「やばい、なに、この美味しさ」
呟く美島くんに僕は思わず笑ってしまう。
「すごいだろ。これ、母さんの実家から送られてきたんだけど、ポンカンと塩とジャガイモが絶妙のバランスで食べられて、めちゃくちゃ美味いんだ。こっちでは売ってないのが残念だけど」
僕らが食べているのは、ポンカン塩チップス。ポンカン果汁と塩が厚めに揚げたポテチと絡まってめちゃくちゃ美味いのだ。開けたら最後、手が止まらない。
「これは確かにもっと食べたい」
美島くんが目をきらきらさせて言う。そんな顔をしてもらえるなら、持ってきた甲斐もあるというものだ。
眩しくなり始めた初夏の日差しが差し込んでくる科学室で、僕らは並んでポテチを食べている。ちなみに、今日はポテチだけれど、これはチョコレートのこともあるし、おやつなしのときもある。
あれ以来、ふたりでこうして並んで話すことが僕らの日課になった。
会うのは決まって放課後。
お互いにバイトがないとき、美島くんは僕の背中をそっと突く。その後、先に美島くんが教室を出て、僕が後からそれを追い、科学室で落ち合う。目立ちたくない僕に配慮して美島くんが考えた待ち合わせ方法だけれど、なんだか少々、くすぐったい。
「松尾ってさ、そういえば持久走、得意だよね。羨ましい」
「得意っていうか、他のスポーツよりはまだましってレベルだよ。俺、体育なんてなくていいって思ってるし」
言いながら僕は窓の外に目を向ける。
六月の終わりになり、太陽の色はますます白さを増してきたように思う。空の青も、校庭の隅で枝を伸ばすケヤキの緑も、心なしか他の季節よりずっと視界を広くしてくれる色をしている。
ただ、今年も暑そうだ。
「外での体育はそろそろきついなあ……」
呟いたとき、目にかかっていた前髪が揺れた。え、と見上げると、横に座っていた美島くんが手を伸ばしていた。
「なに?」
「ごめん、ちょっと待って」
視界の端、長い指が動いている。なんだ? と慌てている間に、前髪によって作られていたひさしが取り払われた。すうっと美島くんが手を引くが、髪は落ちてこない。
「え、ちょっと」
わたわたとする僕を美島くんはじっと見つめ、うん、と小さく頷いた。
「めっちゃ似合う。可愛い」
可愛いってなんだ、と僕は顔をしかめる。そんな僕に向かい、美島くんは軽く肩をすくめてみせた。
「前髪、いつも上げなくてもいいけど、暑いときとか、集中したいときとか、上げられたらいいかなって。ピンで留めてみた。ってか見て」
言いつつ、美島くんは顔を横向ける。左の目尻の上辺りにヘアピンが見えた。柔らかそうな栗色の髪の中で光る、深海を思わせる青いそれは涼しげで、美島くんにすごく似合っている。
「俺と同じの。すぐ取っていいから、今だけ、してて」
にこっと笑われ、僕は俯く。
美島くんと会話をするのにも慣れた。話しているうちに同じ漫画が好きなことも知った。好きな食べ物がペペロンチーノだということ、休みの日は弟と妹を連れて公園で遊んでいることが多いということも教えてもらった。
派手な見た目のわりに、目立つことが嫌いで、誰かの手助けをするときも大っぴらにはやらない人だということもわかってきた。バイト先でも相変わらず僕を手伝ってくれるけれど、着ぐるみのまま黙々と手を貸してくれるので、美島くんに、というよりは本物の河童と一緒に作業している気分になるときさえある。
多分、美島くんはすごく優しいんだと思う。
外見だってかっこいいと思うけれど、中身がすごく、綺麗なのだ。
僕は、美島くんに留めてもらったヘアピンをそろそろとなぞる。金属でできているし、冷たいはずだったけれど、僕の体温によるものなのか、それとも……美島くんの手の熱がまだ残っているのか、ほんのりと温かい。
「ごめん、気に、入らなかった?」
美島くんが不安そうにこちらを覗き込んでくる。それに僕は勢いよく首を振る。
いつもだったら、前髪を上げることは絶対に嫌なのだ。家でも滅多に上げたりしない。でも……今だけ、このヘアピンは、外さなくてもいいかな、と思ってしまっていた。
僕は、おかしいのだろうか。
美島くんは僕の顔を見て、ほっとしたように目を和ませてから、よかった、ともう一度呟いた。
呟く美島くんに僕は思わず笑ってしまう。
「すごいだろ。これ、母さんの実家から送られてきたんだけど、ポンカンと塩とジャガイモが絶妙のバランスで食べられて、めちゃくちゃ美味いんだ。こっちでは売ってないのが残念だけど」
僕らが食べているのは、ポンカン塩チップス。ポンカン果汁と塩が厚めに揚げたポテチと絡まってめちゃくちゃ美味いのだ。開けたら最後、手が止まらない。
「これは確かにもっと食べたい」
美島くんが目をきらきらさせて言う。そんな顔をしてもらえるなら、持ってきた甲斐もあるというものだ。
眩しくなり始めた初夏の日差しが差し込んでくる科学室で、僕らは並んでポテチを食べている。ちなみに、今日はポテチだけれど、これはチョコレートのこともあるし、おやつなしのときもある。
あれ以来、ふたりでこうして並んで話すことが僕らの日課になった。
会うのは決まって放課後。
お互いにバイトがないとき、美島くんは僕の背中をそっと突く。その後、先に美島くんが教室を出て、僕が後からそれを追い、科学室で落ち合う。目立ちたくない僕に配慮して美島くんが考えた待ち合わせ方法だけれど、なんだか少々、くすぐったい。
「松尾ってさ、そういえば持久走、得意だよね。羨ましい」
「得意っていうか、他のスポーツよりはまだましってレベルだよ。俺、体育なんてなくていいって思ってるし」
言いながら僕は窓の外に目を向ける。
六月の終わりになり、太陽の色はますます白さを増してきたように思う。空の青も、校庭の隅で枝を伸ばすケヤキの緑も、心なしか他の季節よりずっと視界を広くしてくれる色をしている。
ただ、今年も暑そうだ。
「外での体育はそろそろきついなあ……」
呟いたとき、目にかかっていた前髪が揺れた。え、と見上げると、横に座っていた美島くんが手を伸ばしていた。
「なに?」
「ごめん、ちょっと待って」
視界の端、長い指が動いている。なんだ? と慌てている間に、前髪によって作られていたひさしが取り払われた。すうっと美島くんが手を引くが、髪は落ちてこない。
「え、ちょっと」
わたわたとする僕を美島くんはじっと見つめ、うん、と小さく頷いた。
「めっちゃ似合う。可愛い」
可愛いってなんだ、と僕は顔をしかめる。そんな僕に向かい、美島くんは軽く肩をすくめてみせた。
「前髪、いつも上げなくてもいいけど、暑いときとか、集中したいときとか、上げられたらいいかなって。ピンで留めてみた。ってか見て」
言いつつ、美島くんは顔を横向ける。左の目尻の上辺りにヘアピンが見えた。柔らかそうな栗色の髪の中で光る、深海を思わせる青いそれは涼しげで、美島くんにすごく似合っている。
「俺と同じの。すぐ取っていいから、今だけ、してて」
にこっと笑われ、僕は俯く。
美島くんと会話をするのにも慣れた。話しているうちに同じ漫画が好きなことも知った。好きな食べ物がペペロンチーノだということ、休みの日は弟と妹を連れて公園で遊んでいることが多いということも教えてもらった。
派手な見た目のわりに、目立つことが嫌いで、誰かの手助けをするときも大っぴらにはやらない人だということもわかってきた。バイト先でも相変わらず僕を手伝ってくれるけれど、着ぐるみのまま黙々と手を貸してくれるので、美島くんに、というよりは本物の河童と一緒に作業している気分になるときさえある。
多分、美島くんはすごく優しいんだと思う。
外見だってかっこいいと思うけれど、中身がすごく、綺麗なのだ。
僕は、美島くんに留めてもらったヘアピンをそろそろとなぞる。金属でできているし、冷たいはずだったけれど、僕の体温によるものなのか、それとも……美島くんの手の熱がまだ残っているのか、ほんのりと温かい。
「ごめん、気に、入らなかった?」
美島くんが不安そうにこちらを覗き込んでくる。それに僕は勢いよく首を振る。
いつもだったら、前髪を上げることは絶対に嫌なのだ。家でも滅多に上げたりしない。でも……今だけ、このヘアピンは、外さなくてもいいかな、と思ってしまっていた。
僕は、おかしいのだろうか。
美島くんは僕の顔を見て、ほっとしたように目を和ませてから、よかった、ともう一度呟いた。