『一時間が経ちました。皆さん、教室にお集まりください』
 先程と同様に赤い三日月が勝手に映し出され、スマホを恐る恐る操作してみるがその映像は変わらず電源すら切ることが出来なかった。
 その異常さに呼びかけに抵抗する者は居らず、皆カップルと隣同士で座る。すると聞こえてきたのは、テンションが高めの声だった。
 教室前方より入室してきた女子は、高い声を出しながらこちらに両手を振ってくる。それに合わせるように同じく手を振る男子。
 この二人は学校一の人気者、神宮寺 翼くんと、西条寺愛莉さん。
 カップルミーチューバを設立して、十代に人気の「あいりんandつばさ」として活動している。登録者数二十万人超えの人気者らしい。
 現に神宮寺くんは背が高くスラッとしており、アイドルみたいな爽やかイケメンで、男の俺でも息を呑むことがあるぐらいだったりする。当然女子にモテるが彼女が美人だからと、羨むこともなく目の保養にするぐらいだと女子同士が会話しているのを何度となく聞いてきた。
 その彼女である西条寺さん。モデルのように顔が小さく美形であり、背中までの美しい茶髪をいつも指でクルクルとさせ、適度に着崩した制服を着こなしている。
 そんな二人が並ぶと絵になり、日常トーク、料理を作ってみた、踊ってみた、などの動画がバズり、一ノ宮さんは雑誌のモデルとして起用されるぐらいに人気も知名度もある存在だ。

「じゃあまず、あいりんが外しまーす!」
 カメラに向かって両手を振り神宮寺くんの指に手をかけた時、その声は聞こえた。
『お待ちください。その前に暴露のお時間です』
「は?」
 主催者に水を差された西条寺さんは、舌打ちが漏れていた。
「あー、何だろう? あいりん、ドジっ子だからなー」
 頭をコツンと小突き、首を傾げる。

『では発表します。西条寺愛莉は、彼氏をただの踏み台だと思っている』
「……え?」
 あまりにも唐突な発言に、教室中はざわめく。

「……何それ〜?」
 西条寺さんは口は笑っているけど、目は笑ってない。
 本当にそのような表情があるのだと、唖然としてしまった。
『はい、では暴露開始。これは私の元に送られてきた、メッセージアプリのスクショです』


『だから、翼くんが他の女と歩いてたし。一応確認したら?』
『えー、別にどうでもいいしー。あいつはただの踏み台。ただの顔だけ男。まあ、アクセサリーってやつw』


「何これ! ……紗栄子! あんた裏切ったの!」
「ち、違う! 確かに相手は私だけど、こんなのバレバレじゃん! 私がそんなことするわけ……」
 そう言い返すのは、音霧紗栄子さん。いつも西条寺さんと一緒に居る女子の一人だ。

「嘘吐くな! 私が気に入らねーんだろ! そうだよね? 私がバズるまでは、あんたが頂点だったもんね? でもさ、ちょっと子綺麗なだけであんたつまんないんだわー! 絶対私にはなれないしね! あーあ、惨め……。あ……」
 突き刺さるような視線を、後方に居た俺でも感じ取っていた。それを浴びた西条寺さん本人は、時が止まったかのように硬直していた。
「違うの! 驚かせようと思ってさ〜」
 またいつもの戯けた表情に戻したが、それに笑いかける生徒は居なかった。
 傍観者の俺達より、気にかける人が居るのでは?
 そう思ったが彼氏の神宮寺くんのみ、いつもの柔らかな表情を浮かべていた。
「分かってるよー。捏造だって」
「そう! はは、じゃあ指輪を……」
 西条寺さんが手を伸ばした途端。
『待ってください。誰が暴露は一つだと言いました?』
「え?」
『そう、次は神宮寺くんの暴露です。神宮寺 翼は、複数のファン女性と遊んでいる』
 その言葉と共に映し出されたのは神宮寺くんと、西条寺さんとは違う女性との写真。手を繋いで歩いている場面や、キスをしている写真まであった。
 その途端、教室中は悲鳴に包まれる。それは女子のもので、「嘘!」「信じられない!」が大半を占めていた。

「あ、あんなものどこから!」 神宮寺くんからは柔らかな表情は完成に消え、その目はギラギラと血走っていた。
『うわあ、節操ありませんね! ファンに手を出すなんて!』

「こ、これは合成だ!」
そう言い、西条寺さんにでも、俺達にでもなく、カメラに向かって声を荒らげていた。
『その他にもありますよ? 「めいみん」さん、ご存知ではないですか?』
「は? あ、いや」
『駆け出しのミーチューバだそうですね?』
その言葉と共にまたスマホに映し出されたのは、ミーチューバチャンネル。題名は「カップルミーチューバ、翼と付き合ってみた」だった。
それは隠し撮りしたかのように神宮寺くんの無防備な音声が録音されており、生々しいやり取り。西条寺さんの悪口。ミーチューブでの収益があるから別れられないとまで、言い放っていた。
『つまらん男、三十一点。まあこれで、あのあいりんに勝てたからいっか!』
その締め括りで、動画は終わっていた。

『この動画は音声のみだったことから信憑性がなく、また削除申請からすぐに消されたので闇に葬られたようですね。しかし暴露者は動画をダウンロードしていた。どれだけ嫌われているのですか、神宮寺くん? いや、その彼女である西条寺さんを傷付けるのが狙いだったのかもしれませんね? まあいずれにしても相手の女性はあなたを好きになったのではなく、女として西条寺さんに勝ちたかっただけ。残念でしたね』

「テメェー! 出てこい、この野郎!」
スマホを頭上より叩きつけ、それでも飽き足らず感情のまま何度となく踏みつける。その姿に女子は怯えて身をたじろぎ、小春は両耳を塞いで震えていた。

ピッ、ピッ、ピッ。
その動作を打ち消すかのように鳴る、機械音。
音と同時に、指輪が黄色信号みたいにチカチカと光り出した。
「何! 指輪が光って!」
『さあ、暴露は以上です。これより死の指輪を外してもらいましょうか?』
取り乱す二人など見えていないかのように、主催者を名乗る声は変わらず冷淡だった。

「外せるか! よりにもよって、そんな底辺に手を出すなんて! あいりんの名前に傷付けやがって!」
「お前こそ、俺を踏み台にしていた? そうだ、お前だけで、ここまでバズれるわけないもんな! お前のバカ発言を編集で消してなかったら、とっくに炎上していたんだからよ!」

ピー、ピー、ピー。
指輪は赤く点滅し、その音は教室中に響くほど大きくなっていた。
「ねえ。指輪、大丈夫?」
凛が臆することなく立ち上がり、二人に声をかけながら前方に歩いていく。

パァーン。
耳の鼓膜が破れるのではないかと思うほどの、破裂音。
その瞬間。聞いたことのない断末魔と共に、水風船が弾け飛ぶかのような勢いで血飛沫が散乱し、肉片が飛び散っていく。その血液と肉片は床へと落ちてきて、教室中はこの世のものとは思えないほどの阿鼻叫喚に包まれる。
断末魔と同様に聞いたことのない悲痛な叫び声、指輪を外そうとする者を取り押さえる怒声、跪きゼイゼイと呼吸がままならなくなった過呼吸音。
そして俺は喉が切れるぐらいに叫び、空っぽのはずの胃からは吐瀉物が溢れ、今までしていた呼吸の仕方を忘れたのかと思うぐらい酸素を上手く取り入れられなかった。
それは俺だけではなかったようで、小春も口元を抑えハァハァと呼吸を荒くしていた。

「……り、りん……」
小春の、声にならない息遣いに気付く。
そうだ、衝撃の光景が広がる前。凛が二人を気にかけ、一人前方に近付いていた。まさか、巻き込まれて……!
俯いていた顔を上げると、教室の端で倒れている凛の傍らに翔が居た。

「……え? 翔?」
体を起こした凛は、自分に覆い被さっている翔に呼びかける。
「無事か?」
そう翔は問いかけているが、二人の姿を見比べると明らかに翔の方が顔や腕が赤く火傷のような痕があった。
どうやら前方に進み始めた凛を庇う為、身を挺したようだった。

『あららら? 他人を気遣える彼女に、それを命懸けで守る彼氏。美しい愛ですねー? ……それに比べて、この強欲に塗れた二人ときたら。どうやらビジネスカップルだったようです』

「うわああああああ!」
教室中に悲鳴が飛び交う中、一人の男子生徒が教室から飛び出して行った。

「校舎外に出たらダメ!」
その男子を追いかけようとする凛は、バランスを崩して転けてしまう。翔が凛の手を強く掴んでおり、行ってはならないという意思だった。

「お、俺が行くから!」
気付けばそう声に出し、駆けて行く男子の背中を追いかけていた。

なんて速さだ。
全力で走るが、どんどんと小さくなる背中。
いや、俺が遅いんだ。……翔だったら。
己の愚鈍さを思い知りつつ階段を駆け降りると、目の前は玄関ホール。
ダメだ、間に合わない。
そう悟った俺は最後の力を出し、ヒリつく喉から声を出そうとした時。

パァン!
乾いた音が響き渡った。


「うわあああああ!」
絶叫と共にその場を引き返して来た男子は、俺に縋り付いてくる。

「あ……、あれ……」
顔面蒼白で、ガタガタと震えながら玄関ホールを指差す姿。その様子から、逆に俺の体は熱くなっていく。

「隠れていて」
声も出せず、嗚咽を漏らす男子。小田くんにそう伝え、俺は生徒用靴箱を使用して身を隠し、外に続く透明なドアに視線を向ける。

そこには学校周辺を取り囲んでいた黒い服に身を包んだ人物達が、校舎の玄関に向かって銃を構えていた。

『君! 戻りなさい!』
身を隠していたつもりだったが、あまりにもあっけなく見つかってしまった。
外より聞こえる声に俺の心臓は跳ね、小田くんが座り込んでいる階段前に俺も駆け込んで行く。

何だよ、あれ!
蹴躓いた俺は、その場に倒れ込んでしまった。

上手く受け身を取れず額を打ちつけてしまったが、そんなことどうでも良い。

「……機動隊が来る事態ということなのか……」
クラクラとする頭を抱えて、その場に座り込む。
テロ事件が起きた時に動員されることになっている、特殊部隊。以前ミーチューブでテロ実行犯達を速やかに検挙する姿を見て、カッコいいと声を漏らすこともあった。
しかしその銃口は、一般市民である俺達に向けられた。

……警察が、こちらに銃を向け発砲している。

これはテレビやミーチューバの企画ではない。失敗すれば死ぬ、命をかけたデスゲームだ。