それは、初めて言葉にして言われたみつの気持ちだった。
みつ。みつ。……みつ。
抱きしめられる強さで、伝わる鼓動と温度で、どれだけ私のことを想っていてくれているのか痛いほど強く実感する。
苦しいくらい、痛いくらい、好きでたまらない。ダメだって思っているのに、上手くいかないってわかってるのに。
それでも。『すきだ』って、ただ、そのひとことを、一度でもいいから口に出して言ってみたかった。きみに伝えてみたかった。普通のひとが当たり前にできることが、当たり前に言える言葉が、ずっと私たちは言えなかったから。
「やっと素直になったな」
「……もう、言わないよ」
「はは、いいよ一回で。今の、ぜってー忘れないから」
「なにそれ」
「なにそれって、当たり前だろ。ずっと好きだったあおが、俺のこと好きだって言ったんだ。……こんなこと、忘れられるわけない」
胸の奥が疼いて仕方ない。中学生の時好きだと思っていた人にも、伊藤くんにも、抱かなかったこの感情の名前が、きっと本当の『好き』ってことなんだろう。
暖かくて、苦しいね。好きって難しいね。でも、みつも同じ気持ちを持っていることが、こんなにもうれしくて涙が出る。こんな感情知らなかった。みつが、教えてくれた。
「なあ、あお」
「うん……?」
「俺、まだガキだけど、絶対もっとでかい男になるから。誰にも文句言われないくらい、あおを幸せにできる男になる。……だから、それまで待っててほしい」
ぎゅっと握りしめたみつの身体が、急に大きく感じた。弟じゃないね。もう、小さい頃のみつじゃない。
いとおしいって、こういうことを言うんだ。
「うん、私も、みつの隣にいれるように頑張るから……だから、私のこと、捨てないで、ね」
耳の横で、ふっとみつが笑った。
「捨てるわけねーよ。俺がどんだけこの瞬間を待ってたと思ってんだよ」
「みつは自分の気持ちに素直すぎるんだよ、」
「……あんな遠回しじゃなくて、好きって言いたかったよ、本当は」
全然遠回しに思えなかったけれど。
シスコンって呼ばれるみつのこと、案外嫌いじゃないから許してあげよう。
「ていうか、ユカリちゃんは? ……付き合ってるんじゃないの?」
「あー、忘れてた」
「は?! 忘れてた?!」
私がグッとみつと離れようと肩を押すと、それより強く引き寄せられる。まるで離さないって言ってるみたいだ。
「はは、待てって」
「いや、笑うところじゃないから!」
「だから、聞けって。ユカリとは付き合ってねーよ。告白はされたけど」
「……え?」
「否定するのがめんどくさくてそのままにしてたら噂ってすげえ広まるのな。つーか、あおが俺のこと弟とかいうし、もうなんでもいいかなって思って」
「何それ……」
「そーやってあおが嫉妬してんのかわいいし、ふつーに嬉しいから結果オーライ」
「はあ……?!」
なんだそれ。みつの馬鹿野郎。
みつに彼女ができたって聞いて、あれだけ色々考えてしまった自分が馬鹿みたいだ。ずるい。みつはずるい。
「つーか」
ゆっくりと身体が離される。失った体温に寂しさを覚えてしまう。抱きしめられるってとても暖かいことだったんだ。
「俺だって、あおが彼氏つくるたびに超しんどかったんだけど。……わかってんの?」
離れた少しの距離から、首を傾げて私の顔を覗き込んだみつはそう言ってニヤリと笑った。みつは私の鼓動を乱す天才だ。
「そ、そんなことより」
「うわ、話逸らした」
「ねえ、これ、見て」
ずっと握りしめていた左手をみつの目の前に差し出して、開く。汗ばんだ手のひらに乗ったキラキラと輝くそれを、みつの瞳が捉えた瞬間。
「……ミントブルー?」
「え、」
「この色」
「そうだけど……すごいね、見ただけでわかるの?」
「ベットカバー選ぶときに色彩表かなり見てたんだよ。……ミントブルー、めちゃくちゃいい色だって思った」
その色でほしいカバーの質感がなかったからやめたけど、とみつが付け加える。チャコールグレイの今のカバーも好きだけどな。
でも、ミントブルーに惹かれるあたり、お義母さんの息子なんだなって思うよ。
「これね、お義母さんがくれたんだよ」
「母さんが?」
「うん。……光葉と碧で、ミントブルーだって。運命ってあるんだって、お義母さん言ってた」
光るガラス玉から、みつへと視線を移すと、みつも同じタイミングで私を見たから笑ってしまった。こんな些細なことが嬉しいと思うこと、すきって認めてしまったらもう仕方がない。
「……じゃあ、これつけてる間は俺のあおってことか」
またみつがニヤリと笑った。そういう意味じゃないけれど、そういう意味でももういいや。このガラス玉みたいにキラキラ輝いた未来があるかどうかなんてわからないけれど、みつのこと、自分の気持ちのこと、もっと大事にしないといけないと思うんだ。
「……ねえ、みつ」
「うん?」
「好き、って、みつに言えてよかった」