カップルデスゲーム 一その愛は本物ですか?一

 右顔面と両腕が、圧迫したような痛みで瞼を開く。すると視界に入ってきたのは、見慣れたベニア色の床だった。
 硬い床で眠っていたようで体全体がジリジリと痛く、密着していた床は俺の汗が滲んでいた。冷房は効いているようだが真夏の暑さには敵わないようで、服に染みた汗が不快感を知らせてくる。外より聞こえてくる蝉の合唱を聞きながら、体を起こす。
 すると目の前に広がっていたのはまた見覚えのある細長い廊下で、上を見上げれば2年1組、2年2組、2年3組と続く教室表札があった。
 ここは俺が通う県立高校であり、二年生の俺達が毎日歩いている廊下だ。
 周囲を見渡すと床に力無く寝そべったままの生徒が複数人おり、その側で寄り添う生徒も居た。何故、全員生徒だと判断出来たのかというと、俺の通う高校と同じ制服を着ていたからだ。
 男子は半袖カッターシャツ、紺のネクタイにズボン。
 女子も同じく半袖カッターシャツ、赤のリボンにチェックのスカート。
 見たことがある顔ばかりで、おそらく全員同級生である二年生だろう。
 もしかしたら彼女も居るのではないかと重い体を引きずり周囲を見渡すと、他の生徒達が倒れている場所から離れた廊下の端で、くの字になるように横になっている一際小さな体があった。
「小春!」
 一目散に駆け寄って跪き、その小さな肩をひたすらに揺り続けた。
 するとその声が届いたのかゆっくりと開いた瞼には、いつもの澄んだ瞳により俺を映し出していた。
「慎吾……」
 いつも以上に繊細でか細い声を出した彼女は、肩まで伸びるさらさらな黒髪を揺らしながら体を起こす。
 いつものように制服のシャツを第一ボタンまで留めており、赤いリボンを緩めず、スカートは膝を隠している。
 小柄で、丸顔で、つぶらな目をしている彼女は、ほわんとした雰囲気を醸し出す可愛らしい女子。
 佐伯小春、付き合って三ヶ月になる俺の彼女だ。
 目を覚ました姿に大きく溜息を吐き俺が先に立ち上がり小春を立ち上がらせようと手を伸ばすと、その半袖から伸びた細くて白い腕が前に出てくる。しかしその先のしなやかな指先には見知らぬ物があり、俺は思わず動きを止めた。
「何……これ?」
 小春もこの異質な物に気付き、体をビクつかせる。
「え? 慎吾にもあるよ!」
「俺も!」
 指先を目の前に持ってくると、確かに左手薬指にリングみたいなものをはめられており、そこには。
「ドクロ……?」
 何とも言い表せない禍々しい金属で出来たドクロの飾りは第二関節を埋め尽くすぐらいに大きく、それがより不気味で背筋にゾクッとしたものが通り過ぎたような気がした。
 右手を使って小春を立ち上がらせ、周囲を見渡す。
 すると全ての生徒が目を覚ましていたようで、ふぅと小さく溜息を吐いたが、皆も状況を理解出来ていないようで険しい表情を浮かべ話し合っているようだった。

「慎吾が学校に来て欲しいと、言ったので合ってる?」
「え? ……あれ? いや、小春が学校に来て欲しいって……」
 瞬時に動いた手は、制服のズボンポケットに伸びていた。そこに感じる硬い物。手のひらサイズのカバーに包まれた木製のスマホカバーに、いささかの安堵に包まれた。
 しかし液晶パネルを覗き込んだ瞬間、それは呆気なく破られ冷水をかけられた心情になる。電波が一本も立っておらず、ネット回線も繋がっていなかった。

「圏外……。そんな……」
 小春のスマホもスカートのポケットに入っていたようだが、同じく圏外のようだった。俺達のスマホは別々の通信会社と契約しており、同時に通信障害を起こすなんて考えにくかった。この学校の所在地は一学年三クラスしかないぐらいの田舎寄りだが山付近とはではなく、電波などで不自由さを感じたことなど一度もない。だからこそ、電波や回線が遮断されるなんてありえない。
 目の当たりにした現実に、指先が冷たくなる感覚に落ちていく。
 とにかくスマホは使えない。だからこそ、昨日の行動を振り返ることにした。
 昨日は夏休みに入って、初めての日曜日。小春より、学校へ五時に来て欲しいとメッセージが来た。しかも、制服を着て来るようにと指定まで。要領を得なかったが、何か困っているのかと無理矢理自分を納得させた俺は学校に向かった。
 すると裏門から入ってきて欲しいと追加で連絡がきて、不審に思いながら入って行って……。記憶は、そこで途切れていた。
 小春も同様の常套句で学校に来ていたが、一つだけ相違点がある。それは、呼び出し時間が夕方四時半だということだった。
 何者かが、計画的にこの場所に生徒を集めたかもしれない。その可能性に、ゾクリと背筋が凍りついた。
 とにかく何か手掛かりを得ようと、窓から周囲を見渡した。三階からの景色は、いつもと同じ校庭だった。しかし異変があるのは、校門の先。全身黒をまとったような人物が、数えきれないくらいに居た。
 パラパラパラと上空より音が響く為に空を見上げると広がる青い空と入道雲を遮るかのようにヘリコプターが何台も周辺を迂回しており、只事ではないのだと俺達に不穏の空気を伝えてくる。これだけで分かる。何か、あったのだと。
 視線を廊下の方に戻しまた周囲をキョロキョロと見渡すとあちこちの天井にある、黒い光沢の丸くて光る物。スーパーなどで見る、監視カメラのようだった。
 次に目に止まったのは、小春の左手薬指にはめられている指輪。俺の指を視線の元に持ってくると、ドクロが不気味に笑っており思わず顔を背ける。
 俺は何とも言えない気味悪さから、右手の親指人差し指を使いそっと指輪を引き抜こうとする。

「指輪を外すなー!」
 恐怖でざわつく声から、確かな意思を感じ取れる声が俺の耳に響いてくる。声がする方向に目を向けると、それは俺と同じクラスで友人の斉藤 翔だった。
 カッターシャツの第一歩ボタンを開け適度に着崩した制服が似合う翔は、身長が百七十センチ以上ある長身で俺の頭一つぶん高くスラリとしている。野球部所属で日焼けをしており、短髪が良く似合い、キリッとした目に、整った鼻筋を持ち合わせている。まさに俺の理想を絵に描いたような存在だ。
 そんな翔の言葉に、俺は抜けかけていた指輪をグッと奥に押し込んだ。

『そうですね。外さない方が賢明だと思います』
 突然ポケットより響いた、無機質な声。
「誰!」
 その声は、スマホの受話口より放たれているようだった。液晶画面に目をやるといつもの待機画面ではなく、見たこともない赤色の三日月が映し出されていた。数々に起こる非日常の数々にパニック状態になっていた生徒達による悲鳴に包まれ、暑い廊下がよりむさ苦しくなった。

『これは失礼しました。私のことは主催者とでも呼んでください。これより説明を行います。二年一組に来てください』
 呼び出されたのは、俺達のクラスだった。
 教室をそっと覗き込むと机と椅子が通常時の半数しかなく、前方の物はなくなっていた。

『皆さんは、カップルで並んで座ってください』
「この丸いのは?」
 震える誰かの声に『ああ。カメラなのでご心配なく』と軽く返答する。
 やっぱり、そうだった。

『これより皆さんには、カップルデスゲームをしてもらいます』
「は?」
 どこかから漏れた声は、次第に大きな騒めきへと変わっていった。
『それでは基本ルールから説明します。皆さんの左手薬指に装着されてある、死の指輪。それは以下のルール違反を起こすと爆発します』
「爆発!」
 その言葉が出た途端ざわつきは悲鳴へと変わり、教室中に殺伐とした空気が包み込む。
 額から汗が流れたのは、暑さのせいだけではない。
 次に聞こえてきたのは、オルゴールの音色。しかし癒しとかはなく、耳がざわつく不協和音だった。
 手に取った生徒達の、ざらついた声が飛び交う。次に映し出されたのは、横文字で並べられた文面だった。

【指輪が爆発するルール違反】
1.学校の校舎外に出ること
2.自分の指輪を外すこと
3.他人の指輪を外すこと
4.
5.
※その他二つのルール違反は、各々で考えてください。

【ゲーム説明】
1.このゲームはカップル対抗戦です。
2.これから一時間毎に、一組ずつカップルを指名します。呼び出された二人は教室の前方に立ち、死の指輪を互いに外してもらいます。
3.呼ばれなかった皆さんには立会人になってもらい、教室の後方で着席してください。指定されたカップルの、行く末を見守っていただきます。
4.無事に死の指輪を外せたらカップルは永遠の愛で繋がり、二人は校舎から出られます。

【特記事項】
1.指定した時間以外、指定したカップル以外が相手の指輪を抜くと、ルール違反により指輪が爆発します。指輪を抜けるのは、主催者の指定があった時のみ。くれぐれも、お忘れなく。
2.カップルの指定順は、主催者の独断と偏見で選出しております。苦情は一切受け入れておりませんので、悪しからず。
3.立会人の皆さんの中で、このカップルは永遠の愛で繋がるべきではないと思われる方がいれば、その理由を主催者に告げてください。その内容が受理された際はそれは暴露となり、お相手に伝えさせていただきます。

【密告のやり方】
1.情報提供は専用アプリのみで受け付けています。ただ情報だけでは信憑性に欠ける為、必ず証拠も送付してください。
2.一組のカップルに対して情報提供が出来るのは、一回のみです。カップルの指定は、直前の発表とさせていただいております。ですから情報提供は、カップルの順番を予想して行いましょう。
3.情報提供者は匿名です。ですから皆さん、気に入らないカップルの秘密を告げ口してください。


 全ての説明が終わるが、生徒全てが静止画のように固まってしまった。【指輪が爆発するルール違反】が怖くて、身動きも発言も何も出来なくなった。

『残り二つは、「指輪を外す時に関係すること」です。ですから校舎外に出ず、指輪を外さなければ問題ありません。ところで、一回目のカップルが気になりませんか? 予想もつくでしょうし、初回だけ発表しましょう! 先手を飾るのはあの有名なカップルミーチューバ、神宮寺 翼くんと西条寺愛莉さんです! では皆さん、一時間後にお会いしましょう』
 プツンと映像が消えたかと思えば、いつもの待機画面に戻っていた。

「大丈夫?」
 小春に声をかけてきたのは、大林 凛。制服を緩く着こなし、ベリーショートと呼ばれる黒髪が似合う、陸上部女子だ。身長は百六十五センチの俺と目線が丁度合うぐらいであり、キリッとした目に、整った鼻筋、艶のある唇。女子のことに疎い俺でも、顔立ちが綺麗だということが分かる。明るくて、ハッキリとした性格で、曲がったことが嫌い。正義感溢れる彼女は、俺の理想だ。

「廊下で話そう」
 陰湿な空気に、より気分が悪くなりそうになった俺達四人は教室を後にした。
 俺、小春、翔、凛。
 小春と凛、翔と俺は、小学校からの幼馴染だった。
 中学校に入学したての頃、男女二人ずつ計四人でグループを作って課題を取り組む授業があった時に、男子女子で余っていた俺達はグループを組むことになった。
 違う小学校から来た者同士だったが性格が合い、それからずっと友達だった。
 そんな関係が変わったのは中学三年の春。翔が俺に、凛を好きになったと相談してきたことだった。
 高校入学と同時に、翔と凛が付き合い始めた。翔は、俺が小春のことを好きだと知っていて、告白するように背中を押してくれた。
 二年生の春に告白。小春は小さく頷いてくれて、付き合うことになった。

「翔が指輪を外すなと言ってくれなかったら、危なかった。ありがとうな」
 全く、翔には助けられてばかりだ。

「どうして指輪を外したらいけないと分かったの?」
 凛はいつも通り、鋭い指摘をしてくる。
「あ……。いや、何となく。ほら、映画とかでのお約束の展開だろ?」
 問いに答えるのに、一瞬間があったような気がした。
「……そう」
 凛は力無く返事し、ポケットよりスマホを取り出す。
「うわあ、本当にインストールされてる」
 全員でスマホを出すと変わらず圏外だったが、見覚えのないアプリが増えていた。それは指輪と同じドクロがアイコンになっており、何とも気味が悪かった。
「圏外なのにアプリが起動するの?」
 オロオロとした小春の声に俺達も疑念を持ったが、その指を動かすことは出来ない。
「あ、開いた」
 凛の言葉に画面を覗き込むと、映像が赤点滅に光りピー、ピー、ピーと大きな警告と思わせる音が鳴り響いた。
スマホの画面には『持ち主以外の閲覧を禁止します』と表示されていた。
 俺達と、その音に駆け寄ってきた生徒達の目に触れないように凛が手帳型のスマホカバー畳むと、開いたと言っていた。
 つまり持ち主以外の第三者が覗いていたから、アプリはそれを判断したということか。
 あまりの高性能アプリに、俺達の表情が歪んでゆく。
 ただのイタズラで、ここまでのことをするのか?
 そう思い何か手掛かりが得られないかと各々とアプリを起動すると、そこには『カップルデスゲーム』と血が垂れるような赤文字で書かれており。先程説明にあった【指輪が爆発するルール違反】、【ゲーム説明】、【特記事項】【密告のやり方】とルールが確認出来る仕様となっていた。そして一番下にある項目は【密告】だった。
 恐る恐るそのボタンを押すと『密告相手の名前』、『密告内容』、『密告の証拠品を提示』など細かく記入欄が設けてあり、頭がクラクラしてくる。
 極め付けにはこのアプリを経由すれば圏外でも、検索アプリや過去のメッセージアプリを閲覧出来るというよく分からない仕様があることだった。
 ……そこまで俺達に密告をさせたいのか?
 主催者と自称する、相手の狂気を感じ取った。

 窓より上空を見上げると、変わらずにヘリコプターが迂回しており機体横の文字が「警視庁」と見えたような気がした。
 まさか。そんなはずは……。
 そんなこと言えるはずもなく、永遠に感じる時間を過ごしているとスマホより低い音声が聞こえた。
『一時間が経ちました。皆さん、教室にお集まりください』
 先程と同様に赤い三日月が勝手に映し出され、スマホを恐る恐る操作してみるがその映像は変わらず電源すら切ることが出来なかった。
 その異常さに呼びかけに抵抗する者は居らず、皆カップルと隣同士で座る。すると聞こえてきたのは、テンションが高めの声だった。
 教室前方より入室してきた女子は、高い声を出しながらこちらに両手を振ってくる。それに合わせるように同じく手を振る男子。
 この二人は学校一の人気者、神宮寺 翼くんと、西条寺愛莉さん。
 カップルミーチューバを設立して、十代に人気の「あいりんandつばさ」として活動している。登録者数二十万人超えの人気者らしい。
 現に神宮寺くんは背が高くスラッとしており、アイドルみたいな爽やかイケメンで、男の俺でも息を呑むことがあるぐらいだったりする。当然女子にモテるが彼女が美人だからと、羨むこともなく目の保養にするぐらいだと女子同士が会話しているのを何度となく聞いてきた。
 その彼女である西条寺さん。モデルのように顔が小さく美形であり、背中までの美しい茶髪をいつも指でクルクルとさせ、適度に着崩した制服を着こなしている。
 そんな二人が並ぶと絵になり、日常トーク、料理を作ってみた、踊ってみた、などの動画がバズり、一ノ宮さんは雑誌のモデルとして起用されるぐらいに人気も知名度もある存在だ。

「じゃあまず、あいりんが外しまーす!」
 カメラに向かって両手を振り神宮寺くんの指に手をかけた時、その声は聞こえた。
『お待ちください。その前に暴露のお時間です』
「は?」
 主催者に水を差された西条寺さんは、舌打ちが漏れていた。
「あー、何だろう? あいりん、ドジっ子だからなー」
 頭をコツンと小突き、首を傾げる。

『では発表します。西条寺愛莉は、彼氏をただの踏み台だと思っている』
「……え?」
 あまりにも唐突な発言に、教室中はざわめく。

「……何それ〜?」
 西条寺さんは口は笑っているけど、目は笑ってない。
 本当にそのような表情があるのだと、唖然としてしまった。
『はい、では暴露開始。これは私の元に送られてきた、メッセージアプリのスクショです』


『だから、翼くんが他の女と歩いてたし。一応確認したら?』
『えー、別にどうでもいいしー。あいつはただの踏み台。ただの顔だけ男。まあ、アクセサリーってやつw』


「何これ! ……紗栄子! あんた裏切ったの!」
「ち、違う! 確かに相手は私だけど、こんなのバレバレじゃん! 私がそんなことするわけ……」
 そう言い返すのは、音霧紗栄子さん。いつも西条寺さんと一緒に居る女子の一人だ。

「嘘吐くな! 私が気に入らねーんだろ! そうだよね? 私がバズるまでは、あんたが頂点だったもんね? でもさ、ちょっと子綺麗なだけであんたつまんないんだわー! 絶対私にはなれないしね! あーあ、惨め……。あ……」
 突き刺さるような視線を、後方に居た俺でも感じ取っていた。それを浴びた西条寺さん本人は、時が止まったかのように硬直していた。
「違うの! 驚かせようと思ってさ〜」
 またいつもの戯けた表情に戻したが、それに笑いかける生徒は居なかった。
 傍観者の俺達より、気にかける人が居るのでは?
 そう思ったが彼氏の神宮寺くんのみ、いつもの柔らかな表情を浮かべていた。
「分かってるよー。捏造だって」
「そう! はは、じゃあ指輪を……」
 西条寺さんが手を伸ばした途端。
『待ってください。誰が暴露は一つだと言いました?』
「え?」
『そう、次は神宮寺くんの暴露です。神宮寺 翼は、複数のファン女性と遊んでいる』
 その言葉と共に映し出されたのは神宮寺くんと、西条寺さんとは違う女性との写真。手を繋いで歩いている場面や、キスをしている写真まであった。
 その途端、教室中は悲鳴に包まれる。それは女子のもので、「嘘!」「信じられない!」が大半を占めていた。

「あ、あんなものどこから!」
 神宮寺くんは、いつもの柔らかな表情はなくなりその目はギラギラと血走っていた。
『うわあ、節操ありませんね! ファンに手を出すなんて!』
「こ、これは合成だ!」
 そう言い、西条寺さんにでも、俺達にでもなく、カメラに向かって声を荒らげていた。
『その他にもありますよ? 「めいみん」さん、ご存知ではないですか?』
「は? あ、いや」
『駆け出しのミーチューバだそうですね?』
 その言葉と共に映し出されたのは、ミーチューバチャンネル。題名は「カップルミーチューバ、翼と付き合ってみた」だった。
 それは隠し撮りしたかのように神宮寺くんの無防備な音声が録音されており、生々しいやり取り。西条寺さんの悪口。ミーチューブでの収益があるから別れられないとまで、言い放っていた。
『つまらん男、三十一点。まあこれで、あのあいりんに勝てたからいっか!』
 その締め括りで、動画は終わっていた。

『この動画は音声のみだったことから信憑性がなく、また削除申請からすぐに消された為に、闇に葬られたようですね。しかし暴露者は動画をダウンロードしていた。どれだけ嫌われているのですか、神宮寺くん? いや、その彼女である西条寺さんを傷付けるのが狙いだったのかもしれませんね? まあいずれにしても相手の女性はあなたを好きになったのではなく、女として西条寺さんに勝ちたかっただけ。残念でしたね』
「テメェー! 出てこい、この野郎!」
 スマホを頭上より叩きつけ、それでも飽き足らず感情のまま何度となく踏みつける。その姿に女子は怯えて身をたじろぎ、小春は両耳を塞いで震えていた。

 ピッ、ピッ、ピッ。
 その動作を打ち消すかのように鳴る、機械音。
 音と同時に、指輪が黄色信号みたいにチカチカと光り出した。
「何! 指輪が光って!」
『さあ、暴露は以上です。これより死の指輪を外してもらいましょうか?』
 取り乱す二人など見えていないかのように、主催者を名乗る声は冷淡だった。
「外せるか! よりにもよって、そんな底辺に手を出すなんて! あいりんの名前に傷付けやがって!」
「お前こそ、俺を踏み台にしていた? そうだ、お前だけで、ここまでバズれるわけないもんな! お前のバカ発言を編集で消してなかったら、とっくに炎上していたんだからよ!」
 ピー、ピー、ピー。
 指輪は赤く点滅し、その音は教室中に響くほど大きくなっていた。
「ねえ。指輪、大丈夫?」
 凛が臆することなく立ち上がり、二人に声をかけながら前方に歩いていく。
「うるさい!」
 あまりの甲高い怒鳴り声に、気が強い凛ですら一歩下がりその様子を見ていると、それは突然と起きた。
 パァーン。
 耳の鼓膜が破れるのではないかと思うほどの、破裂音。
 その瞬間。聞いたことのない断末魔と共に、水風船が弾け飛ぶかのような勢いで血飛沫が散乱し、肉片が飛び散っていく。その血液と肉片は床へと落ちてきて、教室中はこの世のものとは思えないほどの阿鼻叫喚に包まれる。
 断末魔と同様に聞いたことのない悲痛な叫び声、指輪を外そうとする者を取り押さえる怒声、跪きゼイゼイと呼吸がままならなくなった過呼吸音。
 そして俺は喉が切れるぐらいに叫び、空っぽのはずの胃からは吐瀉物が溢れ、今までしていた呼吸の仕方を忘れたのかと思うぐらい酸素を上手く取り入れられなかった。
 それは俺だけではなかったようで、小春も口元を抑えハァハァと呼吸を荒くしていた。

『あららら? この二人はビジネスカップルだったようですね?』

 これはテレビやミーチューバの企画ではない。失敗すれば死ぬ、命をかけたデスゲームだ。
「まさか、本当に人が死ぬなんて……」
 小春は消えそうな声で、ガタガタと体を震わせた。
「暴露した人が居たんだよね?」
 いつも強気の凛ですら、強く握り締めた手を小刻みに震わせていた。

「みんな、聞いてくれ!」
 その声に顔を上げると北条爽太くん、音霧紗栄子さんが廊下で集まり塞ぎ込んでいる俺達に呼びかけていた。
 北条くんは生徒会役員で、次期会長候補だと言われるぐらいの秀才。制服をキッチリ着て穏やかな声質、綺麗に切り揃えられた短髪に柔らかな目元。発言の一つ一つに重みがあり、周りを納得させる力があった。
 その彼女である音霧紗栄子さん。制服を綺麗に着こなす音霧さんは北条くんに並ぶスラリとした体型で、背中まで伸びる黒髪のストレートヘアを持ち合わせている。パチリとした目に、可憐な声質、透き通る肌。それでいて試験は必ず学年トップをキープしている。
「友達を密告するなんてやめて、みんなで助かろう!」
 そうだ、密告がなければ良いんだ。
 そう気付いた俺達は、その勇ましい声に湧き立った。
 これで次からは、密告が起きないだろう。
 北条くんは、先程亡くなった神宮寺くんと友達。目の前で友人を亡くしたばかりなのに、しっかりしている。
 ……次は北条くんじゃないと良いな……。
 そう、願うことしか出来なかった。
『一時間が経ちました。今回のカップルは北条爽太くんと、音霧紗栄子さんです。立会人となる皆さんは、教室にお集まりください』
 俺の些細な願いは、スマホより流れる音声により簡単に打ち砕かれた。
「やはり俺達か……。行こう、紗栄子」
「うん」
 二人は覚悟していたように、声を掛け合っていた。

 教室に行く足取りが重い。
 あそこには神宮寺くんと、西条寺さんの遺体がある。一応保健室の布団を翔がかけてくれたが、あの空間には戻りたくなかった。
 窓は全開で換気は整っている。しかしこの鼻につく血生臭さは取れるはずもなく、俺達は後方の机と椅子をギリギリにまで下げ着席した。

 スマホから流れる音声に従い二人は教室に入ってくるが、床や黒板に染み付いている血飛沫に顔を歪める。
『すみませんね。もう少し火薬の量を調整しておくべきでした』
 どこまでも残忍な言葉に俺達は苛立ちを覚えるが、当然言い返すこと出来るはずもない。

「大丈夫だって! 今回は暴露なんかない! 俺達が生存第一号になって良い波を作るから!」
 その声にゲームクリアを確信した生徒達は、一斉に手拍子で場を盛り上げ始めた。
『ちょっと待ってください。どうして皆さんは主催者をことごとく無視するのでしょうか? 聞くことがあるのではないですか?』
 その声に手拍子は止まり、各々のスマホに目をやった。
『今回も暴露が二つありました』
「え……」
「うそ……」
 主催者の言葉に、北条くんと音霧さんは互いを見合わせてスッと目を逸らした。

『では暴露します。音霧紗栄子は、パパ活をしている』
 その言葉に一気に騒つく教室。無理もない、音霧さんほどの知性に溢れる人が、そんな。
「違う! 違うの!」
 音霧さんは同じく壇上にいた北条くんに、必死に縋って否定の言葉を繰り返す。
 あまりの悲痛な叫び声に聞くに耐えなかった。
『嘘はいけませんね。今回はSNS上でのスクショです』
「え!」
 その内容に目を通した生徒達はまた違う悲鳴に包まれた。その内容は。

『現役JKです。大人あり5。お金持ちの素敵な方、連絡待ってまーす』
 その投稿には多数の返信があり、パパ活を繰り返しているのだと察せられる内容だった。
『これが彼女の裏アカです。いやあ、怖いですね。こんな普通の女子高生がパパ活している世の中なんですから』
「違う! こんなの知らない! そうよ、これが私とは限らないじゃない!」
「確かに、この内容だけでは言い切れない。これを証拠とするなら、密告した者勝ちになる! 主催者はそんな抜けのあるゲームをして良いのですか?」
 北条くんが冷静に、ゲームの穴を指摘する。
 そうだ。こんなのが罷り通ってしまったら、何でもありになってしまう。だから、こんなのは証拠としてならな──。
『勿論、これだけのことで暴露なんてしません。本命はこちらです』
 スマホに映し出されたのは、先程と同じSNSのスクショだった。
『今日は、えみちゃん。清楚系JK』
 その投稿文と共に写真に写っていたのは、音霧さんからは想像もつかない姿だった。全員がスマホから目を逸らし、口元を抑えていた。
『あらあら。すみません、みなさん未成年でしたね。抜けがあるゲームと指摘されて、ムキになってしまいました。まあ、これで信じてもらえたでしょうか?』
 異論を唱える者は、誰一人居なかった。

「お願い助けて! 私がパパ活していたのは……!」
「いいよ」
 北条くんは変わらない。柔らかな笑顔を浮かべ、音霧さんの肩をそっと支える。
「ありがとう」
 北条くんは音霧さんの手を持ち、指輪に指を近付けていく。

『待ってください。暴露は二つと言いましたよ?』
「……え? 今、二つ出しましたよね?」
『いえ、証拠品ではなく暴露が二つと言いました。お願いですから、主催者の話を聞いてくださいよ。もう一つは北条爽太さん。あなたの暴露ですよ?』
 そう宣告された北条くんは、ピクピクと眉を動かす。
「……やめてくれないか?」
『無理です』
「勘弁してくれ! 頼む!」
「爽太。私、平気だよ」
 北条が荒らげた声を落ち着かせたのは、音霧さん。
「紗栄子?」
「だって、私の過ちを許してくれたんだもの。何を聞いても、私は受け入れるから」
 ガタガタと震わせる北条くんの手を、握る音霧さん。しかしそれは一瞬で崩壊した。

『北条爽太は音霧紗栄子のパパ活を知っており、金を受け取っていた』
「……え?」
 あまりにも突拍子もない暴露に、教室に居た全員が静まり返ってしまった。しかし横を見ると小春は明らかに表情を歪めており、その奥にいた凛は鋭い眼差しで睨み付けていた。
「いや、待ってくれよ! 彼女のパパ活止めない彼氏なんて、いるわけないだろ!」
 いつもなら賛同が湧く北条くんの言葉に、同調する者はいなかった。
「お母さんが具合悪いんだよね?」
「……あ」
「だからお金が必要だって? そうだよね?」
『残念ながら違います。証拠はまたSNSの裏アカです』

『レアキャラゲット! 十万注ぎ込んだもんなー』
 文章と共に映し出されていたのは、女性のイラストだった。絵柄的にスマホアプリのキャラクターだと、察せられた。

「見せて!」
 音霧さんは北条くんからスマホを奪い取る。取り返そうとしてくる北条くんを強く突き飛ばしたかと思えば、パスコードを知っているみたいな手付きで解除し、すぐにそれを見つけたようだった。
「十万で得たのは、これ?」
 先程のスクショと同じレアキャラが、北条くんのスマホアプリから出てきたようだった。

 ピッ、ピッ、ピッ。
 二人の指輪より聞こえる、警告音。黄色の点滅を始め、切迫しているのだと誰でもが察せられた。
『あららら。決定的な証拠出ちゃいましたね?』
「とりあえず生きて出てから話し合おう? な?」
 両手の平を広げて宥める姿は、いつもの北条くんと別人に見えた。
「私が何したか知ってる? 体穢したのだって、あなたが好きだったから! ……暴露したのは華だろ! パパ活のこと、あんたにしか話してないから!」
 北条くんに向いていた怒りは、いつの間にか華と呼ばれる三上さんに矛先が変わっていた。
「待ってよ! 私は次が紗栄子だって知らなかったんだから!」
「そんなの知るか! あんたしか知らない! それが証拠だろ!」
 理論的な音霧さんが、感情のまま声を荒らげる。
「そうだよ。だって愛莉とのスクショ、晒したのは紗栄子だよね?」
 三上さんは、肯定と取れる発言を返した。
「あ、あの時は、死ぬなんて……思わなかったから……」
 泳ぐ目付きから分かる。西条寺さんの密告をしたのは音霧さんだったようだ。
「暴露したら、愛莉のミーチューバ人生破壊すること分かっていたよね? だから許せなかった。大体さ、何清純ぶってるの? 私にも勧めてきたじゃない? 小遣い稼ぎに最高だって!」
「……それは」
「大したことじゃないって言ってたじゃない? ……それとも、私も沼に嵌めるつもりだった?」
 その言葉に、音霧さんの表情はみるみると変わっていく。
「テメェー!」
 汚い言葉を放った音霧さんは、三上さんに向かって歩き出す。
 ピー、ピー、ピー。
 それを止めるかのように、けたたましい音と共に赤く点滅をする指輪。先程と同じ展開に俺は小春を抱き寄せ、見せないように顔を埋めさせた。
「大体お前誰だよ! 何の為にこんなこと!」
 北条くんは奪い返したスマホに向かい、怒声を響かせる。
『おや? もうヒントは差し上げてますよ?』
「ヒント? 何だよそれ!」
『まずは彼女さんの身を案じるべきでは?』
 その言葉で、ようやく猶予がない状態だと気付いたようだった。
「と、とりあえず外して!」
「……お前も、見捨てるとかなしだからな!」
「分かってるから!」
 北条くんはガタガタと震える指で、音霧さんの命を縛り付けていた死の指輪を外す。
「外れた!」
 するとけたたましい音が止み、先程までの醒めた空気は一転して歓声に包まれた。

「さあ、俺も早く!」
「分かってるから!」
 指を震わしながら、音霧さんも北条くんの指輪を引き抜こうと懸命に向き合っている。そんな姿に、いつしか教室中には応援する声が響き分かっていた。しかし。
 ピー、ピー、ピィーー。
 警告音が強く鳴り響いたかと思えば耳がつんざく音と振動と共に、また同様の惨劇が俺達の前で繰り広げられた。

「どうして、二人は指輪を外そうとしていたじゃない! 違う! 私は愛莉のことで紗栄子を反省させようとしていただけで、別に殺すつもりなんかなかったの! 本当だから!」
 悲鳴と共に、虚しく響く声。
 どうして? どうして指輪を外したのに二人は死んでしまった?
「誰が何の目的で、このようなことをしているか探るべきじゃない?」
 四人で集まった時、凛がボソッと呟いた。
「下手なことして指輪が爆発したらどうするんだ!」
 翔は今までみたことがないぐらいに声を荒らげ、小春はその声にビクッとなる。
「小春の前で、大きい声出さないで」
「……あ。ごめんな、小春」
「ううん。ごめん」
 消えそうな声で、そう返した。

「でもヒントは与えていると言ってる。つまり私達に調べさせたいんじゃないの?」
「まあ……な」
 凛はその返事を聞いたかと思えばスマホを開き、何かを打ち込み始める。すると「これじゃないか」と声を出した。
 咄嗟に覗き込むと警告音が鳴った為、各々検索をする。キーワードは「デスゲーム」、「赤い月」だった。するとヒットしたのは「国際指名手配犯」として名前が出ている「レッドムーン」、日本では「紅の月」と警察の中で呼ばれているらしい。
 そのサイト情報によると会社、学校、小さな村などの集団の場に閉じ込めてはデスゲームを仕掛け、それを撮影した動画を裏動画配信サイトで公開し、収益を得ていると記載されていた。
 何か手掛かりが掴めたらと思い読み進めていくと、そこには閲覧注意と前置きがされており、吐き気を催すほどの残虐なゲーム内容が記されていた。
 その中で気になったのは、警察の介入についてだった。普通の犯罪者は警察を嫌うが、このゲームの主催者はむしろ好み、ゲームの手伝いをさせるらしい。
 ゲーム参加者への食事の配給、脱走しそうになる参加者の足止め、ゲームが終わるまで邪魔が入らないように警備するなど、信じられない内容だった。
 しかしその後に記されていたのは警察が参加者を救護しようとしたり、手伝いに非協力的だった場合。主催者はゲームを止め、容赦なくゲーム参加者を殺害する。そのような悲惨な事例がまとめられていた。
 警察が介入しないのはその為だったのか。ようやく合点がいったような気がした。

「SNSやウェブサイトで参加募集を呼びかけているのを、見たことある人が居る? まさか……」
 凛の言葉にコメント欄を一つずつ読み進めていくと、確かにそのような書き込みがされていた。
「あなたが壊したい世界はありませんか?」。そんな文面から始まる募集要項を見たという書き込みが、複数あった。
「それに気になっていたんだけど、この密告上手く出来過ぎていない? 友達の秘密を知っているのはともかく、証拠品の提示であそこまで用意したり調べがついてるのって、おかしいと言うか……」
 凛は口籠ってしまった。
 まさか、このゲーム参加者の中に裏切り者が居る? そしてその人物が、このゲームにエントリーしたのではないだろうか?
 生徒達の中に、人間の皮を被った悪魔がいるかもしれない。
 その事実に、悪寒がした。