この感情は死にたいなんて言葉とは少し違う。酸素が足りない感覚とも違う。




 ああ、そうだ。




 この感覚は、喉に何かが詰まって空気が通らない感覚だ。




真穂(まほ)、喉痛い?」
「ん? なんで?」
「だって、喉痛そうに抑えてるから」
「あー……冬だし、乾燥してるのかも。無意識だったわ」

 そう言って、私はニコッと笑った。

 いつからだろう、喉を手で抑える癖が出来たのは。

 喉を手で少し抑えると、呼吸がしにくくなる。当たり前だけれど。
 その行為に安心するんだ。


「ああ、いつでもきっと簡単に死ねる」って。


 暗すぎる? 簡単にそんなことを言ってはダメ?
 違うよ、ある意味前向きなの。


 いつでも死ねるから、今日も生きようって思える。


 少しだけ、人より打たれ弱くて、人より弱虫で、人より悪口に弱い。
 成長していくにつれ、少しずつ処世術を学んでいっても、どうしても生きにくい世界だった。
 本当に死ぬつもりはなくても、「逃げ道」がないとやっていけなかった。精神を保てなかった。でも、そんな自分の暗さが嫌いだった。

「真穂、また喉押さえてる。もしかして、真穂の癖?なのかな?」
「あはは、そうかも。癖って誰でもあるよね〜」
「あるある! 私も横髪触っちゃう癖があってね……!」

 友達の話を聞きながら、もう一段階強く喉をギュッと押さえた。




 その時、目の前の友達が私が喉に当てていた手をパッと掴んで、喉から引き剥がした。




「真穂、力入れすぎ。いくら癖だからって痛そうすぎる!」
「全然痛くないよ?」
「……」
「どうした?」

 友達が私のほっぺをムニッと(つま)んだ。





「真穂の馬鹿ー!!!」




「っ!?!? 急にどうした!?」




「真穂は気づいてないかもだけれど、いつも疲れている時に喉押さえてるの。真穂の疲れてる時の癖なの! ちゃんと休めー!!! ていうか、喉押さえたら苦しいに決まってるでしょ!」




 そして、その子は私の手を掴んで、自分の髪を触らせる。




「喉抑えるくらいなら、私の髪でも触っとけ! 私が自分の癖で髪触ってるけど、サラサラで気持ちいいよ!? 唯一の自慢だよ!?」




 その言葉がどれだけの優しさか分からないほど、私の心は死んでいなかったようで。




 ポロッと涙が一粒溢れた。





「そっかー。私は疲れてただけか」





「疲れてるにしても、休めばいいでしょ! 私なんて、今日好きな漫画を読むためだけに生きてるよ!?」





 きっと答えなんて、本当に簡単で、単純で。




 「いつでも死ねるから、今日を生きよう」じゃなくて、「今日が楽しいから、今日を生きよう」でありたいだけ。そう生きたいだけ。

 
 喉を抑えなければ、空気も通りやすくて。







「確かに喉を抑えない方が、息しやすいわ」







「当たり前でしょ! ていうか、今日の放課後遊ぶ予定あったけれど、どうする? 真穂、疲れてると思うしやめといた方が……」






「うーん、予定通り遊びたいかも。楽しいこといっぱいしたいし!」






 休みたければ休んで、遊びたければ遊べばいい。


 それくらい自由だっていい。


 今日を楽しめない方がよほど損な気がする。


 「逃げ道」とかそんなことを考える暇がないくらい、今日を楽しんでやりたい。


 だから……





 喉を抑える代わりに、いっぱい美味しいものを食べて、楽しいことをいっぱいして、沢山笑って、初めて気づくんだ。



 
 始めから、喉に詰まっているものなんてなかったことに。




 だから、喉なんて抑えないで。






 空いた両手で、もっと世界を楽しんでやるんだ。






 fin.