「ちょっと、ユウゴ。ちゃんと結界を張ったの?」
「俺は仮にもおまえの父親だ。その言葉遣いを改めろ」
 園内(そのうち)花梨(かりん)は、目の前で繰り広げられている光景を疑うかのように、ゆっくりと目を瞬いた。
 だが、瞬いたところで現実が変わるわけでもない。
「おい、そこの女。そこから動くな。いいな」
 整った顔立ちの男性に命令口調で威圧的に言われ、花梨は思わず直立不動の姿勢をとる。
 何が起こっているのか、さっぱりわからない。
 それよりも、コンビニで買ったアイスが溶けてしまうほうが心配だ。
 右手に握りしめている買い物袋の中には、妹の七菜香(ななか)が『はぁ? ないならさっさと買ってくればいいじゃない』とソファで寝転びながら命じた、大福のもちもちっとしたアイスが入っている。
 それにしても、ここではいったい何が起こっているのか。
 先ほどから走り回っているのは成人した男性と小学生くらいの女の子。まさか、こんな時間に鬼ごっこをしているわけではないだろう。
 走って、立ち止まり、何かに向かって念じる。
(あ……もしかして、妖魔?)
 一般人の花梨だが、妖魔くらいは知っている。人とは異なる姿を持つ化け物のような存在で、それらがこちらの世界に住む人間に対して、悪意を持っていることも。
「お姉さん!」
「え?」
 女の子に呼ばれ、花梨はきょろきょろと周囲を見回した。動くなと言われたから、先ほどからこの場を一歩も動いていない。
「くそったれが!」
 顔に似合わぬ暴言を吐いた男性が、すぐさま花梨を抱きかかえて跳躍する。そのとき、花梨の手からコンビニの袋がすべり落ちた。
 ――ドン!
 先ほどまで花梨がいた場所に穴が開いた。何かが爆発したかのように地面がえぐられているのだ。
「おまえ。一般人か? いや、氏人か?」
 目の前には男性の端正な顔がある。あまりにもきれいすぎてとぎまぎしてしまい、何度もまばたきをする。
「まぁ、いい。力は使えるのか?」
 そんな大層なものを花梨に使えるわけがない。なによりも、一般人だ。氏人でもなんでもない。
 否定するためにぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「ちっ。使えないやつだ」
 舌打ちをした男は花梨をおろし、土が大きくえぐられた場所に向かって印を結ぶ。そこから、もわもわと蒸気のような陽炎のようなものが見えると、男性はふぅと息を吐いた。
「お姉さん、大丈夫?」
 たたっと駆け寄ってきたのは女の子。黒い髪をツインテールにし、黒目が大きなかわいらしい少女だ。だけど、その顔に似合わぬジャージ姿である。
「あ。はい。大丈夫です。だけど、アイスが……」
 小学生相手だというのに、花梨はつい敬語を使ってしまった。これはもう、長年染みついた癖というものだ。
「アイスぐらい、諦めろ。妖魔を追い詰めたと思ったら、急に現れやがって」
「も、申し訳ございません」
「そんなの、ユウゴがきちんと結界を張らなかったからでしょ? それで通りすがりのお姉さんが巻き込まれただけじゃん。自分のミスを人のせいにするなんて、サイテー」
「何を言っている。俺はきちんと結界を張った。……ほら、ここが結界の切れ目だ」
 何もないところに壁があるかのように、男性が手を這わせていて、女の子もそれを真似する。
「あれ? ほんとだ。え? 何? なんでお姉さん、ここにいるの?」
 むしろそれは花梨の台詞だ。ここは、どこ? なんで、こんなところにいるの?
 それよりも、あなたたちは誰?