『一時間が経ちました。今回のカップルは北条爽太くんと、音霧紗栄子さんです。立会人となる皆さんは、教室にお集まりください』
 俺の些細な願いは、スマホより流れる音声により簡単に打ち砕かれた。
「やはり俺達か……。行こう、紗栄子」
「うん」
 二人は覚悟していたように、声を掛け合っていた。

 教室に行く足取りが重い。
 あそこには神宮寺くんと、西条寺さんの遺体がある。一応保健室の布団を翔がかけてくれたが、あの空間には戻りたくなかった。
 窓は全開で換気は整っている。しかしこの鼻につく血生臭さは取れるはずもなく、俺達は後方の机と椅子をギリギリにまで下げ着席した。

 スマホから流れる音声に従い二人は教室に入ってくるが、床や黒板に染み付いている血飛沫に顔を歪める。
『すみませんね。もう少し火薬の量を調整しておくべきでした』
 どこまでも残忍な言葉に俺達は苛立ちを覚えるが、当然言い返すこと出来るはずもない。

「大丈夫だって! 今回は暴露なんかない! 俺達が生存第一号になって良い波を作るから!」
 その声にゲームクリアを確信した生徒達は、一斉に手拍子で場を盛り上げ始めた。
『ちょっと待ってください。どうして皆さんは主催者をことごとく無視するのでしょうか? 聞くことがあるのではないですか?』
 その声に手拍子は止まり、各々のスマホに目をやった。
『今回も暴露が二つありました』
「え……」
「うそ……」
 主催者の言葉に、北条くんと音霧さんは互いを見合わせてスッと目を逸らした。

『では暴露します。音霧紗栄子は、パパ活をしている』
 その言葉に一気に騒つく教室。無理もない、音霧さんほどの知性に溢れる人が、そんな。
「違う! 違うの!」
 音霧さんは同じく壇上にいた北条くんに、必死に縋って否定の言葉を繰り返す。
 あまりの悲痛な叫び声に聞くに耐えなかった。
『嘘はいけませんね。今回はSNS上でのスクショです』
「え!」
 その内容に目を通した生徒達はまた違う悲鳴に包まれた。その内容は。

『現役JKです。大人あり5。お金持ちの素敵な方、連絡待ってまーす』
 その投稿には多数の返信があり、パパ活を繰り返しているのだと察せられる内容だった。
『これが彼女の裏アカです。いやあ、怖いですね。こんな普通の女子高生がパパ活している世の中なんですから』
「違う! こんなの知らない! そうよ、これが私とは限らないじゃない!」
「確かに、この内容だけでは言い切れない。これを証拠とするなら、密告した者勝ちになる! 主催者はそんな抜けのあるゲームをして良いのですか?」
 北条くんが冷静に、ゲームの穴を指摘する。
 そうだ。こんなのが罷り通ってしまったら、何でもありになってしまう。だから、こんなのは証拠としてならな──。
『勿論、これだけのことで暴露なんてしません。本命はこちらです』
 スマホに映し出されたのは、先程と同じSNSのスクショだった。
『今日は、えみちゃん。清楚系JK』
 その投稿文と共に写真に写っていたのは、音霧さんからは想像もつかない姿だった。全員がスマホから目を逸らし、口元を抑えていた。
『あらあら。すみません、みなさん未成年でしたね。抜けがあるゲームと指摘されて、ムキになってしまいました。まあ、これで信じてもらえたでしょうか?』
 異論を唱える者は、誰一人居なかった。

「お願い助けて! 私がパパ活していたのは……!」
「いいよ」
 北条くんは変わらない。柔らかな笑顔を浮かべ、音霧さんの肩をそっと支える。
「ありがとう」
 北条くんは音霧さんの手を持ち、指輪に指を近付けていく。

『待ってください。暴露は二つと言いましたよ?』
「……え? 今、二つ出しましたよね?」
『いえ、証拠品ではなく暴露が二つと言いました。お願いですから、主催者の話を聞いてくださいよ。もう一つは北条爽太さん。あなたの暴露ですよ?』
 そう宣告された北条くんは、ピクピクと眉を動かす。
「……やめてくれないか?」
『無理です』
「勘弁してくれ! 頼む!」
「爽太。私、平気だよ」
 北条が荒らげた声を落ち着かせたのは、音霧さん。
「紗栄子?」
「だって、私の過ちを許してくれたんだもの。何を聞いても、私は受け入れるから」
 ガタガタと震わせる北条くんの手を、握る音霧さん。しかしそれは一瞬で崩壊した。

『北条爽太は音霧紗栄子のパパ活を知っており、金を受け取っていた』
「……え?」
 あまりにも突拍子もない暴露に、教室に居た全員が静まり返ってしまった。しかし横を見ると小春は明らかに表情を歪めており、その奥にいた凛は鋭い眼差しで睨み付けていた。
「いや、待ってくれよ! 彼女のパパ活止めない彼氏なんて、いるわけないだろ!」
 いつもなら賛同が湧く北条くんの言葉に、同調する者はいなかった。
「お母さんが具合悪いんだよね?」
「……あ」
「だからお金が必要だって? そうだよね?」
『残念ながら違います。証拠はまたSNSの裏アカです』

『レアキャラゲット! 十万注ぎ込んだもんなー』
 文章と共に映し出されていたのは、女性のイラストだった。絵柄的にスマホアプリのキャラクターだと、察せられた。

「見せて!」
 音霧さんは北条くんからスマホを奪い取る。取り返そうとしてくる北条くんを強く突き飛ばしたかと思えば、パスコードを知っているみたいな手付きで解除し、すぐにそれを見つけたようだった。
「十万で得たのは、これ?」
 先程のスクショと同じレアキャラが、北条くんのスマホアプリから出てきたようだった。

 ピッ、ピッ、ピッ。
 二人の指輪より聞こえる、警告音。黄色の点滅を始め、切迫しているのだと誰でもが察せられた。
『あららら。決定的な証拠出ちゃいましたね?』
「とりあえず生きて出てから話し合おう? な?」
 両手の平を広げて宥める姿は、いつもの北条くんと別人に見えた。
「私が何したか知ってる? 体穢したのだって、あなたが好きだったから! ……暴露したのは華だろ! パパ活のこと、あんたにしか話してないから!」
 北条くんに向いていた怒りは、いつの間にか華と呼ばれる三上さんに矛先が変わっていた。
「待ってよ! 私は次が紗栄子だって知らなかったんだから!」
「そんなの知るか! あんたしか知らない! それが証拠だろ!」
 理論的な音霧さんが、感情のまま声を荒らげる。
「そうだよ。だって愛莉とのスクショ、晒したのは紗栄子だよね?」
 三上さんは、肯定と取れる発言を返した。
「あ、あの時は、死ぬなんて……思わなかったから……」
 泳ぐ目付きから分かる。西条寺さんの密告をしたのは音霧さんだったようだ。
「暴露したら、愛莉のミーチューバ人生破壊すること分かっていたよね? だから許せなかった。大体さ、何清純ぶってるの? 私にも勧めてきたじゃない? 小遣い稼ぎに最高だって!」
「……それは」
「大したことじゃないって言ってたじゃない? ……それとも、私も沼に嵌めるつもりだった?」
 その言葉に、音霧さんの表情はみるみると変わっていく。
「テメェー!」
 汚い言葉を放った音霧さんは、三上さんに向かって歩き出す。
 ピー、ピー、ピー。
 それを止めるかのように、けたたましい音と共に赤く点滅をする指輪。先程と同じ展開に俺は小春を抱き寄せ、見せないように顔を埋めさせた。
「大体お前誰だよ! 何の為にこんなこと!」
 北条くんは奪い返したスマホに向かい、怒声を響かせる。
『おや? もうヒントは差し上げてますよ?』
「ヒント? 何だよそれ!」
『まずは彼女さんの身を案じるべきでは?』
 その言葉で、ようやく猶予がない状態だと気付いたようだった。
「と、とりあえず外して!」
「……お前も、見捨てるとかなしだからな!」
「分かってるから!」
 北条くんはガタガタと震える指で、音霧さんの命を縛り付けていた死の指輪を外す。
「外れた!」
 するとけたたましい音が止み、先程までの醒めた空気は一転して歓声に包まれた。

「さあ、俺も早く!」
「分かってるから!」
 指を震わしながら、音霧さんも北条くんの指輪を引き抜こうと懸命に向き合っている。そんな姿に、いつしか教室中には応援する声が響き分かっていた。しかし。
 ピー、ピー、ピィーー。
 警告音が強く鳴り響いたかと思えば耳がつんざく音と振動と共に、また同様の惨劇が俺達の前で繰り広げられた。

「どうして、二人は指輪を外そうとしていたじゃない! 違う! 私は愛莉のことで紗栄子を反省させようとしていただけで、別に殺すつもりなんかなかったの! 本当だから!」
 悲鳴と共に、虚しく響く声。
 どうして? どうして指輪を外したのに二人は死んでしまった?