「あーあ、今回はゲームの参加者が失敗しちゃったねえ。ズルをしてるやつらはこんなふうに失格になるので気をつけてくださいね。それじゃあ次、第五ゲームいくよ。人質はもう予想ついてるかな? 湯浅真紘くんです!」
電気ウナギくんに名指しされ、俺はようやくこの時が来たかと覚悟を決める。
最初から、いつかは人質になることは分かっていた。それでもやっぱり、いざ指名をされると言いようもない恐怖に襲われた。
「さあ、制限時間五分以内に、湯浅くんを守るためにゲームの参加者を話し合って決めてください。よーいスタート!」
死刑宣告のように鳴り始めた電子音も、もう聞き慣れてしまっていた。
残っているのは俺、貴田、皆木、天沢の四人。このうち天沢は一度ゲームに参加しているので、今回参加するべきなのは貴田と皆木の二人。そして次のゲームの人質は天沢と決まっていて、第六ゲームにて全てのゲームが終了する。
貴田と皆木にとっては、俺を助けるか、天沢を助けるかの二択ということになる。が、今第五ゲームに参加すれば、それだけ死へのカウントダウンが近づく。
誰も第五ゲームに参加しなければ俺一人で死ぬことになり、少なくとも二人はこのターンは生き残ることができる。少しでも長く生きたいと思うなら、二人が俺を見捨てる選択だってあり得るのだ。
誰でも良い。自分を助けてくれ——そう叫びたいけれど、それはつまり自分と一緒にその人を道連れにして死ぬかもしれないということを意味していた。
「貴田、皆木……二人とも、俺に、構うな」
かろうじて口から絞り出した言葉がそれだった。
俺に構うな。
俺のことはもういい。生死がかかっている以上、俺の気持ちを考える前に、自分の希望を優先して欲しい。そういう意味だった。
四人の間に緊張の沈黙が流れる。
貴田と皆木の二人は何か言いたげな表情をしている。けれど、最初に口を開いたのは意外にも天沢だった。
「湯浅くんはそうやっていつもみんなのヒーローであろうとするね。すごく……良い人なんだ」
突然何を言い出すかと思いきや、ここ一ヶ月ほど学校に来ていなかった彼女は、意味深に俺を見つめた。
「だけど、それって本当に善意からなのかな? 湯浅くんはみんなと一緒になって聖くんをいじめることもないよね。でも、表立って聖くんをいじめから守ろうとすることもなかったんじゃない? 私知ってるんだよ、湯浅くんが皆木くんのことで担任の池口先生に相談したことで、聖くんはもっとひどい嫌がらせを受けるようになったこと。湯浅くんは気づいてなかった?」
「なんだ、と」
柄にもなく自分の眉がぴくんと動くのを感じた。
「ちょっと天沢、あんた何言って」
「私、気づいてた。ここに集められたメンバーはみんな、聖くんのいじめに加担してる人たちだって。湯浅くんは一見、みんなのヒーローみたいに見えるけど、違ったんだね。あなたは自分が善人であるフリをしてるだけじゃないかな。本当に正義感のある人は、聖くんの前に立って、大村くんや貴田さんたちから聖くんを守ると思う。先生に、解決してくれって丸投げするだけじゃなくて」
「いい加減にしなさいよ!」
パァァァァァンッ! と、鋭い音が響きわたる。貴田が天沢の頬を打っていた。
「天沢雪音、あんた普段は全然学校に来ないくせに何様のつもり? 真紘くんのこと悪く言ってるけど、あんたはどうなのよ? あんたこそ教室から逃げて、皆木のこと見て見ぬフリしてるんじゃないの」
「……うん、そうだよ。だからこそ私は今ここにいるんだと思う。……聖くん、今まで本当にごめんなさい」
「いや、天沢さんが謝ることじゃ、ないよ」
しおらしい声で天沢が皆木に頭を下げた時、皆木は驚いているような、切なさを湛えているような、複雑な表情をしていた。
「はんっ、あんたたち何言い合ってんの。ていうか今はゲームの参加者を決める時間じゃないの。あたし、第六ゲームで天沢のためにゲームに参加するなんて絶対にイヤだから、真紘くんを助けるために戦う。いいでしょ、ウナギ」
「あ、ああ」
「はい、もちろんです」
貴田が“ウナギ”と呼んだことで、皆木と電気ウナギくんが両方首肯した。皆木は気まずそうな表情をしている。彼のこんな顔を、俺は今まで何度も眺めてきた。その度に、無力感に襲われて、担任に相談を持ちかけたのだ。
——先生、皆木がクラスメイトにいじめられています。なんとかしてください。
担任の池口は大学を出たての新米教師だった。彼は俺から相談を受けた後、大村や綾部を職員室に呼び出したらしい。そのことで余計に二人に火をつけてしまった。俺はそのことを知り、絶望と焦燥を覚えた。俺のしたことは決して間違っちゃいない。それなのに、翌日以降、皆木の瞳から光が消えた。首筋や額には青あざが目立つようになり、彼は教室で何度も嘔吐を繰り返していた。
俺はそんな皆木を見て、ただただ俯くばかりだった。
俺は悪くない。
皆木を助けようとしたんだ。
それなのにあいつらが。
俺は間違ってなんかいない。
電気ウナギくんに名指しされ、俺はようやくこの時が来たかと覚悟を決める。
最初から、いつかは人質になることは分かっていた。それでもやっぱり、いざ指名をされると言いようもない恐怖に襲われた。
「さあ、制限時間五分以内に、湯浅くんを守るためにゲームの参加者を話し合って決めてください。よーいスタート!」
死刑宣告のように鳴り始めた電子音も、もう聞き慣れてしまっていた。
残っているのは俺、貴田、皆木、天沢の四人。このうち天沢は一度ゲームに参加しているので、今回参加するべきなのは貴田と皆木の二人。そして次のゲームの人質は天沢と決まっていて、第六ゲームにて全てのゲームが終了する。
貴田と皆木にとっては、俺を助けるか、天沢を助けるかの二択ということになる。が、今第五ゲームに参加すれば、それだけ死へのカウントダウンが近づく。
誰も第五ゲームに参加しなければ俺一人で死ぬことになり、少なくとも二人はこのターンは生き残ることができる。少しでも長く生きたいと思うなら、二人が俺を見捨てる選択だってあり得るのだ。
誰でも良い。自分を助けてくれ——そう叫びたいけれど、それはつまり自分と一緒にその人を道連れにして死ぬかもしれないということを意味していた。
「貴田、皆木……二人とも、俺に、構うな」
かろうじて口から絞り出した言葉がそれだった。
俺に構うな。
俺のことはもういい。生死がかかっている以上、俺の気持ちを考える前に、自分の希望を優先して欲しい。そういう意味だった。
四人の間に緊張の沈黙が流れる。
貴田と皆木の二人は何か言いたげな表情をしている。けれど、最初に口を開いたのは意外にも天沢だった。
「湯浅くんはそうやっていつもみんなのヒーローであろうとするね。すごく……良い人なんだ」
突然何を言い出すかと思いきや、ここ一ヶ月ほど学校に来ていなかった彼女は、意味深に俺を見つめた。
「だけど、それって本当に善意からなのかな? 湯浅くんはみんなと一緒になって聖くんをいじめることもないよね。でも、表立って聖くんをいじめから守ろうとすることもなかったんじゃない? 私知ってるんだよ、湯浅くんが皆木くんのことで担任の池口先生に相談したことで、聖くんはもっとひどい嫌がらせを受けるようになったこと。湯浅くんは気づいてなかった?」
「なんだ、と」
柄にもなく自分の眉がぴくんと動くのを感じた。
「ちょっと天沢、あんた何言って」
「私、気づいてた。ここに集められたメンバーはみんな、聖くんのいじめに加担してる人たちだって。湯浅くんは一見、みんなのヒーローみたいに見えるけど、違ったんだね。あなたは自分が善人であるフリをしてるだけじゃないかな。本当に正義感のある人は、聖くんの前に立って、大村くんや貴田さんたちから聖くんを守ると思う。先生に、解決してくれって丸投げするだけじゃなくて」
「いい加減にしなさいよ!」
パァァァァァンッ! と、鋭い音が響きわたる。貴田が天沢の頬を打っていた。
「天沢雪音、あんた普段は全然学校に来ないくせに何様のつもり? 真紘くんのこと悪く言ってるけど、あんたはどうなのよ? あんたこそ教室から逃げて、皆木のこと見て見ぬフリしてるんじゃないの」
「……うん、そうだよ。だからこそ私は今ここにいるんだと思う。……聖くん、今まで本当にごめんなさい」
「いや、天沢さんが謝ることじゃ、ないよ」
しおらしい声で天沢が皆木に頭を下げた時、皆木は驚いているような、切なさを湛えているような、複雑な表情をしていた。
「はんっ、あんたたち何言い合ってんの。ていうか今はゲームの参加者を決める時間じゃないの。あたし、第六ゲームで天沢のためにゲームに参加するなんて絶対にイヤだから、真紘くんを助けるために戦う。いいでしょ、ウナギ」
「あ、ああ」
「はい、もちろんです」
貴田が“ウナギ”と呼んだことで、皆木と電気ウナギくんが両方首肯した。皆木は気まずそうな表情をしている。彼のこんな顔を、俺は今まで何度も眺めてきた。その度に、無力感に襲われて、担任に相談を持ちかけたのだ。
——先生、皆木がクラスメイトにいじめられています。なんとかしてください。
担任の池口は大学を出たての新米教師だった。彼は俺から相談を受けた後、大村や綾部を職員室に呼び出したらしい。そのことで余計に二人に火をつけてしまった。俺はそのことを知り、絶望と焦燥を覚えた。俺のしたことは決して間違っちゃいない。それなのに、翌日以降、皆木の瞳から光が消えた。首筋や額には青あざが目立つようになり、彼は教室で何度も嘔吐を繰り返していた。
俺はそんな皆木を見て、ただただ俯くばかりだった。
俺は悪くない。
皆木を助けようとしたんだ。
それなのにあいつらが。
俺は間違ってなんかいない。