電気ウナギくんが声高らかに合図を放つと、あたし以外の全員がじっと顔を見合わせた。
 ピ、ピ、という電子音がどこからともなく聞こえてくる。電気ウナギくんのお腹のところにいつの間にかタイマーが表示されていた。制限時間五分のカウントダウンだ。電子音がなる度に、あたしの心臓は震え上がっていた。
「ど、どうすんだ……? 誰がやんだよっ」
 普段は勇ましくクラスメイトを従えている武史の声が震えている。あんなにいつも自分本位に振る舞ってるのに、こんな時だけびびってる。
「誰でもいいから助けて!」
 あたしは必死で叫ぶ。自分の命が懸っているんだから、全身で助けを求めるのも普通だろう。ていうかなんなのよ、武史は! いっつも、でかい態度で皆木のこといじめて楽しんでるくせに、こんな時だけ縮み上がって。本当に意気地なしっ。
 他のメンバーも、それぞれの出方を伺っている。
 女子メンバーの亜美がずっと俯いてるのを見て、あたしはチッと舌打ちした。あいつはいつもそうだ。自分に都合の悪いことは我関せずと言った様子で、必死に関わらないようにしている。そのくせ自分可愛さに、皆木のことをいじめてるやつらの指示を聞いて、皆木の教科書を盗んだことがあるのを知っている。表立ってはいじめを止めようとしない卑怯者。
 まあ、堂々と皆木のことを無視しているあたしが言えることじゃないけど。
 もう一人の女子、天沢雪音に至っては、終始反応が薄い。
 いや、目の前の出来事に驚きすぎて、言葉も出ない様子だ。
 そもそも彼女はここ一ヶ月ほどずっと学校に来ていない。原因は知らない。たぶん、クラスに馴染めないとかくだらない理由だろう。彼女が女の子の友達と楽しそうに笑ってるところを、あたしは見たことがなかった。
「——俺がいくよ」
 誰もが他人と目を合わせないようにして、ただ時が過ぎるのを待っているかのように思われた時、一人の男が手を上げた。
「真紘くん……」
 湯浅真紘だった。あたしが想いを寄せている人。まさか、彼があたしを助けるために名乗り出てくれるなんて。
「いいのかよ、真紘っ。一回目だし、どんなゲームが来るかも分かんないぞ!? 失敗したらお前も——」
 一樹が尋ねる。せっかく真紘くんが立候補してくれたのに、水を差すようなこと言うなよっ。
「ああ。どのみち一回はゲームに参加しないと自分も助からないからな。それに女の子が困ってるとこを、見過ごすわけにはいかない」
 なんて、なんて格好良い人なんだろう。
 まるで本物のヒーローだ。あたしだけの。真紘くんは本当にあたしを助けてくれる。そんな予感がした。
「議論は終わりましたか? 第一ゲームの参加者は湯浅真紘くんでいいですかー?」
 電気ウナギくんの疑問の声に、真紘くんは深く頷いた。
「はあい、では決まりです。第一ゲームは湯浅真紘くんに挑戦していただきます!」
 そこで、ピピ、という電子音が止まった。残り二分二秒のところで、タイマーが停止した。
「それでは第一ゲームのルールを説明します。第一ゲームはこれ、『トランプで大きい数字を引いた方が勝ちゲーム』です」
「……え?」
 間の抜けた声を上げたのは自分だったか、他の誰かだったか。
 そのあまりにも簡単すぎるゲームの内容に、この場にいる全員が拍子抜けしていた。
「今から、ワタシと湯浅くんが一枚ずつ順番に、裏面に伏せられたトランプを引きます。より大きい数字を引いた方が勝ちです。同じ数字を引いたらやり直し。ジョーカーは抜いてあります。それだけです」
「そ、そんな簡単なゲームでいいのかよ……というか、完全に運じゃねえか!」
 武史が吠える。あたしも、同じ気持ちだった。
「おいお前、インチキとかしてないだろうな?」
 今度は一樹が。確かに、トランプを用意するのが電気ウナギくんならば、何かインチキをされる可能性もある。そうなったら真紘くんが勝てる可能性は0だろう。
「安心してください。こう見えてワタシ、勝負はフェアに行う主義でして。さっきも言った通り、ワタシは嘘をつかないのでね」
「……分かった。じゃあ始めてくれ」
 今この場で一番冷静なのは、他でもない真紘くんだった。どうして? どうしてそんなに落ち着いていられるの? 運だけで、自分とあたしの命運が決まってしまうゲームなのに——そこまで考えて、真紘くんの身体がわずかに震えていることに気づいた。
 彼も、怖いんだ。
 それなのに、あたしを助けるために、名乗り出てくれている。
 その事実に、こんな時なのに胸がときめいた。
「それではゲームを始めます! このトランプを使いましょう。まずはワタシから引きますが、引いたら裏返しにして、まだ見ないようにしてください〜」
 ボン、とどこからともなく電気ウナギくんの手のひらの上に現れたトランプの山から、彼(彼女?)は裏返しのトランプを一枚引いた。
「はい、じゃあ次は湯浅くんの番です。どうぞ〜」
 その一言に、真紘くんがゴクリと唾をのみこむのが分かった。
 あたしだって同じだ。ずっと身体は震えている。真紘くんが引いたカードと電気ウナギくんの引いたカードの数字の大きさだけで、あたしたちの運命が決まってしまうんだから……。
 ようやく決意が固まったのか、真紘くんがぎゅっと唇を固く閉じたまま、トランプを一枚引いた。これで二人ともカードは手の中だ。
「それじゃあ、一気に表に返します。湯浅くん、心の準備はおーけー?」
「……ああ」
 ドク、ドク、ドク。
 痛いくらいに心臓が激しく鳴る。ああ、もう早く! 裏返すなら早くしてっ。
 スッと、それぞれがカードを表向きにして出した。誰もが固唾を呑んでこの状況を見守っている。あたしはもう、心臓が止まりそうなほど緊張していた。
「結果——ワタシのカードがハートの4、湯浅くんのカードがスペードの9。湯浅くん、ゲームクリア!」
 電気ウナギくんが勝敗を告げる声が高らかに響き渡った刹那、あたしの身体からへなへなと力が抜けていくのが分かった。
「だ、大丈夫か、貴田」
「うん……真紘くん、ありがとう」
 身体から一気に力が抜ける。崩れ落ちそうになっていたあたしを、真紘くんが支えてくれて顔が火照る。こんな時なのにあたし、馬鹿だなって思う。
「はーい、第一ゲームは湯浅くんの活躍で二人とも助かりました! おめでとうございます。良かったですね〜貴田さん。んじゃ、続いて第二ゲームを始めますね。次の人質は、パッパカパッパーン! 皆木くんに決まりましたー!」
 おどけた声で第二ゲームの「人質」を発表する電気ウナギくん。呼ばれた名前を聞いて、その場の空気の温度がサッと冷たくなったのが分かる。
 なんていったって、次の「人質」は皆木——二年二組の“ウナギ”だから。
 みんなの視線が、じっと皆木へと注がれた。