20件並んだコメントに目を通し、鳥肌が立った。
コメントに頻繁に出てくる「私」「あいつ」「あなた」という三人の人物が何を意味しているのか考えた時、思い切り吐き気が込み上げた。
「ううっ……」
『萌生、大丈夫か?』
心配そうな結人の声も心なしか震えているように聞こえる。
「69,」からの感想コメントは昨日から今日にかけて、しかも夜中の間もずっと書き込まれている。最新のコメントなんて、つい10分前に書かれたものだ。それらの情報が意味するところを考えると、とてもじゃないが正気を保っていられない。
この人は……結人のストーカーではないのか……?
あるいは、榊しのぶの。
いや、どっちだっていい。どちらにせよ、はっきりと彼に対して執着心を持っていることは明らかだ。さらに、私に対してもなんらかの敵愾心を抱いている。そうでなければ、美月の作品の感想コメントに「葉方萌生」なんて名前は出てこないだろう。
編集部によると私が先月問い合わせた時からここ1ヶ月の間、ずっと「69,」から届いた不審なコメントは削除してもらっているはずだ。昨日と今日だけで20件もコメントを残すぐらいなのだから、それ以前も結人の作品に対して、「69,」が感想を残していた可能性は高い。単に彼がノベマ!にアクセスせずに気づかなかっただけで、「69,」のコメントは榊しのぶの最新作に書かれ続けていたのではないだろうか。昨日と今日の分に関しては、まだ編集部の対応が追いついていないだけ——そう考えると、全身の震えが止まらなかった。
結人が心配してくれているのに返事もできないまま、榊しのぶの最新作に残されたコメント欄から目が離せずにいると、その場で感想欄が一つ更新された。
「ひっ」
思わず口から悲鳴が漏れる。
見たくないのに、最新のコメントが画面に映し出されていた。
【あ、やっとみてくれたんだね】
2024/08/09/11:16
「やっ……」
やめて、と言いたかった。
ノベマ!のHP上に映し出される感想コメントが、もはや常人からのものではないと確信してしまう。この人は……「69,」は一体何者なの!? 百歩譲って、一日中コメントを書き続けることだけならば、徹夜でノベマ!を張っていれば可能だろう。でも、これだけはおかしい。「やっと見てくれた」なんて、まるで今私や結人の行動をそばで見ているとしか思えない発言だ。これには結人も二の句が継げなくなった様子で「なんだよ……」と呟いたまま押し黙ってしまった。
カチ、カチ、カチ、と時計の秒針の音だけがいやに響いて聞こえる。
結人と私の息遣いが、だんだんと荒くなっていた。
『園子……』
その名前を彼が呟いた時、私はふっと意識が朦朧とし始めた。キィンという耳鳴りが聞こえて咄嗟に両耳を塞ぐ。頭がぐらぐらと回転するように痛い。治りかけていた体調不良が一気に悪化したような気がした。
「園子って、三浦園子のこと? 高校生の時同じクラスだった」
三浦園子——彼女は、私と結人の高校時代のクラスメイトだった女の子だ。結人と園子は出身中学校も一緒だと聞いている。私は園子とそこまで接点があったわけではない。三人で一緒に遊ぶようなこともなかった。私はあくまで結人と仲良くしていただけで、園子とは性格も趣味も違っていたので、仲良くつるむこともなかった。単なるクラスメイトで、知り合い程度——友達と呼べるかさえも、分からない存在だ。大学は私と結人が同じ京都で、園子は地元の大学に進学したはずだ。そこまでは知っている。だが、彼女に対してそれ以上のことは知らなかった。
だから、なぜ結人がこの時彼女の名前を出してきたのか、私には分からなかったのだ。
『あ、ああ。いや、でもそんなこと、ありえない……』
先ほどまでしっかりとした話し口調だった彼が、突然震え声になったのに気づいていた。何かに怯えている。普段、しっかり者の彼が見せない反応に、私は戸惑った。
「結人、大丈夫? どうかした? その園子って人と何かあったの?」
咄嗟に彼にそう問いかける。が、彼は「違う」「ありえない」「おかしい」「だって園子は」と、ブツブツと独り言を呟くだけで、私の質問に答えてはくれなかった。いよいよ様子がおかしいと思った私は、「ねえ!」と大きな声を出した。だがそれでも、彼の反応は変わらなかった。そのうち私の方に彼の恐怖心が移ったような心地がして、体調も酷くなる一方だった。
「ごめん結人、ちょっと体調が悪いから今日はもう切るね……。あんまり思い詰めないで。きっと編集部の人たちがこのコメントも消してくれるだろうから……」
それだけ伝えるのが精一杯で、その後に彼からの返答を聞くこともできなかった。
全身を駆け抜ける悪寒が止まらない。震える指をなんとか動かして、通話終了ボタンを押す。彼からその後、メッセージは何も来なくて。私はスマホを握りしめたまま、ベッドに突っ伏していた。
神谷結人と連絡が取れなくなったのは、それから10日が経ち、お盆休みが明けた頃だった——。
コメントに頻繁に出てくる「私」「あいつ」「あなた」という三人の人物が何を意味しているのか考えた時、思い切り吐き気が込み上げた。
「ううっ……」
『萌生、大丈夫か?』
心配そうな結人の声も心なしか震えているように聞こえる。
「69,」からの感想コメントは昨日から今日にかけて、しかも夜中の間もずっと書き込まれている。最新のコメントなんて、つい10分前に書かれたものだ。それらの情報が意味するところを考えると、とてもじゃないが正気を保っていられない。
この人は……結人のストーカーではないのか……?
あるいは、榊しのぶの。
いや、どっちだっていい。どちらにせよ、はっきりと彼に対して執着心を持っていることは明らかだ。さらに、私に対してもなんらかの敵愾心を抱いている。そうでなければ、美月の作品の感想コメントに「葉方萌生」なんて名前は出てこないだろう。
編集部によると私が先月問い合わせた時からここ1ヶ月の間、ずっと「69,」から届いた不審なコメントは削除してもらっているはずだ。昨日と今日だけで20件もコメントを残すぐらいなのだから、それ以前も結人の作品に対して、「69,」が感想を残していた可能性は高い。単に彼がノベマ!にアクセスせずに気づかなかっただけで、「69,」のコメントは榊しのぶの最新作に書かれ続けていたのではないだろうか。昨日と今日の分に関しては、まだ編集部の対応が追いついていないだけ——そう考えると、全身の震えが止まらなかった。
結人が心配してくれているのに返事もできないまま、榊しのぶの最新作に残されたコメント欄から目が離せずにいると、その場で感想欄が一つ更新された。
「ひっ」
思わず口から悲鳴が漏れる。
見たくないのに、最新のコメントが画面に映し出されていた。
【あ、やっとみてくれたんだね】
2024/08/09/11:16
「やっ……」
やめて、と言いたかった。
ノベマ!のHP上に映し出される感想コメントが、もはや常人からのものではないと確信してしまう。この人は……「69,」は一体何者なの!? 百歩譲って、一日中コメントを書き続けることだけならば、徹夜でノベマ!を張っていれば可能だろう。でも、これだけはおかしい。「やっと見てくれた」なんて、まるで今私や結人の行動をそばで見ているとしか思えない発言だ。これには結人も二の句が継げなくなった様子で「なんだよ……」と呟いたまま押し黙ってしまった。
カチ、カチ、カチ、と時計の秒針の音だけがいやに響いて聞こえる。
結人と私の息遣いが、だんだんと荒くなっていた。
『園子……』
その名前を彼が呟いた時、私はふっと意識が朦朧とし始めた。キィンという耳鳴りが聞こえて咄嗟に両耳を塞ぐ。頭がぐらぐらと回転するように痛い。治りかけていた体調不良が一気に悪化したような気がした。
「園子って、三浦園子のこと? 高校生の時同じクラスだった」
三浦園子——彼女は、私と結人の高校時代のクラスメイトだった女の子だ。結人と園子は出身中学校も一緒だと聞いている。私は園子とそこまで接点があったわけではない。三人で一緒に遊ぶようなこともなかった。私はあくまで結人と仲良くしていただけで、園子とは性格も趣味も違っていたので、仲良くつるむこともなかった。単なるクラスメイトで、知り合い程度——友達と呼べるかさえも、分からない存在だ。大学は私と結人が同じ京都で、園子は地元の大学に進学したはずだ。そこまでは知っている。だが、彼女に対してそれ以上のことは知らなかった。
だから、なぜ結人がこの時彼女の名前を出してきたのか、私には分からなかったのだ。
『あ、ああ。いや、でもそんなこと、ありえない……』
先ほどまでしっかりとした話し口調だった彼が、突然震え声になったのに気づいていた。何かに怯えている。普段、しっかり者の彼が見せない反応に、私は戸惑った。
「結人、大丈夫? どうかした? その園子って人と何かあったの?」
咄嗟に彼にそう問いかける。が、彼は「違う」「ありえない」「おかしい」「だって園子は」と、ブツブツと独り言を呟くだけで、私の質問に答えてはくれなかった。いよいよ様子がおかしいと思った私は、「ねえ!」と大きな声を出した。だがそれでも、彼の反応は変わらなかった。そのうち私の方に彼の恐怖心が移ったような心地がして、体調も酷くなる一方だった。
「ごめん結人、ちょっと体調が悪いから今日はもう切るね……。あんまり思い詰めないで。きっと編集部の人たちがこのコメントも消してくれるだろうから……」
それだけ伝えるのが精一杯で、その後に彼からの返答を聞くこともできなかった。
全身を駆け抜ける悪寒が止まらない。震える指をなんとか動かして、通話終了ボタンを押す。彼からその後、メッセージは何も来なくて。私はスマホを握りしめたまま、ベッドに突っ伏していた。
神谷結人と連絡が取れなくなったのは、それから10日が経ち、お盆休みが明けた頃だった——。