『2023年7月2日、福岡市の住宅で27歳の会社員三浦園子さんが首を吊って亡くなっていることが判明した。机の上には彼女が書いたと思われる遺書が見つかったことから、自殺と推定している。遺書には家族や同僚に対する謝罪文のほか、ひらがなで下記のような内容が記されている。
「ゆうすけくん、ごめんなさい
かみやゆいとのほんをけがしてごめんなさい
わたしはおよね
およねはゆるさないから
およねはうらぎりもののおとこをゆるさない
みおは、ようへいのことがすきだった
わたしはゆうすけくんのことがすきだった
だからゆづきのことがゆるせない
——もえかのことがゆるせない
およねがついてくる
およねがずっとすぐそばにいる
たぶんわたしがしんでもおよねはいきてる
ゆうすけくんごめんね」』
首吊り。
自殺。
遺書。
あまりにも衝撃的な内容のニュース記事に、頭がぐらぐらと揺れていた。
「そんな……自殺してたなんて」
知らなかった——というか、多分一度はテレビなんかで耳にしたニュースなのだと思う。それなのに、私の頭にはこの事件の彼女が三浦園子だという事実が残っていなかった。大きな反省と後悔が押し寄せる。曲がりなりにも元クラスメイトなのに——自分は最低な人間だという自己嫌悪に陥った。
クラスメイトだった人の訃報が回って来なかったのも、彼女がクラスで絶妙な立ち位置にあったこと、死亡の原因が自殺だったことが原因に違いない。みんな、彼女の情報は視界に入れないようにしていたのかも……。
そう思うと、園子が不憫に思えてならなかった。
それに、この公開されている遺書のひらがなの部分があまりにも不可解すぎる。
「およねって、何……? 誰かの名前? 昔の人? どういうこと……」
“わたしはおよね”
奇怪すぎるその一文が、私の背筋の毛を逆立てるのに十分だった。
「“みお”と“ようへい”と“ゆづき”は、結人のデビュー作に出てくる人たちだ……」
彼女の遺書にある登場人物たちの名前が、どうしてか何度も視界に入ってしまう。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』——神谷結人はこの作品で光風社新人賞を受賞し、華々しくデビューした。園子が書いている「みお」は美桜で、本作品に登場する主人公たちの友人の名前だ。主人公は洋平、ヒロインは柚月。もう一人、健二という名前の友達も出てくる。この四人が京都で学生生活を謳歌する青春小説。明らかに、結人と私が京都で送った学生生活をモデルにしていた。もちろん、内容はすべてフィクションだけれど。
本は飛ぶように売れた。確か、何十万部とかの冊数で売れて、結人は一躍ベストセラー作家になった。
そんな人気作だったが、ある時、名誉毀損で訴えられて絶版になってしまう。
訴えたのはかつて彼の同級生だった女性だと報道されていたが、今ようやく分かった。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』を絶版に追い込んだのは、三浦園子だと。
園子はたぶん、『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』の主人公・洋平=結人、ヒロイン・柚月=萌香、友人・美桜=園子というふうに考えていたんだろう。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』では最終的に洋平と柚月が恋人となるが、美桜もずっと洋平のことが好きだった。だから、登場人物を自分と重ね合わせて、ショックを受けたのかもしれない。
「もえかのことがゆるせない」という一文が、呪いの一文のように感じられて、思わず「うっ」と口を抑えた。
園子は私を恨んでいる。
“わたしはおよね”という文の意味は正直分からない。
“およねがついてくる”——この一文から、彼女が“およね”という人物? 怪物? に取り憑かれている(と錯覚している?)様子が窺えるが、結局のところ本当の意味は分からない。彼女は首を吊って自殺してしまったのだから——。
さっきから、ずっとおかしいと思うことがある。
首が、後ろに回せないのだ。
ああ、そうだ。
さっき、私が本のタイトルを口にした瞬間から。
ずっと、首が動かない。
それどころか、誰かが近くで私の首を絞めているような感覚がしている。
ねえ、あなたは誰?
園子?
それとも“およね”?
まさか……結人じゃないよね?
振り返りたいけど、できない。
首筋に、ヒヤリとした感触を覚えた。
「ゆうすけくん、ごめんなさい
かみやゆいとのほんをけがしてごめんなさい
わたしはおよね
およねはゆるさないから
およねはうらぎりもののおとこをゆるさない
みおは、ようへいのことがすきだった
わたしはゆうすけくんのことがすきだった
だからゆづきのことがゆるせない
——もえかのことがゆるせない
およねがついてくる
およねがずっとすぐそばにいる
たぶんわたしがしんでもおよねはいきてる
ゆうすけくんごめんね」』
首吊り。
自殺。
遺書。
あまりにも衝撃的な内容のニュース記事に、頭がぐらぐらと揺れていた。
「そんな……自殺してたなんて」
知らなかった——というか、多分一度はテレビなんかで耳にしたニュースなのだと思う。それなのに、私の頭にはこの事件の彼女が三浦園子だという事実が残っていなかった。大きな反省と後悔が押し寄せる。曲がりなりにも元クラスメイトなのに——自分は最低な人間だという自己嫌悪に陥った。
クラスメイトだった人の訃報が回って来なかったのも、彼女がクラスで絶妙な立ち位置にあったこと、死亡の原因が自殺だったことが原因に違いない。みんな、彼女の情報は視界に入れないようにしていたのかも……。
そう思うと、園子が不憫に思えてならなかった。
それに、この公開されている遺書のひらがなの部分があまりにも不可解すぎる。
「およねって、何……? 誰かの名前? 昔の人? どういうこと……」
“わたしはおよね”
奇怪すぎるその一文が、私の背筋の毛を逆立てるのに十分だった。
「“みお”と“ようへい”と“ゆづき”は、結人のデビュー作に出てくる人たちだ……」
彼女の遺書にある登場人物たちの名前が、どうしてか何度も視界に入ってしまう。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』——神谷結人はこの作品で光風社新人賞を受賞し、華々しくデビューした。園子が書いている「みお」は美桜で、本作品に登場する主人公たちの友人の名前だ。主人公は洋平、ヒロインは柚月。もう一人、健二という名前の友達も出てくる。この四人が京都で学生生活を謳歌する青春小説。明らかに、結人と私が京都で送った学生生活をモデルにしていた。もちろん、内容はすべてフィクションだけれど。
本は飛ぶように売れた。確か、何十万部とかの冊数で売れて、結人は一躍ベストセラー作家になった。
そんな人気作だったが、ある時、名誉毀損で訴えられて絶版になってしまう。
訴えたのはかつて彼の同級生だった女性だと報道されていたが、今ようやく分かった。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』を絶版に追い込んだのは、三浦園子だと。
園子はたぶん、『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』の主人公・洋平=結人、ヒロイン・柚月=萌香、友人・美桜=園子というふうに考えていたんだろう。
『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』では最終的に洋平と柚月が恋人となるが、美桜もずっと洋平のことが好きだった。だから、登場人物を自分と重ね合わせて、ショックを受けたのかもしれない。
「もえかのことがゆるせない」という一文が、呪いの一文のように感じられて、思わず「うっ」と口を抑えた。
園子は私を恨んでいる。
“わたしはおよね”という文の意味は正直分からない。
“およねがついてくる”——この一文から、彼女が“およね”という人物? 怪物? に取り憑かれている(と錯覚している?)様子が窺えるが、結局のところ本当の意味は分からない。彼女は首を吊って自殺してしまったのだから——。
さっきから、ずっとおかしいと思うことがある。
首が、後ろに回せないのだ。
ああ、そうだ。
さっき、私が本のタイトルを口にした瞬間から。
ずっと、首が動かない。
それどころか、誰かが近くで私の首を絞めているような感覚がしている。
ねえ、あなたは誰?
園子?
それとも“およね”?
まさか……結人じゃないよね?
振り返りたいけど、できない。
首筋に、ヒヤリとした感触を覚えた。