幸近が扉を開けるとそこにカレルの姿はなかった。

(どこだ? 能力を使っているのか……?)
カレルの能力を知る幸近は細心の注意をはらっていた。
すると首元に違和感があり、すぐにその場を離れる。
「すごい反応速度だね。まさか避けられるとは……」
姿を見せたカレルの手には、注射器が握られていた。

「俺は注射が大の苦手でね。その感触は例えあんたの姿が見えてなかろうが関係なく体が拒否反応を示すんだよ」
「僕の能力は僕が話しかけたり、その人に触ると解けてしまうから、一撃入魂であり一撃必殺じゃないと駄目なんだけどなぁ……」
「お前の目的はなんだ? 子供たちに何をした!」

 カレルは不敵な笑みを浮かべ、幸近に問う。
「では少し話しをしようか。君は、大事な人を亡くした経験はあるかい?」
「母を亡くした……」
「それはさぞ悲しかっただろうね……実は僕には本当の娘がいてね。だが娘は不治の病にかかってしまった」
カレルがペンダントに入った娘の写真を見せると、そこに愛らしい少女の姿が写っていた。

 それを大事そうにしまうとカレルは続ける。
「でも僕は諦めきれなくてね。娘を埋葬せず、冷凍保存して何か方法はないか模索したんだ。そして僕は、始まりの少女の能力に目をつけた。
 
 彼女はどうやって人を治療していたのか? それを研究することで1つの答えが生まれた。彼女は人を治療していたのではなく、人を進化させていたのだよ!
 傷や病が治るのは、その副産物でしかなかったのだ。
 だから僕は墓を掘り起こして、始まりの少女に直接進化を与えられた人間達のDNAを調べることで、そのメカニズムの解明に成功した。
 
 そしてそれを薬品として形作るのに必要だったのが、強力な先天異能力者のDNAだったのだよ。あの子達は本当に僕の役に立ってくれた。僕が父親のように見えていたおかげで、僕の言うことならなんだって聞いてくれるし、どんな薬品を投与する事にもなんの疑問も抱かないんだ。

 そしてこれがその『進化薬』さ。これを娘に投与して進化させ生き返らせる。やっと僕の悲願が成就する時が来たんだよ!」

 カレルは研究室のモニターの下にあるスイッチを押した。
「子供達が暴走した原因はなんだ?」
「あの子達はもう用済みだからね。僕の研究過程で発見した進化薬の失敗作を投与した……。ラグラスを一時的に凶暴化させ、死ぬまで暴走を続けるようになる薬品さ。少しでも時間稼ぎになると思ってね」
 
「その薬品の抗体はないのか?」
「ないね。投与されたものは皆少ない時間だが超人的な力を手にして、その後等しく死んだよ」
「一緒に学校で遊んでいる時、あんなに楽しそうだったのも、全部演技だったって言うのか?」
「あれはあの子達のラグラスを最大限引き出すための訓練のようなもので、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「もう分かった、お前に同情の余地はない……」
「君の同情など1ミリも求めていないさ」
「俺がお前を、刑務所へ送り込む……!」
「やってみるといい、僕は仕上げに入るとするよ」

 幸近の目からカレルの姿が消える――。
 ひとりでに扉が開いた為、幸近は異能を使われた事を理解し、後を追いかけた。

 部屋の奥に進むと、何もない空間が広がっており、その中心にある1つの大きなカプセルが一際存在感を放っていた。すると、そのカプセルがガタガタと動き出し、それを突き破って人型の、だが人ではない"何か"が現れたのだ。

 そのお世辞にも人とは呼べない生物は、大きく呻き声を上げた。
「幸近君! 見たまえ! 僕は今まで人類の誰も成し遂げた事のない、死者の蘇生に成功したのだよ!」
カレルが喜びのあまり幸近に話しかけ姿を見せる。
「それは……お前の娘なのか……?」
「なんだい? この子の見た目の事を不思議に思っているのかい? あの子達と同じように、人は見た目ではないだろう幸近君!」
「そうだ、人は見た目じゃない、“心"だ! その子に心はあるのか!」
「そんなものは大して重要ではない! 人が別次元の存在に進化することに比べればね!」

 カレルの娘だった何かは幸近へと腕を伸ばす。幸近は刀を取り出し、居合の構えをとった。

「藤堂一刀流居合『虎風』」

 峰打ちでの居合切りに対し、苦しむ様子すら見せずに振り返り、長く伸びた腕をムチのように振り回し幸近を押し除けた。
「いいぞサナ! 素晴らしい攻撃力だ!」
カレルはそれを『サナ』と呼んだ。そしてサナは倒れた幸近の首を掴み持ち上げる。
(ぐっ……なんて力だ……)
「そうだ! そのまま首をへし折ってしまえ!」

 その時天井が崩れ、空から翼を生やしたサーシャが降りてきて、サナに飛び蹴りを放った。
「とおりゃー!!」
サナが倒れると、幸近は解放される。
「サーシャ、助かった!」
「藤堂くん、あれがおじさんの娘なの?」
「あぁ、そうらしい……」
「あの子は生き物じゃないよ」
「どういう事だ?」
「あたしの能力は生き物かそうでないかが本能的に分かるんだ。あれは色んなラグラスが合わさって暴走しているだけの意志を持たない存在……すごく、苦しんでる……」

「何を言うんだ君は! 自分の意志で動いているのは生きている証明だろう!」
「違うよおじさん! これはラグラスの暴走で体が勝手に動いてしまっているだけ! ただの反射だよ!」
「貴様に何が分かる! サナ、こいつらを殺せぇ!」
カレルが取り乱し叫ぶ。
「藤堂くん、はやくあの子を楽にさせてあげよう?」
「分かった。サーシャ、協力してくれ!」
「もちろん!!」

第1部18話 進化薬 完