8月19日月曜日。
英生会では10日ほどあった長いお盆休みが明けた。
とはいえ、昨日と一昨日は中学3年生の夏季合宿があったので、職員のお盆は一昨日から明けていることになる。私も合宿に出席していたので、今日が月曜日という感覚がなかった。
ちなみに夏季合宿は無事に予定通りに遂行することができた。余興の花火大会も盛り上がったし、去年のような不祥事は起こらなかった。きっと先生たちはみな、心の中でほっとしていたに違いない。新人の私は、去年のことなど何も事情を知らないふりを装っていたけれど。
「立花先生、今日もお休みなんですね」
お昼頃に集まった面々を見て、私はひとり呟く。
立花先生はお盆前、私が体調不良で早退をしたあたりから体調を崩していて、今もまだ治っていないらしい。昨日、一昨日の合宿も休んでいた。10日以上も風邪が長引いているとは思い難いし、季節外れの感染症ではないかとみんな疑っている。が、当の本人から合宿の前に「体調不良で合宿を休みます」という連絡しかなかったので、今どんな様子なのか、分からない。体調が悪いときにあまり頻繁に連絡をするのも憚られるということで、昨日も彼女にコンタクトをとった先生はいなかった。
「今日は代講立てないとなー」
青木塾長が困った顔で言う。講師が一人休むと、その先生が請け負っているクラスの授業ができなくなる。代わりに空きコマになっている先生が授業を行うしかないのだが、あいにく今日は空きコマになっている先生がいなかった。
「雪村さん、できひんよね?」
「え、私ですか?」
青木先生の視線が私にじーっと向けられる。いや、さすがに授業は……と断ろうとしたところで、彼は「冗談やって」と続けた。
「今日は仕方ないから、他のクラスと合同でやるわ」
「はあ。分かりました」
大きな教室で、立花先生のクラスと他の先生のクラスを合併させると聞いてほっとする。講師一人が抜けた穴は大きい。立花先生はいつ戻ってこられるのだろうか。最後に彼女と会った日、彼女の様子が少しおかしかったのを思い出す。正確には彼女がある本のタイトルを口にした場面だけだが。去年、合宿で生徒が一時的に行方不明になり、合宿中に失くしたと言っていた本のタイトル。それを語った時の彼女の口調がどうも変で、結局本のタイトルが何なのか分からなかった。
自分の体調が悪かったので単なる聞き間違いかと思ったけれど、二回聞いて二回とも上手く聞き取れなかった。あれは一体何だったんだろう。
「雪村さんは大丈夫? 前にちょっと体調悪いって言うてたみたいやけど」
「え、ええ。私は今のところ大丈夫です」
本当はまだ、本調子ではなかった。軽い頭痛や息苦しさが時々襲ってくることがある。だが、感染症や重い病気の類ではないことは分かっている。一度病院にもかかったが、日頃の疲れが原因でしょうと曖昧な診断を受けた。
「そうか。まあこの暑さやし、気いつけてな」
「ありがとうございます」
なんだかんだ、部下の体調には気を配ってくれる青木先生は優しい人だ。頭を下げていつもの事務仕事に取り掛かる。立花先生のいない事務所は、なんだかふわふわとして自分の居場所がないように感じられた。
英生会では10日ほどあった長いお盆休みが明けた。
とはいえ、昨日と一昨日は中学3年生の夏季合宿があったので、職員のお盆は一昨日から明けていることになる。私も合宿に出席していたので、今日が月曜日という感覚がなかった。
ちなみに夏季合宿は無事に予定通りに遂行することができた。余興の花火大会も盛り上がったし、去年のような不祥事は起こらなかった。きっと先生たちはみな、心の中でほっとしていたに違いない。新人の私は、去年のことなど何も事情を知らないふりを装っていたけれど。
「立花先生、今日もお休みなんですね」
お昼頃に集まった面々を見て、私はひとり呟く。
立花先生はお盆前、私が体調不良で早退をしたあたりから体調を崩していて、今もまだ治っていないらしい。昨日、一昨日の合宿も休んでいた。10日以上も風邪が長引いているとは思い難いし、季節外れの感染症ではないかとみんな疑っている。が、当の本人から合宿の前に「体調不良で合宿を休みます」という連絡しかなかったので、今どんな様子なのか、分からない。体調が悪いときにあまり頻繁に連絡をするのも憚られるということで、昨日も彼女にコンタクトをとった先生はいなかった。
「今日は代講立てないとなー」
青木塾長が困った顔で言う。講師が一人休むと、その先生が請け負っているクラスの授業ができなくなる。代わりに空きコマになっている先生が授業を行うしかないのだが、あいにく今日は空きコマになっている先生がいなかった。
「雪村さん、できひんよね?」
「え、私ですか?」
青木先生の視線が私にじーっと向けられる。いや、さすがに授業は……と断ろうとしたところで、彼は「冗談やって」と続けた。
「今日は仕方ないから、他のクラスと合同でやるわ」
「はあ。分かりました」
大きな教室で、立花先生のクラスと他の先生のクラスを合併させると聞いてほっとする。講師一人が抜けた穴は大きい。立花先生はいつ戻ってこられるのだろうか。最後に彼女と会った日、彼女の様子が少しおかしかったのを思い出す。正確には彼女がある本のタイトルを口にした場面だけだが。去年、合宿で生徒が一時的に行方不明になり、合宿中に失くしたと言っていた本のタイトル。それを語った時の彼女の口調がどうも変で、結局本のタイトルが何なのか分からなかった。
自分の体調が悪かったので単なる聞き間違いかと思ったけれど、二回聞いて二回とも上手く聞き取れなかった。あれは一体何だったんだろう。
「雪村さんは大丈夫? 前にちょっと体調悪いって言うてたみたいやけど」
「え、ええ。私は今のところ大丈夫です」
本当はまだ、本調子ではなかった。軽い頭痛や息苦しさが時々襲ってくることがある。だが、感染症や重い病気の類ではないことは分かっている。一度病院にもかかったが、日頃の疲れが原因でしょうと曖昧な診断を受けた。
「そうか。まあこの暑さやし、気いつけてな」
「ありがとうございます」
なんだかんだ、部下の体調には気を配ってくれる青木先生は優しい人だ。頭を下げていつもの事務仕事に取り掛かる。立花先生のいない事務所は、なんだかふわふわとして自分の居場所がないように感じられた。