冴木君、柿崎さん、仲原さんがスクールカーストのトップに就いたのは、去年の春、つまり、入学してからすぐだった。
初めはどこにでもあるようなクラスで、話し合いをするときは、いつだって彼らが中心になってくれていて。
こういう人たちが、物語の主人公になるんだろうねって、蒼唯と話していたことを覚えている。
だけど、少しずつパワーバランスが崩れていった。
なににおいても、彼らが絶対。
逆らうことは許されない。
もっと言えば、彼らの機嫌を損ねるような行為も許されなかった。
王様、女王様の誕生だった。
それでも、僕も蒼唯も、教室の隅に居続けた。
モブにもならない、背景だった。
彼らに目を付けられることもなければ、認識されることもない。
そんなふうに思っていたのに、夏休みが終わったある日、そうではないのだと思い知らされた。
それは、昼休み、蒼唯がお気に入りのマンガをスマホで見せてくれているときだった。
「それ、冬也に似てない?」
偶然、蒼唯のスマホ画面が見えたらしく、仲原さんが声をかけてきた。
「なになに?」
それに釣られて、柿崎さんがやって来て。
当然のごとく、冴木君も集まった。
「いや、えっと」
蒼唯がスマホを伏せようとすると、それよりも先に、冴木君が取り上げた。
「お前、男のくせにBLなんて読んでんのかよ」
その表情は、蒼唯を軽蔑しているかのようだった。
言葉にはしなかったけれど、顔に“気持ち悪い”と書いているようで。
蒼唯は、とてつもなく居心地悪そうに、顔を伏せた。
「俺に似てるって、これ?」
「そうそう! 似てない?」
柿崎さんがスマホに映されたキャラと、冴木君を見比べている。
止めなよ。
返しなよ。
なにが好きでも、構わないだろ。
そう思うのに、僕の身体はすっかり声の出し方を忘れてしまったみたいに、なにも言えなかった。
「冬也、狙われてるんじゃない?」
「うっわ、マジ? キモ」
冴木君は、適当に蒼唯のスマホを机に置いた。
いくら受け入れられないからって、それはないだろ。
彼らへの文句は、再び僕の体の底に沈んでいく。
「お前も離れたほうがいいんじゃね? 友達のフリして、お前のこと嫌らしい目で見てるかもしれねえし」
冴木君は、笑いながら、僕に言った。
「えー、やばあ」
「無理なんだけど」
柿崎さんも、仲原さんも、一緒になって蒼唯を嘲笑っている。
その声が大きいせいで、蒼唯を異質なものだと認識したような目が、こちらに向けられている。
「ほら、はっきり言ってやらないと、コイツが可哀想な勘違い野郎になるかもしれないだろ?」
蒼唯と僕は、友達だ。
第一、そういうものを好んでいるからといって、実際に蒼唯がそうだとは限らないだろ。
というか、そういう話題を、こういう公の場で騒ぎ立てるのは、どうかと思う。
言葉はいくらでも思い浮かぶのに、僕には反論する勇気がなかった。
「あーあ、怯えちゃってるじゃん」
「やっぱお友達もキモいってさ」
僕がなにも言えないでいると、彼らは勝手に僕の気持ちを言葉にしていった。
違う。
僕は、そんなこと思ってない。
怯えているのは、君たちに対してだ。
すると、耐えきれなくなった蒼唯は、教室を飛び出した。
その姿すら、彼らは笑っていた。
翌日から、蒼唯は学校に来なくなった。
「あれー? 友達来なくなっちゃった?」
「俺はホモ野郎がいなくて清々するけどな」
彼らは相変わらず、蒼唯を嘲笑った。
僕の友達をバカにするな。
「……なんだよ。その目」
僕の憎しみは、言葉ではなく態度に現れた。
それほど、我慢の限界だったんだと思う。
だけど、冴木君に睨まれ、すっかり萎縮してしまった。
本当に、情けない話だ。
蒼唯が自殺しようとして、意識不明の重体となったと連絡が入ったのは、それから一ヶ月が経とうとしたときだった。
彼らが、学校に来ない蒼唯にすっかり興味をなくしたころだった。
ずっと、自宅から出られないでいることは知っていた。
定期的に、連絡を取っていたから。
だけど、生きることが辛くなるほど、追い詰められていたとは知らなかった。
冴木君たちのからかう空気が、蒼唯を追い詰めたのか。
それとも……
僕が、なにも言わなかったせいかもしれない。
何度も頭に思い浮かんでは、消してきた。
僕のせいじゃない。
そう思うことで、僕は僕の心を守ってきた。
僕は、なんて臆病で卑怯な奴なんだろう。
『樋野君は友達思いですね』
秋月先生はそう言ってくれたけど、こんな僕じゃ、蒼唯の友達失格だ。
僕は、そのことを秋月先生に指摘されるのが、たまらなく怖いんだ――



