その日は日曜日で、氷見子と教助の2人は昼間から店の大掃除をしていた。
「社長。この空のワインボトル捨てちゃダメですか? なんか似たようなのが沢山ありますけど……」
「君はそれでもバーマンなのか? ボトルの見た目が同じでもこれらは作られた年代も違えば価値や味わいも大きく違う、私の大切なコレクションだ」
するとそこに高山が顔を出す。
「やってるかい?」
「暇なのなら手伝ったらどうだ?」
「今日は、ほら――」
そこには誠と手を繋ぐ5歳くらいの男の子がいた。
「うぁー! 可愛い! 高山さんのお子さんですか?」
氷見子が男の子に向かって飛んでくる。
「あぁ。ほら自己紹介して」
「高山竜也」
竜也が挨拶をすると氷見子が尋ねる。
「何歳ですか?」
「5歳!」
と、手を前に出す。
「うわぁ……可愛すぎる……。ねぇ社長! ちょっと竜也君と遊んできてもいいですか? 私の代わりにほら、高山さんも居ますし!」
「ちょっと氷見子ちゃん……」
「まぁいいだろう」
「おい教助!」
高山がため息を漏らす。
「やったぁ! 竜也君、何して遊ぼっか?」
「じゃあ鬼ごっこ! お姉ちゃんが鬼ね!」
そう言うと足早に扉を開けて出ていってしまう。
「危ないからビルから出ちゃダメだからねー!」
と、氷見子が声で竜也の後を追いかけた。
「じゃあ社長、高山さん、後は任せました! 私はこう見えても小さい頃、鬼ごっこの鬼と呼ばれていたんです。必ず勝ってきますよ!」
そう言って店を出ていった。
「鬼ごっこの鬼って、普通じゃないのか?」
誠が教助に尋ねる。
「彼女はそうやっておだてられて、いつも鬼をやらされていたのかもしれんな……」
2人が氷見子の過去を哀れんでいた頃――氷見子は店の外に出て辺りを見渡す。上に向かう階段の踊り場から、こちらを覗いている竜也らしき影を微かに目で捉えた。すぐさま追いかけようとした時、彼女の袖が軽く引っ張られる。
「え? あれ?」
そこには氷見子の袖を持つ竜也の姿があったのだ。
「お姉ちゃん、今から10秒たったらスタートね!」
そう言うと竜也は下の階へと階段で降りていった。
見間違いだったのだろうと自分を納得させて、氷見子は目を瞑り10秒を大きな声で数え始めた。
「……9、10! じゃあ探しに行くよー!」
下の階に向かった竜也を探しに行くべく階段へと向かう。
「ふふ、ここは2階よ。下に降りれば他に逃げ道はない。竜也くん待ってなさい!」
そう言いながら不敵な笑みを溢した氷見子だったが、上の階からバタバタと走る音が聞こえた。その足音のリズムから子供である事が分かる。
このビルには2階より上の店舗は大人向けの店しかなく、5階の大家宅にも子供はいない。目を瞑っている間に上に逃げたのかと、回れ右して上の階へと歩を進めた。
階段を登っていくと3階と4階の間の踊り場でターゲットを発見する。
「よし、見つけたわよ!」
氷見子がそう言うと、ターゲットは上へと逃走を図る。氷見子もそれを追いかけるが途中で息が切れてしまった。
「はぁ。流石に階段ダッシュはキツイなぁ」
そしてとうとう5階の大家宅まできたが、そこに竜也の姿はなく、あるのは大人1人は入れそうな掃除用具入れのロッカーだけだった。
そのロッカーに静かに近づいていく氷見子――すると下から声が聞こえる。
「おねーちゃーん! こっちだよー!!」
氷見子はそんな馬鹿なと言わんばかりの顔をして階段の下を覗き込むが4階には誰もいない。
「竜也くーん! どこー?」
と大きな声を出すと、更に下の方からこう返ってきた。
「ここだよー! 早く見つけてよー! ずっと待ってるだけじゃつまんないよー!」
氷見子は改めて息を整えて下に向けて走り出す!
「こうなったら絶対に捕まえてやるんだから!」
そして1階に辿り着くと、遂に竜也を見つけた。
「もう逃げられないわよ! とおりゃー!」
氷見子が思い切りよく竜也に飛びつくと竜也はいとも簡単に捕まってしまった。
「お姉ちゃん本気出しすぎだよ」
竜也は楽しそうにケラケラと笑っていた。
「ごめんごめん、お姉ちゃん負けず嫌いなの」
そして2人で手を繋いで2階へと戻っていくと――そこには3階の従業員である、さとみと手を繋ぐ竜也の姿があった。氷見子は顔を青白くさせて悲鳴を上げると、店の中に勢いよく戻りこう言った。
「社長! 高山さん! 竜也君のドッペルゲンガーが!」
それを聞いた2人は大きな声で笑い出した。
ひとしきり笑った後、高山が話し出す。
「ごめん、氷見子ちゃん。伝えていなかったね。僕の息子は双子なんだ。そっちのさとみちゃんに連れられているのは弟の和也だよ」
「それを早く言って下さいよー! 私心臓止まるかと思ったんですから!」
氷見子が頬を膨らませる。
「じゃあ上の階にいたのは和也君で、竜也君はずっと1階に隠れてたって訳だったのね」
「あんたホントそそっかしいわね」
「そういうさとみだって驚いてたじゃない!」
「あ、あれはあんたの声に驚いたのよ!」
「では少し休憩といこう」
そう言って教助は皆にカクテルを提供する。
「今日は『モッキンバード』。テキーラをベースにグリーンミントリキュールにライムジュースを合わせた美しい緑色のカクテルだ。カクテル言葉は『似たもの同士』。随分彼ら双子に惑わされたようだな」
大掃除が終わると、一同は元より予定していた食事会の会場へと向かった。
飲食店のお座敷席で氷見子とさとみ、竜也と和也の4人で仲良く遊んでいる姿を見て教助はこう声をかける。
「君達は犬猿の仲だと思っていたが意外と仲が良いのだな」
「仲良くない!」
「仲良くないです!」
2人が同じ全くタイミングで返す。
「……息がピッタリではないか」
2人は顔を見合わせて、またも同時に話す。
「「真似しないで!」」
彼女らは2度も息が合った事に笑い出してしまった。
「プハハ、ちょっとやめてよ!」
「アハハハ、なんなのよあんた」
「君達もまた、似たもの同士だったと言う事か」