これまでのデスゲームはなんだったのかと思うほど、電気ウナギくんは嬉々とした表情で「僕たちの願いを叶える」と宣言した。
 僕は天沢さんの顔を見つめて、じっと考えた。
 ゲームを終わらせることに必死で、最後の願いのことなんて頭からすっぽりと抜けていたのだ。そもそも僕は最初からずっと、この世界から消えてしまいたいと願いながらゲームを続けていた。だが最後のゲームだけは絶対に勝ちたいという気持ちが強かった。それは、他ならぬ彼女のためだ。
 僕はともかく、彼女をここで無慈悲に死なせるわけにはいかない。
 ならば僕はゲームに勝つしかない。
 その一心だったのだ。
 最後の願い——僕自身のことを考えるならば「消えたい」と言うだろう。
 でも、第二ゲームで僕を救ってくれて、第六ゲームで僕が救った女の子のことを、どうしても思わずにはいられない。
 僕は……僕は。
「聖くん、ごめんなさい。今まで私、聖くんに言ってなかったことがある」
 突然、彼女が口を開いた。願い事を言うのかと思っていたので、僕に向けられた謝罪の言葉に心臓がドキリと跳ねる。
「このゲームが始まったのは、私のせいなの」
「——え?」
 彼女の意味深な言葉に、僕の思考は硬直していた。
「私、ここ一ヶ月の間ずっと病院にいて……。主治医の先生に言われてたの。『もう学校には戻れないかもしれない』って。私の命、あと三ヶ月くらいでなくなっちゃうんだって」
「嘘だろ……」
 彼女が生まれつき心臓に病気を抱えていることは知っていた。二年生になったばかりの頃、同じクラスになった彼女から聞いたのだ。もともと僕らは病院で出会った。僕はその時、胃腸炎で病院にかかっていたのだが、家の近くの病院が総合病院だったので、胃腸炎で訪ねるには少々大袈裟な病院に行っていた。
 母親の形見だという大切なバレッタを落としてしまった彼女が、ありがとうと優しく微笑んだ時、僕は彼女に——恋に落ちてしまったんだ。
 そんな彼女が、余命三ヶ月だなんて。
 さすがにびっくりして、心臓が飛び出そうになった。
「本当なの。もうずっと覚悟はしてたことなんだけどね。それで余命宣告をされた日の夜、夢を見たの。……“何でも願いを叶えられるならきみはどうしたい”って、神様に、いや、悪魔に言われる夢。それで私は冗談半分で思った。最後に学校に行きたいって。でも、ただ学校に行くだけなら時間の無駄かもって思って、聖くんのことを救いたいって、願った。そして連れてこられたのがこのデスゲームの世界だったの。メンバーを見た瞬間、ああそうかって分かって。聖くんのことを救うために、聖くんのいじめに加担してたメンバーを集めて、彼らを消していくゲームをするんだって理解した。やっぱりあれは神様じゃなくて悪魔だったんだね。みんなを殺したのは、私だよ。私がみんなを殺したようなもん」
 半ば信じがたい話を聞いて、僕は驚きで言葉が出てこない。けれど、彼女が嘘をついているようには見えない。それに、突然始まったデスゲームについて理解するのに、彼女の言い分は納得がいくものだった。
「そう、だったんだ。驚いたよ。でも最後のは違うでしょ。みんなを殺したのは私だっていうところ。このゲームを開始したのはあくまで電気ウナギくん——いや、きみの夢に出てきた悪魔だ。少なくとも僕は……きみに救われたと思う」
 ゲームの最中に、普段は大人しい彼女が他のメンバーの前で僕を擁護する発言をしてくれたこと。
 僕が人質になった時、必死に救おうとしてくれたこと。
 僕は——僕のことをひとりの人間として尊重してくれる彼女に、このゲームの中で救われたのだ。
「正直私、自分の命はもうどうでも良かった。どうせあと三ヶ月で尽きる命だから。でも聖くんにだけは生きてほしかった」
 彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「本当は私、怖かったんだ。第五ゲームで貴田さんに歯向かったとき。彼女は教室の女王様だったから。怖くて仕方なかった。でも私は、聖くんの味方だって分かって欲しくて、あんなふうに柄にもない喧嘩みたいなことしてた。私のこと、あれで嫌いになったかなってちょっと不安だったの」
「そんなことない。勇気を出して闘ってくれてありがとう」
 彼女が恐怖心を乗り越えて、このゲームの中で僕の「敵」と口論を繰り広げてくれたことが分かり、僕の胸にすっと一つの決心がついた。
「電気ウナギくん。願い事が決まった」
「ほう、やっとだね。お金? 地位? 成績? それともきみが最初から願ってた“消えたい”っていう願い?」
「どれも違う。彼女を——天沢雪音を救ってほしい。彼女の病気を治してくれ」
 僕が願いを口にした途端、彼女の目は弾かれたように大きく見開かれた。
「そ、そんなことで……いいの? もっと自分のことに願った方が——」
「いや、これでいい。今僕が消えたいって思わなくなったのはきみのおかげだから」
「聖くん……ありがとう」
 天沢さんの頬が先ほどから涙に濡れている。そして、心から嬉しそうに微笑んだ。
「皆木くんの願い、了承しました! それで、天沢さんの方は? 何を願う?」
「私、私は——」
 彼女が願い事を口にすると、電気ウナギくんは「了解しましたー!」と高らかに返事をした。
 その刹那、僕たちはまばゆい光に包まれて、お互いの顔が見えなくなる。
 電気ウナギくんの丸いフォルムが最後に視界から消えて、僕の意識はそこで途切れた。