「神様、今日はよろしくお願いします!」


 受験の春が終了して、人生の夏休みに進もうとしている(ゆい)は神社に入る前から気合を入れていた。


 「神社入る前から気合入れているの初めて見たわ」

 「結、そんなに祈ることあるっけ?」


 鳥居の前から神に向かって願う優の姿に他の参拝者は困惑、両隣にいる友人からは呆れられていた。

 そして、決めつけに


 「ねえ、ママ、あのおにいちゃんなにやってるのー?」

 「しー。こういうのはほっとくのが一番よ」


 と前を歩く親子連れに言われる始末。

 「お前のせいで変人扱いされたじゃねえーか!」

 「まあまあ、落ち着けって、智也。とは言っても、これは結が悪いけど」

 「こればっかりは仕方がないんだよ、春斗。てか、智也、変人は僕にしか適応されないって知ってた?智也と春斗、人間じゃないじゃん?だから、変妖怪って言った方がいいんじゃね?」

 「ほう?俺らだけが変態呼ばわりで結は常識人と?」

 「結が常識人なわけないでしょ」


 結に変妖怪と言われた智也と春斗の姿は変容した。

 10㎝ほどの智也の首が一mほど伸び、春斗の爪が鋭さを帯びていった。

 そう、この二人は人間ではなく、妖怪だった。

 ー妖怪ー

 それは太古昔に生まれたとされる人間を超越した存在。
 いつ誕生したのかどこからきたのかは定かではないが、少なくても1000年以上前からはこの国にいたとされている。

 かつては地上を巡って激しく人間と対立していたそうだが、二十一世紀の今日では


 「わー、怖い怖い。でも、僕ら三人で変態扱いされたから大丈夫だよ」

 「何にも大丈夫じゃねーけどな」

 「全部結のせいだけど」


 こうして軽口を叩けるほど仲が良くなっている。

 道歩く人も、結のように人間もいれば、智也や春斗のように妖怪もいる。


 「てか、そんなに気合入れて何祈るん?」

 「そんなの決まっているだろ。大学生活をエンジョイするために僕は可愛いお姉さんが欲しいんだ......!ようやく学校に異性がいるんだ⁉もうそれだけで感動......」


 結の出身校は男子校だった。

 しかも中学から入ったせいで、六年間男子しかいない空間で過ごして来た結にとって共学は感動するほど喜びを感じられた。


 「やべー」

 「そんな下心満載なやつの願いなんて叶えるはずないだろう。よかったな、結。むさくるしい男との生活が後四年も続くことが決まったぞ」


 しかし、そんな結の希望は春斗に引かれ、智也にはもう叶わないことにされていた。

 ちなみにこの二人は同じ中学・高校出身なので、結の気持ちも分かるはずだと思うが、全く分かってくれなかった。

 それもそのはず、この二人の顔は結から見て憎たらしいほど整って、これまで何人もの女性から声をかけられてきたのであったのだ。

 (二人はどうしたら彼女ができるのか、なんて考えたことないよな)


 「はぁ......羨ましいことだ。何か来ないかな」

 「そんなわけないだろう」

 「いや、ほら、急にどこか別のところに行ったら、目の前に......」


 智也の肩に手を置こうとしたら、右手が空を切った。
 

「え?智也?春斗?」


 智也や春斗どころか結の周りには人がいなくなっていた。
 人の喧騒に妖怪の話し声も聞こえない無音の世界に変わっていた。


 「あの、どなたですか......?」


 訂正

 結の後ろには腰が抜けただろう腰を下ろしてこちらを見る者がいた。

 見た目は結と同じくらいか少し下。

 でも、今どき珍しい着物を着ていた。

 それも浴衣などではなく、動きやすそうな袴着姿の女性だった。

 智也と春斗からは変人扱いされているが、これでもある程度の礼儀は身に付けている結は名も知らない女性の質問に答えた。


 「はじめまして、神代結です」

 「......名字を持っているだなんて並の方ではないようですね。紹介が遅れましたことをお許しください。精華の娘、ときと申します。わたくしも神域の中で剣を振りたくないのです。わたくしがその気のうちに逃げた方がよろしいですよ?」


 地面に腰を下ろしている目の前の女性と剣が全く繋がらないのだが。

 (それに、こんなに震えている人を放置して僕だけ逃げるってのもね......)


 「大丈夫ですか?もしかして寒いですか?」

 「⁉」


 結は親切心で声をかけたのだが、逆効果だったみたいだった。

 驚いたような怖がっているような表情をしたときは


 「......なぜあなた様はわたくしにそれほど声をかけてくれるのです?」


 一拍置いてから言葉が漏れ出した。

 出された手は取りたい。

 でも取れない。

 そんな葛藤が現れていた。


 「こんなに人気がない場所で一人は危ないですからね。それに震えているようだったので。もしかして、過保護でしたか?」

 「いえ。ですが、その温情に報いで逃げ道を教えましょう。あなた様が他の方に見つかったら大変ですから......。今は戦乱の世。人間と妖怪がこの地を巡って戦っている最中。わたくしの侍女が来る前に逃げた方が身のためですよ。人間であるあなた様は殺されてしまうことが分かりきっていますから」


 (戦乱の世?人間と妖怪が戦っている?なんだそりゃ?)

 人間と妖怪が戦っているだなんて今から外国と戦う前の話。

 今では人間と妖怪が手を取って普通に暮らしているのが日常的な風景。

 まさか、過去にいったのでは?

 いや、そんなことよりも目の前のことをどうにかした方が良い。

 それよりも


 「殺されるってどういうことですか?」


 平和で戦争知らずの結にとって、殺されるなどの物騒な言葉は日常会話で聞いたことがなかった。


 「そのままの通りですけど、もしかして人間ではなく妖怪の方でしたか?」

 「は、はい?!」

 「わたくしとしたことが見た目で判断してしまいました。鬼であるわたくしの目を掻い潜って表れる者など人間にはいないですよね。妖怪であるあなた様を人間呼ばわりしてしまうなんて......。このお詫びはどうすればいいのでしょう」


 結は決して妖怪であることを肯定した訳では無い。

 ただ驚いて声が出てしまっただけだった。

 今まで妖怪と呼ばれたことはないからだ。

 そんな偶然が合わさった結果、ときは人間である結を妖怪だと勘違いしてしまったのだ。

 (これ、訂正したら殺されるんだっけ.....)

 ときの認識を改めれば、人間として抹殺。

 殺されなくても食事も寝床もない結が近いうちに終わるのは自明。

 生きるためには


 「別に気にしなくてもいいですよ。人間と見間違えられることはよくあるので」


 ときの勘違いをそのまま使うことだった。


 「そんなことできません。せめてもの償いにわたくしの屋敷を住処としてお使いくださいませ。あなた様、結殿は住処などないのでしょう?突然現れるなんて、神様のいたずらでしょう。ここは神社。神域ではありえますからね」


 (神隠しって実在するんかい⁉)

 神隠し

 それは急に人が失踪すること。

 科学技術が発展した現代では荒唐無稽なこととされているが、結の置かれている状況を考えれば、確かに神隠しだと思ってしまう。


 「そりゃあ、まあ」


 ときの言葉は事実。

 突然この世に現れた結が持っているのは、今来ている服と財布と役に立たない現代の機器。

 あれほど彼女が欲しいと言ったが、若い女性の家に上がるのが躊躇してしまう。

 でも、帰る家はないので、結はうたの厚意を受け取ることにした。


 「それじゃあ、お言葉に甘えて」