カップルデスゲーム 一その愛は本物ですか?一

『一時間が経ちました。今回のカップルは北条爽太くんと、音霧紗栄子さんです。立会人となる皆さんは、教室にお集まりください』

 次は二人じゃなければ良いな。
 俺の些細な願いは、スマホより流れる音声により簡単に打ち砕かれた。

「俺達か……。まあ、想定通りだ。行こう、紗栄子」
「うん。じゃあ、みんな後でね」

 二人は覚悟していたのか、取り乱す様子もなく二年一組に行く為に、階段に向かって行く。

「……やっぱりな……」

 小さくなっていく二人の背中を見ていた翔は、聞こえるか聞こえないかの声でそう呟く。

「やっぱり?」
「……あ、いや! 想定内ってどうゆうことなんだろうなって!」

 翔が落とした言葉を思わず拾いあげると、一つの情報が舞い込んできた。

「確か順番は、主催者の独断と偏見によって選出すると言ってた。なのにどうして北条くんは次だと気付いたか……、ってことだよね?」

 凛のまとめにより、疑問がより鮮明になっていく。
 カップルの順番に何か法則でもあるのか?
 でもそれなら、二組目の発表前に見当を付けていたことになるよな? いくらなんでも早すぎるだろう?
 気付けば俺は一人駆け出しており、階段を登っていた北条くんの背中に声をかけていた。

「待って。どうして次は自分だと分かったの?」

 それを聞いた途端に北条くんは顔を歪め、こっちを見据えてきた。

「教えられないな」
「どうして? みんなで協力するなら、情報共有は大事だと思うけど」

 人間、追い詰められるとなんでも出来ると言うけど、あながち間違ってないのかもしれない。
 普段は絶対関わらない特進クラスの男子に、意見をするなんて。

「……じゃあさ、もし内藤さんが次の番だって分かったら、君はどうする?」
「え?」

 不意に出てきた、あの人の名前。
 どうすることもしないと決めたばかりなのに、顔が引き攣っていくを感じる。

「そうゆうことだよ? だから、知らない方が良いこともあるんだよ。みんなで助かる為にね。……さあ、行こう。うかうかしていると、主催者に目を付けられるかもしれないから」

 その言葉に頷き先に行く二人を見送りつつ、呆けてしまう心と体。
 人を恨む感情とは、ここまでギトギトとした粘着したものなのか。拭っても拭っても湧き出てくる、ドロドロとした黒い不純油のようなものに、現実を突き付けられていく。
 俺の中にこれほどの悍ましい考えがあるのだと、ただ熱い息が漏れる。
 そんな俺を許さないと告げる音。
 ピッ、ピッ、ピッ。
 ビクッと体を震わす機械音に、ドクロ指輪をから不気味に放たれる黄色い点滅。
 さっき見ていたから分かる。これは爆発知らせる警告音。
 なんで、なんでだよ!

「慎吾、行くぞ!」

 背後からの声に振り向く間もなく腕を掴まれた俺は、翔に引っ張られる形で階段を駆け上がって行く。
 その横には凛に引っ張ってもらう小春がいて、安堵しながら四人掛けて行く。
 こうゆう時は俺が小春を守らないといけないのに、いつもこうだ。本当に情けない。
 あの時だって真正面から行動を起こしたのは凛で、俺はと言えば……。
 こうして、指輪が赤く光る前に教室に入れた俺達は、ピタッと音が鳴り止んだことに膝から崩れ落ちて両手を付く。
 とりあえず爆発は止められた、ということらしい。

「ちょっと何なの! 離れてよっ!」

 突然の怒声に顔を挙げると、他の生徒全員が教室前方に立っており、俺達を見て明らかに表情を引き攣らせている。
 一瞬、意味が分からなかったが、指輪を光らせて走ってきたら、他の生徒達が怯えるのは当然だった。

「あ、いや。違うんだ。ほら、今は指輪光ってないだろ?」

 翔が指輪を見せて問題ないと説明するが、爆発の恐怖を植え付けられている全員がこちらと距離を取るのは当然だった。

『はぁー、どうしてくれるのですかぁ? これじゃ、ゲームが始められないじゃないですか? 仕方がありませんねぇ……』

 明らかに言葉に毒がある主催者の声に、俺達は戦慄する。
 まさか、進行を邪魔した俺達を消すって……。

『指輪が爆発するルールの四つ目を当ててください、片桐慎吾くん?』
「……えっ?」

 突然の名指しに、肩がビクンと跳ね上がる。
 爆発のルール? そんなの分かるわけないし!
 そんな考えを見通したかのように、俺の指輪だけがまたしても黄色く点滅し、生徒達は廊下へと駆けて行く。

『おっと、他の生徒は口出し禁止です。ヒントを与えた者も共に爆発させるので、そのつもりで』

 俺に近付いて来ていた三人から距離を取り、考えをまとめる。
 分かっていないのは俺だけ。だから主催者は俺を指名したのだろう。
 知能だけでなく、察し能力もない自分に嫌気がさす。
 どんどんと速くなる警告音。
 まとまらない考えに、視界がどんどんとぼやけてくる。
 最期にと小春に目をやると、その小さな手は廊下を指差しており、俺を真っ直ぐな視線を向けてくる。
 ……廊下?
 次に見せてきたのは、ドクロの指輪だった。
 あっ!
 あ、あ! そっか!
 口から出そうになった言葉を押し込み、冷静に息を吸って吐いて、声に出す。

「『四つ目の爆発条件は、立会人にならないこと』、……だと思います」

 情けないほどに声も全身も震えるが、なんとか言えた。
 問題はそれが正解かどうかであり、間違いなら次は俺の体が弾け飛ぶ。
 命を取り留める為のパートナーでもある、小春を置いて──。

『正解です。まあ今回は良いでしょう、余興の一つとして。だから途中で教室から抜け出すのは、なしですからね?』

 指輪の光りは消え、はぁぁぁとしゃがみ込む。
 そうか。一回目の時に俺と小春の指輪が警告音を鳴らしたのは、教室から出た俺達に対して「立会人を拒否する行動」と判断されたからだったんだ。
 指輪が爆発する条件、として。
 良かれと思ったことで、小春の命まで危ぶめてしまった。

「ごめ……」

 立ち上がった途端に感じる、刺さるような周りの視線。

「何、一人だけ逃げようとしてんの?」

 何かと思ったが、その尖った言葉により俺の非人道さが明らかになってしまう。
 確かに、そうだ。俺は役目を放棄して……。

「でも、あの時は本当に爆発するなんて思ってなかったし、それを言えば俺だって……」

 バツの悪そうな表情をしながら必死にフォローをしようとしてくれる小田くんに、「アンタは黙っといて!」と一喝するだけ。
 その場の空気は変わらなかった。


「あ、違い……ます。慎吾は、私を……」

 あまりの細すぎる声に、教室に沸き立つ熱気に消えてしまいそうだが、小春は一つ一つ言葉を振り絞っていく。

「はぁー?」

 不機嫌丸出しの声と、相手をとことん潰したいと言いたげな視線で小春をギロッと睨んでくる。
 先程まで前に出てきていた小田くんは、小春と目を合わせることもなくスッと身を引いてしまう。

「って、言うかさぁー。大林さんが必死に二人を助けようとしているのに、よく自分達だけ逃げ出せるよねぇー!」

 正論という名の棘は、容赦なく俺にグサグサと刺し込んでくる。
 自己中で、身勝手で、保身のことしか思っていない。やはり俺って、最低だな……。

「そうゆうあなたは何してたの?」

 俺と内藤さんの間を割り込むように入ってきたのは、どこまでも凛とした名前通りの女子。

「安全なところから文句だけ言うの、やめてくんない?」

 自身は比較対象として讃えられている立場だというのに、それに対して一切の優越感に浸らない。
 それが大林凛という、人間だ。

「はぁ? って言うかぁー、あんたの彼氏だって、口先だけ男じゃん! 俺が変わりに仲裁するだぁ? 肝心な時にいなかったくせに」

 図星を突かれたからか表情はより歪み、次は関係なかった翔にまで飛び火していく。
 凛は、翔のことは関係ないと軽く否定するが、確かに気になってしまった。
 あの時、翔は何処にいたんだ?
 だからこそ二人は、もう少しのところで……。

『なかなか良いところですが、そろそろ始めましょうかぁ? さすがに尺、というものがありますしねー』

 その言葉に、教室内がシンっと静まり返る。
 尺?
 顔を上げると、そこには定点カメラが張り巡らされた異質な光景があり、ようやく「デスゲームのお約束」というものに気付かされた。


 立会人の役目は、ただ着席し事の成り行きを見届けること。
 後方の席は当然ながら塞がっていて、俺達は空いている前方席に渋々腰を下ろす。
 息が整ってきた頃にようやく気付く、むせ返りそうな血生臭さと吐き気を誘発させてくる嘔吐物の生臭さ。
 鼻を突く痛みと息苦しさは、たった今、命をかけたデスゲームを強要されただけではないと実感させられる。
 窓は全開で換気は整っているが、ベージュのカーテンや黒板や床に飛び散った匂いの元になる血飛沫を取り除かなければ、意味のないことだった。
 幸い、教室前方に転がっていた二人の遺体に関しては、ベージュの布がかけられていた。
 教室後方部分のカーテンがないことから、それを外して使用したようだ。
 誰がやってくれたか知らないが、目が合うたびに顔を歪められるなんて死者への冒涜もいいところだ。
 だから、ありがとう。

『さあ、今回のカップルの登場です』

 主催者の指示に従い、廊下に待機させられていた北条くんと音霧さんは、教室前方より入ってくる。
 入室拒否でも、死の指輪はそれを許してくれない。確実に待ち受けるのは、死だ。
 二人のいる場所は明らかに血の匂いが濃いようで、顔を歪ませハンカチで鼻口を覆っている。

『すみませんねぇ、思ったより効きが良かったみたいで。もう少し火薬の量を調整しておくべきでした』

 どこまでも残忍な言葉に俺達は苛立ちを覚えるが、当然言い返すこと出来るはずもない。
 やはり爆発の威力は強かったようで、指輪を付けられている人物以外にも危害が及ぶ。翔が守っていなければ、あの爆風が凛を襲っていただろう。

「みんな、大丈夫だって! 今回は暴露なんかない! 俺達が生存第一号になって、良い波を作るからさぁ!」

 どんよりと暗い教室に向かって、今回の指定カップルになってしまったはずの北条くんが、明るく照らしてくれる。
 そうだ、今回は暴露はない。
 だって、みんなで協力するって決めたんだから。
 その声にゲームクリアを確信したのか、後方から一斉に手拍子と歓声が響き、異様な空間に包まれていく。

『いやいや、ちょっと待ってくださいよ。どうして皆さんは、主催者をことごとく無視するのですか? 聞くことがあるのではないですか?』

 その声に手拍子は止まり、シラッとした空気が漏れる。
 まさか。

『今回も、暴露が二つありましたよぉ?』
「えっ」
「うそ……」

 主催者の言葉に、北条くんと音霧さんは互いを見合わせてスッと逸らす。
 その表情からはなんというか、怯えてみるように見えた。
 ……心当たり、あるんだな。
 鈍感な俺ですら感じ取れるぐらいに、まとう空気が物語っていた。

『では暴露します。音霧紗栄子は、パパ活をしている』
「え、ええ」
「うっそぉー!」

 その声を筆頭に、一気に騒つく教室。無理もない、音霧さんほどの知性に溢れる人が、そんな。

「ち、違う! 違うのぉー!」

 音霧さんは北条くんの胸元に縋って、否定の言葉を繰り返す。
 生徒会の時と違って、そこに理論なんか一切なく感情的に。
 感情のまま叫ぶ姿があまりの悲痛で、耳を塞いでしまった。

『ふふ、嘘はいけませんねぇ。今回の証拠品はSNS上でのスクショです』
「え!」

 途端に目を見開き、しがみついていた北条くんのシャツをそっと離す。
 目をギョロギョロと動かし、指を強く噛み、顔面から血の気が引いてるように見えた。
 後方から聞こえる耳障りな悲鳴と、息を詰まらせるような息遣いに、恐る恐るスマホに目を落とした。
 そこには予想を上回る、衝撃の事実が映し出されていた。

『現役JKでぇす。大人あり5。お金持ちの素敵なおじさま、連絡待ってまーす』

「……はぁ?」

 思わず漏れた声が、本心だった。
 なんだよ、これ?
 いや、分かってる。知らないなんて否定出来るほど、純粋無垢だと言うつもりなんかない。
 しかし、これは。
 自分でも表情が歪んでいっていると自覚出来るほどの衝撃に、胸に沸き立つ不快感のようなもの。
 リアルに見るのは初めてで、吐き気を催してくる。
 それに追い討ちをかけるように、次々と追加されていく証拠画像。多数のやり取りがあり、パパ活を繰り返しているのだと察せられる内容だった。

『これが彼女の裏アカです。いやあ、怖いですねぇ。こんな優等生を絵にしたような女子高生が、裏でパパ活している世の中なんですからぁ』
「ち、違うのぉ! こんなの知らない! そうよ、これが私とは限らないじゃない! このSNSはやってないのぉー! 見なさいよ、今出すから!」

 はぁはぁと息を切らす音霧さんはスマホを叩く勢いでタップするが、やはりゲーム中は操作出来ないのか、「なんなのこれー!」とスマホを床に投げつけてしまった。

「……確かに、紗栄子はメッセージアプリ以外やってないし、この内容だけでは紗栄子がパパ活してるなんて断定出来ない。これを証拠とするなら、密告した者勝ちになる! 主催者のあなたは、そんな抜けのあるゲームをして良いのですか?」

 北条くんが冷静に、ゲームの穴を指摘する。
 そうだ。こんなのが罷り通ってしまったら、何でもありになってしまう。
 だから、こんなのは証拠としてならな──。

『勿論、これだけのことで暴露なんてしません。本命はこちらです』

 スマホに映し出されたのは先程と同じSNSであり、スクショだった。

『今日は、えみちゃん。清楚系JK』
 その投稿文と共に写真に写っていたのは音霧さんからは想像もつかない、あわれもない姿だった。

「……!」
「きゃあ!」

 バンッ。
 衝動的にスマホを机に伏せたら、嫌な音が響いた。
 いつもなら画面に傷がいってないかと咄嗟に表を向けて確認するが、そんな気になるはずもない。
 そしてそれは他の生徒も同じようで、俺がスマホを伏せたと同じぐらいに、あちこちでスマホ画面を机にぶつける音が聞こえていた。

『あー、あらあら、すみませんねぇ。みなさんが未成年であること、忘れてましたぁ。抜けがあるゲームと指摘されて、ついムキになってしまいましてねぇ。まあ、これで信じてもらえたでしょうか?』

 指摘しようにも画像を見て確認しないといけないし、誰もそんなこと出来るはずもない。
 主催者はそれを見越しているのか、異論を唱える者のない状態にただ高笑いをこだましていた。

「AIだ」
『はい?』
「これはAIで作られたフェイク画像だ! 今の技術ならこんなものぐらい簡単に出来てしまう世の中なんだよ! これ以上、俺の大切な人の名誉を傷付けるのは許さない! どうせあんたが作ったインチキなんだろ!」

 北条くんの問いにしばらく間が開き、立会人と呼ばれる俺達が顔を歪めて見合わせていると、途端に「フハハハハハ」と気味の悪い声がスマホより響いた。
 ヤバい! 主催者の癇に触れてしまった。これは見せしめか、口封じの餌食になると北条くんに目をやろうとすると、上機嫌のような弾んだ声が流れてきた。

『いやあ、あまりにもバカにされたものだと笑いが込み上げてしまいまして、大変失礼しました。ではSNSでこのアカウントを検索してみてください』

 立会人の俺達に拒否権なんてあるはずもなく、促される通りに不快なアカウント名を検索させられる。
 すると確かにあのアカウントは存在し、音霧さんと同様の投稿は多数見られるが、その殆どが中高生と思われるセーラー服姿の女子ばかりで、俺達と同世代ぐらいだとなんとなく察してしまう。
 ……これって、普通に犯罪だよな?
 なんでこんなの野放しにしてんだよと怒りすら湧いてくるが、このSNSは俺達が知っているものではない裏アプリのようで、規制も何もないようだった。
 売る方と買う方、どっちが悪いんだ?
 俺には到底辿り着けない答えを探していると、見つかったのは例の画像と書き込み。
 本当にあったんだ。
 深い溜息があちこちで漏れているのはそうゆうことかと、ただ頭を抱えて俯くことしか出来なかった。

『このアカウントは実在し、あの画像が投稿されたのはちょうど一年前です。それ以前の投稿も多数あり、それを私が逐一やっていたとでも言う気ですか? そんな暇ではありませんよー。大体このゲームを計画したのだって、ここ半年ぐらいの話なんですからぁ』

 半年前から計画されてた!?
 AIうんぬんより、そっちが気になってしまった俺は、この討論が全く耳に入ってこない。

「そんなの証拠にならないだろ! 良いから証拠出せよ! ないからって、はぐらかして、ごまかして。そんなの俺の前では通用しないからなぁ!」
『証拠を出せ? ふふ、良いでしょう。まあ完全なものは出せませんが、私がどのようにこの画像が本物かを推定したかを説明していきましょう。まずは制服ですが、シャツに縫われている紋章は、間違いなくあなた方が通う高校のものです。ここまでクッキリ写るのは、AIでは難しいというあくまで予想です。次に見たのは音霧さんの顔です。AIは自然な表情を出すのが難しく、「どこか硬い」の印象を受けます。しかしこの画像はどこまでも奔放で、音霧さんの素の姿というものが伺えます』
「……っ!」

 腕をプルプルと震わせた北条くんが手を握り締めると、血管がクッキリと浮かび上がってきた。
 彼女の潔白証明の為とはいえ、ここまで辱めを浴びせられるのかと、俺の心までヒリヒリとしたものが湧き上がってくる。

『決め手となったのは背景です。AIは背景まで気が回っていないことがあり、どこか単調になりやすいです。しかしこの画像は、背景の夜景にホテルの内装がやたらしっかり写っていて、AIには難しいのではないかと思いました。おまけにこの場所、どこか分かります? あなた方が住む地域に佇む高級ホテル、と言えば分かりますか?』

 よくよく画像を見れば、確かに俺達が住む地域に見られる店や、駅舎、大学などがライトアップされており、さすがにそこまで作り出せるのかと疑問も浮かんでくる。

『勿論、この背景に合わせて音霧さんの画像を合成したのかとかも考えましたが、それにしては空間とかに違和感がないんですよねー』
「……そんなの、お前の勝手な考察だろっ! いい加減に証拠出せって言ってんだよ!」

 いくら北条くんでも我慢には限界があったようで、声を荒らげ主催者に詰め寄っていく。

『じゃあ、あなたが証明したら良いじゃないですか? この日、音霧さんは何してました? お二人が付き合い始めたのは去年の五月二十一日から。メッセージを確認されてはどうですか?』

 北条くんのスマホロックは解除されたのか、画面に映し出されているのは赤い月ではなく、通常の待ち受け画面だった。
 遠目より見えたのは友人六人で写った画像で、いかに仲が良かったのかが伺える。
 しかし操作する素振りはなく、主催者に促されてようやく画面をスライドさせていく。

『疑われた当日は、バイトだと返ってきていますね? どんなバイトしてんだかって話ですが』

 どこまでも悪声をもたらす主催者に促されて音霧さんに視線を向けると、ガタガタと身を震わせている。

『これが無実の人間の態度ですかぁ? 心当たりがなければ、バイト先の名前、店長とのやり取りの履歴、その日のアリバイを探すなど、あなたほどの知性がある方ならとっくにされてますよねぇ? まあ、証明隠滅の手法はお見事でした』
「見て……たの?」
『当たり前じゃないですかぁ。アカウントとアプリの削除、個人メールまで消してせっかくの収入源を全て潰して、なかなか滑稽でした』
「ああっ……」

 もう逃げられないと悟った音霧さんは、長い髪を掻き上げヘナヘナとしゃがみ込む。
 それに寄り添うように、北条くんも同じ視線になるようにとかがみ込む。

「お願い助けて! 私がパパ活していたのは……!」
「分かってるよ」

 北条くんは変わらない。柔らかな笑顔を浮かべ、音霧さんの肩をそっと支える。

「……っ! あ、ありがとう!」

 北条くんは音霧さんの手を持ち、指輪に指を近付けていく。

『待ってください。暴露は二つと言いましたよ?』
「……え? 今、二つ出しましたよね?」
『いえ、証拠品ではなく暴露が二つと言いました。お願いですから、主催者の話を聞いてくださいよ。もう一つは北条爽太くん。あなたの暴露ですよ?』

 そう宣告された北条くんは、ピクピクと眉を動かす。

「……やめてくれないか?」
『無理です』
「勘弁してくれ! 頼む!」
「爽太。私、平気だよ」

 北条が荒らげた声を落ち着かせたのは、音霧さん。

「紗栄子?」
「だって、私の過ちを許してくれたんだもの。何を聞いても、私は受け入れるから」

 ガタガタと震わせる北条くんの手を、握る音霧さん。しかしそれは一瞬で崩壊した。

『北条爽太は音霧紗栄子のパパ活を知っており、金を受け取っていた』
「……え?」

 あまりにも突拍子もない暴露に、教室に居た全員が静まり返ってしまった。しかし横を見ると小春は明らかに表情を歪めており、その奥にいた凛は鋭い眼差しで睨み付けていた。

「いや、待ってくれよ! 彼女のパパ活止めない彼氏なんて、いるわけないだろ!」

 いつもなら賛同が湧く北条くんの言葉に、同調する者はいなかった。

「お母さんが具合悪いんだよね?」
「……あ」
「だからお金が必要だって? そうだよね?」
『残念ながら違います。証拠はまたSNSの裏アカです』

『レアキャラゲット! 十万注ぎ込んだもんなー』
 文章と共に映し出されていたのは、女性のイラストだった。絵柄的にスマホアプリのキャラクターだと、察せられた。

「見せて!」

 音霧さんは北条くんからスマホを奪い取る。取り返そうとしてくる北条くんを強く突き飛ばしたかと思えば、パスコードを知っているみたいな手付きで解除し、すぐにそれを見つけたようだった。

「十万で得たのは、これ?」

 先程のスクショと同じレアキャラが、北条くんのスマホアプリから出てきたようだった。

 ピッ、ピッ、ピッ。
 二人の指輪より聞こえる、警告音。黄色の点滅を始め、切迫しているのだと誰でもが察せられた。

『あららら。決定的な証拠出ちゃいましたね?』
「とりあえず、生きて出てから話し合おう? な?」

 両手の平を広げて「まあまあ」と宥める姿は、いつもの北条くんと別人に見えた。

「私が何したか知ってる? 体穢したのだって、あなたが好きだったから! ……っていうかよ、暴露したのは(はな)だろっ! パパ活のこと、あんたにしか話してないからぁ!」

 北条くんに向いていた怒りは、いつの間にか華と呼ばれる三上(みかみ)さんに矛先が変わっていた。

「待ってよ! 私は次が紗栄子だって知らなかったんだから!」
「そんなの知るか! あんたしか知らない! それが証拠だろ!」

 理論的な音霧さんが、感情のまま声を荒らげる。

「そうだよ。だって愛莉とのスクショ、晒したのは紗栄子だよね?」

 三上さんは、肯定と取れる発言を返した。

「あ、あの時は、死ぬなんて……思わなかった、から……」

 泳ぐ目付きから分かる。西条寺さんの密告をしたのは音霧さんだったようだ。

「暴露したら、愛莉のミーチューバ人生破壊すること分かっていたよね? だから許せなかった。大体さ、何清純ぶってるの? 私にも勧めてきたじゃない? 小遣い稼ぎに最高だって!」
「……それは」
「大したことじゃないって言ってたじゃない? ……それとも、私も沼に嵌めるつもりだった?」

 その言葉に、音霧さんの表情はみるみると変わっていく。

「テメェー!」

 汚い言葉を放った音霧さんは、三上さんに向かって歩き出す。
 ピー、ピー、ピー。
 それを止めるかのように、けたたましい音と共に赤く点滅をする指輪。先程と同じ展開に俺は小春を抱き寄せ、見せないように顔を埋めさせた。

「大体、お前誰だよっ! 何の為にこんなこと!」
 北条くんは奪い返したスマホに向かい、怒声を響かせる。

『おやぁ? もうヒントは差し上げてますよ?』
「ヒントぉ? 何だよ、それはよぉー!」
『まずは彼女さんの身を案じるべきでは?』

 その言葉で、ようやく猶予がない状態だと気付いたようだった。

「と、とりあえず外して!」
「……お前も、見捨てるとかなしだからな!」
「分かってるから!」

 北条くんはガタガタと震える指で、音霧さんの命を縛り付けていた死の指輪を外す。

「外れた!」
 するとけたたましい音が止み、先程までの醒めた空気は一転して歓声に包まれた。

「さあ、俺も早く!」
「分かってるから!」

 指を震わしながら、音霧さんも北条くんの指輪を引き抜こうと懸命に向き合っている。そんな姿に、いつしか教室中には応援する声が響き分かっていた。しかし。
 ピー、ピー、ピィーー。
 警告音が強く鳴り響いたかと思えば耳がつんざく音と振動と共に、また同様の惨劇が俺達の前で繰り広げられた。

「どうして、二人は指輪を外そうとしていたじゃない! 違う! 私は愛莉のことで紗栄子を反省させようとしていただけで、別に殺すつもりなんかなかったの! 本当だから!」

 悲鳴と共に、虚しく響く声。
 どうして? どうして指輪を外したのに二人は死んでしまった?