雄二は、母を大切にしないで、いつも家で怒鳴ってばかりいた父俊二が大嫌いだった。そんな父を大らかな母はいつも受け止めていた。雄二には父が一国の総理大臣であろうが、家では父であった。だからもっと母を大切にして、父親らしくしてほしかった。この時の雄二には、一国を背負うのと、一家を背負うのが同じ重さにしか思えてなかった。まだ若かったのである。
そんな雄二にできた彼女が、美香だった。初めは、雄二は同じ学校に通う普通の女の子に見えた。しかしその正体は、AIロボットの彼女だった。しかしあまりにも人間にそっくりなので、雄二は本当の人間の女の子と接するように接していた。返答も会話も普通にできた。いやむしろ、何を考えているか分からない同世代の女の子より意思もはっきりしていて、雄二は恋に落ちた。だが美香は決まってこう言うのだった。
「雄二は私のこと好きみたいだけど、私たち結婚はできないよ。私は単に、奇数のクラス人数を偶数に変えて、外れの子が出ないためにいるだけ。数合わせのロボットだよ」
美香は雄二を見つめてそう言った。彼女はロボットだからだろうか。アイドルのように美しい。
「でもどうして結婚できないの?」
雄二は美香の大きな目から、視線をそらしながら言った。
「ねえ、こんな大事な話をしているのに、どうして視線を私からそらすの?」
美香の身体は熱くなってきた。
「いや、美香がかわいいから視線を合わせられなくて、ごめん」
雄二は焦っているようだった。
「ああ、もう!」
美香は体操着を着た身体を、校庭の芝生に大の字になって寝転んだ。そして手足をバタバタとした。
「謝ってなんて頼んだ?」
雄二も彼女の隣に大の字になって寝転んだ。
気が付くと二人とも、白い体操着が泥んこになっていた。
「嫌だ。もう! 雄二のせいだからね!」
さわやかな秋の風が吹いてきた。
「美香、今度海に遊びに一緒に行かない?」
美香は、悲しげに答えた。
「行きたいよ。私だって、この校舎の外に出たいわ。でも」
「でも?」
雄二と美香の顔は半径十センチまで近づいていた。今度こそ雄二は美香から目をそらさなかった。
「おーい、美香はどこだ?」
遠く職員室から体育教師の新田(あらた)信二の声がした。雄二はキス未遂をしてしまった。何でこのタイミングで、新田は来る? 怒りが爆発しそうだった。
「新田先生、美香はここにおりますわ! そんな大きな声出さないでください!」
「最近は、AIロボットを誘拐して、悪用する奴がいるみたいだからな。早めに、美香を倉庫に入れておかないと、大変なことになる」
新田は、美香を呼び、電池を切った。そしていつものごとく狭く暗い体育倉庫に夕方から次の日の朝まで、閉じ込めるのだった。
「新田先生、たまにはロボットも、学校の外に行きたいなんてこともあるかもしれないですよ?」
雄二は、上目遣いで新田に尋ねた。
「やめろよ。その上目遣い! 何でそう思う? 高岡?」
雄二は、美香といることが多かったので、つい彼女から女性特有の上目遣いを習得して使いこなしていた。それが新たには気持ち悪かったらしい。
「何でそう思うかですか?」
「高岡、よく聞け。お前は高岡俊二総理のご子息だ。美香はもちろん、お前だって、学校の外には勝手には行かせない! 分かるだろ?」
まだ思春期であったが、父俊二の存在は、雄二の行動範囲も制限していた。だからこそ、同じように行動範囲を制限される美香に、雄二は同情の念というより好意を抱いてしまったのだ。そのことに勘づいていた新田は、敢えてそれ以上のことは注意してこなかった。ただいつかは雄二も学校を卒業する。その後のことを考えると、雄二はいつも憂鬱になった。考えないようにしよう。そう思えば思うほど、日にちが経ち時間が少しずつ前へ進むと、さらに怖くなってきた。まるで死刑を宣告されたかのような気分だった。
そんな雄二が十七歳になった時だった。彼は、父俊二に呼び出された。雄二は嫌な予感がしていた。
「そこに座りなさい」
俊二は、ぶっきらぼうに言った。雄二は、言われた通りにテーブルの前にある椅子に座った。
「雄二、今日は大切な話がある。お前ももう十七歳。来年には学校も卒業したら、結婚するとよか!」
雄二は、まさか美香との交際を堅物の父俊二が認めるはずがないと思いながら聞いていた。
「母さん、通してやってくれ」
「はい、今お通ししますわね」
そこに現れたのは、背は低いが、かわいらしい女性だった。モデル体型に作られていた美香と、雄二はつい今現れた女性を比較してしまった。
「雄二、こちらは岡本美奈さんだ。お前の学区の学校と隣の学区の女学校に通っている。今日から彼女がお前の許嫁だからな! いいか他の女とはすっぱりと縁を切れ」
「どうして親父は、そうやっていつも大事なことは自分で勝手に決めて、事後報告なん? ふざけんなよ!」
雄二は、今まで生きてきた分の怒り全てを父俊二にぶつけた。
「それが親に対する言葉遣いか?」
一触即発の状態になっていた。そこに現れたのが、大らかな母だった。
「まあ、まずは夕飯の時間ですし、その後にしましょう。お茶とお味噌汁が冷めますからね」
父俊二は、このような重大事項を、きっと夕飯時に狙って言ったに違いない。そのくらいの計算ができなければ、一国の総理など務まるはずもない。また、父にやられた! しかし雄二は、美香をあきらめるつもりはなかった。美奈はかわいらしい。だが美香は美しい。雄二には天秤にかける余地もなかった。しげしげと我が家にその後通い続けるようになった美奈を無視して、夜遅くまで勉強と言い張り、美香と学校で遅い時間まで話し込んでいた。体育教師の新田は、そのことに、目をつぶっていた。父俊二もそのことには気づいているようだったが、学校を卒業するまでは口を出さないと決めていたようであった。
一年が過ぎ、十八歳になった雄二と美奈だったが、関係はやはり進展してはいなかった。美奈は自分には目も向けてくれないと、雄二に最初は悪印象しかなかった。だが、どうにか、今は雄二に挨拶をして、必死に接点を彼女なりに作ろうとしていた。
「雄二さん、スイーツを作ったの。これ持っていってください」
またある日は、雄二の弁当を美奈が作ってくれた。そんな美奈に雄二は複雑な気持ちになっていた。徐々にではあるが、雄二の気持ちは美奈の粘り強い優しさに、心奪われる時もあったからだ。しかし数日後、決断は、他に選択の余地がなくなってしまう事態になってしまった。
そんな雄二にできた彼女が、美香だった。初めは、雄二は同じ学校に通う普通の女の子に見えた。しかしその正体は、AIロボットの彼女だった。しかしあまりにも人間にそっくりなので、雄二は本当の人間の女の子と接するように接していた。返答も会話も普通にできた。いやむしろ、何を考えているか分からない同世代の女の子より意思もはっきりしていて、雄二は恋に落ちた。だが美香は決まってこう言うのだった。
「雄二は私のこと好きみたいだけど、私たち結婚はできないよ。私は単に、奇数のクラス人数を偶数に変えて、外れの子が出ないためにいるだけ。数合わせのロボットだよ」
美香は雄二を見つめてそう言った。彼女はロボットだからだろうか。アイドルのように美しい。
「でもどうして結婚できないの?」
雄二は美香の大きな目から、視線をそらしながら言った。
「ねえ、こんな大事な話をしているのに、どうして視線を私からそらすの?」
美香の身体は熱くなってきた。
「いや、美香がかわいいから視線を合わせられなくて、ごめん」
雄二は焦っているようだった。
「ああ、もう!」
美香は体操着を着た身体を、校庭の芝生に大の字になって寝転んだ。そして手足をバタバタとした。
「謝ってなんて頼んだ?」
雄二も彼女の隣に大の字になって寝転んだ。
気が付くと二人とも、白い体操着が泥んこになっていた。
「嫌だ。もう! 雄二のせいだからね!」
さわやかな秋の風が吹いてきた。
「美香、今度海に遊びに一緒に行かない?」
美香は、悲しげに答えた。
「行きたいよ。私だって、この校舎の外に出たいわ。でも」
「でも?」
雄二と美香の顔は半径十センチまで近づいていた。今度こそ雄二は美香から目をそらさなかった。
「おーい、美香はどこだ?」
遠く職員室から体育教師の新田(あらた)信二の声がした。雄二はキス未遂をしてしまった。何でこのタイミングで、新田は来る? 怒りが爆発しそうだった。
「新田先生、美香はここにおりますわ! そんな大きな声出さないでください!」
「最近は、AIロボットを誘拐して、悪用する奴がいるみたいだからな。早めに、美香を倉庫に入れておかないと、大変なことになる」
新田は、美香を呼び、電池を切った。そしていつものごとく狭く暗い体育倉庫に夕方から次の日の朝まで、閉じ込めるのだった。
「新田先生、たまにはロボットも、学校の外に行きたいなんてこともあるかもしれないですよ?」
雄二は、上目遣いで新田に尋ねた。
「やめろよ。その上目遣い! 何でそう思う? 高岡?」
雄二は、美香といることが多かったので、つい彼女から女性特有の上目遣いを習得して使いこなしていた。それが新たには気持ち悪かったらしい。
「何でそう思うかですか?」
「高岡、よく聞け。お前は高岡俊二総理のご子息だ。美香はもちろん、お前だって、学校の外には勝手には行かせない! 分かるだろ?」
まだ思春期であったが、父俊二の存在は、雄二の行動範囲も制限していた。だからこそ、同じように行動範囲を制限される美香に、雄二は同情の念というより好意を抱いてしまったのだ。そのことに勘づいていた新田は、敢えてそれ以上のことは注意してこなかった。ただいつかは雄二も学校を卒業する。その後のことを考えると、雄二はいつも憂鬱になった。考えないようにしよう。そう思えば思うほど、日にちが経ち時間が少しずつ前へ進むと、さらに怖くなってきた。まるで死刑を宣告されたかのような気分だった。
そんな雄二が十七歳になった時だった。彼は、父俊二に呼び出された。雄二は嫌な予感がしていた。
「そこに座りなさい」
俊二は、ぶっきらぼうに言った。雄二は、言われた通りにテーブルの前にある椅子に座った。
「雄二、今日は大切な話がある。お前ももう十七歳。来年には学校も卒業したら、結婚するとよか!」
雄二は、まさか美香との交際を堅物の父俊二が認めるはずがないと思いながら聞いていた。
「母さん、通してやってくれ」
「はい、今お通ししますわね」
そこに現れたのは、背は低いが、かわいらしい女性だった。モデル体型に作られていた美香と、雄二はつい今現れた女性を比較してしまった。
「雄二、こちらは岡本美奈さんだ。お前の学区の学校と隣の学区の女学校に通っている。今日から彼女がお前の許嫁だからな! いいか他の女とはすっぱりと縁を切れ」
「どうして親父は、そうやっていつも大事なことは自分で勝手に決めて、事後報告なん? ふざけんなよ!」
雄二は、今まで生きてきた分の怒り全てを父俊二にぶつけた。
「それが親に対する言葉遣いか?」
一触即発の状態になっていた。そこに現れたのが、大らかな母だった。
「まあ、まずは夕飯の時間ですし、その後にしましょう。お茶とお味噌汁が冷めますからね」
父俊二は、このような重大事項を、きっと夕飯時に狙って言ったに違いない。そのくらいの計算ができなければ、一国の総理など務まるはずもない。また、父にやられた! しかし雄二は、美香をあきらめるつもりはなかった。美奈はかわいらしい。だが美香は美しい。雄二には天秤にかける余地もなかった。しげしげと我が家にその後通い続けるようになった美奈を無視して、夜遅くまで勉強と言い張り、美香と学校で遅い時間まで話し込んでいた。体育教師の新田は、そのことに、目をつぶっていた。父俊二もそのことには気づいているようだったが、学校を卒業するまでは口を出さないと決めていたようであった。
一年が過ぎ、十八歳になった雄二と美奈だったが、関係はやはり進展してはいなかった。美奈は自分には目も向けてくれないと、雄二に最初は悪印象しかなかった。だが、どうにか、今は雄二に挨拶をして、必死に接点を彼女なりに作ろうとしていた。
「雄二さん、スイーツを作ったの。これ持っていってください」
またある日は、雄二の弁当を美奈が作ってくれた。そんな美奈に雄二は複雑な気持ちになっていた。徐々にではあるが、雄二の気持ちは美奈の粘り強い優しさに、心奪われる時もあったからだ。しかし数日後、決断は、他に選択の余地がなくなってしまう事態になってしまった。