「私は……塾の帰りに、突然後ろから誰かに身体を押さえられて……」
か弱げな声で答えた最後の女の子、三人目の女子、小沼亜美は今日僕と一緒に日直の仕事をした子だ。控えめで大人しい彼女は、常に周りの人間の出方を窺っている。少なくとも僕にはそんなふうに見えた。
「小沼も? あたしも同じ。塾じゃなくてピアノの帰りだけど」
春香がぶっきらぼうに答えた。女子同士だが、亜美のことを「小沼」と呼び捨てにしているところを見ると、春香が亜美のことを下に見ていることは明らかだった。
「俺は、飼い犬の散歩中だった。河川敷を歩いてる時に、同じように誰かに腕を掴まれた気がする」
「へえ、真紘くんって、犬飼ってるの? どんな犬?」
今度は猫撫で声で、真紘の話に飛びつく春香。シンと静まり返った教室で、彼女の嬉々とした声色が場違いに色を帯びた。
「シェバード。かっこいい犬だよ」
「シェパードかあ。真紘くんみたいに男前な犬なんだろうね」
「性別は女の子だけどね」
瞳を輝かせて語りかけてくる春香のことを上手くかわして、クールに微笑む真紘を見ていると、みんなの視線が僕の方に集まっていることが分かった。
「皆木、お前は——」
誰かが僕の名前を呼んだ時、教室の扉がガラガラと音を立てたのを聞き、全員の身体がびくんと跳ねた。毎日、飽きるほど聞いている音なのに、夜の教室で耳にすると、不気味な空気感を纏っているように感じられる。気持ち悪い。瞬時に抱いた違和感は、教室に入ってきたものを目にした途端、一瞬にして膨れ上がった。
「やあやあ皆さん、ようやくお目覚めですか〜?」
ヘリウムガスを吸ったかのような、作り物めいた高い声が教室に響き渡る。ドシ、ドシ、と重量感のある足音を響かせて入ってきたのは、奇妙な見た目をした人形——いや、ロボットだった。
顔は魚、身体は人間。長いしっぽもまた、魚の形をしている。ひょろ長い体型をした魚だ。頭には黄色い帽子をかぶっている。帽子の真ん中には、なぜか稲妻マークがついている。半袖半パンの格好をしたロボットは、魚の形をした小学生——そんなふうに見えた。大きさは僕たち高校生を三人ほど横に並べたぐらいの幅があり、背は教卓ぐらいの高さしかない。寸胴体型で、見た目だけで言えば気味の悪いマスコットキャラクターのようだ。
「なんだよ、てめえ」
不気味なロボットを見て最初に声を上げたのは、今まで無言を貫いていた男、飯島秋雄だった。彼は根っからの不良少年で、授業にも欠席することが多い。コンビニの前でガラの悪い高校生がタバコを吸っているのを見かけたと思えば、秋雄だったことは一度や二度ではない。武史とは違った意味で脅威的な存在だった。
「ワタシに向かって“てめえ”とは、少々おイタが過ぎますねー。まずはこの空間に現れた、明らかに異質なワタシの話を聞くべきだと思いますけど?」
「はあ? 何言ってんだ? 訳の分かんねえこと言ってないで、とっとと失せろ! 俺は早く帰りてえんだ。ったく、今日は一番の収穫日だっつうのに。仲間も待ちくたびれて、そろそろ文句の電話がかかってくんだよっ」
荒々しい秋雄の声は、僕をはじめ、この場にいる全員を萎縮させるのに十分だった。奇妙なロボットもそうだが、この男には得体の知れない恐怖心を抱いてしまう。あの武史でさえ、秋雄には口出しできないのだ。「収穫日」が何なのか僕にははっきり分からないが、彼が何度か万引きやかつアゲで警察のお世話になっていることは知っている。この狭い空間で、彼と一緒に目を覚ましたのはかなり運が悪いと言う他ない。
「安心してください。皆さんのスマホはこちらで一時お預かりをしております。なので、誰かから電話がかかってくるようなことはありません」
ニタア、と怪しげな笑みを浮かべるロボット。ロボットなのに口が動く仕様になっているところが妙に手が込んでいる——じゃなくて、スマホを預かっている? 僕は咄嗟にズボンのポケットに手を伸ばした。確かに、いつも定位位置にあるスマホがない。他のみんなも焦った様子でスマホを探していた。
「ちょっと、あたしのスマホ返してよ」
春香が声を上げた。得体の知れないロボットに物怖じしていた様子だったが、彼女にとってスマホは生命線の一つなんだろう。奪い取られては黙っていられないようだ。
「それは致しかねます。少なくとも、これからワタシがお伝えするゲームにクリアしたあとでなければ」
いよいよ本題に入れた、とでも言うように、ロボットは意気揚々と告げた。僕たちは皆、何が起こるのか分からないこの状況に混乱を極めている。
「ゲーム? それって何? というか君は誰なんだ」
こういうとき、一番冷静なのは真紘が聞いた。
「よくぞ聞いてくれました! まずはワタシの自己紹介を。ワタシは、今から皆さんにお伝えするゲームを司る者——いわゆるゲームマスターである“電気ウナギくん”です!」
か弱げな声で答えた最後の女の子、三人目の女子、小沼亜美は今日僕と一緒に日直の仕事をした子だ。控えめで大人しい彼女は、常に周りの人間の出方を窺っている。少なくとも僕にはそんなふうに見えた。
「小沼も? あたしも同じ。塾じゃなくてピアノの帰りだけど」
春香がぶっきらぼうに答えた。女子同士だが、亜美のことを「小沼」と呼び捨てにしているところを見ると、春香が亜美のことを下に見ていることは明らかだった。
「俺は、飼い犬の散歩中だった。河川敷を歩いてる時に、同じように誰かに腕を掴まれた気がする」
「へえ、真紘くんって、犬飼ってるの? どんな犬?」
今度は猫撫で声で、真紘の話に飛びつく春香。シンと静まり返った教室で、彼女の嬉々とした声色が場違いに色を帯びた。
「シェバード。かっこいい犬だよ」
「シェパードかあ。真紘くんみたいに男前な犬なんだろうね」
「性別は女の子だけどね」
瞳を輝かせて語りかけてくる春香のことを上手くかわして、クールに微笑む真紘を見ていると、みんなの視線が僕の方に集まっていることが分かった。
「皆木、お前は——」
誰かが僕の名前を呼んだ時、教室の扉がガラガラと音を立てたのを聞き、全員の身体がびくんと跳ねた。毎日、飽きるほど聞いている音なのに、夜の教室で耳にすると、不気味な空気感を纏っているように感じられる。気持ち悪い。瞬時に抱いた違和感は、教室に入ってきたものを目にした途端、一瞬にして膨れ上がった。
「やあやあ皆さん、ようやくお目覚めですか〜?」
ヘリウムガスを吸ったかのような、作り物めいた高い声が教室に響き渡る。ドシ、ドシ、と重量感のある足音を響かせて入ってきたのは、奇妙な見た目をした人形——いや、ロボットだった。
顔は魚、身体は人間。長いしっぽもまた、魚の形をしている。ひょろ長い体型をした魚だ。頭には黄色い帽子をかぶっている。帽子の真ん中には、なぜか稲妻マークがついている。半袖半パンの格好をしたロボットは、魚の形をした小学生——そんなふうに見えた。大きさは僕たち高校生を三人ほど横に並べたぐらいの幅があり、背は教卓ぐらいの高さしかない。寸胴体型で、見た目だけで言えば気味の悪いマスコットキャラクターのようだ。
「なんだよ、てめえ」
不気味なロボットを見て最初に声を上げたのは、今まで無言を貫いていた男、飯島秋雄だった。彼は根っからの不良少年で、授業にも欠席することが多い。コンビニの前でガラの悪い高校生がタバコを吸っているのを見かけたと思えば、秋雄だったことは一度や二度ではない。武史とは違った意味で脅威的な存在だった。
「ワタシに向かって“てめえ”とは、少々おイタが過ぎますねー。まずはこの空間に現れた、明らかに異質なワタシの話を聞くべきだと思いますけど?」
「はあ? 何言ってんだ? 訳の分かんねえこと言ってないで、とっとと失せろ! 俺は早く帰りてえんだ。ったく、今日は一番の収穫日だっつうのに。仲間も待ちくたびれて、そろそろ文句の電話がかかってくんだよっ」
荒々しい秋雄の声は、僕をはじめ、この場にいる全員を萎縮させるのに十分だった。奇妙なロボットもそうだが、この男には得体の知れない恐怖心を抱いてしまう。あの武史でさえ、秋雄には口出しできないのだ。「収穫日」が何なのか僕にははっきり分からないが、彼が何度か万引きやかつアゲで警察のお世話になっていることは知っている。この狭い空間で、彼と一緒に目を覚ましたのはかなり運が悪いと言う他ない。
「安心してください。皆さんのスマホはこちらで一時お預かりをしております。なので、誰かから電話がかかってくるようなことはありません」
ニタア、と怪しげな笑みを浮かべるロボット。ロボットなのに口が動く仕様になっているところが妙に手が込んでいる——じゃなくて、スマホを預かっている? 僕は咄嗟にズボンのポケットに手を伸ばした。確かに、いつも定位位置にあるスマホがない。他のみんなも焦った様子でスマホを探していた。
「ちょっと、あたしのスマホ返してよ」
春香が声を上げた。得体の知れないロボットに物怖じしていた様子だったが、彼女にとってスマホは生命線の一つなんだろう。奪い取られては黙っていられないようだ。
「それは致しかねます。少なくとも、これからワタシがお伝えするゲームにクリアしたあとでなければ」
いよいよ本題に入れた、とでも言うように、ロボットは意気揚々と告げた。僕たちは皆、何が起こるのか分からないこの状況に混乱を極めている。
「ゲーム? それって何? というか君は誰なんだ」
こういうとき、一番冷静なのは真紘が聞いた。
「よくぞ聞いてくれました! まずはワタシの自己紹介を。ワタシは、今から皆さんにお伝えするゲームを司る者——いわゆるゲームマスターである“電気ウナギくん”です!」