視界は暗く、もうなにも感じない。
 詩は、死にそうな状況のなかで、アレンが近くに来ていることに気づいていた。その前に、アレンは朝奈の背中に刺さったナイフを引き抜いた。あれは、部屋に行く前に、護身用に抜き取っておいたものだ。まさか、こんなことで役に立つとは思わなかった。
 なぜ、刺されたのに動くことができたのか。急所を外していたから? 疎い詩には分からない。
 ——アレン……。
 口に出そうとして、できなかった。もう、声を出すこともできない。
「詩さん……」アレンは詩の身体を抱きあげ、その膝の上で寝かせる。わずかに見える彼の表情は、温かくて、優しくて、涙が溢れそうになった。いまはもう、そんな力も残っていない。「俺、何度でも繰り返します。このゲームが終わるまで、ずっと、ずっと……」
 不意に、詩の頬に雫が落ちる。アレンが泣いているのだと、詩は察した。
「なので、安心してください。また……最初からやり直すだけですよ」
 アレンの声が震えている。聴覚も、どんどん失われていくのに、なぜかそれだけははっきりと聞こえた。
「詩さん」
 アレンが、近づいてくる気配がする。彼の匂いが濃くなった気がして、妙な安堵感さえ覚えた。
「……——」
 最後に彼がなにを言ったのか、聞き取ることはかなわなかった。
 ただ、これからも何度も何度も続いていくであろう絶望のなかに、アレンを置いて行ってしまうのが、これ以上なく嫌だった。

♢♢♢

 静かになった部屋に、ひとつの拍手が響く。
 古いセーラー服に、黒いスカートの高校生であろう少女。彼女は口許に、うっすらとした笑みを浮かべていた。
 少女は上機嫌だった。
 ようやく、満足のいくラストに出会えたのだ。それはもう嬉しくて仕方がない。
 ——あの物語は、未完成だった。
 だがこの瞬間、あの物語は完結したのだ。少年の拙い告白と、少女の慈愛によって。
「……今宵は、最高の舞台でした」
 少女は立ち上がり、落ちていたものを拾う。
 それは、自らが書いた、色褪せた手紙だった。