剣を構える悠悟にラージュが叫ぶ。
「ドラゴンの体は硬い外皮に守られていて生半可な攻撃は通用しないの! だから逃げて!」
「こんなことなら必殺技でも考えとくんだったなぁ……」
「なに呑気なこと言ってるの! 来てるわよ!」
突進してくる竜を真正面から剣で受け止めた悠悟は、大きな金属音と共に吹き飛ばされ氷の壁へと打ち付けられた。
「ユーゴ!」
ラージュが悠悟の元へと駆け寄る。
「痛ったた……これホントに夢かよ……」
「ちょっと! 大丈夫なの?」
心配そうな表情で問うラージュ。
「いや死ぬほどいてぇよ」
その様子を見てラージュは庇うように悠悟の前に立ち、竜と向き合い声をかける。
「私が時間を稼ぐからすぐに逃げて! あなたは生きなきゃいけないの!」
「じゃあ頼んだ!」
と悠悟は背を向けて走り出す。
(そう……これでいいの……これで……)
ラージュが心の中で覚悟を決めて竜と対峙する。
「ってそんなわけあるかぁー!」
そう叫びながら悠悟は回れ右して竜に飛び蹴りを入れる。
「なんで逃げないのよ!」
「氷の壁で逃げらんねぇよ」
「はぁ? 自分の魔法でしょ! バカじゃないの?」
「と、とにかく俺たちでやるしかねぇよ。1分、いや30秒でいい! こいつ引きつけられるか?」
「なんとかするわ」
ラージュは悠悟から竜を引き離す為に走り出した。
悠悟は今までに見た様々なアニメを思い返していた。このシチュエーションに使えそうな技を想像し、それを魔法に組み込むイメージを固めていたのだ。
選ばれたのは悠悟お気に入りアニメの1つ『異世界コインランドリー』通称『イセコイ』主人公の必殺技であった。
「よし、ラージュこっちに来てくれ! 交代だ!」
ラージュは全速力でユーゴの元まで走り抜け、不安そうな顔で問いかける。
「あなた一体何をする気なの?」
「いいから見てろって。日本が誇るアニメ映像の力を思い知れ」
ラージュを追ってきた竜めがけてイメージを解放させる。
「『殲濯葬、洞螺霧式』」
そう言い放つと地表から螺旋状の水流が発生し竜の周囲を取り囲んだ。
悠悟はその激流の渦をサーフィンの要領で器用に乗りこなし進んでいく。
竜はその動きを目で追うも捉えきれず空中へ飛んで逃げようとするが、渦の追尾からは逃れられず首元付近まで登ってきた悠悟と目が合った。
その刹那、畳み掛ける。
「『追削』!」
悠悟は竜の長い首に目掛けて、激流の勢いもそのまま剣に乗せた渾身の一刀を振り落とした。
その結果、彼の剣は硬い外皮ごと切り裂いて首を一刀両断、見事に竜の頭を落としたのだった。
戦いを見届けていた者たちの歓声が上がり、その中には涙を流す者の姿もあった。
一国の王子が、ほぼ単独でドラゴンを討ち取ったのだ。
この衝撃的な出来事はすぐさま国内外へと広がり、ハイウェ王国の歴史に『竜殺しの王』の伝説として後世にまで永く語り継がれていく事となる。
竜との戦いが終わり、辺りが暗くなり始め救助活動もひと段落した頃、話があるとラージュに呼び出された。
「ちょっといいかしら……」
「どうしたんだ? そんなかしこまって」
「今日は……助けてくれてありがとう」
「気にすんなよ! 俺様にかかれば楽勝だったしな!」
鼻を高くして勝ち誇る悠悟。
「あなたは何故、今まで自分の力を隠していたの?」
「き、記憶を無くす前の事は分からない」
この夢の世界で続けている記憶喪失の設定。
何故自分はこの世界に初めて来た以前の記憶を持っていないのだろうと不思議には思うが、所詮夢だからと今まで深く考えないでいた。
「笑っちゃうわよね……王を護るための騎士が、王よりも弱いだなんて……」
ラージュはペンダントのトップを強く握りながら弱音を吐き捨てる。
「それは……」
これは自分の夢だから、などと言ってしまうと、もうこの夢を見る事ができない気がして言葉を詰まらせる。
「あなたは今まで私のこと、心の中では笑っていたの?」
「そんなことはない……はずだ」
「なんでそんな事分かるのよ。今までのこと全部忘れているくせに……。記憶を無くしてから、まるで人が変わったみたいじゃない……」
今にも泣き出しそうなラージュだが、以前の泣き顔とはどことなく雰囲気が違う。
具体的に何が違うのかは言葉にするのは難しかったが、なんとなくそう感じた。
「俺が今までどんな人間だったのかは分からないけど、今は……これが俺なんだよ」
「過去を……思い出したいとは思わないの?」
ラージュが下を向きながら問う。
「無理に思い出すのは良くないって医者にも言われてる」
こんな時まで他人に責任を被せる自分が嫌になる。
「何よそれ……私達との思い出も約束も……全て忘れて、新しく人生を歩みたいのなら……いっそ私を殺してよ!」
せきとめきれなくなった感情と涙が溢れ出し、声を荒げるラージュ。
「何言ってるんだよ、怒るぞ!」
「あなたがそんなに強いなら……フレアは死なずに済んだじゃない!」
取り乱した様子で涙を流すラージュが続けて言う。
「なんで……私だけを助けたのよ……」
「フレアって誰なんだよ」
状況が飲み込めない悠悟。
この言葉を聞いた直後、ラージュは顔を上げた。
「ごめんなさい、きっと精神的に参ってるんだわ。今の話は全部忘れて……」
そう言って涙を拭いながら去っていく彼女を呼び止めようと手を伸ばすも、なんと声をかけて良いか分からずその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
***
19時になり現実で目覚めてからも違和感が続いていた。
ラージュの悲しい泣き顔を見てしまった事は勿論だが、ドラゴンというあの巨大な生物の命を奪った感覚が、とても夢とは思えないほど鮮明に彼の両腕に残っていた。
「ラージュとは、明日からどんな顔して会えばいいんだ……」
女性の扱いに対して、年頃の男子の悩みは尽きない。
「悠悟ー? 入るよー?」
そこにいつもの調子で嵐が部屋に入ってきた。
「お前、ついにはノックすらしねぇのかよ!」
「何か見られて困るものでもあるの?」
キョトンとした顔で尋ねる嵐。
「そういう訳じゃねぇよ……」
「え……もしかしてエッチな動画とか見てた?」
顔を赤らめながら再度尋ねる嵐。
「そ、そういう訳でもねぇよ!」
慌てた悠悟は先ほどよりも強い口調になり、ペットボトルの水を手に取る。
「なんでちょっとムキになったの? 怪しい……セバス! 悠悟が直近に見た動画を再生して!」
「ブフォッ」
思わず飲んでいた水を吹き出す悠悟。
《動画を再生します》
と、悠悟のスマホから無機質な音声が流れた。
冷や汗をかいた悠悟だったが、液晶画面に映ったのは見覚えのない法律関係の講義の映像だった。安堵し、溢した水をティッシュで拭きながら悠悟が愚痴をこぼす。
「まったく、便利なのか不便なのか分かんねぇ機能だな」
嵐の言った『セバス』とは夢の世界の執事の事ではなく、スマホ内に搭載された人工知能AIの名称なのである。音声だけで持ち主のお手伝いをしてくれる優れ物なのだ。
悠悟はこれを部屋にある家電とリンクさせる事で、その場から動かずとも大抵の事が出来るよう設定してある。
「お前! もし本当にいかがわしいもんが流れたらどうするつもりだったんだよ!」
安心した悠悟は心を切り替えて嵐を問い詰める。
「冗談だよ。この部屋にそんなのないって知ってるし、もし見つけたら……再生するゲーム機ごと壊すから……」
部屋の片隅にあった金属バットを手に持ちながら不敵な笑みを浮かべる嵐。
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ……! それに、このゲーム機いくらすると思ってんだよ!」
「壊される覚えがあるってこと?」
嵐の目が鋭く光る。
「いや、ない! まったくない!」
思わず含みをもたす言い方になった事をすぐさま訂正する悠悟。
「良かったぁ……。もしそんなの見つけちゃったら……どうなっちゃうか自分でも分からないもん」
そう言ってバットを元の位置に置いた嵐はいつもの表情に戻っていた。
「お前、カマかけたのかよ?」
薄目で睨むように問う悠悟。
「怪しい行動とってる悠悟が悪いんだよ」
「ふんっ」と小さく顔を背けながら答える嵐。
その後、嵐は最近の学校での出来事や、流行っているものなどを教えてくれた。
俺は隣で嵐が喋っているのを作業用BGMにして、ゲームをしているとあっという間に時間が過ぎていた。
そんな時、部屋に母ちゃんが入ってきて一言。
「嵐ちゃん、もう夜遅いし今日金曜だから泊まってけば?」
「え? いいんですか? じゃあお母さんに連絡しないと!」
嵐は満面の笑みでそう言うと、すぐに電話をかけていた。
俺は母ちゃんを睨んだが、キメ顔で親指を立てていた。
この人はどうやら何か勘違いをしているらしい。俺はすぐに抵抗は無駄だと分かりゲームの世界に戻った。
「嵐ちゃん、ご飯まだでしょ? カレー好き?」
母親との電話が終わった嵐を夕飯に誘う母ちゃん。
「大好きです!」
「じゃあ一緒に食べよ! 降りてきて!」
「はーい!」
「あんたも! 一緒に洗い物しちゃいたいから早く降りてこないと飯抜きにするよ!」
嵐に向ける声のトーンより1オクターブ低い声で言う。
母ちゃんは嵐と話している時はいつも楽しそうだ。親父は単身赴任で県外にいて、俺はひとりっ子だし寂しい思いもしているのかもしれない。
そういえば昔、女の子が欲しかったと言っていたのを聞いた事がある。
一方の嵐は現在では裕福な里親のもとで幸せに暮らしているが、物心つく前に本当の両親に捨てられ、幼い頃は施設で育った過去を持っている。
お人好しの母ちゃんには、何か思うところがあるんだろうとか考えながら夕飯のカレーを3人で囲んだ。
「このカレーすっごく美味しいです! 今度作り方教えてください!」
「よかったわぁ。佐野家特製カレーの隠し味はね……」
母ちゃんがそう言いながら嵐に手招きする。耳打ちで何かを言われた嵐は顔を赤らめた。
「なんだよ隠し味って」
気になったので聞いてみたが、母ちゃんはしたり顔でこちらを見るだけで答えなかった。
すると嵐が照れくさそうに口を開く。
「今度はわたしが悠悟に作ってあげる……」
「ん? おう……さんきゅう」
よく分からなかったので適当に返事をしておいたが、この時の面白いものを見たような母親の顔を一生忘れる事はないだろう。