな情けなさから黙ってしまうと、凛は俺を羞恥から逸らそうとしてくれているのか、会話を続いていく。
「大事な話だから、しっかり聞いてね? このゲーム、おそらく生き残れるのは一組だけだと思う」
「……は?」
見開いた目は強い紫外線を浴びて染み、瞬きをしながら忘れてしまっていた呼吸をくりかえす。
「ゲーム説明欄を読み返してみて」
どこまでも冷静な凛に促されてポケットからスマホを取り出し、目を凝らす。
ルールに関しては、何度も熟読したつもりだった。抜けなんてあるはずない。
そう思い、指でなぞって一つずつ確認しようと人差し指を出すが、そんな必要はなかった。
その答えは、一行目に記載されていたのだから。
1.このゲームはカップル対抗戦です。
「まさか……」
文字が揺れ、歪んでいくような感覚に、思わず目を閉じた。
この一文に頭でも殴られたのかと思うぐらいに脳内は揺れ、胃の中は掻き回されたように気持ち悪く、足元はグラグラと揺れた。
そんな。じゃあ、このゲームって!
「そう、最初から争いが前提だった。その方法が暴露ってわけだったみたいね」
広がる空を見上げる凛は、俺に目を向けてくれない。
俺達は最初からこの地獄から生存する仲間ではなく、互いを蹴落とし合う敵だったと言うのか。
主催者の底意地の悪さと、ルールを読み込めていなかった自分。
感情のまま主催者に怒りをぶつけたら良いのか、己の愚かさを憎んだら良いのか。
もう、分からなかった。
照りつく暑さも相まって頭がクラっとし、その場にしゃがみ込む。
地面には蟻がせくせくと行進しており、ただ必死に生きている生き物にすら八つ当たりしたくなった。
「大丈夫?」
駆け寄って来てくれた凛の手を跳ね除けて頭を抱える俺は、性格が捻じ曲がっているのだろう。
凛はこのことに気付いても、常に冷静に、誰かのことを考えて行動を取っていたというのに。
「どうしてそんなこと、俺に話すんだよ?」
蟻を潰しそうになった指を握り締め、腹の奥にある汚いものを吐き出す。
だって、変だろ? そんなの、敵である俺に話すだなんて。
「……私は、死ぬ運命だから……」
目を細めた凛は、ただ空に浮かぶ入道雲を眺めていた。
「私には、許されない秘密があるの。翔には絶対許してもらえない。だから……」
「そんなの、謝ったらケロッと許すだろ! だって、翔なんだし。アイツ、チームメイトのミスで負けても絶対責めないし、とにかく凛が好きで何でも許してしまうと思うから!」
気付けば俺は立ち上がり、捲し立てるようにツラツラと言葉を重ねる。
凛にこれ以上、「死ぬ」なんて言って欲しくなくて。
そりゃ、部外者である俺に何が分かるって話だけどよ、翔はそうゆう奴なんだよ。
誰にわて隔てることなく優しくて、頼もしいムードメーカーで、俺のくだらない嫉妬心にも笑って流してしまって、とにかく凛が好きで身を挺しても守り抜く。
それが翔なんだよ。だから、頼むから生きてくれよ!
自分でも支離滅裂だと分かってるけど、そう願わなくてはいられなかった。
「……俺が、内藤さんを密告すれば二人は助かるんだよな?」
「復讐は何も生まない。そう言われたんでしょう?」
それは、北条くんに言われた言葉だ。
彼女である音霧さんにさせていたことは、許せない。
だけどあの言葉に、偽りはなかったんじゃないだろうか?
それだけは、信じたくて。
言葉に詰まる凛に、何があったのかを尋ねようとしてやめた。平時なら友達として話を聞くが、今は。
俺は凛を、ただ強く抱き締めた。
「……しばらく、こうしてくれる?」
凛も、俺の背中に手を回してきた。
何度目の当たりにしても、人の命が散ることに慣れることなんてなかった。その瞬間は瞼に焼き付いており、不意に過った途端トイレに駆け込む。口をゆすいで、顔を洗い、涙を流し、精神をなんとか保っている。
それをしなかったら今頃。発狂して校舎から出てしまうか、指輪を外して自らの終わりを決めていただろう。
だけどそうしないのは、これがカップルデスゲームだから。
自分が死ねば、相手は指輪を抜いてもらえずに死ぬ。
そう自分に言い聞かせて俺達はこの場所で立ち、いつ途絶えるか分からない命を抱えて生きていた。



