『一時間が経ちました。今回のカップルは斉藤 翔くんと大林 凛さんです。片桐慎吾くんと佐伯小春さんは、教室にお集まりください』
 呼び出しの言葉が変わったことにより、もう四人しか生き残っていないという現実を、残酷に突き付けてくる。
 俺の周りにいてくれた友達や大切な人との関係は、もうないのだという虚しさと共に。

 惨劇が繰り返された教室に入れば、一人席に座っている小春が居る。俺と目が合った途端にサッとスマホを隠し、こちらに顔を向けることなく窓からの景色を眺めていた。
 一席分開けて横に座り、ただ時が来るのを待つ。この命が尽きる運命を、抗うこともなく。

 遠くより聞き慣れた足音が聞こえて顔を上げると、そこには翔と凛の姿。
 表情を強張らせた翔と、どこか力が抜けたような表情を見せる凛。

『許されない秘密がある』
『私は、死ぬ運命』
 おそらく、あの言葉に嘘偽りはないのだろう。
付き合っている彼氏も、小学校からの親友すらも隠してきた秘密。
 しかしそれを明かされることはない。
 小春はそれを、知らないと言っているのだから。

「わっ」
 その声と共に、凛の体がふらつく。
 翔が、教室に入ろうとした凛を押し退けて、先に入室してきた。
 翔は気遣いが出来る性格で、さりげなくドアを抑えていてくれたり、エレベーターのボタンも押して待っていてくれる。
 特に凛には優しくて、こんな乱暴なことをするのは、俺が知る限り初めてだった。

 目を伏せる凛に、こちらを見据える翔。
いや、違う。翔の視線先は、真向かえに居る小春だ。

 途端に小さな体をガタガタと震わせ、瞳孔を開かせた目をこちらに向けてくる。しかし、すぐに視線を逸らされ、手を握り締めて俯いてしまった。

「大丈夫か?」
 自分の立場も弁えず、気付けば小春の元に行き、声をかけていた。
 今更善人ぶっても、剥き出しにされた醜い本性を覆い隠すことなど出来ない。分かっていたが、どうしても抑えられなかった。

「……慎吾、私ね。こ、殺される……かも、しれない……の」
 俺の耳元で、吐息と共に溢れた声はあまりにも小さくて、震えていた。

 殺されるかもしれない? デスゲームにか?
 そんなの、最初から分かって……。

『それでは、第五回目のゲームを行いましょう。片桐くん、席に戻ってください』
「いや、まだ話をしている最中で……!」

『従わないなら、ルール違反としての罰を受けてもらいます。あなたが死のうと生きようと、こちらとしては面白い展開なのでね』
 不気味な笑い声と共に俺の指輪より、甲高い警告音が鳴り響き、死の指輪が赤く点滅を繰り返す。
 これは黄色の警告とは違い、爆破間近の危険を知らせる音。
 ヤバいと分かっているのに腰が抜けてしまったように体に力が入らず、立ち上がることが出来ない。
 このままでは、小春を巻き込んで。
 分かっているのに、死ぬ覚悟を持ったつもりだったのに、体はまだそれを受け入れてくれていないようだ。

 突如、強い力で手を引かれた俺は、無理矢理立たされて椅子に座らされる。
 目の前に居たのは翔で、目が血走り、大きく肩を揺らして息を切らせていた。

「ありが……」
「条件は揃った! だから早く始めてくれ! 最後のゲームを!」
 俺に一度も目を合わせず、視線を向けたのはスマホの先に居る人間。
 早くゲームを始めろ? それはつまり、小春と俺が死ぬ運命を確定させろという意味なのか?

 小春の方に目を向けると、口元を両手で抑えて、はぁはぁと息を切らせている。
 もう俺達に手段はない。助かる道は。

『えー。今回の暴露は、二つありました』
 淡々と告げられる内容に、俺の体はビクンと揺れた。

 ……は? 密告があったということか? しかも二つも?

 この状況で密告するのは、選ばれたカップル以外。つまり、小春と俺だけ。
 俺がしていないってことは、まさか。

「……そっか。小春には、気付かれていたか……」
 力無く笑う凛は、負けを認めたように遠い目を向けてくる。
 翔は、密告が行われたというのに顔色一つ変えなかった。

「ち、違う。私、何も言ってないよ。本当に何も知らないの。本当だよ」
 首を横に振り、否定の言葉を繰り返す。それは普段からの小春の話し方で、これが偽りの言葉だと思うと背筋に冷たいものが通り過ぎた。

『つまらない展開ですね? もっと女同士、掴み合いの喧嘩とか期待していたのに。大林凛さん、こんなんだからあなたの人生はつまらないものだったのではないですか?』
「あんたに何が分かるの! 大切なものを壊したくないと思って、何が悪いの! 人の気持ちも知らないくせに、勝手なことばっか言って……!」
 むぐっとした声が漏れ、凛の口が閉ざされた。それをしたのは翔、「黙って」と言い、強制的に口を塞いだ。

『まあ、良いでしょう。これからが見せ場ですからね? では、暴露をします。大林 凛が好意を抱いているのは、片桐慎吾だった』
「は?」
「え?」
 俺の口から漏れた間抜けな声と同時に、小春の力が抜けた声が届いた。
 凛は目を閉じて俯いているのに、翔だけは顔色一つ変えず窓から見える景色をただ眺めていた。

『では証拠品の提示です。今回は画像でした』
 スマホに映し出された画像には、懐かしい運動場に、白のTシャツとハーフパンツを履いた生徒達の後ろ姿だった。
 懐かしさを感じるのはここは中学校のグラウンドで、白いテントが張り出されていることから体育祭だろう。
 その中の一人、ハチマキを巻いているが凛で、カメラに背を向けている姿が写し出されている。
そしてその先に居たのは、端切れて写っている、俺だった。

『盗撮はいけませんねぇ。しかしこの画像を見る限り、大林さんは明らかに片桐くんに視線を送っています。そして片桐くんが見ていた、その先は……』
「小春だったの!」
 凛は、主催者の言葉を遮るようにそう声を荒らげた。
 小春は、自分が怒鳴られたように俯き、唇を震わす。
凛の方に視線を戻すと、先程までの鋭い目付きは和らぎ、口元を抑えていた。

「……ごめんなさい。私、ずっと慎吾のことが好きだったの。チビで、鈍臭くて、不器用で。でも優しくて、いつの間にか私より背が伸びて、見下ろされるようになって。……だけど慎吾は、ずっと小春を見ていた! この時だってそう。リレーで走る小春が転けないかとか心配してて、別のクラスのくせに応援とかして。バカじゃないのっ! それより同じクラスのアンカーを見てよ! 私を応援してよ! その時だけでいいから、私だけを見てよ!」
「ご、ごめん……」

「謝らないでよぉ! その優しさが、いつも私を傷付ける!」
 両手の平を目元に抑え、しゃくり上げる。溜め込んでいた水が一気に溢れるかのように、凛は声をあげて泣き喚く。
 俺は、いつから凛を傷付けていたのだろうか?

「どうして……。どうして私が慎吾が好きだと相談した時に、言ってくれなかったの!」
 小春が机を叩く勢いで立ち上がり、凛に問う。その目からも、涙が伝っていた。

「こんな姿いつも目の当たりにして、言えると思う? 余計に惨めじゃない! ……って、何言ってるんだよね、私? ごめん、小春は悪くない。慎吾も……。ごめん、ごめん……」
 こんな時でも凛は相手に気を使い、謝ってくる。優しい性格だからこそ余計に自分を追い込む。
 誰にも弱みを見せられないのが、凛の弱さだったのかもしれない。

「翔……、ごめんなさい。中学卒業の日。この気持ちも卒業しようとしていた時に、翔が好きだと言ってくれた。嬉しかった。本当だよ。私なんて、誰にも気に留めてもらえない存在だって思っていたから。慎吾を忘れられたら。そう思い、付き合ったの。……だけど、忘れられなかった。ごめんなさい、人として間違っていると分かっていた。だけどあの時、心が死にそうで、そんな時に支えてくれたのが、翔で。だから……」
 目をゴシゴシと拭った凛は、乱暴に翔の手を掴んで指輪を引き抜こうとする。

『大林さん、勝手に困ります!』
「あなたの指図は受けない! 死ぬのは私だけでいい!」
 翔は凛に掴まれていた手を力ずくて引き抜き、凛を強く突き飛ばす。
 いくら強気な凛でも、男子に本気で突き飛ばされたらよろけて思い切り倒れてしまう。

『翔! どうしてしまったんだよ!』
俺は立ち上がり、気弱なヘタレなくせに、翔の胸ぐらを思いっきり掴む。
 自分が同じ状況だったら、冷静でいられる自信なんてない。しかし女子に暴力を振るうなんて、到底信じられなかった。

「……どいて。これは私達の問題だから」
 凛が見据えた先は俺ではなく翔で、掴んでいたカッターシャツからそっと手を離す。

「凛、やめてくれ」
「……私に、触られるのも嫌?」
「そうじゃない! ……凛に、俺の指輪は外せない。だから、止めてくれと頼んでいるんだ……」
 翔が死の指輪を眺め、小さく溜息を吐く。その表情は力が抜けていて、生きることを諦めているようだった。

「三回目の時、三上さんが成宮くんの指輪を抜いて爆発したよな? 時間的に余裕はあったし、ルール違反もしていなかったのに。考えられるのは、一つ。『好きではない相手の指輪を抜くこと』ではないかと思う。……だから、触らないでくれ。凛を巻き込むから……」
 翔の微笑みはあまりにも優しく、いつものあるべき姿だった。

「で、でも三上さんはあの時、成宮くんとのもう一度やり直す気でいたよね? だから、きっと違う理由なんだって!」
「……確かに、三上さんは成宮くんに好感は持っただろう。しかしそれが好意になるのは、この先の話だったんだよ」
 凛は首を横に振りつつ、指をガタガタと震わし、伸ばしていた手を引っ込める。もし、その推測通りなら。

『正解です。【指輪が爆発するルール】の五つ目は、「愛していない相手の指輪を外すこと」でした』
 あまりにも無情に、その事実を突き付けられる。

 凛は暴露により、本心を晒してしまっている。今更、嘘だったなんて通じるはずもない。指輪を外せるのは、カップルだけ。

 だから、翔は──。

「俺は助からない。だから……」
 凛の手を取った翔は、そっと凛の指輪を抜こうとする。
「っ!」
 体をビクつかせ、思わず手を引き抜こうとしたが、はぁーと大きく溜息を吐いた。

「慎吾、離れて!」
 凛に体を押されてよろけると、後ろより引っ張られる感覚。小春が俺の手を掴み、二人から離そうとしていた。

「ダメだ! 翔!」
 そう叫ぶが、すぐにムダなことだと気付き、力無く俯いた。

 凛もまた、助かる手段がない。この状態を止めても、結局時間切れで指輪は爆発する。
 その時をただ待つぐらいならと、覚悟を決めたようだった。

「翔、ごめんね……」
 その声が、悲しく俺の耳に残る。小春に目をやるとただ呆然とその姿を見ており、見せてはならないと抱き寄せ耳を塞ぐ。何の罰なんだろうか? 親友が死ぬ姿を見なければならないなんて──。

『おめでとうございます、大林 凛さん』
 その声に、硬く閉じていた目をそっと開ける。視界に入ったのは呆然とした凛の表情と、囚われより解放された左手薬指だった。

「……ごめん。俺、凛の気持ち知っていたのに、黙っていた。中学の頃からずっと見てて、高校に行ったら別の奴に取られるんじゃないかと告ったんだ。そしたら、付き合うと言ってくれて。嬉しかった、凛のこと知るうちにもっと好きになって、絶対離したくなかった」
 思い出の一つ一つを噛み締めるように、そう呟く翔の目は潤んでいく。

「……だけど凛の、慎吾に対する態度が気になっていた。誰にでも優しいのに、慎吾にだけ当たりがキツい。その割にはいつも気にかけているし、いつも……見ていた。二年になって、せっかく四人同じクラスになったのに、凛はいつも以上に無理に笑っていた。……慎吾と小春が、付き合い始めた頃から……。だからもしかしてと思って、……スマホを見てしまったんだ。そしたらフォルダ分けした慎吾の写真、二人で写ってるのを大切にしていた。それから俺も写真を見直してみたら、凛は慎吾を見ていた。あの写真も。ごめんな、アンカーを走る前の後ろ姿があまりにも凛々しくて、思わず盗撮してしまった。でもこの写真のおかげで、俺は凛の気持ちを確信したんだ」
「ごめんなさい」
「だから、謝るのは俺だって。その時に、凛に話そうとした。好きな人が居るのに、他の男と付き合ったらダメだって。それは自分の心を殺すことだから。……だけど言えなかった。凛が好きだから。別れたくなかった。どうしても……。何も悪くない慎吾を恨み、凛を縛り付けている自分に嫌悪する毎日。……だから、そんな俺の世界を壊して欲しかった」
「……世界を……壊す?」
 凛がその言葉に、段々と顔が強張っていく。

「……たす……けて。私、翔に……」
 ボソッと呟く小春は、尋常じゃないほどに体を震わせ、過呼吸でも起こしたのかと思えるぐらいに息を頻回に繰り返している。

『では、最後の暴露と参りましょう。このデスゲームにエントリーしたのは斉藤 翔だった』

「えっ!」
「……やっぱり」

「待ってよ! そんなわけないじゃない! いい加減なこと言わないでー!」
 混濁に包まれた教室内で、凛の言葉がこだました。


『こちらが証拠です。今回は証拠品の提示が不可能な為、特別にこちらの方で用意させてもらいました』
『あなたの打ち壊したい世界はありませんか?』
『俺の世界を壊してください。付き合っている彼女は、俺の親友に好意を抱いています。』
 スマホに映し出されていたのは、紅の月が参加募集を行う際に、使用していると思われる文面だった。

 まさか、それに返事したのが──。

「……俺なんだ。あれは、梅雨入り頃だったと思う。SNSのDMで『壊したい世界はないか』と、送られてきて。発信元は紅の月。それは様々な国でデスゲームを仕掛けて、その様子を裏サイトで流して収益を得ている、国際指名手配犯。あのまとめ記事を読んだことがあって、本当は存在を知っていたんだ」
 翔の言葉に、俺は思わず息を呑む。
 凛が紅の月について調べて四人で顔を合わせていた時、翔は知らない演技をしていた事実に。

「気付けば俺は、感情のまま返信していた。……あの日の朝、凛は傘持ってくるのを忘れたと言っていて、やたらソワソワとしててな。小春はその日、風邪で休んでたし、俺は野球部のミーティングで、陸上部の練習は休み。傘を貸すと言うのに、凛はそれを強く拒んで。放課後、窓から外を見下ろしていたら……、紺の傘に二人が……。ああ、やっぱりそうゆうことかって。小春が居たら、女子同士で入るもんな? だから、俺と小春が居ない日にって。凛の気持ちは分かっていたが、やっぱりキツくてなぁ……。だから、俺は全てをぶっ壊したかった!」
 いつも穏やかで優しい翔が、表情を歪め、ただ感情のまま叫んでいた。
 凛は俯き、口元を抑え「ごめんなさい」と小さく呟く。
 俺といえば、そんなことがあったことすら覚えておらず、一人ただ傍観していた。

 翔が、どんな気持ちで一人苦しんできたのか、どんな気持ちでデスゲームにエントリーしてしまったのか。計り知れなかった。

「後で冷静になって取り消しのDMを送ろうとしたけど、紅の月のアカウントは見つからなかった。あれは本当のアカウントだったのかもしれない。そう思ってもあのサイトを見つけることは出来なくて、取り消しとか出来なくて。模倣犯によるイタズラだったと自分に言い聞かせながら、不安な日々を過ごしていた。だけど昨夜、俺のスマホにメッセージが来た。そこには紅の月を名乗る人物からのメッセージで、『あなたの願いを叶えに来ました』と書かれていた。画像には廊下で眠らされている生徒達の写真で、……凛もいた。制服を着て学校に来るように指定があって行ってみると、明日デスゲームを執り行い俺の世界を壊すと主催者に告げられた」

 速くなっていく、翔の呼吸。
 騙されて連れて来られて眠らされた俺達と違って、翔だけは全てを知っていたのか。

「当然、取りやめてほしいと頼み込んだ! でもゲームを辞めるなら、指輪を爆発させて全員殺して、全てを終わらせると言われた……。俺は主催者に、自分を取り巻く世界を壊して、何がしたかったのか答えを迫られた。……だから願った。凛と慎吾、二人がカップルになって欲しい。凛には好きな人と一緒になって欲しい。それが俺の願いだって。そう主催者に告げたら、二人を最後に生き残らせたらカップルとして生き残らせると、約束してくれたんだ。だから俺は裏切り者として、このゲームに参加することになった。事前にゲーム内容は教えてもらったが、カップルが呼ばれる順番とか、指輪が爆発する隠された二つのルールとかは教えてもらえなかったから、ゲーム中に必死に考えた」

 力無く息を吐く姿は、安堵と疲労が混ざっているように見えた。
 間違いなくこの中で一番疲弊しており、たった一日で人相まで変わってしまったように見えた。

『当たり前じゃないですか? ゲームは戦力が同じだからこそ面白いのです。まあ、そうは言っても与えたじゃないですか? 裏切り者の特権を』
 ハハハッと高笑いが聞こえる音声を無視して、翔に問う。
 こちらに目を向けていた翔はこちらから目を逸らして、「全員のスマホを見た」と呟いた。

「メッセージのやり取り、SNS、画像。全員分を見て、暴露する為のネタを入手した。一回目は、神宮寺くんがファンの女の子とやり取りしているメッセージのスクショ。二回目は音霧さんがパパ活している相手を突き止め、その犯罪者がSNSに晒した気持ち悪ぃスクショ。三回目は三上さんか打ち込んだ裏アカのスクショ。四回目は……、慎吾が残しておいた小春が内藤さんに……、いじめられていた音声……。今は凛の隠し撮りの写真と、俺がデスゲームにエントリーした、裏切り者だということ。俺は味方のフリして、ずっと……」

「……もう……いい。分かったから……」
 そう言うが、本当は聞きたかった。
 知らないフリをしてこの場に馴染むのはどれほど辛かったのか。
 刻々と状況が変わる中で、一人ゲームのルールに向き合い、戦略を練るのはどれほどの思いだったのか。
 同級生を死に追いやり、どれほど苦しかったのか。
 だけど、もういい。
 これ以上、翔に泣いて欲しくなかった。

「計画は全て上手くいってくれた。凛の指輪も外せた。だからあとは慎吾が凛に指輪を外してもらえばいい。……慎吾、凛を守ってくれ。頼む……」
フラフラと歩き出したその顔は、涙が流れているのに先程までとは違う。
力がないものから、血走ったものへと変貌していた。

 そこでようやく、翔は最後の計画を遂行しようとしているのだと気付いた。

「待って!」
 凛も翔の計画に気付いたようで、背後より腰に手を回すが、振り払われ倒れてしまう。

「翔……、待ってくれ! それは、違うだろ!」
 俺は後退りしながら、必死に呼びかける。気が変わることをひたすらに祈って。
 しかしこちらにジリジリと詰め寄る姿勢は変わらず、殺意に満ちていた。

「逃げろ!」
 俺は友達に。大切な友達に掴み掛かる。
 それこそ拳で殴る勢いで、爪で引っ掻く勢いで、……首を絞めるぐらいの勢いで。
 そうしないと大切なものは守れない。
 今度こそ、覚悟を決めて。

「っ!」
 しかしそんな決意、当初より命を投げ出す覚悟を持った者に敵うはずもなく、俺は力強く地面に叩きつけられた。

「きゃああああっ!」
 体を起こし、声がする方に顔を向けると、教室の出口付近には翔と、翔によって背後より拘束された小春の姿。

「……小春、ごめん。俺と死んでくれ……」
「翔……」
 翔は、自身の薬指に手を当てる。外せば爆発する、死の指輪に。

「凛の幸せの為に、俺は悪魔になると決めた。小春が死なないと、慎吾が死ぬんだ! 分かってくれ!」 翔の指輪は第二関節を抜けていく。

「やめてくれ、頼む!」
 間一髪、手を掴み阻止出来たが、これ以上の策がない。
 翔は体格がよく、力も強い。俺達三人でかかっても簡単に振り払われてしまうだろう。
 ……いや、もし小春を引き離せても、翔の指輪は外せなくて爆発は避けられない。
 翔の死の運命は。

「聞いてくれ。生存者が二人になるまで、ゲームは続く! 六回目は慎吾と小春になるが、小春は慎吾の指輪を外せない! いじめの音声を暴露したのは、あのカップルを破滅させたかったからじゃない。小春が慎吾を許せなくなる理由を作って、慎吾の指輪を外せるのは凛だけという状況を作り出したんだ! ……だから、ごめんな小春」
 拘束しているであろう手を緩め、翔はただ詫びの言葉を繰り返した。

「……見たの? 私の写真?」
 小春は緩んだ拘束の手に気付いたようだったが、逃げる素振りもなく会話を続けた。

「消しといたから……。ごめんな、気付かなくて。主催者にも、絶対にその画像は放送しないようにと頼み込んだから……」
 翔は目を伏せ、スッと涙を落とす。

 話の内容は、おそらく内藤さんが所持していたであろう小春の画像。
 ……消していなかったのか。
 やはり、俺は間違っていた。あんな方法で、完全に守れることなんて出来なかったんだ。

「あのメールは、見たよね?」
「……ああ。辛かったな?」
 鼻を啜り、声を震わせ、目元を手の平で拭う。
 一体、何の話をしているな分からないが、翔はただ泣き続ける。
 自分のことではなく、理不尽ないじめに苦しんできた友達に対して。

「……良いよ。一緒に死んでも」
 震える翔の手を、小春はそっと上に添えた。

「ごめんな。ゲームが始まってから、ずっと怖かったよな? ……小春は、俺がこのゲームにエントリーしたことも、密告を繰り返す裏切り者だと気付いていたよな?」
「……翔は違うって、何度も自分に言い聞かせていたんだけどね。前回、内藤さんが私を巻き込もうとした時、凛も慎吾も必死に助けようとしてくれたけど、翔は凛を私から離した。こうゆう時、いつもは率先して助けてくれるのに……。その時に確信したの。翔は真相に辿り着いた私を……殺そうとしているって……」


『……慎吾、私ね。こ、殺される……かも、しれない……の』
『……たす……けて。私、翔に……』
 あの言葉は、そういう意味だったのか。

「このゲームはカップル対抗戦。生き残れるのは一組のみ。それに気付いた時、どこか安心したの。翔は私を口封じの為に殺そうとしたんじゃなくて、大切な人を守る為にそうしないといけなかったんだって。でもまさか、自分が死ぬつもりだったなんて」
「……そうしないと、ゲームは終わらないから」
「そっか」
 小春により俺の手は跳ね除けられ、二人は教室より出ていく。

 待ってくれと手を伸ばすが、翔と小春は自身の指輪に手をかけていて、引き抜く直前だった。
 その一瞬、小春と目が合う。並んでいる俺と凛を見て小さく笑いかけたかと思えば、目を閉じてしまった。


「ちょっと、待ちなさいよっ!!」
 爆破音より大きな怒号に、俺も、小春も、翔ですら、身を硬直させてしまった。

「その前に、確認しておきたいんだけど?」
 凛が、翔にも小春にも俺でもない人物に話しかけた。主催者だ。

『この状況を打破する方法でも、思いつきましたか?』
「……まあ、そんなところね」
『ふふっ、なんでしょうか?』
 主催者の嘲笑う態度。
 どうやっても、この状況を覆すことは不可能。そう確信しているのだろう。

「三回目の時。三上さんが成宮くんの指輪を外そうとした時、あなた言っていたよね? 見捨てるルールもあるって。もし三上さんが成宮くんを見捨てて生き残っていたら、最後どうする気だったの?」
 あまりにも場違いの問いに、全員が動きを止め沈黙してしまう。

『……それは、三人生存を……』
「嘘。サドンレス戦にしてシングルで生き残った参加者に、生存したカップルから略奪させる構図にしたかったんでしょう? その方が面白いもんね? あなたのまとめ記事を読んで分かったの。突然のルール変更、当たり前。多数が生き残ったら、突然ゲームを増やして死亡者を増やす。不慣れな最初より最後の戦いの方がみんな必死で、裏切り者が出やすいから面白いって、狂ったコメントもあるみたいね? ……分かったよね、翔? この人は私達をゲームを盛り上げる駒としか思ってない。私と慎吾が生き残ったとしても、愛の証明だと言って何させられるか分からない。……そんなの、死ぬより辛いから。慎吾が小春を想っているのに、そんなの虚しいだけじゃない。これ以上、こいつの駒にはなりたくない。あなたの純粋な心を、弄ばれたくない。だから、もうやめて」

「凛……」
 翔は小春の指輪を奥に押し込み、俺にその体を預けた。

「慎吾、小春、ごめんね。こんなことに巻き込んで、私が翔をそうさせた。だから死ぬのは私」
「ダメ! 凛の気持ちに気付かずいた私が悪いの! いつも守ってもらって恋愛相談までして! ……無神経だった」
 小春は一人後退り、指輪に手をかける。

「やめて。……私ね、いじめの話。小春の捏造だと思ってたの」
「え?」
 小春の表情が、どんどんと崩れていった。

「あの二人を問い詰めた時、あまりにもあっけらかんとしてて。本当はいじめなんか、なかったんじゃないか。慎吾の気を引きたかっただけじゃないかとか……思って。最低だよね。私がやったことで、いじめを助長させてしまった。あんな酷いことされたなんて、知らなくて。本当にごめんなさい」
 凛は深々と、頭を下げていた。

「……ううん。そう思われて当然。私、凛に何をされたのか聞かれていたのに感情ばっか話して、具体的に説明出来なかった……。今思い返すと、自分でも何言っているのか分からないぐらいに……。よくあの話で、……内藤さん達に話をしてくれたと思うぐらいだよ。凛からしたら、私はウザったい存在だったよね? 弱くて、ウジウジして、いつも誰かに守ってもらう。だから、いじめられて当然だった。……でも、どうしてこんな私をいつも守ってくれていたの?」

「五年生の時、私がクラスの女子からハブられていたの覚えてる?」
 その話には俺だけでなく、翔もピクッと反応していた。
 凛が?

「私、建前と本音を分けるとか出来ないからはっきり言ってしまって、一軍女子グループからムシられるようになったよね? そうしたらクラスのみんな、私から離れていった。だけど小春だけは、『凛ちゃんのはっきりした性格好きだ』って言ってくれて、私から離れなかった。そのせいで小春も女子からムシられたのに、何も言わなくて。あの時に決めたの。これから先、小春が困っていたら絶対に助ける。絶対に信じる。……なのに、…私は小春を疑った。最低だよね」
「だから、こんな鈍臭い私いつも守ってくれていたんだ。本心だよ。あの子達、表では笑い合っていたのに裏では居ない子の悪口ばかり言ってたんだよ? ……私も、か……。止めたかったけど、そうしたら私がより悪口を言われると思うと怖くて。だから陰口とかダサいって言い切った凛と、友達でいたいと思った」
「小春……」
 凛は体格差がある小春を、包み込むように抱きしめる。

「小春、慎吾がしたことともう一度向き合ってもらえないかな? 確かに許せない気持ちは分かるし、不信感も出てくる。だけど慎吾なりに悩んだ末の決断だったと思うし、その一面だけで、相手の全てだと思うのも違う。一緒に過ごした四年間を思い出して、総合的に考えて欲しいの」
「凛……」
「慎吾の友達として、お願いしてるの」
 凛は名前の通り、凛とした華のように美しく誇らしく微笑んだ。

 ピッ、ピッ、ピッ。
「あ……」
 時間というのは残酷で、とうとうきてしまった。
 死の指輪のカウントダウンが。

「行こう、翔」
「凛……」
 翔は握られた手を振り払おうとするが、凛がそれを阻む。
「これ以上、命が散る瞬間を二人に見せてはならないから」
「だけど!」
 翔は何かを言おうと口を開けるが、そこに続く言葉が見つからないようで、ただ俯いてしまった。

「そう。どうせ生き残っても、私と小春は命を賭けた戦いをしなければならない。しかも散々傷付いた挙句、無様に負けるの……。今、華々しく散るか、一時間後に無惨に死ぬか。最期ぐらい、好きに選ばせてよ? ……これ以上、私を最低な人間にさせないでよ……」
 翔の胸を借りて泣く姿はあまりにも自然で、二人が付き合い、共に過ごしてきただろう時間は確かにあったのだろう。

「……初めて、弱音を出してくれたな……」
「最期ぐらい、わがまま言ってもいいかなって」
 それを聞いた翔は唇を強く噛み締め、凛の手を握った。

「走れるか?」
「陸上部員にヤボなこと聞くじゃない?」
「あ。それも、そっか」
 眉を下げて、二人で顔を見合わせて笑う。
 それはいつもの冗談を交わす光景で、あまりにも自然な笑顔だった。

「二人は……生きて」
 その言葉を残し、翔と凛は風のように走り抜けて行った。
「待って!」
 小春の手を引き追いかけるが、足が速すぎてすぐに見失ってしまった。
 追いかけてどうするんだ? 翔を助ける方法なんてない。
 凛は巻き込まないでくれと言うのか?
 しかし三人を助けてくれるなんて、生優しいルールなんてないだろう。
 俺は、小春と凛。どっちかを選ばないと迫られたら、どうするんだ?
 そんなの……。

 パァーン。
 上の階より、聞き慣れた音が聞こえた。
 それを、俺達は知っている。
「行ったらだめだ!」
 音がした方に駆け出そうとした小春の手首を掴み、力強く抱き締める。
「だって……、だって。凛と翔が!」
「二人が俺達から離れてくれた……、気持ちを無駄にしては……だめだから……」

「……うっ、ああああああっ!」
 夕陽に照らされる廊下。俺達は互いを強く抱きしめ合い、ただ叫んだ。
 大切な友達が、命を散らした。
 こんな理不尽なゲームによって。

 確かに。翔がしたことも、凛がしたことも、許されないのかもしれない。
 だけど人間は、やはり弱くて。
 目の前に現れた、優しい人に縋ってしまうこともあって。時に、感情のまま動いてしまうこともあって。
 間違えてしまうことがある。

 だからって、たった一度の過ちが許されないのか?
 死んで償わないといけないことだったのか?
 二人が生きていたら、翔は凛の気持ちが落ち着くまで待っていただろうし、凛だって自分の弱みを見せられるのは翔だと気付いていたかもしれない。

 小春が落としたスマホが光ると、そこには四人で写った待ち受け画面。
 中学の時にあったスタンプラリーで道に迷った俺達は、記念写真でもへとへとで、そんな冴えない一枚。
 だけどその時の話が一番に盛り上がり、「みんなで間違えたから仕方がない」で終わる会話。
 誰かを責めたり、怒ったり。そんなことなく盛り上がる会話が心地良かった。いつも相手を気遣ってくれる二人は、大切な存在だった。

 翔、凛。最期まで、優しい親友だった。