ノベマ!から返信が来たのは、それから3日後のことだ。
 これまでのように翌日に返信がなかったのはやはり、今回の出来事が編集部の中でも混乱を極めている証拠だろう。私以外の人間からの問い合わせも増えていたのかもしれない。とにかく、普段よりは返信が遅く、待っている間ずっと気が気でなかった。今日まで小説の投稿も控えていて、アフター5の楽しみを味わうこともできない。X上でも様々な憶測が飛び交っていて、「おかしな感想が来るのが怖くて投稿できない」という声も上がっていた。

 メールが来た時、時刻は午前11時半で、仕事真っ最中の時間だった。けれど、さすがにメールの内容が気になってしまい、周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認してメールを開いた。そこに書かれていたことはまさに、私の想像を絶する内容だった。


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2024/8/8 11:28
From:support.novema@*******
To:hakatamei@******
Re:【不適切コメントの件につきまして】

葉方萌生様

いつもお世話になっております。
この度は、私どもの不手際により、ご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません。
葉方様よりいただいたメールにつきまして、事実をお伝えするべきかどうか、慎重に協議をしておりました。その結果、ご返信が遅れてしまったことを、お詫び申し上げます。

結論から申し上げますと、葉方様からご指摘をいただいた感想コメントの件で調査担当をしておりました吉岡の所在が、現在分からない状態となっております。
そのため、当社の方でも吉岡の身の安全を確保することを最優先事項とさせていただき、調査の方は一時中断せざるを得ない状況となりました。
葉方様をはじめ、ユーザーの方には大変心苦しく存じますが、何卒ご理解いただけないでしょうか。
吉岡の件はくれぐれもご内密していただくよう、お願い申し上げます。
また事態が進展いたしましたら、葉方様の方にご連絡差し上げます。

重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
よろしくお願い申し上げます。

ノベマ!編集部
鈴木啓太
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【小説サイト ノベマ!】https://novema******
【スターツ出版文庫 byノベマ!】https://novema******

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 メールを読んだ私は、頭をガツンと鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
 まさか、吉岡さんが……?
 所在が分からない——つまり、行方不明ということ?
 一体いつからそんなことに……。
 彼から連絡をもらったのは7月30日のことだ。それからはXであのお知らせ文書を見た後、吉岡さんにメールを送ったものの、返信は彼からではなく鈴木という人物から送られて来た。つまり、7月30日から今日までの間に——もっと言えば、7月30日からお知らせ文書が出た8月5日までの間に、吉岡さんは行方をくらませたということになる。
 大の大人が行方不明になった——そこに、彼自身の意思が働いていると考えるのが自然だが、「69,」についての調査担当になり、途中で仕事を投げ出して失踪するなんて考えづらい。いや、私は吉岡さんに関してほとんど何も知らないのだが、責務を最初から投げ出すような人が、この件に関して調査担当になるとは思えなかった。

 吉岡さんは、編集部の中でも信頼される立場にあったのではないだろうか。
 そうでなければ、この不可解な現象の対策本部の代表に選ばれるはずがない。
 だとすれば、彼は自らの意思で失踪するようなことはなく、別の誰かの手によって(・・・・・・・・・・)、姿を消されたことになる。

「一体誰が……」

 デスクの前でそう呟いた時、隣の席の事務職の板倉(いたくら)さんが、「どうかしましたか?」と話しかけてきてハッとする。
 いけない。仕事中であることを忘れるところだった。
 デスクのパソコンの画面に映し出された英生会への問い合わせメールを目にしながら、画面がチカチカと点滅しているような錯覚に陥り、思わず目を瞑った。

「大丈夫ですか」

「は、はい……すみません」

 そう取り繕ったものの、再びパソコンを見ると、やはりどうしても目が眩んでしまう。それに、気のせいかもしれないが少し動悸がする。息苦しい、という表現が一番しっくりくるような症状だった。

「どこか悪いの? だったら今日は早退してもらって大丈夫ですよ」

 気遣いの言葉をかけくれる板倉さんに対して、私は素直に「はい」と頷いていた。夏バテだろうか。こんな時に体調を崩すなんて、まるで自分が精神的に追い込まれているような気がして嫌だった。
 これではやっぱり「69,」の思う壺かもしれない……。
 精神的なストレスが身体にも影響してしまうなんてザラにあることだが、投稿サイトに書かれたコメント一つで自分がこうも脆くなってしまうことがショックだった。

「すみませんが、お先に失礼します」

「はい。お大事に」

 簡単な引き継ぎを済ませた後、同僚たちにへこへこと頭を下げて事務所を後にした。仲良しの立花先生が心配そうな表情で私を見つめていたのを見て、心配をかけることへの罪悪感が込み上げてくる。体調が良くなったらみなさんにお詫びを入れておこう、と思った。