『〝完璧〟になるまで、終わることはない』
詩はこの文言を〝物語を完結させる以外に脱出方法がない〟と解釈していたが、そうではなかったのだ。
そのままだったのだ。
〝完璧〟になるまで、何度もやり直しをさせられるのだ。失敗した瞬間、処刑してふりだしへと戻るのだ。
それは一見、何度でもやり直しがきく、易しい設定ではないかと思ってしまうかもしれない。しかし、死んでも死ねない。その事実は、参加者の精神をすり減らし続け、最終的には、なにも感じない屍同然の人間と化すのだ。
普通のデスゲームの、何倍もたちが悪い。
しかし、詩にはその記憶がない。それは不幸中の幸いなのかもしれない。
だが、アレンはどうだ。彼は、ずっと記憶を持ったまま、このデスゲームを繰り返しているのではなかろうか。
詩はいま、アレンのことが心配で心配で、たまらなかったのだ。
呆然と、それこそ糸が切れたマリオネットのように動かない詩を見て、アレンはため息をついた。
「……やっと思い出した? もう、ここまで来るのに苦労したよ」
やれやれといった様子で、アレンは言った。
「アレン……」
詩は、ゆっくりとアレンに近づき、彼をそっと抱きしめた。
「うええ!? な、い、いきなりなんなんだよ!?」
動揺し大声で騒ぐが、詩は離さなかった。そしてただひと言、「ありがとう」と言った。
「いままできっと、頑張って来てたんだよね? それなのにわたし、なにも覚えてなくて……でも、もう大丈夫だよ」
「……うん」
いまにも消え失せそうなほどか細い声で、アレンは答えた。
「俺は大丈夫だから……年下だからって舐めないでよね」
「そ、そんな……舐めたことなんてないよ。アレンはいつだって、わたしにとって尊敬できる素敵なひとだから」
アレンはなにを思ったのか、それを聞いて詩から猫のような勢いで離れた。「そ、そんなこと言われたって、なにも出ませんからね!」と本人はご立腹なご様子だった。なにかを出そうとして言ったわけではなかったのだが……。正直、こんな反応をされてしまうと、こちらまで照れ臭くなってしまう。
「と、とにかく! 強制エンドルートに行きそうになった時は、手荒なことをしちゃったけど……とにかく、ここまで来れてよかったよ」
「強制、エンドルート?」
アレンが、ばつの悪そうな顔をしている。
「……なんでもないよ。知りたいなら、こんなデスゲームを終わらせてからだよ」
「う、うん」
確かに、アレンの言うとおりである。
「とりあえず……詩さん、明日は俺たちの——見習い召使と見習いメイドの部屋に向かってください」
アレンの言ったことに、詩は静かにうなずいた。アレンは、安心したような、いや複雑そうな顔をして書庫を出て行った。
次の日、奥様と執事が、毒杯を煽って死んでいた。それを見たアレンの表情は、すべてを悟ったような、いやなにも感じていないような、複雑な表情だった。
♢♢♢
覚悟を決めなければならない。
詩は見習い召使と見習いメイドの部屋の前で、ひとり立ち尽くしていた。アレンに言われた通り、詩はふたりの部屋に来ていたのだ。
ここでなにが起こるのか、それは教えられなかった。それも、すぐにわかることだ。
「……よし」
詩はようやく覚悟を決め、扉を開いた。
しかし、詩は部屋に入ってすぐに、その場に固まった。
詩の目の前には、胸から血を流して倒れる見習いメイドの姿だった。怖かったのだろう。泣きはらしたような痕跡があった。
「なんで、なんで……」
アレンは、部屋に来るように言った。なのになぜ、見習いメイドが死んでいるのだ。
その時、詩の背中を圧迫感が襲う。その直後、焼けるような激しい痛みが、全身を駆け巡る。
——刺された。
刺されたことはないが、そう確信できた。
「あ、あ……」
しかし、気づいたときにはもう立っていることもできず、膝から崩れ落ちた。
床が、冷たかった。
詩はこの文言を〝物語を完結させる以外に脱出方法がない〟と解釈していたが、そうではなかったのだ。
そのままだったのだ。
〝完璧〟になるまで、何度もやり直しをさせられるのだ。失敗した瞬間、処刑してふりだしへと戻るのだ。
それは一見、何度でもやり直しがきく、易しい設定ではないかと思ってしまうかもしれない。しかし、死んでも死ねない。その事実は、参加者の精神をすり減らし続け、最終的には、なにも感じない屍同然の人間と化すのだ。
普通のデスゲームの、何倍もたちが悪い。
しかし、詩にはその記憶がない。それは不幸中の幸いなのかもしれない。
だが、アレンはどうだ。彼は、ずっと記憶を持ったまま、このデスゲームを繰り返しているのではなかろうか。
詩はいま、アレンのことが心配で心配で、たまらなかったのだ。
呆然と、それこそ糸が切れたマリオネットのように動かない詩を見て、アレンはため息をついた。
「……やっと思い出した? もう、ここまで来るのに苦労したよ」
やれやれといった様子で、アレンは言った。
「アレン……」
詩は、ゆっくりとアレンに近づき、彼をそっと抱きしめた。
「うええ!? な、い、いきなりなんなんだよ!?」
動揺し大声で騒ぐが、詩は離さなかった。そしてただひと言、「ありがとう」と言った。
「いままできっと、頑張って来てたんだよね? それなのにわたし、なにも覚えてなくて……でも、もう大丈夫だよ」
「……うん」
いまにも消え失せそうなほどか細い声で、アレンは答えた。
「俺は大丈夫だから……年下だからって舐めないでよね」
「そ、そんな……舐めたことなんてないよ。アレンはいつだって、わたしにとって尊敬できる素敵なひとだから」
アレンはなにを思ったのか、それを聞いて詩から猫のような勢いで離れた。「そ、そんなこと言われたって、なにも出ませんからね!」と本人はご立腹なご様子だった。なにかを出そうとして言ったわけではなかったのだが……。正直、こんな反応をされてしまうと、こちらまで照れ臭くなってしまう。
「と、とにかく! 強制エンドルートに行きそうになった時は、手荒なことをしちゃったけど……とにかく、ここまで来れてよかったよ」
「強制、エンドルート?」
アレンが、ばつの悪そうな顔をしている。
「……なんでもないよ。知りたいなら、こんなデスゲームを終わらせてからだよ」
「う、うん」
確かに、アレンの言うとおりである。
「とりあえず……詩さん、明日は俺たちの——見習い召使と見習いメイドの部屋に向かってください」
アレンの言ったことに、詩は静かにうなずいた。アレンは、安心したような、いや複雑そうな顔をして書庫を出て行った。
次の日、奥様と執事が、毒杯を煽って死んでいた。それを見たアレンの表情は、すべてを悟ったような、いやなにも感じていないような、複雑な表情だった。
♢♢♢
覚悟を決めなければならない。
詩は見習い召使と見習いメイドの部屋の前で、ひとり立ち尽くしていた。アレンに言われた通り、詩はふたりの部屋に来ていたのだ。
ここでなにが起こるのか、それは教えられなかった。それも、すぐにわかることだ。
「……よし」
詩はようやく覚悟を決め、扉を開いた。
しかし、詩は部屋に入ってすぐに、その場に固まった。
詩の目の前には、胸から血を流して倒れる見習いメイドの姿だった。怖かったのだろう。泣きはらしたような痕跡があった。
「なんで、なんで……」
アレンは、部屋に来るように言った。なのになぜ、見習いメイドが死んでいるのだ。
その時、詩の背中を圧迫感が襲う。その直後、焼けるような激しい痛みが、全身を駆け巡る。
——刺された。
刺されたことはないが、そう確信できた。
「あ、あ……」
しかし、気づいたときにはもう立っていることもできず、膝から崩れ落ちた。
床が、冷たかった。