「あなたをずっと……お慕いしていました」
 人柱の少女は言った。たしかにそう言った。
「……は?」
 お慕いしている。その言葉が意味するものは、この世でひとつしかないだろう。
 それを聞いて、ひどく困惑しているのが、自分でもわかる。
 ——俺を、お慕いしている?
 そんなこと、あるはずがない。そう自分に言い聞かせ、その言葉を処理した。こんな自分に、お慕いしています? 馬鹿馬鹿しい。どうせ殺されたくないから、そのための口八丁だろう。
「へえ、面白い嘘をつくな。稀代(きだい)(まじな)()さんよ」
 そう言って揶揄ってみると、少女は眉間にしわを寄せ、こちらを睨みつける。一体どういう感情だろうか。強がっているようにも、(いきどお)っているようにも見える。殺されるのが嫌なら、いっそのこと、命乞いでもしてくれればいいのに、なんてことを考えてしまう。
 ——いや、俺は……。
 怖いのかもしれない。期待して、裏切られるのが。だからこうやって、自分の中で、別の理由をこじつけているのかもしれない。
「……はあ」少女はわざとらしく息を吐く。「嘘ではないのに、どうすれば信じてもらえるの?」
「……逆に信じられると思うのか?」
 それに少女はきょとんとして、形の良い顎に人差し指を添える。しばらくそうしたのち、「確かに胡散臭いね。言い訳みたいだもん」と、納得した。
 ——なんだ、この人間は。
 そう思うと同時に、頭の中で、糸がぴんと張るような感覚があった。この少女を、知っているような気がしたのだ。どこだったか、いかんせん長く生きているので、記憶が整理されていない。
「……まあ、いっか」
 少女はゆっくりと、ためらうことなくこちらへ歩み寄る。その行動に、思わず後ずさる。
「ゆっくり、ゆっくりと時をかけて……信じてもらえればいいもんね」
 静かに言って、少女は手を取る。身を固くしたのを見て、彼女は一層愛おしそうにこちらを見てくる。
 取った手を、少女は自身の頬に、甘えるように擦り付ける。背筋がぞわりと粟立つ。
「だってあたしは、あなたを誰よりも愛しているんだから。誰にも渡したくないほどに」
 可愛らしい声で、少女は言う。彼女の目が、溶けた(ろう)のような光を帯びていた。