『ねえあお! みつくん彼女できたって本当?!』

 みかちんからの慌てた電話は、あの日から1週間もしないうちにやってきた。3回目のコール、何も考えずにスマホを手に取ってしまった。焦ったみかちんの声はやけに軽々しく聞こえた。例えるなら綿飴みたいな現実味のない話。


「え、何言ってるの?」
『だから、みつくん!彼女できたらしいけど!』
「え、知らなかったけど……」
『ほんとだよ!バスケ部の奴に聞いたもん。マネージャーと遂にくっついたって』

 バスケ部のマネージャー。咄嗟に思い浮かんだのはユカリちゃんの、みつのことを好きだと言った、あの可愛らしい照れた笑顔。
 短いスカートも、栗色の綺麗な髪も、整えられた指先も、いい香りのする香水も。誰が見ても、カワイイ、が似合う女の子。

「そうなんだ、全然知らなかった」

 やけに冷静にそう言って、指先で自分の毛先をくるん、とつまむ。ユカリちゃんのそれとは大違いだな、なんて捻くれたことを思いながら。

『私もびっくりだよー。みつくん彼女作るなんてさ。いつまでもシスコンのままだと思ってたなー』
「はは、そんな訳ないよ。みつだってそのうち彼女できると思ってたし、いつかは結婚するんだし……。むしろ遅いくらいだよ」
『まあ確かに、あの容姿だもんねえ。今までいなかったのが不思議なくらい』

 お風呂から上がって、髪を乾かして。まさに今、みつの部屋へ向かおうとしていたところだった。いつもみたいにジャンプの最新号を取り合って、何にもないみたいに、みつのベットに横になる予定だった。
 でもどうしてだろう、指先は、少しだけ震えている。
 実感が全然湧いてこない。みつに彼女ができた。いつか、ううん、そのうち、こういうことだって起きるって思ってた。ちゃんとわかっていたはずだ。
 みつに『いつばんのひと』が出来た。
 ─────みつに、恋人が出来た。
 改めて自分の中でその事実を繰り返して呟いてみても、ずっと実感がないままだ。シチューの中に時々混ざっている火の通っていないニンジンみたい。上手くかみ砕いて飲み込めない。
 いくらなんでも、突然すぎるよ、みつ。

「まあ、みつって、顔だけはいいからね」

 はは、と笑ってみせたけれど、下手くそな笑い方だなあと自分でも思う。おかしい、こういう時、作り笑いをするのは私の得意技のはずなのに。
 みつのいいところ、たくさん知ってる。顔だけじゃないってこと、むしろ私が一番知っているつもりだ。
 生意気で、口が悪くて、すぐに喧嘩するけれど。本当は誰よりも優しくて、努力家で、素直で、自分の気持ちに真っ直ぐな人。
 それなのに─────弟だから。こんな風に、みつのこと、言わなきゃいけない。私たちが、〝家族〟で〝姉弟〟だから。

『……あお』

 みかちんの、少しかすれた声が耳元に届く。いつも笑っているみかちんの、こんな声を私は初めて聞いた。

「なに? みかちん」

 私が出したわざとらしい明るい声に、失敗はなかったと思う。いつも通り。何年もこうやって笑って生きてきた。だから今回だって、大丈夫だって思ってた。

『……大丈夫?』

 不安そうなみかちんの声が私の耳に届いた瞬間、私は反射的に、通話終了ボタンをタップしていた。