返信を打ちながら、ずっと嫌な汗が背中を伝っていた。昨日も同じだったが、背後から誰かにスマホの画面を覗かれているような感覚に陥り、恐ろしくなる。一人暮らしの部屋ということも相まって、一層気味が悪く感じられた。

「よく知りもしない人からの攻撃に負けちゃダメだよね」

 誰もいない部屋でそっと呟く。
 不快な感想コメントに振り回されているが、相手は顔の見えない人物だ。単なる愉快犯の可能性もある。私がこうして狼狽えているのを見て楽しんでいるだけなのかもしれない。そう思うと、「69,」の術中にはまって、身動きが取れなくなるのは相手の思う壺だと思う。私は何も後ろめたいことなどしていないのだから、堂々と投稿していればいい——そう強く感じた。
 決意を胸に刻むために、Xを開き「新規投稿」ボタンをタップする。

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葉方萌生@Hakatamei 1m

ノベマ!内で不可解なコメントが来ている件ですが、
私の方からも編集部の方に問い合わせを入れています。
私の個人名を入れて直接攻撃するようなことが書かれていたこともあり、正直怖いです。
が、これに屈して投稿をやめたくないので、
今後も続けようと思っています。
みなさんも、お気をつけください。
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 Xでの投稿に対して、すぐさま「いいね」がついていく。同じノベマ!で活動している創作仲間たちからの反応が早かった。「いいね」をしてくれた人の中には「69,」からのコメントの被害に遭った人たちも含まれているんだろう。私のせいで申し訳ないな、という気持ちと、一緒に闘いたいという気持ちが膨れ上がる。

 投稿に対してリプをくれる人もいた。
「実は私も萌生さんがおっしゃってる不可解なコメントにびびっていて……。でも、編集部も対応してくださっていることだし、考えすぎないようにしました」と前向きなコメントが来たのでほっとした。良かった。あんな不愉快なコメントが原因で誰かが筆を折るようなことがあれば、たまったもんじゃない。みんな、強い人ばかりで安心していた。

 だが、そんな私の安心も、6日後には潰えてしまうことになる——。


 8月5日月曜日、塾での仕事を終えて帰宅した私は、スマホの画面に現れたXでのとある投稿が目に飛び込んできた。
 それは、ノベマ!のXでの公式アカウントがポストした声明文だった。Xでは140字までしか投稿ができないため、文書ファイルに記載した内容を画像として貼り付けている。画像をタップして内容を確認してみた。

「<ノベマ!をご利用くださっている皆様へ重要なお知らせ>

 先日から、小説投稿サイト「ノベマ!」内で、特定の個人を攻撃するような感想、また作品の名誉を著しく毀損するような感想コメントが届いているという問い合わせが増えたことから、編集部内で調査をしております。
 感想を残したユーザーの特定、アカウントの利用停止の処置を取らせていただきましたが、再発を繰り返している状況です。
 現在、原因を追究しているところでしたが、諸事情があり、一時調査を中断させていただくことになりました。
 引き続き不適切なコメントの削除等の対処は行わせていただきますが、原因の特定が遅れてしまうことをお詫び申し上げます。
 ユーザーの皆様には大変なご不便をおかけしまして、誠に申し訳ございません。
 何卒ご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。」