また、朝の教室の空気が異様だった。
昨日みたいに黒板になにか書いてあるのかと思って見たけど、なにも書かれていない。
なにが原因でこんな空気になっているのか知らないけど、僕には関係ないだろう。
僕は我関せずの気持ちで窓際の真ん中にある、自分の席に付いた。
だけど、どうやら僕は無関係ではないみたいだった。
みんなからの視線を感じて、僕は教室を見渡した。
その中で、一人の男子生徒、松井君と目があった。
松井君はすぐに僕から目を逸らし、近くにいる人たちと小声でなにか話している。
僕が噂の的ということか……?
でもたしかに、昨日の黒板に書かれていたことは肯定も否定もできていないし、よくない噂が流れていても、文句のひとつも言えないか。
「……なあ、これって樋野がやったの?」
好奇心が勝ったみたいで、松井君は僕に近付いてきた。
……僕が、やった?
なんのことかわからず、僕に向けられたスマホの画面を見る。
『学校ではわがまま振りかざしているウザい女がチヤホヤされてるとか、見てて気持ち悪い』
それは、柿崎さんのアカウントであろう“ちろり”のポストを引用してポストされたものだった。
昨日の今日なら、このクラスの誰かがやったと考えるのが普通だろう。
でも僕は、知らない。
「やっぱりそれ、樋野君なんだ?」
僕が否定するより先に、柿崎さんの声が続いた。
松井君たちが振り向いたことで、不機嫌な柿崎さんが視界に入った。
「それのせいで炎上するし、私の個人情報が晒されたんだよ? どうしてくれるの?」
僕がやったとは一言も言っていないのに、また、嘘が真実になっていく。
とうして僕には、違うと否定する勇気がないんだろう。
つくづくこんな自分は嫌いだ。
「いくら、昨日みんなの前でいろいろ言われたからって、やっていいことと悪いことあるんだからさ。志緒里に謝りなよ」
「自分のやったことを認められないなんて、男らしくねえな。ほら、謝れよ」
仲原さんにも、冴木君にも責められて。
ここで違うと言って、誰が信じてくれるんだろう。
そう思うと、否定するだけ無駄だろうという諦めの気持ちが芽生えてくる。
すると、仲原さんがスマホを取り出した。
「樋野君が謝ったところをネットに上げて、おあいこね」
……おあいこ?
なにを、言っているんだ?
なにもしていないのに、謝れるわけがない。
それに、もし本当にそれが晒されたら、僕はどうなる?
やってもいない罪がなすり付けられて、後ろ指を指されることになるのか?
そうなったときのことを想像すると、恐ろしくて、僕は動けそうになかった。
だけど、僕がそうして固まってしまったことは、彼らをさらに不機嫌にさせる一因となってしまった。
彼らの「謝れ」という声はどんどん強くなって。
僕は椅子から引きずり下ろされ、土下座の格好をさせられて。
謝れば解放されるなら、謝ってしまおうか。
そう思ったときだった。
ピロン、という機械音が聞こえてきた。
でもそれは、仲原さんが持っているスマホからではない。
そんな至近距離ではなかった。
柿崎さんたちにも聞こえたようで、その音の出処を探すように、辺りを見渡している。
「あらら、動画でも音が鳴ってしまうのですね。知らなかったです」
なんともとぼけた声を出したのは、秋月先生だ。
出入り口付近に立ち、こちらにスマホを向けている。
……まさか、先生が今、録画していたのか?
「なに、してんの」
仲原さんはきっと、状況を理解している。
だけど、先生がスマホを利用し、この状況を残した、ということが信じられなかったみたいだ。
「イジメの現場を証拠に残そうと思いまして」
「はあ?」
「証拠がなければ、学校はイジメを揉み消してしまう。そんな、同じ轍を踏むわけにはいきませんから」
同じ轍……
やっぱり先生は、蒼唯が彼らにいろいろ言われて嫌な思いをしたことを、知っている?
「これが親御さんに伝われば、どうなるんでしょうね」
先生はにやりと笑った。
どうしてこの状況で、この人は笑えるんだ。
これが、そんなに楽しいか?
「イジメとか、ないから」
「だよなあ、樋野?」
肯定以外は許さない。
もう、知ったことだ。
僕は静かに、視線を落とした。
彼らの鋭い視線から、とにかく逃げたくて。
「……樋野君は卑怯ですね。肯定にも否定にもなる、無言を選ぶなんて」
すると、先生が静かに言った。
そんなの、僕が一番知っている。
だから僕は、僕が嫌いなんだ。
でも、この空気の中で、違うと言える人はいるのか?
黙ることしかできないだろう?
僕だけが責められるなんて、そんなの……
「貴方が無言を選んだことで、傷ついた人がいるかもしれない。それでも貴方は、まだ無言を選びますか」
「僕、は……」
蒼唯が傷ついたかもしれない。
そう思うと、立ち上がらないと、と思ったのに、冴木君に睨まれただけで、喉が締まってしまった。
「……もういい。付き合ってらんない」
そんな中、柿崎さんが不服そうに呟くと、教室を出ていった。
それを、仲原さんが追いかけていく。
その後ろ姿を眺め終えたのか、先生は二人とは反対の方向に歩いて行こうとした。
「どこに行くんだよ」
「職員会議の時間なので」
冴木君に引き止められるも、短く返すと、先生はそのまま職員室に戻っていった。
教室内は、朝とは思えない重たい空気をしていた。
朝のホームルームが始まっても、二人は戻ってこなかった。
それは先生も気付いたはずだ。
それなのに、秋月先生はそのことには一切触れなかった。
ただ淡々と、連絡事項を述べただけ。
「生徒が自分のせいで逃げ出したってのに、なんで無関係みたいな顔してんだよ、気持ちわりぃ」
先生が話を終え、職員室に戻ろうとしたところを、冴木君の言葉が引き止めた。
その不機嫌な声は、いつもと違う空気で教室を支配している。
すると、秋月先生は鋭い視線を冴木君に向けた。
とても生徒を見ているとは思えない眼だ。
「……どの口が、それを言っているんですか」
「あ?」
僕は先生の声を聞き取れたけど、一番後ろの席に座っている冴木君の耳には届かなかったらしい。
それを好都合と受け取ったのか、先生は笑顔を取り繕った。
彼らを暴いてきた、嫌な笑みだ。
「いえ、素直に言ってはどうでしょう、と思いまして。ハーレムが作れなくなって寂しい、と」
「……は?」
それは、仲原さんや柿崎さんとは違う反応だった。
先生が、意味不明なことを言っている、というような声。
「あら? 違いました? 冴木君はハーレムものが好きみたいなので、そういう人間関係に憧れているのかと思ったのですが」
それを鼻で笑い飛ばすような声が、後ろから聞こえてきた。
「バカじゃねえの。あれはフィクション。現実でもそうあってほしいって思う奴のほうが少ないんだよ」
……なんだ、わかってるじゃないか。
わかっていて、蒼唯を嘲笑ったというのか?
僕がそう思っていると、おもむろに先生は教卓の前から離れた。
「なんで……」
魂が抜けたかのよう。
いや、怒りを押さえ込んでいる?
秋月先生がなにを思っているのか、表情から読み取れていないのは、他の人も同じだった。
先生が歩く音を聞き、その行く先を見ていることしかできない。
先生がかもし出す不思議な空気は、冴木君のときとはまた別の支配の仕方をしていた。
先生は、冴木君の前で立ち止まる。
「……な、なんだよ」
仲原さんと柿崎さんのことがあるからか、冴木君は身構えている。
「それがわかってて、どうして……どうして蒼唯に『気持ち悪い』なんて言ったの!?」
秋月先生は冴木君の胸ぐらを掴んだ。
教師が生徒に手を出すなんて光景は見たことなくて、一瞬なにが起きているのかわからなかった。
それは、みんなも同じみたいだ。
「貴方たちのせいで、蒼唯は笑わなくなった! 好きなものを遠ざけるようになった! 全部……全部、貴方たちのせい!」
秋月先生は泣き叫んでいるようだった。
大人の女性がこれほど感情のままに叫んでいるところを初めて見て、僕は動けなかった。
いや、それだけではない。
秋月先生が蒼唯と知り合いだということを知って、僕は性懲りもなく、僕も彼らのように責められるかもしれない、なんて思っていた。
「アオイ?」
やっぱり冴木君は、僕たちのことには興味なかったらしい。
「長谷川蒼唯。貴方たちが去年気持ち悪いってからかった子よ」
それを聞いて、ようやく記憶が繋がったらしい。
冴木君にとっては、やっぱり僕たちはその程度の存在なんだと改めて思い知らされる。
「あれは、教室で周りに知られたくないものを読んでたアイツのほうが悪いだろ。てか、そのくらいで好きじゃなくなるとか、その程度だったってことじゃねえの。それか、アイツが弱すぎたとか」
秋月先生の手に力が入ったのがわかる。
この人は、自分の言葉が誰かを傷つけるかもしれないとは思わないのだろうか。
自分が言われても平気だから、同じように言っていいと思っているのだろうか。
なんて想像力が欠けているんだ。
同じ言葉でも、人によって受け取り方が違うというのに。
「てか、そんなことを言うだけのためにここに来たのかよ。おまけに、柿崎を追い込んでさ。憂さ晴らしのために同じことをやり返すなんて、教師がしていいわけ?」
とんでもない正論だ。
冴木君からそんな言葉が出てくるとは、思いもしなかった。
それでも、先生は手を離さない。
いや、離そうとしない。
すると、騒ぎを聞きつけた隣のクラスの先生がやって来て、秋月先生を冴木君から引き離した。
秋月先生の終わりを確信したからか、冴木君は勝ち誇ったような顔をしている。
僕はそれが、恐ろしかった。
結局、秋月先生がしたことも、言いたかったことも、冴木君はなにひとつ理解していないということだから。
彼はまた、無自覚に人を傷つけるだろう。
だけど、もう彼を咎める人はいない。
……きっと。
そして秋月先生は、二度とこのクラスに足を踏み入れることはなかった。
昨日みたいに黒板になにか書いてあるのかと思って見たけど、なにも書かれていない。
なにが原因でこんな空気になっているのか知らないけど、僕には関係ないだろう。
僕は我関せずの気持ちで窓際の真ん中にある、自分の席に付いた。
だけど、どうやら僕は無関係ではないみたいだった。
みんなからの視線を感じて、僕は教室を見渡した。
その中で、一人の男子生徒、松井君と目があった。
松井君はすぐに僕から目を逸らし、近くにいる人たちと小声でなにか話している。
僕が噂の的ということか……?
でもたしかに、昨日の黒板に書かれていたことは肯定も否定もできていないし、よくない噂が流れていても、文句のひとつも言えないか。
「……なあ、これって樋野がやったの?」
好奇心が勝ったみたいで、松井君は僕に近付いてきた。
……僕が、やった?
なんのことかわからず、僕に向けられたスマホの画面を見る。
『学校ではわがまま振りかざしているウザい女がチヤホヤされてるとか、見てて気持ち悪い』
それは、柿崎さんのアカウントであろう“ちろり”のポストを引用してポストされたものだった。
昨日の今日なら、このクラスの誰かがやったと考えるのが普通だろう。
でも僕は、知らない。
「やっぱりそれ、樋野君なんだ?」
僕が否定するより先に、柿崎さんの声が続いた。
松井君たちが振り向いたことで、不機嫌な柿崎さんが視界に入った。
「それのせいで炎上するし、私の個人情報が晒されたんだよ? どうしてくれるの?」
僕がやったとは一言も言っていないのに、また、嘘が真実になっていく。
とうして僕には、違うと否定する勇気がないんだろう。
つくづくこんな自分は嫌いだ。
「いくら、昨日みんなの前でいろいろ言われたからって、やっていいことと悪いことあるんだからさ。志緒里に謝りなよ」
「自分のやったことを認められないなんて、男らしくねえな。ほら、謝れよ」
仲原さんにも、冴木君にも責められて。
ここで違うと言って、誰が信じてくれるんだろう。
そう思うと、否定するだけ無駄だろうという諦めの気持ちが芽生えてくる。
すると、仲原さんがスマホを取り出した。
「樋野君が謝ったところをネットに上げて、おあいこね」
……おあいこ?
なにを、言っているんだ?
なにもしていないのに、謝れるわけがない。
それに、もし本当にそれが晒されたら、僕はどうなる?
やってもいない罪がなすり付けられて、後ろ指を指されることになるのか?
そうなったときのことを想像すると、恐ろしくて、僕は動けそうになかった。
だけど、僕がそうして固まってしまったことは、彼らをさらに不機嫌にさせる一因となってしまった。
彼らの「謝れ」という声はどんどん強くなって。
僕は椅子から引きずり下ろされ、土下座の格好をさせられて。
謝れば解放されるなら、謝ってしまおうか。
そう思ったときだった。
ピロン、という機械音が聞こえてきた。
でもそれは、仲原さんが持っているスマホからではない。
そんな至近距離ではなかった。
柿崎さんたちにも聞こえたようで、その音の出処を探すように、辺りを見渡している。
「あらら、動画でも音が鳴ってしまうのですね。知らなかったです」
なんともとぼけた声を出したのは、秋月先生だ。
出入り口付近に立ち、こちらにスマホを向けている。
……まさか、先生が今、録画していたのか?
「なに、してんの」
仲原さんはきっと、状況を理解している。
だけど、先生がスマホを利用し、この状況を残した、ということが信じられなかったみたいだ。
「イジメの現場を証拠に残そうと思いまして」
「はあ?」
「証拠がなければ、学校はイジメを揉み消してしまう。そんな、同じ轍を踏むわけにはいきませんから」
同じ轍……
やっぱり先生は、蒼唯が彼らにいろいろ言われて嫌な思いをしたことを、知っている?
「これが親御さんに伝われば、どうなるんでしょうね」
先生はにやりと笑った。
どうしてこの状況で、この人は笑えるんだ。
これが、そんなに楽しいか?
「イジメとか、ないから」
「だよなあ、樋野?」
肯定以外は許さない。
もう、知ったことだ。
僕は静かに、視線を落とした。
彼らの鋭い視線から、とにかく逃げたくて。
「……樋野君は卑怯ですね。肯定にも否定にもなる、無言を選ぶなんて」
すると、先生が静かに言った。
そんなの、僕が一番知っている。
だから僕は、僕が嫌いなんだ。
でも、この空気の中で、違うと言える人はいるのか?
黙ることしかできないだろう?
僕だけが責められるなんて、そんなの……
「貴方が無言を選んだことで、傷ついた人がいるかもしれない。それでも貴方は、まだ無言を選びますか」
「僕、は……」
蒼唯が傷ついたかもしれない。
そう思うと、立ち上がらないと、と思ったのに、冴木君に睨まれただけで、喉が締まってしまった。
「……もういい。付き合ってらんない」
そんな中、柿崎さんが不服そうに呟くと、教室を出ていった。
それを、仲原さんが追いかけていく。
その後ろ姿を眺め終えたのか、先生は二人とは反対の方向に歩いて行こうとした。
「どこに行くんだよ」
「職員会議の時間なので」
冴木君に引き止められるも、短く返すと、先生はそのまま職員室に戻っていった。
教室内は、朝とは思えない重たい空気をしていた。
朝のホームルームが始まっても、二人は戻ってこなかった。
それは先生も気付いたはずだ。
それなのに、秋月先生はそのことには一切触れなかった。
ただ淡々と、連絡事項を述べただけ。
「生徒が自分のせいで逃げ出したってのに、なんで無関係みたいな顔してんだよ、気持ちわりぃ」
先生が話を終え、職員室に戻ろうとしたところを、冴木君の言葉が引き止めた。
その不機嫌な声は、いつもと違う空気で教室を支配している。
すると、秋月先生は鋭い視線を冴木君に向けた。
とても生徒を見ているとは思えない眼だ。
「……どの口が、それを言っているんですか」
「あ?」
僕は先生の声を聞き取れたけど、一番後ろの席に座っている冴木君の耳には届かなかったらしい。
それを好都合と受け取ったのか、先生は笑顔を取り繕った。
彼らを暴いてきた、嫌な笑みだ。
「いえ、素直に言ってはどうでしょう、と思いまして。ハーレムが作れなくなって寂しい、と」
「……は?」
それは、仲原さんや柿崎さんとは違う反応だった。
先生が、意味不明なことを言っている、というような声。
「あら? 違いました? 冴木君はハーレムものが好きみたいなので、そういう人間関係に憧れているのかと思ったのですが」
それを鼻で笑い飛ばすような声が、後ろから聞こえてきた。
「バカじゃねえの。あれはフィクション。現実でもそうあってほしいって思う奴のほうが少ないんだよ」
……なんだ、わかってるじゃないか。
わかっていて、蒼唯を嘲笑ったというのか?
僕がそう思っていると、おもむろに先生は教卓の前から離れた。
「なんで……」
魂が抜けたかのよう。
いや、怒りを押さえ込んでいる?
秋月先生がなにを思っているのか、表情から読み取れていないのは、他の人も同じだった。
先生が歩く音を聞き、その行く先を見ていることしかできない。
先生がかもし出す不思議な空気は、冴木君のときとはまた別の支配の仕方をしていた。
先生は、冴木君の前で立ち止まる。
「……な、なんだよ」
仲原さんと柿崎さんのことがあるからか、冴木君は身構えている。
「それがわかってて、どうして……どうして蒼唯に『気持ち悪い』なんて言ったの!?」
秋月先生は冴木君の胸ぐらを掴んだ。
教師が生徒に手を出すなんて光景は見たことなくて、一瞬なにが起きているのかわからなかった。
それは、みんなも同じみたいだ。
「貴方たちのせいで、蒼唯は笑わなくなった! 好きなものを遠ざけるようになった! 全部……全部、貴方たちのせい!」
秋月先生は泣き叫んでいるようだった。
大人の女性がこれほど感情のままに叫んでいるところを初めて見て、僕は動けなかった。
いや、それだけではない。
秋月先生が蒼唯と知り合いだということを知って、僕は性懲りもなく、僕も彼らのように責められるかもしれない、なんて思っていた。
「アオイ?」
やっぱり冴木君は、僕たちのことには興味なかったらしい。
「長谷川蒼唯。貴方たちが去年気持ち悪いってからかった子よ」
それを聞いて、ようやく記憶が繋がったらしい。
冴木君にとっては、やっぱり僕たちはその程度の存在なんだと改めて思い知らされる。
「あれは、教室で周りに知られたくないものを読んでたアイツのほうが悪いだろ。てか、そのくらいで好きじゃなくなるとか、その程度だったってことじゃねえの。それか、アイツが弱すぎたとか」
秋月先生の手に力が入ったのがわかる。
この人は、自分の言葉が誰かを傷つけるかもしれないとは思わないのだろうか。
自分が言われても平気だから、同じように言っていいと思っているのだろうか。
なんて想像力が欠けているんだ。
同じ言葉でも、人によって受け取り方が違うというのに。
「てか、そんなことを言うだけのためにここに来たのかよ。おまけに、柿崎を追い込んでさ。憂さ晴らしのために同じことをやり返すなんて、教師がしていいわけ?」
とんでもない正論だ。
冴木君からそんな言葉が出てくるとは、思いもしなかった。
それでも、先生は手を離さない。
いや、離そうとしない。
すると、騒ぎを聞きつけた隣のクラスの先生がやって来て、秋月先生を冴木君から引き離した。
秋月先生の終わりを確信したからか、冴木君は勝ち誇ったような顔をしている。
僕はそれが、恐ろしかった。
結局、秋月先生がしたことも、言いたかったことも、冴木君はなにひとつ理解していないということだから。
彼はまた、無自覚に人を傷つけるだろう。
だけど、もう彼を咎める人はいない。
……きっと。
そして秋月先生は、二度とこのクラスに足を踏み入れることはなかった。



