8月30日、金曜日。
 美月にDMを送ってからさらに5日が経った。
 あれから体調が悪化しずっと寝込んでいた私は、スマホの通知音で目を覚ます。窓の外を見ると、すっかり日が暮れていた。スマホの画面に、18:34と映し出される。Xを開く。美月から5日ぶりにDMが来ており、飛びつくようにしてメッセージを開いた。


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萌生さん

こんばんは。
今、大丈夫でしょうか?
「69,」について、なんとなく分かったような気がします。
ある大手掲示板に手掛かりになることが書かれていました。
萌生さんもご存知かと思いますが、昔よく話題になっていた「5ちゃんねつ」です。
ノベマ!について書かれた掲示板があって、目を通してみたんです。
そしたら……そこにも、変なコメントを残す人がいるんですよね。
まあ、ああいった掲示板は適当に書き込みをする人が多いですが、その人のコメントはなんというか、不気味で。
数字やアルファベットだけで記入されたコメントがあったので、気になって追いかけたんですけど。
掲示板に書き込みをしていた他のユーザーの人も、不可解なコメントに気味悪がっていて。
その中の一人が、数字とアルファベットのコメントを解読していたんです。

『かな文字入力をしているんじゃないか』って。
かな文字入力——パソコンのキーボード上のアルファベットや数字の下に書かれたひらがなのことですね。
ローマ字ではなくて、そのかな文字をそのまま打ち込んだら、数字やアルファベットのみの暗号のような文字列が出来上がります。

それでその、「69,」の“かな”の部分を見てみたら、「69,」=「およね」になります。
「およね」が名前を示すのか分からなかったんですけれど、こちらもちょっと詳しく調べてみたんです。

そしたら、また別の掲示板ですけれど、「およねの話」っていう昔話? が綴られた掲示板がありました。「およね」っていうのは、どうもその怪談話の主人公の名前のようです。オカルト話ばかり載っている掲示板なので、作り話の可能性が高いですけれど。
よければこちらのリンクを貼っておきます。
https://kaidanbanashi4980********

もしこの「およねの話」に出てくる「およね」=「69,」なのだとすれば、その「およね」の幽霊がノベマ!上で怪異を引き起こして、神谷さんを殺してしまった——そんなふうに考えられるんじゃないかって……。
もちろん、すべて私が都合の良いように解釈した妄想だって言われてしまえばそうですけれど。これ以上、手掛かりを探すのは難しいかもしれません。

私にはこれくらいしか萌生さんの力になれないのですが、
萌生さんの気持ちが少しでも楽になれたら——そう思います。
また何かあれば、ご連絡ください。
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 彼女のDMに記された「およね」という文字を見て、私は咄嗟に身を起こし、パソコンの画面を開いた。
 確かに彼女の言う通り、「69,」をかな文字で見てみると「およね」という単語が浮かび上がる。
 ああ、なんということだろうか。
 三浦園子の遺書に書かれていた「わたしはおよね」という一文がフラッシュバックする。
 すぐさま彼女から送られてきたURLをタップした。
 「5ちゃんねつ」と似たような掲示板だが、確かに載っている話はオカルト話ばかりだ。

 その中の「およねの話」というタイトルの内容に、ざっと目を通す。
 そこには、行商の男に嫁入りした「およね」の哀しい人生の終わりが記されていた。
 
 愛する人から不倫というかたちで裏切られたこと。
 唯一の楽しみだった人情本を読めなくなってしまったこと。
 人生への絶望。
 
 彼女の感じていた悲しみが、ダイレクトに胸に差し迫って感じられた。
 人情本が出版統制の対象になっているところを見ると、おそらく江戸後期の話だろう。一体誰がこんな話を書いたのだろうか。投稿主の名前を見ると——「69,」になっている。

 およねは、結人に恋をすることさえ周りに認められなかった園子に取り憑き、怪異を引き起こした。結人の出版した本を絶版にした上で、園子と結人を殺してしまった。その後も、まだ怪異は終わっていない。ノベマ!には引き続き不可解な感想コメントが跋扈(ばっこ)していた。今でも時々ノベマ!のユーザーページを開くと、あの赤文字が表示されるのだ。編集部の人たちは今でもコメントを消す作業でてんてこ舞いになっているだろう。およねの引き起こす怪異は終わっていない。
 じゃあ、いつ終わるの……?

 園子と、結人と、あとは誰を生贄にすれば——。

 頭痛がした。喉から、ひゅう、ひゅうという乾いた呼吸が漏れる。「およねの話」を書いたのはおよね本人だ。誰かのいたずらなんかじゃない。およねは生きている。いや、生きているように見せかけて、この世のどこかに漂っている——。

「つぎはあなたのばん」