山形の実家に泊めてもらった翌朝、山形は実家から直接学校へ行くという事だったので、俺は先に始発で家に帰って来た。

 昨夜にメールで連絡はしておいたが朝帰りだ。夏鈴からどんな仕打ちを受けるのか、ある程度は覚悟していた。音を立てずに静かに家に入ると、洗濯カゴを持った夏鈴と鉢合わせてしまった。

「た、ただいま……」
「あ、おかえりお兄ちゃん。もうすぐご飯できるから着替えて待ってて!」
あれ? なぜだ? こんな筈では……。
 考えられる理由は2つ。
 俺が朝帰りをしたということ自体を忘れている? いや普通にさっきおかえりって言っていたな……。
 では何らかの影響で過去が塗り変わっている? そうだな、普通に考えて……それ以外考えられない。

 着替えて食卓についた。テーブルにはいつもと同じ場所に俺の食器が並んでいる。
「なぁ夏鈴、食器が全部空っぽなんだが……」
「何言ってるのお兄ちゃん、ちゃんとあるじゃない?」
自分の茶碗をよーく見てみると、ご飯が一粒だけ茶碗に盛られていたのだった。

「やっぱ怒ってるじゃん!」
「当たり前じゃない! 妹歴14年の人生史上一番の出来事だよ!」
「だから何があったか詳しくメールで説明しただろ! あれ打ち込むのに1時間かかったんだぞ!」
「じゃあ電話すれば良かったじゃない!」
「夜遅かったからメールにしたんだよ!」
「嘘だね、電話してまたかりんがヒスるのが面倒だと思ったんでしょ!」

 俺は真面目な顔で、夏鈴の目を見て語りかけた。
「なぁ夏鈴、俺は大切な妹に心配をかけたくなかっただけなんだよ……」
「大切な妹?」
「あぁ。俺はお前が大事で大事で仕方なくて、本当なら家から一歩も外に出したくないとすら思っている」
「ホント?」
「勿論だとも」
「もう仕方ないなぁ、ご飯茶碗かして!」
「あ、お願いします……」
「でも、遊園地のこと忘れてないからね? 今日部活のスケジュール確認して電話するから」
「分かったよ」

 朝の修羅場をくぐり抜け学校へ辿り着いて教室に向かう途中、女子トイレから出て来たソフィと遭遇した。
 その手には俺のプレゼントしたハンカチが握られており、 俺の心のヒットポイントはかなり回復していた。

 席に着くと山形が隣のクラスから訪ねてくる。
「幸近! 今日私の家に泊まった時に着替えたTシャツを洗濯したから持ってきたぞ!」
「ちょっと待て山形、ここでそんな事言ったら……」
「ちょっとぉお!! 今のどういう事ぉお!?」
クリスタが血相変えてやってきた。
「あなた……やっぱり日替わり定食だったのね」
隣で般若のような顔をしたソフィさん。

 2人から思いつく限りの罵詈雑言を一斉に浴びせられたが、なんとか落ち着かせて山形と一緒に事情を説明したのだった。
「――という訳なんだ」
「そうならそうと早く言いなさいよ!」
「そういう事だったのね……」
「そう言えばお2人とは初対面だったな! 私は隣のクラスの山形唯だ、よろしく頼む!」
「クリスタ・フィールドよ」
「ソフィ・ヨハネスよ、よろしく」
「友人が増えて嬉しい限りだ!」
チャイムが鳴り山形が帰っていくと授業が始まる。

「今日はまず、今まで学校に来られていなかったクラスメイトを紹介する」
村上先生がそう言うと、俺の前の席がずっと空席だったことの謎が解けた。教室の扉が開き、空色の長髪をふわりとなびかせながら美少女が入ってきた。

「ではブラッド、自己紹介を頼む」
「皆さん初めまして、サーシャ・ブラッドです。今日からよろしくお願いします」
「あ、キリア君、久しぶりだね」
「ひ、久しぶり……」
ブラッドさんはキリアと知り合いらしいが、珍しくキリアは少し挙動不審になっていた。
「ではブラッドはその空いている席に座れ」
俺の前に座ったブラッドさんが振り返り「よろしくね」と、挨拶をしてくれた。

「全員揃ったということで今日は学級委員を決める。男子と女子からそれぞれ1名ずつ選んでくれ」
するとクリスタが立候補して、他に立候補者がいなかった為、女子はクリスタに決定となった。だが男子に立候補者はおらず、会議が停滞するとクリスタが挙手をする。
「男子の学級委員は藤堂くんがいいと思います!」
「おい、クリスタ!」
まんまとクリスタに嵌められ、賛成多数により学級委員は、女子はクリスタ、男子は俺に決定してしまった。

 そして授業が終わり、俺は村上先生に呼び出された。
「昨日の事件のこと聞いたよ、災難だったな。だが無事に犯人も捕まって御手柄だったじゃないか」
「本当に運が良かっただけですよ」
「校長も藤堂に会いたいと言っていたから、校長室まで行ってきてくれるか?」
「分かりました」

 初めて入る校長室に緊張しながらノックをする。
「どうぞ」
「失礼しまーす……」
「君が藤堂君か、なるほど良い顔つきをしている。道場破りの件、大義だったな。こらからもその調子で励んでくれ」
「ありがとうございます」
「それと君のクラスのサーシャ・ブラッドのことなんだが……あやつも訳ありでな、何かあれば面倒をみてやってくれるか?」
「俺に出来る事であれば努力します」
「うむ、よろしく頼むぞ」


 昼休みになり学級委員の初仕事を任せられた俺とクリスタが資料室で作業をしていると、夏鈴から電話が鳴る。
「お兄ちゃん、遊園地の日だけど部活がお休みなの日曜日になったからよろしくね」
「日曜だな、了解。じゃあチケット取っておくから」
そう言って電話を切るとクリスタが近付いてきた。

「電話だれから?」
「妹だよ、日曜日に2人で遊園地に行く約束があってな」
クリスタの目が、キラリと光った。
「わたしも行くわ」
「何を言ってるんだお前は……」
「この前妹に会わせるって約束したわよね?」
そういえばそんな約束をした気がする。 夏鈴に電話で確認すると「人数が多い方が楽しいからいいよ」とのことだったので、クリスタも参加することに。

 3人だと奇数になってしまい、アトラクションで1人になった人が可哀想だと思い、ダメ元でソフィも誘ってみた。
「別にいいわよ」
と、予想外の返事が。なんてこった……当日に雨が降らなければ良いけれど……。

 天気の心配も杞憂に終わり、皆と合流すると夏鈴とクリスタは、意気投合しすぐに仲良くなっていた。
「クリスタお姉ちゃん、ジェットコースター乗ろう!」
「いいわね! 10回は乗るわよ夏鈴!」
ジェットコースターを2周したところで、もう1回乗ろうと言い出す夏鈴とクリスタについていけず、俺とソフィはベンチに座って待っていることにした。

 俺が苦しそうにしていると、ソフィが飲み物を買って手渡してくれた。
「妹さん、可愛いじゃない」
「あぁ、自慢の妹だよ」
「そう言えば、あなたとの契約を達成するのに最適な方法を思いついたの」
「どんな方法なんだ?」
「半年後に行われるグレイシスト7選抜試験に、参加しようと思うの」
「確かにグレイシスト7になれば早く現場に出られて、1年で目標を達成出来る可能性は高くなるし、主席のソフィなら現実味のある話だな……応援するよ!」
「こんなこと言っても、あなたは笑わないのね……」
「笑う訳ないだろ? むしろ涙を呑んで見送るよ」
「ありがとう。先に行って、あなたを待っている事にするわ」

 時刻は夕方になり、俺の大嫌いなお化け屋敷に入ると言って聞かないおてんば娘2人に必死で抵抗したが、それも虚しく強引に入場させられてしまった。
 俺を無理やり連れてきたくせに、夏鈴とクリスタはスタスタと先に進んで行く始末。

「なぁソフィ、なるべくゆっくり歩いてくれないか?」
その時、お化けが驚かしてきて俺は情けない声を上げるとソフィに抱きついてしまった。
「ちょっとあなた、どこ触ってるのよ! 潰すわよ!」
ソフィは顔を赤らめながら俺の手を掴み引き剥がした。
「すまん! ホントにわざとじゃないんだ……」
俺はこの瞬間に気付いてしまったんだが、ソフィの手も同じように震えていたのだ。

「ソフィ今だけ、ここから出るまでの間だけ手を繋ごう」
「はぁ? 何言ってるの? 張り倒すわよ」
「俺が怖いんだ、だから頼むよ……」
「仕方ないわね。ここから出るまでだから……」
俺達ははぐれないように手を繋いで、小走りでこの暗闇を抜け出した。なんとも小っ恥ずかしいし、怖いし本当に散々なお化け屋敷だったが、そこを出た後には少しの名残惜しさを感じている自分もいたのだった。

 最後にみんなで観覧車に乗ることになった。観覧車が1番高いところに到達する頃、夏鈴の呼ぶ声がする。
「お兄ちゃん、ソフィお姉ちゃんこっち向いてー!」
夏鈴はスマホをインカメにして、みんなの集合写真を撮ろうとしていた。
「はい、チーズ!」
「ほら見て! みんなよく写ってるよー? この写真かりんの宝物にする!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ! お兄ちゃんの友達と遊ぶの初めてだったけど、かりん今日はすっごく楽しかった!」

 国宝級? いや世界遺産級? いやいや宇宙一の笑顔を俺に向ける妹の姿がそこにはあった。

第1部7話 守りたい、この笑顔 完

《登場人物紹介》
名前:藤堂 夏鈴
髪型:黒髪ショート
瞳の色:黒
身長:155cm
体重:44kg
誕生日:8月1日
年齢:14歳
血液型:A型
好きな食べ物:駄菓子
嫌いな食べ物:なし
ラグラス:なし