結人が亡くなったと知ったのは、8月25日のことだ。
4日前に、何かの怪異を感じた私は、その瞬間に大きな叫び声を上げた。「うわああああ!」と叫ぶと、ふっと首元から冷たい感触がなくなり、なんとか首を動かすことができた。ゼエゼエと荒い息を繰り返し、なんとか呼吸を保っていた。
しかしその後もずっと、何かにつけて誰かに見られているような感覚や、冷や汗、突如襲いくる頭痛が止まらなくなり、しばらく会社を休むことにした。
青木先生からは「雪村さんも?」と心配されたが、心の中では心配よりも迷惑だと思われている可能性がある。なにせ、立花先生も同じように休職をしており、職場からどんどん人間が減っているからだ。
休職をして4日目の朝、惰性でつけたテレビに映し出された「墨田区マンションに男性の絞殺死体」という見出しに、目が釘付けになった。
「結人……」
ニュースキャスターが「瀬戸祐介さん」という名前を口にした瞬間、何かの間違いではないかと耳を疑った。けれど、しっかりと画面に映し出されたその名前を見て、ひどいめまいがして現実から目を逸らしたくなった。
結人が亡くなったのは、8月20日の明け方のことらしい。ちょうど私が、8月19日の夜に「最近どう?」と彼に連絡を入れた直後のことだ。
あのメッセージを見ることなく、彼は死んでしまったのだ。
一体なぜ——と考える間もなく、ニュースでは彼が首を絞められたと告げた。他殺の可能性が高い、と。結人は他人に恨みを買うような人間ではなかった。まして自殺をするような人でもない。仕事に対して前向きだし、学生時代も常に人気者だった。私は、そんな結人のことがまぶしくて、彼と友人であることが誇らしくて……彼に、恋をしていたんだ。
結人を殺したのは、人間じゃない。
どうしてか、そんなオカルト的な考えが頭を支配した。
「園子……。いや、“およね”」
頭に浮かぶのはやっぱり、園子——に取り憑いた“およね”だった。
確たる証拠があるわけではない。でも、結人が失踪する直前に園子の名前を呟いたこと、不可解な結人の死、園子の遺書の内容を照らし合わせると、もうそれしか考えられなくなった。
およねという怪物が、園子に取り憑き、彼女を殺してしまった。
死んだ園子が今度は結人まで襲って……。
それだけじゃない。ノベマ!での感想コメントは私や他のユーザーの作品にまで侵食している。もしかして、立花先生も? でもどうして。彼女はノベマ!で小説を書いているわけでもないし、結人と知り合いであるわけでもない。私が知らないだけで、小説を書いていたり彼と知り合いだったりする可能性はあるが、他の可能性は考えられないか?
「そういえば立花先生も、様子が変だったな」
——ん、やからその本のタイトルは、んごぎゃぎゃぎゃがっゆん
私が体調不良で早退した日に、お見舞いに来てくれた彼女から、去年の夏季合宿で一時的に行方不明になった生徒が読んでいた本のタイトルを聞いた時。
彼女の口から、鶏の首を絞めたような声が漏れた。
結局その本のタイトルを、私は理解することができなくて。
自分の耳がおかしくなってしまったんだと錯覚していた。
だけど、本当は結人の本のタイトルをちゃんと言っていたんじゃないだろうか。結人やノベマ!とは繋がりのない彼女がおかしくなるには、それぐらいしか考えられる理由がない。
彼女が口にした本のタイトルは、神谷結人のデビュー作『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』——。
「ううっ」
カキーン、カキーン、と痛いぐらいに高い音が耳奥で鳴り響く。まるで、これ以上その本のタイトルのことを考えるなと脳が拒否しているようだった。
ぐらつく頭を押さえながら、XのDM一覧を開く。職場との関わりを絶ち、結人まで失ってしまった私にはもう、この一連の怪異について相談できる相手は一人しかいなかった。
4日前に、何かの怪異を感じた私は、その瞬間に大きな叫び声を上げた。「うわああああ!」と叫ぶと、ふっと首元から冷たい感触がなくなり、なんとか首を動かすことができた。ゼエゼエと荒い息を繰り返し、なんとか呼吸を保っていた。
しかしその後もずっと、何かにつけて誰かに見られているような感覚や、冷や汗、突如襲いくる頭痛が止まらなくなり、しばらく会社を休むことにした。
青木先生からは「雪村さんも?」と心配されたが、心の中では心配よりも迷惑だと思われている可能性がある。なにせ、立花先生も同じように休職をしており、職場からどんどん人間が減っているからだ。
休職をして4日目の朝、惰性でつけたテレビに映し出された「墨田区マンションに男性の絞殺死体」という見出しに、目が釘付けになった。
「結人……」
ニュースキャスターが「瀬戸祐介さん」という名前を口にした瞬間、何かの間違いではないかと耳を疑った。けれど、しっかりと画面に映し出されたその名前を見て、ひどいめまいがして現実から目を逸らしたくなった。
結人が亡くなったのは、8月20日の明け方のことらしい。ちょうど私が、8月19日の夜に「最近どう?」と彼に連絡を入れた直後のことだ。
あのメッセージを見ることなく、彼は死んでしまったのだ。
一体なぜ——と考える間もなく、ニュースでは彼が首を絞められたと告げた。他殺の可能性が高い、と。結人は他人に恨みを買うような人間ではなかった。まして自殺をするような人でもない。仕事に対して前向きだし、学生時代も常に人気者だった。私は、そんな結人のことがまぶしくて、彼と友人であることが誇らしくて……彼に、恋をしていたんだ。
結人を殺したのは、人間じゃない。
どうしてか、そんなオカルト的な考えが頭を支配した。
「園子……。いや、“およね”」
頭に浮かぶのはやっぱり、園子——に取り憑いた“およね”だった。
確たる証拠があるわけではない。でも、結人が失踪する直前に園子の名前を呟いたこと、不可解な結人の死、園子の遺書の内容を照らし合わせると、もうそれしか考えられなくなった。
およねという怪物が、園子に取り憑き、彼女を殺してしまった。
死んだ園子が今度は結人まで襲って……。
それだけじゃない。ノベマ!での感想コメントは私や他のユーザーの作品にまで侵食している。もしかして、立花先生も? でもどうして。彼女はノベマ!で小説を書いているわけでもないし、結人と知り合いであるわけでもない。私が知らないだけで、小説を書いていたり彼と知り合いだったりする可能性はあるが、他の可能性は考えられないか?
「そういえば立花先生も、様子が変だったな」
——ん、やからその本のタイトルは、んごぎゃぎゃぎゃがっゆん
私が体調不良で早退した日に、お見舞いに来てくれた彼女から、去年の夏季合宿で一時的に行方不明になった生徒が読んでいた本のタイトルを聞いた時。
彼女の口から、鶏の首を絞めたような声が漏れた。
結局その本のタイトルを、私は理解することができなくて。
自分の耳がおかしくなってしまったんだと錯覚していた。
だけど、本当は結人の本のタイトルをちゃんと言っていたんじゃないだろうか。結人やノベマ!とは繋がりのない彼女がおかしくなるには、それぐらいしか考えられる理由がない。
彼女が口にした本のタイトルは、神谷結人のデビュー作『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』——。
「ううっ」
カキーン、カキーン、と痛いぐらいに高い音が耳奥で鳴り響く。まるで、これ以上その本のタイトルのことを考えるなと脳が拒否しているようだった。
ぐらつく頭を押さえながら、XのDM一覧を開く。職場との関わりを絶ち、結人まで失ってしまった私にはもう、この一連の怪異について相談できる相手は一人しかいなかった。