2人の男の怪しげな会話と時を同じくして、この男はいつも通りの騒がしい食卓を囲んでいた。
「だーかーらー! 好き嫌いしちゃいけないっていつも言ってるでしょ!?」
「苦手なものは苦手なんだよ! だいたいなんで卵焼きにわざわざ納豆なんて混ぜ込むんだよ! 俺の苦手なものに苦手なもの混ぜるなんて、もはや嫌がらせの領域じゃないか!」
「かりんは……お兄ちゃんが苦手なもの克服できるようにと思って頑張って工夫してるのに……」
と、涙目になる夏鈴。
それを見た幸近は、急ぎ卵焼きを一口でほうばる。
「う、うまい! 実際食べてみたら、こんなにうまい卵焼きは初めてだ!」
「ホント? じゃあ明日の朝もこれ作ってあげるね!」
「あ、あぁ……それは楽しみだなぁ……」
幸近は涙目になりながら飲み込んだ。
その翌日、学校から帰る際に下駄箱付近でソフィに呼び止められる。
「あなた今日、何か予定あるのかしら?」
「特にないが、どうしたんだ?」
「クリスタとサーシャからアニメ鑑賞会とやらに誘われているのだけれど、あまり気乗りしないから早く帰る口実にあなたも一緒にどうかと思ったの……」
「お前ら、最近仲良いよな」
ソフィは眉間に薄くシワを寄せて返す。
「何言ってるの? これも全てあなたが原因じゃないの」
「でもその誘いをバッサリ断らないのは、お前もあいつらのこと大事に思ってるってことだろ?」
「と……友達……だから」
と、照れながら斜め下を見つめるソフィ。
「お前も可愛いとこあるじゃん」
「な、何言ってるの! 埋めるわよ!」
「まぁ女子会に俺がお邪魔するのも――」
彼が言葉を詰まらせたのは、そのタイミングで届いた1通のメールが原因だった。
「すまんソフィ! 急用ができたっ!!」
慌てた様子で幸近は走り出す。
「ちょっと! 何かあったの?」
「すまんっ! 急ぎなんだっ!」
そのメールは夏鈴のアドレスからだったが、縛られている夏鈴の写真が添付されており、本文には「妹を返して欲しくば1人で来い」と場所が指定されていたのだ。
幸近は息を切らして指定された倉庫までやってきた。
「はぁ……はぁ、夏鈴っ! 夏鈴! どこだー!」
「本当に1人で来たようだな、感心だ小僧……」
椅子に腰掛けていたレッドが立ち上がった。
「お前が犯人か! 夏鈴はどこだ!」
「そこで眠ってるさ……」
レッドの指差す方向には、倉庫2階で繋がれている夏鈴の姿があった。
「てめぇ俺の妹にこんなことして、ただですむと思うなよ!」
「お前もオレの部下に随分な事してくれたみてぇじゃねぇか」
「お前がレッドか……」
「ほぅ……オレのことを知っているのか。なら話は早ぇな」
(ごめん、ケンちゃん……)
「お前をぶっ飛ばして、俺は今日も夏鈴のうまい飯を食う!」
「いい返事だ……」
するとレッドの巨体は更に大きく膨れ上がり上半身の服が破れ、毛深い人狼の姿となった。レッドがその鋭い爪を向けながら幸近へと襲いかかる。
「藤堂一刀流 居合 無刀『空』」
(柔の手刀で敵の攻撃をいなし、腕を掴んで敵を倒し関節を極める技)
幸近オリジナルの居合と合気道の融合技『無刀の型』が決まり、レッドをうつ伏せに倒すまでは成功した幸近だったが、人間離れした体格のレッドに対して関節を極めきることに苦戦した。
(なんだこいつの体……固く、そして重い……)
うまく極めきれず、レッドは立ち上がり鋭い爪を伸ばしてきた。
「藤堂一刀流 居合 無刀『虚』!」
(剛の手刀で敵を突く、相手の攻撃が強ければ強いほど威力が増す技)
幸近の頬に爪が擦り傷がついたが、手刀はレッドの心臓の位置に直撃した。2メートルほど後ろに飛ばされたレッドであったが、すぐに起き上がってきた。
「なるほど……この技で気倉井たちをやったのか」
(くそっ……全然効いてねぇ……)
「無能力にしてはやるじゃねぇか。人間の姿なら今のでやられていたかもな」
幸近は周りを見渡した。 ちょうどいい鉄パイプを見つけてそれを拾おうとしたが、人間離れしたスピードのレッドに胴の辺りを殴られた。
「お返しだ」
「ぐっ……」
その衝撃で10メートル以上後方へ吹き飛ばされ、水切りの石のように何度か地面を跳ねて転がる幸近。腕を立てながら起きあがろうとするが、血を吐き出す。
ちょうど転がった位置に落ちていた鉄パイプを手に取り、それを杖代わりになんとか立ち上がり構えた。
「打たれ強い奴だな、オレの攻撃を食らって立てるのか」
「いつも食らってる妹の蹴りの方が、100倍痛ぇよ犬野郎……」
「減らず口だけは達者なようだ、もう楽にして食ってやるよ」
その巨体から想像できない速度で向かってくるレッド。
「東堂一刀流 居合『虎風』」
2人が交差すると、間もなくレッドは膝をついて頭から血を流した。だが、頭を押さえながらすぐにこちらを振り返り話し出す。
「お前の顔とその剣術からは、あの忌々しい女の顔を思い出す……貴様もしかしてあの女の血族か?」
「誰のことを言っている……」
「元グレイシスト7の『藤堂真鈴』だよ」
「……! 母さんを知っているのか?」
「俺を監獄へ送り込んだ女だ……。俺は奴を殺す為にわざわざ檻から出てきたっていうのに、あいつは10年も前に死んだって言うじゃねぇか。目的を失って、憂さ晴らしを続ける毎日だったが……そうか、ガキがいたのか」
(ケンちゃん……報復ってそう言うことかよ)
「お前があの女のガキならば、オレにとっては好都合だ。妹共々食ってやるよ」
爪を立てて向かって来るレッドの腕を鉄パイプで弾くが、もう一方の腕が下段から上段へ振られ、その鋭利な爪は幸近の胴を斬り裂いた。
咄嗟の判断で後退していた事が功を奏し、致命傷にはならなかったが、中々の出血量だった。
「しぶとい奴だ、次で終わりにしてやるよ」
レッドが幸近に追い討ちをかけようと爪を立てて向かっていった次の瞬間――。
「重力強化!」
聞き馴染みのある声が響くと共にレッドの動きが止まる。
幸近が振り返ると、そこにはソフィの姿があった。
「何でここに……っておいお前っ! こんな所で異能を使うなんてバカなのか!」
「控えおろう、この認可証が目に入らぬかー」
と、手に持っている異能使用認可証をかざした。
「なんでお前が認可証を……」
「学年主席の特権なのよ。私はこれが欲しかったから、主席を取るために努力したの」
「そんなものがあったのか……」
「無能力のあなたには関係のない代物ね……それ以前に"学年最下位には関係ない"が正しいかしら?」
「ビリじゃねぇよ! たぶんだけどビリじゃねぇよ!」
「そんなことより藤堂くん。あなた随分と危ない目にあっているみたいだけど、なぜ私にひと言も相談してくれなかったのかしら……?」
「突然で焦ってたんだよ……」
「嘘ね……あなたは落ち着いていても1人で行ってしまったはずよ」
「それは……」
「あなたは何か勘違いしているようだけど、クリスタや唯、サーシャと同じように、私はあなたのことだって……大切なお友達だと思っているわ……。だから今度こんな事があった時、私に相談しなかったら……その時は絶対に許さない……」
そう言ったソフィの表情には、怒りと悲しみが同居しているように感じた。いつも向けてける氷のような冷たい目なんて比じゃないくらいに、大層お怒りなのがひしひしと伝わってきたが、俺にはそれがとても頼もしく思えた。
「手を貸してくれソフィ!」
「当たり前よ――」
第1部10話 人狼 完
《登場人物紹介》
名前:レッド・ビスク
髪型:白髪で長い襟足
瞳の色:灰色
身長:193cm
体重:90kg
誕生日:3月5日
年齢:51歳
血液型:AB型
好きな食べ物:肉
嫌いな食べ物:肉以外
ラグラス:人狼
人狼に変化し身体強化に加え、鋭い爪と牙を持つ