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夕食パーティーはお開きになり、アンジュは自室に引き上げ、美季はお風呂に入ることにした。
浴室の洗い場にはシャワーが三つ並んでいて、浴槽は周囲をゴツゴツとした岩で組み上げて温泉の雰囲気を醸し出してある。
備え付けのシャンプーやコンディショナーは、さっきゲームをしていたときに何度か鼻をくすぐられた香りだった。
――お二人ともこのシャンプー使ってるんだ。
美季はそのブランドの名前を記憶に刻んだ。
洗い終わって、庭園のハーブを干して袋に詰めた入浴剤を浴槽に浮かべ、肩までつかって脚を伸ばすと、自然にハアアと声が漏れる。
ラベンダーをベースにローズマリーやカモミールをブレンドしたハーブのアロマが身も心もほぐしてくれる。
いつもより長くお湯につかって、ふやけるほどに自分を甘やかす。
「来て良かった」
そうやって気持ちを実際に声に出してみると、心の底からそう思えた。
声が気持ちを形にしてくれる。
「ああ、なんか、私もここに暮らしたいな」
――だけど、無理だよね。
せっかく居場所を見つけたのにそこにとどまることを許されない現実の重みがせっかくほぐれた心を押しつぶそうとする。
頬が濡れてしまうのは、汗かお湯か涙なのか。
お風呂から上がってドライヤーを髪だけでなく頬にも当てる。
いくら風を当てても涙は乾かない。
リビングに戻ってきた美季を見て未森が駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
「未森さん、私ずっとここで暮らしたい。家に帰りたくない」
めそめそと泣いて立ち尽くす美季にそっと腕を回して未森が抱きとめてくれる。
「また来てくださいよ」と、涙声でささやく。「私たち、ちゃんとここにいますから」
湯冷めするのも忘れて美季は涙が涸れるまで未森にもたれかかっていた。