右顔面と両腕が、圧迫したような痺れによって瞼を開く。視界に入ってきたのは、見慣れたベニア色の床だった。
硬い床で眠っていたようで体全体がジリジリと痛く、密着していた床や服に汗が染みており、不快感を知らせてくる。
窓より差す強い日差しに、耳を突く蝉の合唱。ここはどこだっけと体を起こすと、まるで脳を掴まれ激しく揺すぶられたような目眩が襲ってくる。
「……っ! なんなんだよ?」
頭を抑え、呼吸を整えること数十秒。視界はまた開けてきて、俯いていた顔を上げると、目の前に広がっていたのはまた見覚えのある細長い廊下。2年1組、2年2組、2年3組と続く教室表札があった。
ここは俺が通う高校であり、二年生の俺達が毎日歩いている廊下だ。
周囲を見渡すと、床に力無く寝そべったままの制服姿の生徒が複数人おり、その側で寄り添う姿も見える。
男子は半袖カッターシャツ、紺のネクタイにグレーのズボン。
女子も同じく半袖カッターシャツ、赤のリボンにチェックのスカート。
皆同じ制服であり、見たことがある顔ぶればかりだから、おそらく全員同じクラスである二年一組の生徒だろう。
もしかしたら「彼女」も居るのではないかと、重い体をなんとか起き上がらせ、引きずり周囲を見渡していく。
他の生徒達が倒れている場所から離れた廊下の端で、くの字になるように横になっている一際小さな体があった。
「小春!」
先程までの動きはなんだったのかと思うぐらいに、俺は小春の元に一目散に駆け寄って跪き、その小さな肩をひたすらに揺り続けた。
するとその声が届いたのか、ゆっくりと開いた瞼には、澄んだ瞳により俺を映し出していた。
「慎吾……」
いつも以上に繊細で、か細い声を出した彼女は、肩まで伸びるさらさらな黒髪を揺らしながら体を起こす。
途端に顔を歪めて頭を抑え、大きく深呼吸を繰り返す。
「大丈夫」
顔を上げた小春は、肌が出ている膝上に目がいったようで、俺はパッと背向ける。
「……ごめん。もう、いいから」
その声に視線を戻すと、制服のシャツを第一ボタンまで留め、赤いリボンを緩めず、スカートは膝を隠している、いつもの小春の姿。小柄で、丸顔で、つぶらな目をしている彼女は、ほわんとした雰囲気を醸し出す可愛らしい女子。
佐伯小春、付き合って三ヶ月になる俺の彼女だ。
意味が分からない現状だけど、いつもと同じ小春の様子にどこまでも救われ、俺が先に立ち上がり手を伸ばすと、その半袖から伸びた細くて白い腕が前に出てくる。
しかし、その先のしなやかな指先には見知らぬ物があり、俺は思わず動きを止めた。
「何……、これ?」
小春もこの異質な物に気付き、体をビクつかせる。
「え? えっ! 慎吾にもあるよ!」
「俺も!」
指先を目の前に持ってくると、確かに左手薬指にリングみたいなものをはめられており、そこには。
「ドクロ……?」
何とも言い表せない禍々しい金属で出来たドクロの飾りは、第二関節を埋め尽くすぐらいに大きい。それがより不気味で、背筋にゾクッとしたものが通り過ぎたような気がした。
こんな異質な物をはめられていたことに気付かないぐらい動揺していた自分にも怖さを覚えつつ、右手を使って小春を立ち上がらせて周囲を見渡すと、どうやら全員目覚めたらしく、体を起こしていている姿に、ふぅと溜息が漏れる。
しかし皆も状況を理解出来ていないようで、険しい表情を浮かべ話し合っているように見えた。
「ねえ。慎吾が学校に来て欲しいと、言ったので合ってる?」
「え? ……いや、小春が学校に来て欲しいって……」
ドクンと鳴る心臓を無視して、咄嗟に動いた手は制服のズボンポケットに突っ込んでいた。そこに感じる、硬い物。スマホだ。
いつもの、手のひらサイズのスマホ。
いつもの、木製のスマホカバー。
それだけでなんとかなるような気がして、慣れた手付きで開く。
しかし液晶パネルを覗き込んだ瞬間、そんな考えは呆気なく壊され、冷水をかけられた心情になる。
電波が一本も立っておらず、ネット回線も繋がっていなかった。
「け、圏外……。そんな……」
小春のスマホもスカートのポケットに入っていたようだが、同じく圏外のようだ。
俺達のスマホは別々の通信会社と契約しており、同時に通信障害を起こすなんてどうにも考えにくい。
この学校は一学年三クラスしかないぐらいの、田舎寄りの公立高校。だが山付近とはではなく、電波などで不自由さを感じたことなんて一度もない。
だからこそ、電波や回線が遮断されるなんてありえない。それこそ大災害でも起きない限り。
全く現状が掴めないことに体がフワフワ浮いてるかのような、何とも言えない気持ち悪さが波のように襲ってくる。
「慎吾、大丈夫?」
「あ……、うん」
気付けば俺は目を見開いていたみたいで、ピリッと張り付く痛みを抑えようと瞬きを繰り返す。
……とにかく、スマホは使えない。
学校から出て様子を見にいきたいが、外が安全とも限らない。
何があった? 何が……?
まずは正確な情報が必要だと、前日の行動を振り返ることにした。
昨日は夏休みに入って、初めての日曜日。
小春とは次の日に会う予定だったが、昼頃にメッセージが来て「五時に学校へ来て欲しい」と連絡があった。しかも、「制服を着て来るように」と指定までして。
そんな小春の文面に要領を得なかったが、何か困っているのかと無理矢理自分を納得させた俺は、学校へと向かった。
すると裏門から入ってきて欲しいと追加で連絡がきて、不審に思いながら入って行って。……記憶は、そこで途切れていた。
その呼び出しのメッセージを確認しようとしたが、電波が立っていない現状から、それは無理だった。
小春も同様の常套句で学校に来ていたが、一つだけ相違点がある。それは、呼び出し時間が夕方四時半だということだった。
何者かが、計画的にこの場所に生徒を集めたかもしれない。その可能性に、ゾクリと背筋が凍りついた。
とにかく何か手掛かりを得ようと、窓から周囲を見渡す。
三階からの景色はいつもと同じ校庭だが、異変があるのは校門の先。全身黒をまとったような人物が、数えきれないくらいに立ち尽くしている。
何なんだよ、あれ!
心の奥より押し寄せる恐怖に足を掴まれたように動けないでいると、遠くより放たれる振動と騒音は段々と大きくなり、次は心臓を掴まれたような錯覚を起こす。
パラパラパラパラ。
轟音を立てていたのは上空から見えるヘリコプターだったようで、広がる青い空と入道雲を遮るかのように飛び回っている。
「なんだ……、あれかぁ」
周りの生徒たちの溜息を聞きながら共に安堵するが、しかしそのヘリコプターは学校上空を迂回しており、明らかに挙動がおかしい。
──何か、あったんだ。
非日常過ぎる光景に、只事ではないのだと俺達に不穏の空気を伝えてくる。
視線を廊下の方に戻して周囲を見渡すと、目に入ったのは天井に黒い光沢の丸い物が一定の間隔で続いている光景で、スーパーなどで見る監視カメラのように見えた。
いや、まさかと思い直すが、突然指先に違和感を覚えたような気がして、思わず指を視線の元に持ってくる。
ドクロの指輪は不気味に笑っており、まるで目が合ったような気がして、顔を背ける。
……昨日より記憶がないのは、この指輪のせいではないか?
いかに非現実的なことを思考し始めていると自覚はしていが、これにより悪い電波でも出ているんじゃないかと、都合良く責任転嫁させる矛先を見つけてしまっていた。
この意味が分からない現状を何とか打破したくて、冷たい金属の指輪に指をかける。
「指輪を外すなー!」
恐怖でざわつく声から、確かな意思を感じ取れる声が俺の耳に響いてくる。
そっちに目を向けると、頭一つ飛び抜けた長身にシャツの腕から伸びる、日焼けしたゴツい筋肉。
一目で分かる声の主は、俺と隣のクラスで友人の斉藤 翔だった。
二年二組の翔も来ているということは、ここにいるのは同じクラスの生徒だけじゃないのか?
その後ろを走ってくるのは二年二組の大林凛で、その答え合わせは簡単に出来てしまった。
俺の抜けかけていた指輪をグッと奥に押し込んだ翔の指先までも頼もしく、それは身長にも出ていて百七十五センチあるらしい。
野球部所属で短髪が良く似合い、キリッとした目に、整った鼻筋を持ち合わせている。カッターシャツの第一歩ボタンを開け適度に着崩した制服が似合い、野球のユニホームも、ラフな私服まで着こなしてしまう。
まさに俺の理想を絵に描いたような存在だ。
しかし、そんな翔が言う指輪は外すなの意味。一体、どうゆうことだろうか?
『そうですね。外さない方が賢明だと思います』
突如ポケットより響いた無機質な声はスマホの受話口より放たれているようで、感情が読み取れない淡々としたものだった。
液晶画面に目をやるといつもの待機画面ではなく、見たこともない赤色の三日月が映し出されている。
「誰! 誰なのー!」
畳み掛けるように起こる非日常の数々に、パニック状態になっていた生徒達による悲鳴に包まれていく。
暑い廊下が、よりむさ苦しくなった。
『これは失礼しました。私のことは、「主催者」とでもお呼びください。これより説明を行いますので、みなさんは二年一組にお越しください』
丁寧な口調ではあるがこちらに有無を言わせず、一方的に呼び出してきた場所は小春と俺のクラスだった。
まだ教室は見回れていないが、何かが進展するかもしれないという僅かな期待から、見慣れた部屋を覗き込む。
そこにも天井に付けられた黒い光沢を放つ丸い物があり、廊下に比べて明らかに多く、なんとも異常な教室へと変貌していた。
『では、カップルで並んで座ってください』
その声に、体がビクッと跳ね上がる。
そうだ、今は指定されてこの部屋に来ていたんだった。
机と椅子は通常時の半数しかなく、前方の物はなくなっていて、あとは変わりはない。と思う。
「この……、丸いのは?」
そう問う声は震えていて、だけど黙りこくってしまった俺よりしっかりしていて、同じ背格好をした男子の方に目を向ける。
小田圭祐くん。
二年で同じクラスになったことで知り合い、スマホゲームがキッカケで急激に仲良くなり、ゲームだけでなく授業や面白かったテレビのバライティ番組とかも話す仲で、気が合う友達、だった。
『ああ。カメラなのでご心配なく』
やっぱり、そうだった。
俺の視線に気付いたのか、小田くんもこっちに顔を向けてきて、互いに目で「きっと大丈夫」と相槌を打った。
「え~! どおしてこんなことしないといけないのぉ~! あいりん、怖いんだけどぉ~」
ざわつく廊下から一人中に入って行くのは、西条寺愛莉さん。
動くたびに茶髪の髪が揺れ、シャツのボタンが緩くて目のやり場に困るぐらいで、普段は化粧が濃い、正直俺は苦手なタイプだ。
「そうそう なーんで、そんな意味分からない奴の言うこと聞かないといけないのぉ! マジで不愉快なんですけどぉー!」
廊下より加勢するように叫ぶのは、西条寺さんと仲の良い友達ではなく、別のグループである一人の女子。
俺はこの声に殺意が湧くほどの嫌悪感を抱いていて、小春の手を引いて集団の輪から外れる。
「やめなよ。ここは言うこと聞いた方が良いから……」
「うるさいなぁ! だったら、圭祐がなんとかしてよ!」
小田くんが穏やかに宥めているけど、その彼女、内藤南さんは強い口調で責め立てる。
肩までの茶髪に、緩く着た制服、彼女も普段より化粧が濃いタイプで、特に目力が強かった。
あの目で睨まれ、声を捲し立てられたら、小田くんみたいに怯んでしまうぐらいに。
騒がせてごめんと言いたそうに周りに小さく頭を下げる小田くんと目が合い、俺は思わず逸らしてしまった。
『困りましたねぇ。これではゲームが始められません』
機械を通した声だったが、その音声からは全く困惑しているようには聞こえず、むしろ想定通りと言いたげだった。
「みんなー! 主催者という奴の言う通りにしよう!」
この状況に全員の指揮を取るのは、神宮寺翼くん。
西条寺さんの彼氏で、背が高くスラッとしており、アイドルみたいな爽やかさで、男の俺でも息を呑むことのあるほど美形だ。
「大丈夫、愛莉のことは俺が守るよ」
「翼、ありがとう! 大好きぃ!」
人目を阻まずされるキスに、その場にいた半数はそっと目を逸らす。
だけど確かに、このまま反発していても得られることはないのかもしれない。
だから俺達は目を配らせ、順番に教室に入り着席していく。
後方に居た小春と俺は、一番後ろの廊下側の席に座る。
全員が着席した時、その声は聞こえた。
『これより皆さんには、カップルデスゲームをしてもらいます』
「……はぁ?」
どこかから漏れた声は、次第に大きな騒めきへと変わっていった。
カップル《《デス》》ゲーム? 何を、言っているんだ?
まるでドラマや映画みたいだと笑いたくなるが、目が覚めたら学校で倒れていて、記憶がなくて、騙されたみたいな形で連れて来られて、指輪まで付けられている展開を考えたら、全然笑えなかった。
『それでは、基本ルールから説明します。皆さんの左手薬指に装着されてある、死の指輪。それは以下のルール違反を起こすと、爆発します』
「ばっ、爆発!」
その言葉が出た途端、ざわつきは悲鳴へと変わり、教室中に殺伐とした空気が包み込む。
その中でしっかりと聞こえてきたのは「指輪を外すな!」という、翔の張り詰めた声だった。
それによって俺だけでなく、他の生徒達もギリギリのところで自分を抑えているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息が切れ、額から汗が流れたのは、暑さのせいだけではない。
爆発? まさか、本当に?
次に聞こえてきたのは、オルゴールの音色。しかし癒しとかはなく、耳がざわつく不協和音だった。
ざらついた声が飛び交う中、次に映し出されたのは、横文字で並べられた文面だった。
【指輪が爆発するルール違反】
1.学校の校舎外に出ること
2.自分の指輪を外すこと
3.他人の指輪を外すこと
4.
5.
6.
※その他三つのルール違反は、各々で考えてください。
「えっ? 待てよ? マジで爆発するの、この指輪ぁ!」
教室の前方に座っていた西条寺さんが勢いよく立ち上がったかと思えば、指輪を引き抜こうとしている。
「外したら、ダメだって!」
隣に座っていた神宮寺くんが止めようとするが。
「うるせぇ! お前に指図される筋合いとか、ないんですけどぉ!」
突然の怒声に後ろにいた生徒全てが、ギョッと身を引く。
それはいつも可愛い声を出している学校一人気の女子だったから、そのギャップに別の意味で引いてしまった。
「大丈夫だよぉ。少し落ち着こうね」
彼氏の神宮寺くんだけは顔色一つ変えず関わる姿に、ただの傍観者である俺達はただ感心してしまうぐらいだった。
隣にはその声に怯え切ってしまった小春が居て、俺はその手を強く握り締めた。
恐怖と困惑に包まれた俺達に、相手は容赦なく画面を切り替えてきた。
【ゲーム説明】
1.このゲームはカップル対抗戦です。
2.これから一時間毎に、一組ずつカップルを指名します。呼び出された二人は教室の前方に立ち、死の指輪を互いに外してもらいます。
3.呼ばれなかった皆さんには立会人になってもらい、教室の後方で着席してください。指定されたカップルの、行く末を見守っていただきます。
4.無事に死の指輪を外せたらカップルは永遠の愛で繋がり、二人は校舎から出られます。
「それだけ?」
先程の緊迫した空気はいつしかなくなり、あっけらかんとした声が響き渡る。
「これ、ドッキリじゃない? ほら今やってる、学校何とかっていう番組とか? 爆発なんて、本当にするわけないし」
「ありそう! ガチだったんだよ!」
先程騒いでいた西条寺さんに話しかけるのは、同じクラスの女子二人。この三人がいつも一緒に居る女子グループで、クラスの中心だった。
緩すぎるルールに、安堵に包まれる教室。しかしそれは、切り替わった映像によりまた張り詰めることになった。
【特記事項】
1.指定した時間以外、指定したカップル以外が相手の指輪を抜くと、ルール違反により指輪が爆発します。指輪を抜けるのは、主催者の指定があった時のみ。くれぐれも、お忘れなく。
2. カップルの指定は、直前の発表とさせていただいております。指定順は、主催者の独断と偏見で選出しております。苦情は一切受け入れておりませんので、悪しからず。
3.立会人の皆さんの中で、このカップルは永遠の愛で繋がるべきではないと思われる方がいれば、その理由を主催者に告げてください。その内容が受理された際はそれは暴露となり、お相手に伝えさせていただきます。
【密告のやり方】
1.情報提供は専用アプリのみで受け付けています。ただ情報だけでは信憑性に欠ける為、必ず証拠も送付してください。
2.一組のカップルに対して情報提供が出来るのは、一回のみです。
3.情報提供者は匿名です。ですから皆さん、気に入らないカップルの秘密を告げ口してください。
「暴露って、何!」
「私達が、友達カップルの告げ口をするってこと!」
「マジでクソみてーなルールだな!」
三人が立ち上がり、罵詈雑言を言い放つ。
皆、暴露の方に気が入っているようだけど、もっと問題なことがあるだろう?
「違反事項は、まだあるの……」
握り締めていた小春の手が、ガタガタと震え上がる。
そうだ。指輪の爆発する条件が全て提示されていない方が、問題だ。下手な行動は取れない。そうゆう意味なのか?
『まあまあ、皆さん。暴露しなければ良い話ではないですか? それとも何か、暴露されては困る秘密でもあるのですか?』
その問いかけに声を荒らげていた女子三人は口を噤み、そっと着席していく。
暴露されたくない秘密。……それは俺にも、あった。
全ての説明が終わるが、生徒全てが静止画のように固まってしまった。
そんなわけないと頭では分かっているが、本当に指輪が爆発するのではないか、秘密を暴露をされてしまうのではないか。
そんな思いで、何一つ出来なくなるのは当然だった。
『ちょっと、みなさーん。残り二つは、「指輪を外す時に関係すること」です。校舎外に出ず、指輪を外さなければ問題ありません。だから、動いてくださいよ? 映像、なんですからねー?』
その言葉に目を合わせた俺達は、探るように指や足先を動かし始める。
確かに、そんなことでいちいち仕掛けが発動するなら、主催者が求めているゲームなんて出来ないだろう。
おそらく俺達の行動を見て、人間が極限に追い込まれた時の行動とかを観測しているのだろう。
気分悪いが、さすがに俺達を殺すなんてあるわけないし。
『くれぐれも、くだらない争いで爆発させることだけはやめてくださいねぇ。爆発オチなんて、視聴者が萎えてしまうでしょう』
「視聴者……?」
息を転がすような笑い声に不快感が湧き出るが、それより気になったのはあえて付け加えられたような「視聴者」の言葉だった。
『あ、いえ。……それより、一組目のカップルが気になりませんか? 予想もつくでしょうし、初回だけ発表しましょう! 先手を飾るのはあの有名カップルミーチューバ、神宮寺翼くんと西条寺愛莉さんです! 一回目は、午前九時に開始となっております。ではみなさん、スマホのアプリを起動してください。五十二分後にお会いしましょう』
スマホに映し出された映像がプツンと消えたかと思えば、レアキャラモンスター画像をスクショした、いつもの待ち受け画面に戻っていた。
前方に座っていた生徒達は相手を探るような面持ちをしていたが、後方に居る俺達はただ身震いを起こしていた。
「大丈夫?」
震える小春の肩にそっと手を伸ばしてきたのは、友達の凛。
小春の顔を覗き込む目はキリッとしていて、整った鼻筋、艶のある唇が光る。女子のことに疎い俺でも、顔立ちが綺麗だと分かる。
制服を緩く着こなし、ベリーショートと呼ばれる黒髪が似合う、陸上部女子。
明るくて、ハッキリとした性格で、曲がったことが嫌い。正義感溢れる彼女は、俺の理想だ。
「とにかく、廊下で話そう。ね?」
凛が小春に肩を貸すと、その背の高さはより引き立ち、身長は百六十五センチの俺と目線が丁度合うぐらいの細身の長身。
体格差があるからか、凛は体を屈めることにも慣れているようだった。
重苦しい空気により気分が悪くなりそうになった俺達四人は、凛の呼びかけにより教室を後にした。
硬い床で眠っていたようで体全体がジリジリと痛く、密着していた床や服に汗が染みており、不快感を知らせてくる。
窓より差す強い日差しに、耳を突く蝉の合唱。ここはどこだっけと体を起こすと、まるで脳を掴まれ激しく揺すぶられたような目眩が襲ってくる。
「……っ! なんなんだよ?」
頭を抑え、呼吸を整えること数十秒。視界はまた開けてきて、俯いていた顔を上げると、目の前に広がっていたのはまた見覚えのある細長い廊下。2年1組、2年2組、2年3組と続く教室表札があった。
ここは俺が通う高校であり、二年生の俺達が毎日歩いている廊下だ。
周囲を見渡すと、床に力無く寝そべったままの制服姿の生徒が複数人おり、その側で寄り添う姿も見える。
男子は半袖カッターシャツ、紺のネクタイにグレーのズボン。
女子も同じく半袖カッターシャツ、赤のリボンにチェックのスカート。
皆同じ制服であり、見たことがある顔ぶればかりだから、おそらく全員同じクラスである二年一組の生徒だろう。
もしかしたら「彼女」も居るのではないかと、重い体をなんとか起き上がらせ、引きずり周囲を見渡していく。
他の生徒達が倒れている場所から離れた廊下の端で、くの字になるように横になっている一際小さな体があった。
「小春!」
先程までの動きはなんだったのかと思うぐらいに、俺は小春の元に一目散に駆け寄って跪き、その小さな肩をひたすらに揺り続けた。
するとその声が届いたのか、ゆっくりと開いた瞼には、澄んだ瞳により俺を映し出していた。
「慎吾……」
いつも以上に繊細で、か細い声を出した彼女は、肩まで伸びるさらさらな黒髪を揺らしながら体を起こす。
途端に顔を歪めて頭を抑え、大きく深呼吸を繰り返す。
「大丈夫」
顔を上げた小春は、肌が出ている膝上に目がいったようで、俺はパッと背向ける。
「……ごめん。もう、いいから」
その声に視線を戻すと、制服のシャツを第一ボタンまで留め、赤いリボンを緩めず、スカートは膝を隠している、いつもの小春の姿。小柄で、丸顔で、つぶらな目をしている彼女は、ほわんとした雰囲気を醸し出す可愛らしい女子。
佐伯小春、付き合って三ヶ月になる俺の彼女だ。
意味が分からない現状だけど、いつもと同じ小春の様子にどこまでも救われ、俺が先に立ち上がり手を伸ばすと、その半袖から伸びた細くて白い腕が前に出てくる。
しかし、その先のしなやかな指先には見知らぬ物があり、俺は思わず動きを止めた。
「何……、これ?」
小春もこの異質な物に気付き、体をビクつかせる。
「え? えっ! 慎吾にもあるよ!」
「俺も!」
指先を目の前に持ってくると、確かに左手薬指にリングみたいなものをはめられており、そこには。
「ドクロ……?」
何とも言い表せない禍々しい金属で出来たドクロの飾りは、第二関節を埋め尽くすぐらいに大きい。それがより不気味で、背筋にゾクッとしたものが通り過ぎたような気がした。
こんな異質な物をはめられていたことに気付かないぐらい動揺していた自分にも怖さを覚えつつ、右手を使って小春を立ち上がらせて周囲を見渡すと、どうやら全員目覚めたらしく、体を起こしていている姿に、ふぅと溜息が漏れる。
しかし皆も状況を理解出来ていないようで、険しい表情を浮かべ話し合っているように見えた。
「ねえ。慎吾が学校に来て欲しいと、言ったので合ってる?」
「え? ……いや、小春が学校に来て欲しいって……」
ドクンと鳴る心臓を無視して、咄嗟に動いた手は制服のズボンポケットに突っ込んでいた。そこに感じる、硬い物。スマホだ。
いつもの、手のひらサイズのスマホ。
いつもの、木製のスマホカバー。
それだけでなんとかなるような気がして、慣れた手付きで開く。
しかし液晶パネルを覗き込んだ瞬間、そんな考えは呆気なく壊され、冷水をかけられた心情になる。
電波が一本も立っておらず、ネット回線も繋がっていなかった。
「け、圏外……。そんな……」
小春のスマホもスカートのポケットに入っていたようだが、同じく圏外のようだ。
俺達のスマホは別々の通信会社と契約しており、同時に通信障害を起こすなんてどうにも考えにくい。
この学校は一学年三クラスしかないぐらいの、田舎寄りの公立高校。だが山付近とはではなく、電波などで不自由さを感じたことなんて一度もない。
だからこそ、電波や回線が遮断されるなんてありえない。それこそ大災害でも起きない限り。
全く現状が掴めないことに体がフワフワ浮いてるかのような、何とも言えない気持ち悪さが波のように襲ってくる。
「慎吾、大丈夫?」
「あ……、うん」
気付けば俺は目を見開いていたみたいで、ピリッと張り付く痛みを抑えようと瞬きを繰り返す。
……とにかく、スマホは使えない。
学校から出て様子を見にいきたいが、外が安全とも限らない。
何があった? 何が……?
まずは正確な情報が必要だと、前日の行動を振り返ることにした。
昨日は夏休みに入って、初めての日曜日。
小春とは次の日に会う予定だったが、昼頃にメッセージが来て「五時に学校へ来て欲しい」と連絡があった。しかも、「制服を着て来るように」と指定までして。
そんな小春の文面に要領を得なかったが、何か困っているのかと無理矢理自分を納得させた俺は、学校へと向かった。
すると裏門から入ってきて欲しいと追加で連絡がきて、不審に思いながら入って行って。……記憶は、そこで途切れていた。
その呼び出しのメッセージを確認しようとしたが、電波が立っていない現状から、それは無理だった。
小春も同様の常套句で学校に来ていたが、一つだけ相違点がある。それは、呼び出し時間が夕方四時半だということだった。
何者かが、計画的にこの場所に生徒を集めたかもしれない。その可能性に、ゾクリと背筋が凍りついた。
とにかく何か手掛かりを得ようと、窓から周囲を見渡す。
三階からの景色はいつもと同じ校庭だが、異変があるのは校門の先。全身黒をまとったような人物が、数えきれないくらいに立ち尽くしている。
何なんだよ、あれ!
心の奥より押し寄せる恐怖に足を掴まれたように動けないでいると、遠くより放たれる振動と騒音は段々と大きくなり、次は心臓を掴まれたような錯覚を起こす。
パラパラパラパラ。
轟音を立てていたのは上空から見えるヘリコプターだったようで、広がる青い空と入道雲を遮るかのように飛び回っている。
「なんだ……、あれかぁ」
周りの生徒たちの溜息を聞きながら共に安堵するが、しかしそのヘリコプターは学校上空を迂回しており、明らかに挙動がおかしい。
──何か、あったんだ。
非日常過ぎる光景に、只事ではないのだと俺達に不穏の空気を伝えてくる。
視線を廊下の方に戻して周囲を見渡すと、目に入ったのは天井に黒い光沢の丸い物が一定の間隔で続いている光景で、スーパーなどで見る監視カメラのように見えた。
いや、まさかと思い直すが、突然指先に違和感を覚えたような気がして、思わず指を視線の元に持ってくる。
ドクロの指輪は不気味に笑っており、まるで目が合ったような気がして、顔を背ける。
……昨日より記憶がないのは、この指輪のせいではないか?
いかに非現実的なことを思考し始めていると自覚はしていが、これにより悪い電波でも出ているんじゃないかと、都合良く責任転嫁させる矛先を見つけてしまっていた。
この意味が分からない現状を何とか打破したくて、冷たい金属の指輪に指をかける。
「指輪を外すなー!」
恐怖でざわつく声から、確かな意思を感じ取れる声が俺の耳に響いてくる。
そっちに目を向けると、頭一つ飛び抜けた長身にシャツの腕から伸びる、日焼けしたゴツい筋肉。
一目で分かる声の主は、俺と隣のクラスで友人の斉藤 翔だった。
二年二組の翔も来ているということは、ここにいるのは同じクラスの生徒だけじゃないのか?
その後ろを走ってくるのは二年二組の大林凛で、その答え合わせは簡単に出来てしまった。
俺の抜けかけていた指輪をグッと奥に押し込んだ翔の指先までも頼もしく、それは身長にも出ていて百七十五センチあるらしい。
野球部所属で短髪が良く似合い、キリッとした目に、整った鼻筋を持ち合わせている。カッターシャツの第一歩ボタンを開け適度に着崩した制服が似合い、野球のユニホームも、ラフな私服まで着こなしてしまう。
まさに俺の理想を絵に描いたような存在だ。
しかし、そんな翔が言う指輪は外すなの意味。一体、どうゆうことだろうか?
『そうですね。外さない方が賢明だと思います』
突如ポケットより響いた無機質な声はスマホの受話口より放たれているようで、感情が読み取れない淡々としたものだった。
液晶画面に目をやるといつもの待機画面ではなく、見たこともない赤色の三日月が映し出されている。
「誰! 誰なのー!」
畳み掛けるように起こる非日常の数々に、パニック状態になっていた生徒達による悲鳴に包まれていく。
暑い廊下が、よりむさ苦しくなった。
『これは失礼しました。私のことは、「主催者」とでもお呼びください。これより説明を行いますので、みなさんは二年一組にお越しください』
丁寧な口調ではあるがこちらに有無を言わせず、一方的に呼び出してきた場所は小春と俺のクラスだった。
まだ教室は見回れていないが、何かが進展するかもしれないという僅かな期待から、見慣れた部屋を覗き込む。
そこにも天井に付けられた黒い光沢を放つ丸い物があり、廊下に比べて明らかに多く、なんとも異常な教室へと変貌していた。
『では、カップルで並んで座ってください』
その声に、体がビクッと跳ね上がる。
そうだ、今は指定されてこの部屋に来ていたんだった。
机と椅子は通常時の半数しかなく、前方の物はなくなっていて、あとは変わりはない。と思う。
「この……、丸いのは?」
そう問う声は震えていて、だけど黙りこくってしまった俺よりしっかりしていて、同じ背格好をした男子の方に目を向ける。
小田圭祐くん。
二年で同じクラスになったことで知り合い、スマホゲームがキッカケで急激に仲良くなり、ゲームだけでなく授業や面白かったテレビのバライティ番組とかも話す仲で、気が合う友達、だった。
『ああ。カメラなのでご心配なく』
やっぱり、そうだった。
俺の視線に気付いたのか、小田くんもこっちに顔を向けてきて、互いに目で「きっと大丈夫」と相槌を打った。
「え~! どおしてこんなことしないといけないのぉ~! あいりん、怖いんだけどぉ~」
ざわつく廊下から一人中に入って行くのは、西条寺愛莉さん。
動くたびに茶髪の髪が揺れ、シャツのボタンが緩くて目のやり場に困るぐらいで、普段は化粧が濃い、正直俺は苦手なタイプだ。
「そうそう なーんで、そんな意味分からない奴の言うこと聞かないといけないのぉ! マジで不愉快なんですけどぉー!」
廊下より加勢するように叫ぶのは、西条寺さんと仲の良い友達ではなく、別のグループである一人の女子。
俺はこの声に殺意が湧くほどの嫌悪感を抱いていて、小春の手を引いて集団の輪から外れる。
「やめなよ。ここは言うこと聞いた方が良いから……」
「うるさいなぁ! だったら、圭祐がなんとかしてよ!」
小田くんが穏やかに宥めているけど、その彼女、内藤南さんは強い口調で責め立てる。
肩までの茶髪に、緩く着た制服、彼女も普段より化粧が濃いタイプで、特に目力が強かった。
あの目で睨まれ、声を捲し立てられたら、小田くんみたいに怯んでしまうぐらいに。
騒がせてごめんと言いたそうに周りに小さく頭を下げる小田くんと目が合い、俺は思わず逸らしてしまった。
『困りましたねぇ。これではゲームが始められません』
機械を通した声だったが、その音声からは全く困惑しているようには聞こえず、むしろ想定通りと言いたげだった。
「みんなー! 主催者という奴の言う通りにしよう!」
この状況に全員の指揮を取るのは、神宮寺翼くん。
西条寺さんの彼氏で、背が高くスラッとしており、アイドルみたいな爽やかさで、男の俺でも息を呑むことのあるほど美形だ。
「大丈夫、愛莉のことは俺が守るよ」
「翼、ありがとう! 大好きぃ!」
人目を阻まずされるキスに、その場にいた半数はそっと目を逸らす。
だけど確かに、このまま反発していても得られることはないのかもしれない。
だから俺達は目を配らせ、順番に教室に入り着席していく。
後方に居た小春と俺は、一番後ろの廊下側の席に座る。
全員が着席した時、その声は聞こえた。
『これより皆さんには、カップルデスゲームをしてもらいます』
「……はぁ?」
どこかから漏れた声は、次第に大きな騒めきへと変わっていった。
カップル《《デス》》ゲーム? 何を、言っているんだ?
まるでドラマや映画みたいだと笑いたくなるが、目が覚めたら学校で倒れていて、記憶がなくて、騙されたみたいな形で連れて来られて、指輪まで付けられている展開を考えたら、全然笑えなかった。
『それでは、基本ルールから説明します。皆さんの左手薬指に装着されてある、死の指輪。それは以下のルール違反を起こすと、爆発します』
「ばっ、爆発!」
その言葉が出た途端、ざわつきは悲鳴へと変わり、教室中に殺伐とした空気が包み込む。
その中でしっかりと聞こえてきたのは「指輪を外すな!」という、翔の張り詰めた声だった。
それによって俺だけでなく、他の生徒達もギリギリのところで自分を抑えているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息が切れ、額から汗が流れたのは、暑さのせいだけではない。
爆発? まさか、本当に?
次に聞こえてきたのは、オルゴールの音色。しかし癒しとかはなく、耳がざわつく不協和音だった。
ざらついた声が飛び交う中、次に映し出されたのは、横文字で並べられた文面だった。
【指輪が爆発するルール違反】
1.学校の校舎外に出ること
2.自分の指輪を外すこと
3.他人の指輪を外すこと
4.
5.
6.
※その他三つのルール違反は、各々で考えてください。
「えっ? 待てよ? マジで爆発するの、この指輪ぁ!」
教室の前方に座っていた西条寺さんが勢いよく立ち上がったかと思えば、指輪を引き抜こうとしている。
「外したら、ダメだって!」
隣に座っていた神宮寺くんが止めようとするが。
「うるせぇ! お前に指図される筋合いとか、ないんですけどぉ!」
突然の怒声に後ろにいた生徒全てが、ギョッと身を引く。
それはいつも可愛い声を出している学校一人気の女子だったから、そのギャップに別の意味で引いてしまった。
「大丈夫だよぉ。少し落ち着こうね」
彼氏の神宮寺くんだけは顔色一つ変えず関わる姿に、ただの傍観者である俺達はただ感心してしまうぐらいだった。
隣にはその声に怯え切ってしまった小春が居て、俺はその手を強く握り締めた。
恐怖と困惑に包まれた俺達に、相手は容赦なく画面を切り替えてきた。
【ゲーム説明】
1.このゲームはカップル対抗戦です。
2.これから一時間毎に、一組ずつカップルを指名します。呼び出された二人は教室の前方に立ち、死の指輪を互いに外してもらいます。
3.呼ばれなかった皆さんには立会人になってもらい、教室の後方で着席してください。指定されたカップルの、行く末を見守っていただきます。
4.無事に死の指輪を外せたらカップルは永遠の愛で繋がり、二人は校舎から出られます。
「それだけ?」
先程の緊迫した空気はいつしかなくなり、あっけらかんとした声が響き渡る。
「これ、ドッキリじゃない? ほら今やってる、学校何とかっていう番組とか? 爆発なんて、本当にするわけないし」
「ありそう! ガチだったんだよ!」
先程騒いでいた西条寺さんに話しかけるのは、同じクラスの女子二人。この三人がいつも一緒に居る女子グループで、クラスの中心だった。
緩すぎるルールに、安堵に包まれる教室。しかしそれは、切り替わった映像によりまた張り詰めることになった。
【特記事項】
1.指定した時間以外、指定したカップル以外が相手の指輪を抜くと、ルール違反により指輪が爆発します。指輪を抜けるのは、主催者の指定があった時のみ。くれぐれも、お忘れなく。
2. カップルの指定は、直前の発表とさせていただいております。指定順は、主催者の独断と偏見で選出しております。苦情は一切受け入れておりませんので、悪しからず。
3.立会人の皆さんの中で、このカップルは永遠の愛で繋がるべきではないと思われる方がいれば、その理由を主催者に告げてください。その内容が受理された際はそれは暴露となり、お相手に伝えさせていただきます。
【密告のやり方】
1.情報提供は専用アプリのみで受け付けています。ただ情報だけでは信憑性に欠ける為、必ず証拠も送付してください。
2.一組のカップルに対して情報提供が出来るのは、一回のみです。
3.情報提供者は匿名です。ですから皆さん、気に入らないカップルの秘密を告げ口してください。
「暴露って、何!」
「私達が、友達カップルの告げ口をするってこと!」
「マジでクソみてーなルールだな!」
三人が立ち上がり、罵詈雑言を言い放つ。
皆、暴露の方に気が入っているようだけど、もっと問題なことがあるだろう?
「違反事項は、まだあるの……」
握り締めていた小春の手が、ガタガタと震え上がる。
そうだ。指輪の爆発する条件が全て提示されていない方が、問題だ。下手な行動は取れない。そうゆう意味なのか?
『まあまあ、皆さん。暴露しなければ良い話ではないですか? それとも何か、暴露されては困る秘密でもあるのですか?』
その問いかけに声を荒らげていた女子三人は口を噤み、そっと着席していく。
暴露されたくない秘密。……それは俺にも、あった。
全ての説明が終わるが、生徒全てが静止画のように固まってしまった。
そんなわけないと頭では分かっているが、本当に指輪が爆発するのではないか、秘密を暴露をされてしまうのではないか。
そんな思いで、何一つ出来なくなるのは当然だった。
『ちょっと、みなさーん。残り二つは、「指輪を外す時に関係すること」です。校舎外に出ず、指輪を外さなければ問題ありません。だから、動いてくださいよ? 映像、なんですからねー?』
その言葉に目を合わせた俺達は、探るように指や足先を動かし始める。
確かに、そんなことでいちいち仕掛けが発動するなら、主催者が求めているゲームなんて出来ないだろう。
おそらく俺達の行動を見て、人間が極限に追い込まれた時の行動とかを観測しているのだろう。
気分悪いが、さすがに俺達を殺すなんてあるわけないし。
『くれぐれも、くだらない争いで爆発させることだけはやめてくださいねぇ。爆発オチなんて、視聴者が萎えてしまうでしょう』
「視聴者……?」
息を転がすような笑い声に不快感が湧き出るが、それより気になったのはあえて付け加えられたような「視聴者」の言葉だった。
『あ、いえ。……それより、一組目のカップルが気になりませんか? 予想もつくでしょうし、初回だけ発表しましょう! 先手を飾るのはあの有名カップルミーチューバ、神宮寺翼くんと西条寺愛莉さんです! 一回目は、午前九時に開始となっております。ではみなさん、スマホのアプリを起動してください。五十二分後にお会いしましょう』
スマホに映し出された映像がプツンと消えたかと思えば、レアキャラモンスター画像をスクショした、いつもの待ち受け画面に戻っていた。
前方に座っていた生徒達は相手を探るような面持ちをしていたが、後方に居る俺達はただ身震いを起こしていた。
「大丈夫?」
震える小春の肩にそっと手を伸ばしてきたのは、友達の凛。
小春の顔を覗き込む目はキリッとしていて、整った鼻筋、艶のある唇が光る。女子のことに疎い俺でも、顔立ちが綺麗だと分かる。
制服を緩く着こなし、ベリーショートと呼ばれる黒髪が似合う、陸上部女子。
明るくて、ハッキリとした性格で、曲がったことが嫌い。正義感溢れる彼女は、俺の理想だ。
「とにかく、廊下で話そう。ね?」
凛が小春に肩を貸すと、その背の高さはより引き立ち、身長は百六十五センチの俺と目線が丁度合うぐらいの細身の長身。
体格差があるからか、凛は体を屈めることにも慣れているようだった。
重苦しい空気により気分が悪くなりそうになった俺達四人は、凛の呼びかけにより教室を後にした。



